フジロック、俺なりの総括

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 二度目のフジロック。白いスニーカーが茶色く染まるほどに大暴れの泥模様は分かっていたのだが「長靴は重いしな…」と思って、結局スニーカーを染めた。ゆるゆると楽しむ。雨が降り出してからは結構過酷だったけれど、楽しかったです。





 印象強いことなどを。





 モッシュピットでソニック・ユースを観た。キム・ゴードンがカッコ良かったっす。相変わらず、ベース弾きながらは歌わず、変なアイドル風の動きもやっていて、おなかぽっこりでてたけど、カッコ良いんだよ、なんっつーかもはや様式美的な趣さえ…。大変モッシュピット内の年齢層が高く、男臭かった。そういうのはとても良いです。ゲストにジム・オルーク。ドラムスティック使って、ゴリゴリとノイズ出すアクションがすごい魅せてくれて、あと信じられないぐらい痩せててビックリ。その後、電気グルーヴが良すぎてUA×菊地成孔(フジロックでしか観れなさそうな)とか観に行くのがどうでも良くなった。間違いなくこの日のベストアクトだったのでは。っていうか、よくよく考えたらこの日の出演者の中で最も長い間好きなアーティストだもんね、電気。グリーンステージの後ろの方にあった液晶ヴィジョンの前が空いていて激しく踊る。





 で、レッチリ観る気おきなくてレッド・マーキーの近くでアホみたいに飯を喰っていたところに、吉野寿の声が聴こえてきて行ってみたら一人で弾き語りやってて。これも良かった。イースタン・ユースって8年ぐらい前にちょっと聴いたきり、フェスぐらいでしか観ることなく「なんとなく好きだな」ぐらいに思っていたのだが、ぞっこん惚れ込んだ。吉野寿って最高の演技者だと思うなぁ。顔とかも含めて。





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フジロック二日目観たものリスト

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  • WOLFMOTHER

  • MO'SOME TONEBENDER

  • eastern youth

  • Double Famous

  • THE HIVES

  • SONIC YOUTH

  • 電気グルーヴ

  • outside yoshino(吉野寿)





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ジャズ、落語、SF

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ピアニストを二度笑え!
山下洋輔
新潮社 (1986/05)



 山下洋輔の演奏を聴いたことが無いのだが、「ジャズ関連本」を読み散らかすのが目下のところ課題だったりするので箸休め的に読んでみた。池袋駅丸ノ内線ホームの古本コーナーで200円だったか。





 「普通の」ジャズ・エッセイなどを山下洋輔に期待できるはずもなく、とんでもない内容となっている。まず、語らり進められる時系列は、1980年のヨーロッパ・ツアーでの出来事、それから筒井康隆の「ジャズ大名」が『小説新潮』に掲載されたことを記念した「ウチアゲ」(1981年)の模様と二本立てになっている。もうこの時点で「おいおい…すげーな、ポモ文学かよ」という話なのだが、文体も落語調であったり、左翼調であったり、ハナモゲラ語であったりして「前衛っぷり(悪ふざけ、とも言う)」がものすごいのである。





 あと、全然個人的なことなんだけど「山下洋輔が極真会館の試合を観に行く」というちょっとしたところで、http://d.hatena.ne.jp/Geheimagent/20060713/1152720936でもちょろっと書いた私の同級生のお父さんの名前が出てきたのがビックリ。





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水木先生の神秘主義入門

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神秘家列伝〈其ノ壱〉
水木 しげる
角川書店 (2004/07)
売り上げランキング: 14,462



 水木しげるの『神秘家列伝』。煙草を買いに行ったコンビニで売っていた。一昨日から実家のほうへ帰ってきているのだが、田舎のコンビニってときどきわけわかんないものが置いてあって面白い。今日行ったのは普通のセブンイレブンなんだけど、他のコンビニで『封神演義』が全巻揃っているのとかを目撃したことがある。





 何年か前にこの本の「スウェーデンボルグ」の章だけ立ち読みしたことがあって、それが記憶に強く残っていたのだが読み直したらやっぱり面白かった。スウェーデンボルグという人は17世紀末から18世紀前半を生きたスウェーデンの神秘家で、生きている間スウェーデン国内では「異端」扱いされていた人。なんでそんなになっちゃったか、というとこの人、自由に「霊界」に行くことができたらしいのである。で、その霊界見物記を何冊もの本にしている…というちょっと危ないかな…という人なのだ。それだけだと「早すぎた丹波哲郎」で終わってしまうのだが、実は実学方面でも優秀な人で数々の発明を残していたりするのだとか。哲学・文学の領域でもかなりの有名人で、日本文学でも漱石や川端康成の作品にその名前を見ることができる。





 スウェーデンボルグさんのエピソードで一番面白いのは「夕飯を食べていたら神が現れて『食べ過ぎるな!』と叱られるところ」だろうか。せっかく神様が出てきたのに「食べ過ぎるな!」って…。もっと大事なことがあるんじゃないか…とかツッコミたくなる。なんかこの辺は、とても「水木しげる漫画らしい」といえばらしい。水木先生の漫画って時々ものすごく不条理なギャグが挿入されていて、戸惑いを隠せないときがあるんだよな。





 一般的に「神秘主義」というものがどういう風に認知されているのか、私にはよくわからないけれど、ここで描かれた「神秘家」の世界観はどれも「身体性」から始まっているところで統一されていていることに気がついた。そういえば、スーフィズムも舞踏から法悦へと至る宗派なわけで身体性は切り離せないところにあるし、禅もヨーガもそうだろう。ちょっと胡散臭いんだけれど、そういうものってでも「健康的」な感じがする。大雑把に言って、真理を観念で捉えようとするよりも、身体で捉える方が…という話なんだけれど。





 最近、音楽に関しても身体性を伴ったものが好ましいと思っている(演奏面でも聴取面でも)。といっても私は踊りにクラヴへ繰り出したりとか一切しないんだけど。理想を言えば、ブラームスでガン踊りしたいんだ。椅子に縛られてたら、脊髄がおかしくなりそうなぐらいブラームスのリズムってカッコいいぞ。





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無垢/真実性

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カラマーゾフの兄弟 下    新潮文庫 ト 1-11
ドストエフスキー 原 卓也
新潮社 (1978/07)
売り上げランキング: 5,633



 エピローグの第三節で泣いてしまう。マーラーの交響曲第3番の5楽章にも私は同じような種類の感動を覚えるのだが、それはたぶん「子供」によって「罪」的なものが浄化されるような情景が存在するという点において類似しているからなのだろうか。それはとても分かりやすいことだけれど、個人的にものすごくツボ。「無垢なもの」が「悪意」を飲み込んでいく、というか。





 裁判のシーンでは「真実性」について考える。ハッとするのだけれど、この小説の「語り手」は「事件」の核心部分について一切語らないのだね。超越的な視点から物語られているわけではない。「真実」を語る人物は後々現れるのだけれど、それは歴史の挿入みたいなものであって、直線的な流れからは逆行するし、やはりそこで何がなされたか、ということは読者の目には触れない。徹底された隠蔽がしかれている。物語上において裁判は「(読者的な視点からみた)冤罪-事件」的に処理されてしまうのだけれど、なんら決定的なことではないのじゃなかろーか、なんて思う。たとえその第12編が「誤審」と銘打たれていたとしても、だ。





 なんて、ネタバレしないように書く努力をしてみたらなんだかよくわからない文章になってしまった。とりあえず、超おもしろかったっすよ。「こんな立派な人が自国の作家にいる国の作家志望青年は少し不幸なんじゃなかろーか(あまりにもドストエフスキーが立派過ぎるから)」って思うぐらいに。





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長引く梅雨

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フランク、フォーレ&ドビュッシー : ヴァイオリン・ソナタ
ティボー(ジャック) コルトー(アルフレッド) フランク フォーレ ドビュッシー
東芝EMI (2001/02/21)
売り上げランキング: 24,649


 今日の朝刊*1の一面に「猛威梅雨前線」って書いてあって、果たして梅雨ってこんなに長いものだったっけな、とか思った。つい3日前には「日本的な梅雨模様が…」なんて書いていたけれど、よく考えたらもう8月になろうとしているのに梅雨明けがしていないなんて、これって本当に「梅雨」なんだろうか。カレンダーのイラストは海水浴場からひまわりへと変わろうとしているのに、実際にはまだカタツムリ元気そうだ。冷夏だったのは94年だったろうか(『タイ米』とか覚えてますか?)。「去年はどうだったろう?」と思い出そうとするのだけれど、そういう季節のことって案外覚えていない。





 「今日みたいな日に傘持たずに出てくるなんて、なかなかチャレンジャーだね」と言われて「小雨ぐらいなら平気なので」と答える。降ったり止んだりする雨がパラパラとスーツの上に落ちて、濡れたり乾いたりするのを感じながらジャック・ティボーとアルフレッド・コルトーが演奏するフランクのヴァイオリン・ソナタ第1楽章。白黒の古いフィルムに映った石畳の街並み、みたいな演奏。そのシーンにはもちろん雨が降っている。





 ずっとピアノをやっていた人に聴かせたら第4楽章でやっぱり爆笑してくれた。情熱的過ぎて(?)コルトーのピアノが終盤で破綻しているところが酷いけど、良い。侘び寂び…。音楽はきっちりまとまっているものだけが美しいのではない。破綻や不協和にこそ美が宿ることもある、という1つの証明か。別な友人が言うには「ああ、それは宮崎あおいの顔も含められるね」だって。




*1:うちではちょっと前から朝日をとっている。ビール券16枚と引き換えに3ヶ月





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今日のびっくり

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http://youtube.com/watch?v=N-FVzAMGsFI


 懐かしいNHK「みんなのうた」から「コンピューターおばあちゃん」。編曲が坂本龍一。NHKのガチっぷりに驚愕。最近、ポップジャムの人選がおかしかったり、UAにキチガイの格好させて童謡歌わせたりと狂いっぷりは激しいけれど、この当時からNHKはやばかったのか!





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過去は甘美

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Fakebook
Fakebook
posted with amazlet on 06.07.24
Yo La Tengo
Restless (1994/04/13)
売り上げランキング: 63,579


 ヨ・ラ・テンゴの新譜が出るというので、久しぶりに聴き直している*1。ヨラテンのアルバムで好きなものはたくさんあるけれど、そのなかでも特に思いいれがあるのは↑の『Fakebook』っていうセルフカバーを含むカバー曲集。このアルバムの中で、彼らはダニエル・ジョンストンの「Speeding Motorcycle」という曲をカバーしていて、それを聴くと19歳ぐらいのとき味わった甘い思い出が蘇る。





 その頃、この曲をそこまで好きだったわけじゃないけれど、じんわりくるメロディが不思議と頭から離れないでいて、好きだった女の子と手を繋いでいるときも自然と口笛でそのメロディをなぞっていたのだった。サークルの練習を抜け出して、二人で練習場の裏にあるコンクリートの上に座ってくだらないおしゃべりとか、黙って空見上げている間にも、口笛吹いてて、たぶんおかしな人だろうと思われたろうなぁ。





 ああ、あの頃は甘美な時代だったなぁ、なんて思いながら、やけにメロウな気持ちになった。「過去はいつだって美しく思える」っていうのは真理に思えてきたりもするさ、それは。甘ずっぺー。なんでこんなこと書いてるか自分でもよくわかんねーけど、酔っ払ってるから良いんだ。たまには。




*1:公式サイトで新譜から一曲無料ダウンロードが可。http://www.yolatengo.com/audio/yo_la_tengo_beanbag.mp3





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語り手-読み手

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カラマーゾフの兄弟〈中〉
ドストエフスキー 原 卓也
新潮社 (1978/07)
売り上げランキング: 5,634



 考えてみればこんなに「語り手」の存在を意識させられた小説って今まで読んだこと無かった。それは私がおおよそミステリーと呼ばれる「ジャンル」の読み物から遠く離れた人間だからのせいかもしれないけれど。





 中巻は特に、大事なところが隠蔽されてて、そのままごちゃごちゃと糸が絡み合ったまま終わってしまった。





 そういうのはなんとなくズルい。





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雨とピアノと筋トレと

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Piano Sonatas 4 & 7
Piano Sonatas 4 & 7
posted with amazlet on 06.07.21
Leo Ornstein Janice Weber
Naxos (2002/07/29)
売り上げランキング: 150,791



 週に3日はやりたいな、と思っている体脂肪減少のためのランニングをこなし、早々と眠ってしまったのですが、午前3時、晴れ晴れしいような気持ちで目が覚めました。体を鍛えていると妙に睡眠と起床のリズムが健康的で素晴らしい。読書、それから筋トレなどをして新聞が来るまでの時間を過ごしました。ブーンと原チャリがやってくるのを聞きつけて外に出てみると梅雨らしい雨がシトシトと。梅雨が入る前は、まるでここはプーケットかどこかか、という湿気とスコールの繰り返しでしたが、ここ一週間は何年かぶりに「日本らしい梅雨模様」が続いているような気がします。





 朝食を食べようと思い、冷蔵庫をあけるとビールしかはいっておらず。コンビニに行くのも面倒だったから、インスタントの味噌汁と味海苔で簡単に食べました。ふっと退屈がやって来て、ずっと聴いていなかったCDでも聴きなおそうかという気分になりました。そこで手に取ったのがレオ・オルンスタインという作曲家のピアノ作品集。はっきり言って全く無名の作曲家です。ただ驚かされるのは「1892年生まれ、2002年死去」というプロフィール。よく「芸術家=短命」という通説を一人で覆さんという勢い。享年110歳のオルンスタインの存在だけで作曲家の平均寿命が上がっている感じがします。





 その生涯もかなり波乱に満ちていて、面白いんですね。彼はウクライナ生まれのユダヤ系ロシア人。ヨーゼフ・ホフマンの推薦でペテルブルク音楽院に入学する神童ぶりを発揮するも、国内の反ユダヤ思想の動きを受けて1907年にアメリカへと移住。もちろん移住後にも音楽は続けており、若手の超テクニシャンかつ前衛的な作曲家として華々しい成功を収めたらしいんですが、突然引退。その後はほぼ隠遁生活と言っても良いぐらいで、小さな音楽学校を運営しながらほぼ仙人状態。1930年に学校を設立したというのだから、70年以上の「余生」を過ごして亡くなったようです。余生、長すぎだろ、っていう。




 たぶん、そんな変人でも無い限り彼の作品は今こうして録音されて、聴かれることなんて無いんでしょう(聴いた感じ特に「ここがスゴい!画期的だ」という曲は無いし)。ただ、1970-1980年代の作品には「ショパンとラヴェルとドビュッシーを混ぜたところにスクリャービンの神秘主義のエッセンスを3滴ほど垂らしました」みたいなところがあり、全然退屈しないで聴けます。っていうか、良いですね。坂本龍一みたい!とか言ったら教授は怒るでしょうか。その反面1910年代、アメリカで脚光を浴びていた頃の作品はかなり攻撃的です。題名も《Suicide in an Airplane(飛行機にのって自殺)》とかすごい(ピアノの低音を乱打、乱打。音のかたまりが密集し、早すぎたトーンクラスターみたいになっている)。↑に挙げたCDの中では《A Morning in the Woods》という1971年の作品がとても美しく、思わずアンニュイになってしまう朝の雰囲気にぴったりでありました*1




*1:追記;《A Morning in the Woods》OggVorbis形式の音源。http://iberia.ath.cx/music/20030222fuwa_ornstein_morning_in_the_woods_04.ogg





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人間劇!

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カラマーゾフの兄弟 上   新潮文庫 ト 1-9
ドストエフスキー 原卓也
新潮社 (1978/07)
売り上げランキング: 5,635



 「カラマーゾフ読んでないやつは、大学院に来るな!」という熱い大学院生が出没するほどに(また聞きした話だけど)、傑作の誉れだかい大長編小説。こつこつと読み進めて、今日やっと上巻を読み終わった。院生がそんな風に強く主張するのも分かるぐらい面白くて、興奮した。





 バフチンを読んでないけれど、これはやっぱりポリフォニックな小説で、かつシンフォニックで、歌劇っぽい小説なのだな、と思う。文学論だとか批評だとかに疎いから、難しい読み方できない代わり、私はここのところよく音楽のように小説を読む。プルーストの小説が印象派的な官能の和音を引き続けて即興するモーツァルト(何それ)という印象だったのに対して、なんかドストエフスキーはブラームス。もっと細かく言うと、ブラームスの交響曲第4番の4楽章の構造と似ているような気がした。主題が提示され、変奏されていく過程とか。





 会話主体で進行するところには、戯曲っぽいなぁ、なんて思ってしまい、歌劇の原作になってないんだろうか、とか思ったりした。ドストエフスキー原作の歌劇はプロコフィエフの《賭博者》だけか?





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癒しとゆらぎとブラシ

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Explorations
Explorations
posted with amazlet on 06.07.19
Bill Evans Trio
Riverside/OJC (1991/07/01)
売り上げランキング: 2,409



 移動中に聴いている音楽がファンクだのジャンクだの現代音楽だのばかりだと少し疲れるてしまう。箸休め的に聴いたときのビル・エヴァンス・トリオの演奏はそれはもうびっくりするぐらい綺麗で「やっべ、涙出ちゃうよ」なんて。考えてみれば50年以上前に録音されたものなのに、瑞々しく感じられることってすげーよなぁ。





 私以外にも「癒されること」を目的として、ビル・エヴァンスのアルバムを聴くという人は多い、と思う。普段は「癒しなんか、クソ喰らえだ」とのたまっているけれども、なんだかんだ言って「良いねぇ…落ち着くねぇ…」と息を漏らしてしまう。首尾一貫しないのに「癒し嫌い」なのは、音楽の《意図》が「癒し」ではないだろう、なんて思うからだ。言っていることが自分でもよくわからないんだけれど「ビル・エヴァンスは聴衆を癒すためにピアノを弾いたわけではない」という風に考えたとき、そこで「癒されてしまう」というのは、音楽に対して真摯な態度とは言えないんじゃないか、とか思うからである。まぁ、「癒してやるぜー」なんて風に作られた音楽なんて聴きたいと思わないけど。





 まぁ、しかし実際的に言って、この音楽は「癒される」――しかし、何故癒されるのか!?





 この前とある人に、自然界には「1/fゆらぎ」というリズムがあることを教えてもらったんだけど、この「1/fゆらぎ」があると人間はどうやらリラックスしてしまうらしい。小川のせせらぎとか波の音とかにそのリズムが含まれているんだそうな。波の音、小川のせせらぎ。たしかにそれらは聴いていると落ち着く。





 で、この前ハッとしたんだよね(東武東上線の車内で)。「ポール・モチアンのドラムは『1/fゆらぎ』なんじゃないか!?」と。そう思ってしまったのは、ビル・エヴァンス・トリオでモチアンが多用するブラシと波の音にかなりの類似性がある気がしたから。特に『Waltz For Debby』の一曲目、「My Foolish Heart」のゆっくりとしたビートがさ(ほとんどノン・ビートに近いんだけれど)。「ビル・エヴァンスが癒しと繋がってるんじゃなくて、大切なのはポール・モチアンだった!」、全くの仮説なんだけどそれが言いたくて長々とエントリーを書いてみた。





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ゴミの中のディオニソス?

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DNA on DNA
DNA on DNA
posted with amazlet on 06.07.17
DNA
No More (2004/01/01)
売り上げランキング: 7,994



 ニューウェーヴだとかノー・ウェーヴだとか、そのあたりの音楽のことはよくわからないんだけれども、『No New York』に収録されているDNAとコントーションズだけは結構頻繁に聴いている。どちらのバンドもフロントマンが歌い、そして楽器を弾くのだけれど、その楽器の音が実にうるさくて、むちゃくちゃでよろしい。特にDNAはイクエモリの歩き始めのこどもみたいにヨタヨタしたドラムと、安っぽいシンセ音などが「ゴミの音楽だ!」っていう感じを演出していて、聴いていて脳が緩む。良いなー。





 「アート・リンゼイのギターを中心に据えるとかなりディオニソス的なんじゃないかな…彼の衝動が…」なんてしたり顔で語ることもできると思うんだけれど、このジャンクな音楽を聴いて「良いなー」と思ってしまう、という理由とは全く関係がなさそう。っていうか、こういうものを聴いて楽しくなってしまう、という説明はかなり難しいことだ(あくまで私個人の考えとしてだけれど)。似たような例としては、「プリンスの変な裏声のシャウト」とか「アルバート・アイラーのサックス」とかも「なんでこれが良いと思ってしまうのか」というのが説明できない。音楽の「意味」を考えることはできるけれど、「意味」と「音楽が気持ち良いかどうか」との間にはものすごい距離がある気がする。





 この半年ぐらいは《説明のできなさ》に挑もうとしている人たちについて考えている。





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Youtubeで鑑賞するヒナステラ

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D


 20世紀前半のフランスを代表するピアニスト、アルフレッド・コルトーの動画を探していたのですが、あまりに古い人のせいか見つかりませんでした。代わりに出てきたのがエコールノルマル音楽院(コルトーが設立した学校)にあるホール、サル・コルトーで演奏されたアルベルト・ヒナステラのピアノ・ソナタ。初めて聴きましたがとんでもない曲だったので挙げておきます。バッキバキに凶悪な超絶技巧(楽譜を見るまでもなく真っ黒になっているのが予想できる)、押し迫ってくるようなリズム(しかも変拍子!)で、聴いたら2、3日ピアノを聴きたくなくなるような曲ですね。リゲティの《エチュード》と同じように「ピアノ版ドリルンベース」と称されるべきかと思われます(嘘)。



D

 ヒナステラといえば「アルゼンチンのバルトーク*1」とも形容され、北欧だの南米だのといったクラシック音楽における秘境で活躍した作曲家たちを敬愛する方々には広く愛されておりますが、特徴的なのは変拍子と突き刺さるような不協和音。アメリカで作曲を学んだせいもあるのでしょうか、派手でダイナミックな作風です。70年代にはキース・エマーソンによって取り上げられプログレの人にも人気です。↑の動画では《クレオール・ダンス》という作品をメタリカとか好きそうなお兄さんが弾いています。



D


 あとヒナステラはどうやら撥弦楽器に愛着を寄せていたようです。ハープのために協奏曲を書いたりなど割と珍しい曲を書いていますね。もちろん世界中で広く愛される撥弦楽器界の大メジャーであるギターのためにも作品を残しています。↑は彼が書いた《ギターのためのソナタ》全曲。最初は穏やかな曲調で「お、これは哀愁が漂っていて南米的な叙情性が…」などとアゴヒゲを撫でながら思わされるのですが、曲が進行するにつれヒートアップしていき、結局ラストはバーバリックな世界へと没入してしまうのがカッコ良いですね。あと、ナットより上にある弦を弾く特殊奏法がありますが、これヴァンヘイレンもやってたなぁ、などと思いました。どうでも良いですが。



ヒナステラ:ピアノ協奏曲第1番Op.28/ピアノ協奏曲第2番Op.39
マリニス
アイヴィー (2001/05/01)
売り上げランキング: 55,291



 ヒナステラで私が一番好きなのはピアノ協奏曲だったりするんですけれど。特に第一番は20世紀以前の有名なピアノ曲から数々の引用がある(ように聴こえる、似てるだけかも)ので面白く、しかし基本的には常にピアニストは忙しそうな感じ。弾き終わったらピアノの調律がかなりずれてしまいそう…そんなことはないか…。一言だけ最後に言わせてもらうと「アルゼンチンはタンゴと音響派の国ではない」――そう肝に銘じておくことは大切です。




*1:本当はかなり違うんだけど…





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夕涼み

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Unhalfbricking
Unhalfbricking
posted with amazlet on 06.07.14
Fairport Convention
Island (2003/03/03)
売り上げランキング: 27,928



 暑い。ここ何日か東京では熱帯夜が続いていてしんどくなる。家に帰ると、速攻ピピッとエアコンのスイッチを入れ、そのまま汗がひくまでダランとしてしまい、なかなか読書や真剣に音楽を聴くのに移行できないでいる。で、そんなときにフェアポート・コンヴェンションを聴いたらガッツリそのときの気分に音楽が溶け込んでやけに昂揚してしまった。冷房のパリンと効いた部屋でトラッド・フォークを聴く。ちょっと大人の贅沢(そんなことはない)。





 「ビール飲みてぇ!」って思ってしまうのだけれど、部屋を出るのが嫌なのでビールの代わりに「『トラッド・フォーク』の『フォーク』の部分って直接『アメリカンなフォーク・ソング』を指し示しているのか?」っていうことを考えてみることにした。もともと私は「トラッド・フォーク」を「トラッドなフォーク」だと文字通りに受け取っていたのだけれど『Unhalfbricking』というアルバム(ジャケ写最高)だとボブ・ディランのカバー が3曲も入っていたり、カントリー臭かったりするのを聴いているうちに「もしかして『トラッドが入った《フォーク》』なのかも…」と気がついたのである。





 とは言っても、アメリカという国は移民の国。カントリー・フォークも元々はアイリッシュなりブリティッシュなり、文字通り「祖国の民謡」なのであって、第二の意味(トラッドが入った《フォーク》)であってもそんなに第一の意味と変わらないのだが。まぁ、第二の意味では《フォーク》の部分にディランやジョニ・ミッチェルなどプロテスト・シンガーの固有名が暗に含まれてるんだな、と思ってしまったわけです。





 どうでもいいんですけれどね。「Cajun woman」で聴けるスライド・ギターとフィドルのインタープレイがとてもカッコ良いからそんなこと忘れてしまう。ああ、サンディ・デニー…リチャード・トンプソン…。





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別に世界情勢と絡めて読んだわけではない

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旧約聖書出エジプト記
旧約聖書出エジプト記
posted with amazlet on 06.07.14
関根 正雄
岩波書店 (1969/01)
売り上げランキング: 82,173


モーゼとアロンとヤハウェが主なキャラクターの章。イスラエルの子孫って…ほとんど呪われてるんじゃないか……というお話である。モーゼが引き連れる民衆は辛い目に会うけど、もっと酷いのは断然エジプトの人々であって、「災いを呼び込む民族」としてユダヤを批難する反ユダヤ的な思想の源泉みたいなものに触れた気がする。




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あとこんなの見つけた

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DuBois: Timelapse
DuBois: Timelapse
posted with amazlet on 06.07.13
Luke Dubois
Cantaloupe (2006/05/09)


 R.Luke DuBoisという作曲家のアルバム。よく知らないけれどスペクトル楽派の人らしい。《Billboard》という作品がメインで入っているのだけれど、これはすごいよ。その名のとおりビルボード・チャートを扱っていて、1958年から2000年までにチャートでナンバー1を取った曲合計857曲を分析し「スペクトル平均値」を作成、それで出来た「音の波」を「1週間=1秒」で再生するという壮大な作品。他の収録作品も似たようなもので、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》や映画『カサブランカ』のサントラを「スペクトル平均」化している*1





 「バッカじゃねーの(笑)」と唾を引っ掛けたくなるような「実験作」だけれど、天才と狂気は紙一重ってところでしょうか。スケールに関して言えばシュトックハウゼン大先生の《ヘリコプター四重奏》にも匹敵する大きさ、とも言えるけど…。





 ちょっと欲しくなっている自分が嫌だ(もはや病気!)。






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Post-Minimal/Post-No Wave

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A Ballad for Many
A Ballad for Many
posted with amazlet on 06.07.13
Don Byron Don Byron Bang On A Can
Cantaloupe (2006/06/13)


 1987年に結成されたNYの現代音楽アンサンブル、バン・オン・ア・カン(Bang on a Can)の新譜が出ていた模様。今回はドン・バイロン(ビル・フリーゼルなどと共演していたクラリネット奏者)をゲストに迎えていて、収録された曲目はすべて彼の手によるもの。曲によるんだけれど、フレッド・フリスのヘンリー・カウやスケルトン・クルーあたりを彷彿とさせるところがあり、とてもカッコ良い*1。パーソネルにギターでマーク・スチュワートってあるけど、まさかポップ・グループの人と同一人物ってことはないよなぁ…。





 元々スティーヴ・ライヒやテリー・ライリーなど所謂「ミニマル」を演奏し続けていた彼らだったが、ここ5年ぐらいの間に出しているアルバムはどれも興味深い。今知ったけれど、エイフェックス・ツインの曲をアコースティックで再現するというバカっぽい感じの企画にもグループのメンバーが絡んでいるみたいで活動はますます広がっているみたいだ(ちなみに企画の出来は、というとホンモノの楽器を使っているものだから、やたらと音がもっさりしていてドリルン・ベースなのに和んでしまうという怪作である)。








Classics
Classics
posted with amazlet on 06.07.13
Bang On A Can
Cantaloupe (2002/10/04)
売り上げランキング: 221,914



 バン・オン・ア・カンの「入門盤」その1。レーベルがソニーだった頃に発表された作品をまとめたもの。「ミニマル=チルっちゃうよねー」的な凝り固まった脳髄に電流が走る刺激的な作品が多い。ジョン・アダムズっぽかったりもするんだけれど。「NYノー・ウェーヴがアカデミックな方向へ行ってしまった」とか「去勢されたニューウェーヴ」とか色々言い方はあるのかもしれない。



Music For Airports
Music For Airports
posted with amazlet on 06.07.13
Brian Eno Bang On A Can (1998/02/24)
売り上げランキング: 70,296



 入門盤その2。言わずと知れたアンビエントの名盤ブライアン・イーノ『Music For Airports』(藤原ヒロシも大好き!)を演奏したアルバム。元が良いから、良いのはあたりまえなんだけれど。






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誰だよ、これちくま文庫に入れたの

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 極真会館の設立者、大山倍達の自叙伝的カラテ論。大槻ケンヂのエッセイで内容については知っていたのだが、大変面白かった(解説も大槻ケンヂが書いている)。牛殺しの模様なども詳細に記述されており(場所、屠殺場だったそうな)、今では考えられない対動物モラルに驚く。動物保護に熱心な国なら如何にマス大山であっても実刑は免れないであろう…。





 ちなみにマス大山が言う「牛と戦って勝てる男の条件」は…




  1. 100メートルを10秒台で走れる(無理)

  2. 体重75kg以上(10kg以上足りない)

  3. 腕立て1000回、天井のサンを掴んで移動する握力(無理)

  4. 手刀で瓦を25~30枚割れる(腕が折れる)


…だそうな。壮絶です。あと気をつけなくちゃいけないのは「牛選び」だそうですよ!年取ってて、デカイ牛の方が殺し易いんだってさ。殺せると分かってる相手を痛めつけて殺すなんて…虐殺じゃないっすか……大山先生…。





 この本の面白さについては大槻ケンヂが解説で語ってくれているから良いとして、若かりし頃の大山日が本刀で襲われた話を個人的に最も好きな箇所として挙げておく。そこで大山は振り回される白刃からなんとか逃げようとするんだけど、追い詰められ「死ぬ!」そう思った瞬間に真剣白刃取りを成功させちゃう…っていう。その奇跡のような瞬間に刀振り回してるほうも、白刃取りしちゃったほうも驚いて顔を見合わせ「驚きが私たちの意識を奪っていた」と述懐しているところが良い。すごく男と男のマッチョイズムがあって、カッコ良い。中島敦の『名人伝』にもこんなシーンあったよね…。





 似たような本で『アントニオ猪木自伝』もかなりブッ飛んでいて面白いんだけど、どうして格闘家の本ってこうも面白いのかね。極度にバカが突っ走ってるノリは猪木も大山倍達も似ていて、実は同じゴーストライターが書いているんじゃなかろーか、なんて思ってしまった。あと読んでいて高校時代隣の席だった人のお父さんが、極真カラテの師範(世界選手権第2位)だったことを思い出す。元気かな、Sくん。





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クレイジー・ダイアモンドは帰ってこなかった。

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http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/5169344.stm


 ピンク・フロイドのオリジナル・メンバーだったシド・バレットが死去。廃人、引退同然でシーンに戻ってこないのは知っていたけれど、やはりショッキングでした。あー……。橋本真也一周忌の夜にこれかよ……。





 id:spo0nさん経由で知りました。





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Youtubeで鑑賞するショスタコーヴィチ作品

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 引き続き、Youtubeを観ていたらザクザクと興味深いものが出てきたので挙げておく。





http://www.youtube.com/watch?v=ZtRSmboXx4k


  Seraphina Quartetという団体によるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番の第1楽章、第2楽章。音大生かなんかだろうか、やたら若い(カメラが遠いからわからないけど、セカンドヴァイオリンの女の子がすごい美少女、に見える)。アンサンブルとかかなり荒っぽいし、ヴィオラがソロでたくさんある音符を弾ききれなかったりするんだけど、とても良い。特にアタッカで第2楽章突入するところのクレッシェンドから一気に突き進んでいくところは、ボロディン弦楽四重奏団(ドゥビンスキー時代)による名演そっくりでとても研究している感じがした。





http://www.youtube.com/watch?v=zcODAzrkJcA


 Sgourosくんという17歳のピアニストによるショスタコーヴィチのピアノ作品(アップした人も曲名教えて欲しいらしい)。私も聴き馴染みがない曲でよくわからないけれど、《24の前奏曲》にも《24の前奏曲とフーガ》にもこんな曲ないしなぁ…。もしかしたら相当貴重かも。





http://www.youtube.com/watch?v=hsie6Kddzqo


 レオニード・コーガンによる《24の前奏曲》のヴァイオリンとピアノ版。作品番号は34番とかなり若く、かなりプロコフィエフの匂いがしてくるのも面白い。それにしてもコーガンの演奏スタイルはKGBの姿と重なるクールさだ。





http://www.youtube.com/watch?v=HRERQKVlUu0


 ショスタコーヴィチ最初期の作品《三つの不思議な踊り》(作品番号は5番)。Harry Ellermくんという少年の演奏だけど、むっちゃくちゃ上手い(細やかなニュアンスとかは聴かせてくれないけど)。この作品作曲者の自作自演録音持っているんだけど、作った人よりしっかり弾いてる気がする。





http://www.youtube.com/watch?v=WElXaDVWv_U


 Mikhail Kugelさんという人が勝手にショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタをヴィオラ協奏曲に編曲してしまったものを編曲者本人が演奏している。とても珍しい音源。クソみたいにつまんないオーケストレーションがされてて遺族も激怒するんじゃなかろーか。伴奏はマーストリヒト音楽院のオーケストラらしいけど、こんなのに付き合わされるのでは学生も大変だよ。





http://www.youtube.com/watch?v=oPjnY05_aS


 さっきは出てこなかったマキシム・ヴェンゲーロフのヴァイオリン協奏曲第1番。弾き方が派手でかなり面白い顔で弾いてるけど、案外線が細い音色…。歌いこみネットリだけど、音色が細いせいでやけに爽やかな印象。





http://www.youtube.com/watch?v=3PBGCGC_53c


 番外編。なんかマーチングバンド用に勝手に色んなショスタコーヴィチ作品が引用され編曲されてる曲。タイトルは《ショスタコーヴィチの情熱》だそうな。引用されているのは交響曲第10番2楽章、ピアノ協奏曲第2番2、1楽章、交響曲第7番4楽章とくる。案外ハマっていてこういうのは面白い。





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オイストラフ映像集

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http://youtube.com/results?search=oistrakh


 mixiを見ていたら、Youtubeにソヴィエトを代表するヴァイオリニスト、ダヴィド・オイストラフの映像がアップされていたことを知る。おどろくほど充実したライブラリ状態になっているので必見。特に気になったものをあげておく。





http://youtube.com/watch?v=Jk786KRIkQw

 ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番のカデンツァ部分*1。1967年の映像らしい。伴奏は時期的に考えてロジェストヴェンスキーかコンドラシンだと思う。聴いて確認しなくちゃわかんないけど、1967年はオイストラフがコンドラシン/モスクワ・フィルと来日したときの映像かも(だとしたら俺、音源持ってたな…)。勢い余ってハイポジが半音ぐらい上擦ったり完璧な演奏とは言いがたいけれども、最初のほうの体から力が抜けきった感のある「達人のボウイング」が美しく、何故ここまで自然に見えるのに馬鹿みたいにデカイ音が出るんだろうか、とか思う。自然に見えても実際にはヴァイオリンなんて身体的拘束を無茶苦茶強いる楽器なのだけれど、その拘束と身体との抗いの中で表現しているヴァイオリン奏者の様子というのは、土方巽の舞踏の美しさと私の頭の中では繋がっている。





http://youtube.com/watch?v=bbWHZX7VmiE

 これはオイストラフとスヴャトスラフ・リヒテルのデュオ。ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番4楽章。1970年の映像だから死ぬ4年前の最晩年。zショスタコーヴィチの協奏曲でもそうだけれど、さすがのオイストラフも速いパッセージの中で微妙に音程が怪しかったり細かいところを聴いてしまえば技術の衰えが感じられる。けど、演奏の内容が濃ゆい。っていうか、こんな濃ゆい演奏をずっと続けてたら、そりゃ死ぬよ、とか思った。ロストロポーヴィチが長生きしてるのは、途中であんまりチェロ弾かなくなって、弾いても60年代のように鬼のようなテクニックで曲を弾き倒すようなカデンツァを取らなくなったのが理由なのかもしれない*2。この映像だと、リヒテルが弾き終わってサッと老眼鏡を外すのがカッコ良いなぁ。





 あんまり関係ないけれど、映像を観ていてリヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィチと旧ソ連の音楽家が日本で未だに根強い人気を持っているのは、ソ連が文化的に閉鎖されていたという特殊な環境のおかげで一種の「前時代的なアプローチ」が残っていたせいなのかな、なんて思ったりした。悪く言えば大げさなルバートや、畳み掛けるような派手なストリンジェンドを我々は「熱い演奏」だとか評するけれども、それってものすごく古いタイプだと思うのだ。指揮者で言うならフルトヴェングラーとかメンゲルベルクとかのタイプ。そういうスタイルの演奏家って西側諸国だとかなり早い時期に姿を消していて録音もあんまり残ってないはず。技術の発達していた時期と重なって、古き良き時代のスタイルを録音できた演奏家だから、ソ連の演奏家って好まれてるのかも。




*1:ショスタコの協奏曲第1番はレオニード・コーガンの映像もある。http://youtube.com/watch?v=b0Wlx8OeFlo


*2:ロストロポーヴィチの全盛期はhttp://youtube.com/watch?v=qJb0GiracMoだろうか。オイストラフ、コンドラシンとのブラームスの二重協奏曲。カッコ良いぞ





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武田泰淳、萌え

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富士日記〈中〉
富士日記〈中〉
posted with amazlet on 06.07.11
武田百合子
中央公論社 (1997/05)
売り上げランキング: 13,611



 武田泰淳夫人であった武田百合子の『富士日記』。長いので少しずつ読んでいる。普段、本が何巻にも分かれている本は一遍に買ってしまうのだけれど、これは一気読みとかだと勿体無いぐらい良い文章。別に凝った表現があるわけじゃないのだけれど、すっと浸透していく自然さがあり、とても良い。これぐらい自由にものごとを捉えることができたら、生きるのが随分楽しいだろうな、と思う。武田百合子は普通の人が一しか感じられないものを、十汲み取ることができる、そんな感性の持ち主だったんじゃなかろーか。





 武田百合子が泰淳からこどもみたいにして頻繁に怒られているのも可愛いのだが、やはり泰淳も可愛い。車でどこかに出かける奥さんのことをニコニコしながら手を振って見送ったりする。風貌は年老いた牧羊犬みたいだし、書くものはグロテスクすれすれの異形の文学なのに、奥さんといると何とも可愛らしい。むしろ、すごいもの書いてるからこそ、そのギャップが可愛いのかもしれない。「ハッ!?武田泰淳……ツンデレか…?」と思ってしまった。何度キュン死寸前に追い込まれたことか。





 それから武田家をとりまく人たちの描写も良い。武田家で住んでいる山荘の近くには大岡昇平も山荘を持っていてよく登場する。『富士』にそのエピソードが挿入されているけれど、武田家で飼っていた犬のポコが不幸な事故で死んじゃって慰めに来るところなど良い。慰め方もおかしくて。大岡が今まで飼っていた犬の死ぬ様子などをずーっと話す…っていう。「それ、慰めてんのか、本当に、怒られるぞ」とか思うんだけど、やっぱり芸術家とか作家って感覚違うのかしらん。よくわからんけど大笑いしながら、夜を過ごして元気が出た、などと書いてあった。





 それから唐突にデモの話などが出てきて「なんだ?」と思って、その年の日付を確認してみると「昭和44年」だった。1969年か。





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お前ら、怒ってるか!

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長距離走者の孤独
長距離走者の孤独
posted with amazlet on 06.07.10
アラン・シリトー 丸谷才一 河野一郎 Alan Sillitoe
新潮社 (1973/08)
売り上げランキング: 29,093


 先週の土曜日から(体脂肪減少を目的に*1)走り始めた。家に帰って、ハーフパンツを履いて、自転車で近所にある大きな公園のグラウンドへと向かう。今日も走り終わって帰ってきたところ。それまで行ったことのない公園だったんだけれど、平日だというのに結構人が多くてビックリした。売店ではカキ氷やビールなんかも売っていて日陰でオジサンが良い感じに、さきいか食って酔っ払っていて「なんだこんな穏やかなところがあるなら、もっと早くから行けば良かった」なんて思う。東京の良いところは広い公園がいくつもあるところだ。





 テンポが速い曲をiPodで聴きながら走っている。ナンバーガールのベスト盤とかがとても良い。「この…ふくらはぎの痛み……何かに似ている…そうだ…これは…青春の痛みだ……この呼吸の苦しさは……恋の苦しさだ……」とか全く思わないけれど、良い気持ちになってくる。アヒトイナザワの刻むビートと走るテンポがぴったり合致したときなんて鳥肌ものであって「俺は、今、身体で音楽を聴いている!」と叫んでしまいそうになる。若さが戻ってくる感じもする。肉体的にも、精神的にも5歳ぐらい時間が戻った感じ(走っている間だけ)。





 私が走っているとき、いっつも近所のこどもの陸上クラブみたいなのが同じグラウンドで練習している。この前見た時は中学生(と思われる)男子が3人しかいなかったんだけれど、今日はメンバーが増えていて、明らかに小学校低学年のこも混じっていてビックリした。保護者が「ウチのコも小学校入ったから陸上でもやらせてみようかしら。健全な精神は健全な肉体に宿る、って言いますものね。オホホ」なんつってクラブにこどもを放り込むのかもしれない。中学生ぐらい男の子の体は、二の腕が私の手首ぐらいしかないぐらい細くて「アスリートの体つき」をしていたのがカッコ良い。のだが、表情はなんか結構つまんなそうで「お母さんがクラブ頑張れって言うから走ってるけど…」みたいな感じ(全部推測だけど)。従順だなぁ…と思った。





 走り終わって自転車乗って家に帰る間「あぁ、今の中学生は『長距離走者の孤独』なんて読んでないんだろうなぁ」とか考えていた。アラン・シリトーの怒れる、反抗する若者の小説。読んでたらきっと陸上なんてやめてるはずだもんね。「俺はなぁ、本当は園芸がやりたいんだよ!!」とか言って、ユニフォームを脱ぐはずなんだ。そんな怒りがものすごくカッコ良い、と思う。尖ってて、かつ、カッコ良い。今度会ったら「尖ってても良いのは、思春期の特権だから、君ィ、もっと怒りなさい!」と新潮文庫を投げつけてやろうと思う。投げないけど。




*1:最近体脂肪を計ったら、7.5%だったのが15%と倍に増えていてショックだったのだ





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ブエノスアイレスの熱

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チャプター・ワン
チャプター・ワン
posted with amazlet on 06.07.09
ガトー・バルビエリ
ユニバーサルクラシック (2005/02/23)
売り上げランキング: 80,853



 ここ最近はガトー・バルビエリ(アルゼンチン出身のサックス奏者)を移動中などに繰り返し聴いていた。ケーナ、ギター、インディアン・ハープ、パンフルート…と南米臭がする音楽。レベル的にはジプシー・キングスぐらいのものだと思うのだが、なんかコカの葉っぱ噛みながら演奏していそうな適度にヌルいバンドをバックに、ガトー・バルビエリがまるでバリバリとした独特な音色を持つテナー・サックスをブロウしまくる感じがとても良い(あんまり芸が無い感じも良い)。こいつら、ラマに荷物積んで移動してんじゃねーか?などと思う。ポンチョ着てさ。





 音楽的にそこまで完成された感じはしない。アストル・ピアソラのタンゴが「あんな小奇麗なヤツ、オラがとこの音楽じゃねぇだ!」と地元民から言われるぐらい洗練されていたのに対して、バルビエリの音楽はもっと締まりがユルい。だからこそ、私には何か音楽が生きている感じがする。若干、インチキ臭いんだけど。ジャズと南米の音楽の幸福な蜜月…と言えば言いすぎだろうか。でも、見事にフゥージョンしている。





 1973年。マイルス・デイヴィスもバリバリ活躍していた頃に発売された異端のジャズ/異端の南米音楽。ジャケットのいかがわしさも最高です。アルゼンチン。カルロス・クライバー、マルタ・アルゲリッチ、ブルーノ・ゲルバー、ダニエル・バレンボイム…とクラシックの分野でも有名な人を輩出しているけれどもそんなに音楽の盛んなところなんだろうか…。謎。





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『言葉と物』…買わなきゃ…。

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フーコー・コレクション (2)
ミシェル・フーコー 小林康夫 石田英敬 松浦寿輝
筑摩書房 (2006/06)



 フーコー・コレクション2『文学・侵犯』の巻を読む。まぁ、半分ぐらいは知らない作家の話だったりして眠気を我慢しながら読んだのだが。収録されたもののなかでは『作者とは何か』という講演・シンポジウム(参加者が好き勝手自分の意見を言ってるだけで全然噛み合ってない)が最も個人的な示唆を与えてくれ良かった。半分も理解できていない自信だけはあるけれど。あと暗に「サント・ブーヴ批判」をしているところが面白い。作者名、固有名、エクリチュール、批評。このあたりの思考の断片を論文に生かせないかなぁ、とか考える。もうちょっと勉強しなきゃダメだなぁ。





 訳文で「さてそれでは、この《作者》という機能を分析せねばなりますまい」となっているところで、読んでいるページがベラベラッと捲れ、カバーの袖にあるフーコーの写真が見えてしまったとき、なんか大爆笑してしまったのは、全く本の内容と関係ない。でも、絶対「なりますまい」はないよなぁ。武士じゃん。





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逃走するシェーンベルク/絶対音楽の呪縛

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シェーンベルク :室内交響曲第1番 / 6つの管弦楽伴奏付歌曲 他
マーク(アレッサンドラ) ドレスデン・シュターツカペレ シェーンベルク シノーポリ(ジュゼッペ) ドレスデン州立歌劇場合唱団 トムリンソン(ジョン)
ワーナーミュージック・ジャパン (2000/01/19)
売り上げランキング: 36,129



 シェーンベルクが戦後に書いた「問題作」、《ワルシャワの生き残り》を聴く。1947年に書かれたもので、タイトルから予想できるように「ナチスに虐殺されたユダヤ人へのレクイエム」的な作品である。編成は朗読+合唱+オーケストラというプロコフィエフの《ピーターと狼》みたいな感じだけれど、作品の性格は180度異なる。読み上げられるテキストはシェーンベルク本人が書いていて、結構これが過激である。「ポーランドの地下で逃亡生活をしていたユダヤ人のところに、ドイツ軍が踏み込んできて、自分も含めて捕まっちゃう。ナチの軍曹の扱いはそりゃあもう酷くて、殴るわ蹴るわ。気がつくと牢屋の中にいて、自分以外の仲間は全員ガス室送り。一人ぼっちの主人公は、ガス室の中に送られた仲間たちが歌う『申命記』からの一節を聞く」…というゾッとするようなもの。





 この作品のオーケストラの扱いは、語る場面とシンクロするように用いられている。といっても、そこはシェーンベルクだからディズニー映画のようにメロディで人の心を動かすわけではなく、12音技法で書かれた「恐怖映画のサウンドトラック」的。音列自体には何の意味も含まれていないのだが、テキストと共に存在することによって、音列(そしてその操作)に具体的な意味が生じているように聴こえる。





 のだが、この「意味の生じ方」、それはシェーンベルクにとってかなりの問題なのではないだろうか。後期ロマン派最後の末裔として《グレの歌》や《室内交響曲》を書き、そして無調/12音技法へと到ったシェーンベルクの意図の中には、19世紀後半からあった「絶対音楽」的な思想が存在していた。器楽が珍重されれ、「音楽は音楽しか表現しない」という自己言及的な芸術へと向かった「絶対音楽」。それを端的に言い表しているのがヴァッケンローダーの「器楽曲は一つの隔絶された世界それ自体だ」という言葉である。ある時期において、その「音楽しか表現しない音楽」を創作するために、シェーンベルク(むしろ、ヴェーベルンが重要かもしれないが)の手法は非常に有効なものであった。音列は具体的な内容など何も語らないければ、表題が物語的なヴィジョンをかきたてることもない。この究極の無内容さがシェーンベルクに「ドイツ音楽の優勢は 今後100年間保障されるだろう!」と言わしめることとなった、と私は考える。





 だからこそ《ワルシャワの生き残り》で、「音楽」の扱われ方が問題となってくる。ここでは音楽はまるでテキストの添え物だ。「音楽」が「具体的な内容」を持ち、(アドルノが痛烈に批判した)社会主義リアリズムのプロパガンダ音楽のようにも響く。この音楽のメッセージ性によって、シェーンベルクの音楽は社会へと参入するように取り扱われる、が、それによって「絶対音楽性」は瓦解してしまうのである。保障された「ドイツ音楽の優勢」はどうなってしまうのだ…などと思いながら、この「転回」が一種の「挫折」にようにも思えた。この時点、1947年の時点で「現代音楽(絶対音楽)の未来(の無さ)」が浮かび上がるような気がするんだよね。





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イギー・ポップ・ファンクラブ

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 なんとなく半年近く週2ペースで筋力トレーニングを続けています(イギー・ポップみたいなパキパキの肉体が欲しくて)。だいぶ体つきが変わりました。その肉体変革を無駄に(周りが嫌がるくらい)アッピールしているため、近頃は女性からダイエットやエクササイズの相談を受けるようなことがあります。「二の腕が…」、「わき腹が…」とか。まぁ大体基本は「痩せたい」というような話なんですが大体求められているのは「どうやったら『手軽に』痩せられるのか」というような情報。食事の仕方だとか…。





 個人的に「食事を制限するなどして痩せる」というものは、ネガティヴな方法なので推奨しておりません。食事は人生の大きな楽しみの一つなんですから、それを削って痩せて美しくなったとしても、その人はトータルで人生の楽しみを削ってんじゃないのか?なんて思います(まぁ、炭水化物を少し控える、というぐらいはとても効果的なんだけれど)。なので、私が代替的に薦めるのはポジティヴな「筋トレ」。脂肪燃焼のためにはジョギング、ウォーキングなどの有酸素運動が効果的ですが、まぁやはり毎日30分とか走るのはダルい。その点、筋トレならものの10分、テレビを見ながら、本を読みながらでも出来ますから、いつでもできるわけです。で、まぁ筋力がつくと何がよくなるか、と言いますと「基礎代謝能力」が向上するわけです。普段の生活の中で消費されるカロリーが増える、と。痩せたい、という場合、カロリーの燃費が悪い方が言い訳です。体に溜め込んじゃうと、脂肪になってしまいますから。





 私が一回のトレーニングにこなすのは、腹筋10回を2セット、腕立て伏せ10回を3セットぐらいのものですが(全てスロートレーニングで)、女性の場合「腕立て一回もできないよ!」という人も多いです。そんなお姫様方にオススメしたいのがチューブ・トレーニング。オススメ、と言っても私も今日はじめたばっかりなんですが…。





 セラバンド セラ・チューブ ブリスターパック ブルー DAP14を買いました。私の場合、鍛えるのが難しい広背筋をイジめるため購入したのですが、上半身から下半身まで様々な部位に有効なトレーニングが可能です。素晴らしいのが、コストパフォーマンスの高さ(大体どれも2000円ぐらい)と体への優しさ。当然のようにゴムは引っ張れば引っ張るほど負荷が強くなるものですが、逆に言えば「最初は負荷が低い」ということでして、ダンベルなどと違い関節に負担をかかり難い、ということです。腕立て伏せをすると、腕の関節がパキパキ鳴って怖い、という人にもオススメ。





 30分ほど、色んなトレーニングをして試してみましたが、人体の自然な動きと近い感じでトレーニングできるため、目的の部位以外にも効いているらしく全身に心地良い疲労感が漂う感じ。良いです。





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落語のエクリチュール

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古典落語 志ん生集
古典落語 志ん生集
posted with amazlet on 06.07.07
古今亭 志ん生 飯島 友治
筑摩書房 (1989/09)
売り上げランキング: 73,548



 10年以上前に一度行ったきり寄席を観に行く機会は無かったのだが、日本の芸能に興味を持ち始めたので古今亭志ん生の『古典落語』を「読んでみた」。よみはじめてすぐにちょっと違和感を感じたのは、当たり前のことなんだけれど「ここからは音声が消失している」ということ。「ああ、これはバルトークの採譜したハンガリー民謡の楽譜みたいだ」と思った。様々な仮名の用法を用いて、なんとかニュアンスを文字化する試みがページ上で繰り返されているんだけれども、パッと見は現代文学のよう。「…ちょっと……もし…お父上……屑屋さんがまいりました」――まるでセリーヌ!





 とても面白くてクスクスと笑いが吹き上がってくるのを抑えるのが必死。この本に収録されているのは廓話(くるわばなし。吉原とか遊廓周辺のお話)が多いんだけれど、人情物でジンとさせられるものもあり良い。江戸の町人文化についても触れられるのだけれど、私はどちらかといえばお侍さんがでてきて人情が交錯して面白くなっちゃうのが好き。だからベストは「井戸の茶碗」。これはお侍同士の潔白な精神がぶつかり合う良い話。過剰な生真面目さの面白さ、というか。何につけても「過剰なもののおかしみ」というのはある気がする。あんまり関係ないけれど、志賀直哉の『赤西蠣太』を思い出した。




 Youtubeで探したらちょうど志ん生の映像が出てきた*1。この映像の「風呂敷」も本に収録されていて、大変笑わせてもらった。映像を観て、読んだものが肉付けされた感じ。電車の中で読んではいけない。






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ミサイルとプログレ

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コンストラクション・オブ・ライト(紙ジャケット仕様)
キング・クリムゾン
WHDエンタテインメント (2006/07/26)


西の方から東へとミサイルが飛んできて新聞も大騒ぎ。職場(喫茶店)の方にも、昼飯時にブツブツと新聞とその問題について対話している人がいて不気味だった。昔はこういうことが起こるたびに(オウムであったり9.11であったり)「あー、俺んとこにもなんか被害あって全部めちゃくちゃになっちまわないだろうか」とネガティヴ全開の思考をめぐらせていたものだけれど、いつの日か、そんな風に思わなくなり今は「あー、ミサイル落ちなきゃいいなぁ」とか思う。死にたくはないよねぇ。歳を取るごとに生への執着心は強くなっていて、それは成長の証なんかもしれないけど、悟りの道は遠いなぁ。



「めちゃめちゃになってしまえば良いのに」*1とかなんであの頃考えてたんだろうなぁ、とか考えていて、ふと宮台真司の使う言葉が思い浮かんだ。「世界の根源的な無規定性」、「生の無目的性」、「主体の交換が可能である社会」への気付きとそれに伴う鬱…というかね。宮台さんは「キング・クリムゾンの自己破壊的な…」とか「シンフォニック系のプログレの宇宙性が…」とか言いますけれど、それがものすごく分かってしまうのは、その鬱だった頃にプログレばっかり聴いていたからであって、それはちょっとイタい経歴である。でもその頃は「変拍子で世界が変える!」とか本気で思ってたんだから(仮想敵はメロコア/パンクスね)。




懐かしくなってキング・クリムゾンを聴きなおしたりしていた。っていうか棚調べていたら買ったけど一回も聴いていないCDとか出てきてビックリしちゃったよ。2000年発表の『The ConstruKction Of Light』。ビル・ブラフォード、トニー・レヴィンがいなくなったアルバム。「80年代以降のクリムゾンはクソ!」とか思っていたんだけれど、ニューウェーヴ再評価以降の耳を以って聴くと良いアルバムが多くてビックリする。このアルバムには一曲もキャッチーな「アルバムの代表曲」が入ってないから印象薄いんだけれど、この前の『Thrak』とか最高です。ギター、ベース、ドラムが二人ずついる『ダブルトリオ』っていう触れ込みで、二本のベースの絡みがパキパキのポリリズム・ファンクでかつ変拍子ですごいんだからもう。このアルバムだとのダブル・トリオを解消しちゃって、そこまでカッコ良くない。けどブライアン・イーノ絡みのニューウェーヴ臭さが抜けて70年代の泥臭さが立ち上がってる感じ。それはそれで良い。


聴いているうちに、付き合ってた女の子のこととか、6年ぐらい前の2ちゃんロック板の雰囲気とか思い出しちゃって、なんだか赤面。こういう「聴けば思い出が蘇ってくる音楽」とかさ、たくさん作っとくと面白いんだけれど、私にとってプログレは全て「ちょっと塞いでおきたい暗黒面」です。好きなんだけど。「はてなTシャツ欲しい!」もらえるものは全部欲しい!



*1:こういうのをセカイ系って言うんですか?




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NYジャズの現在形

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Live at Tonic
Live at Tonic
posted with amazlet on 06.07.06
Christian McBride
Ropeadope (2006/05/02)



 HMVで試聴して衝動買い。「ジャズは常にクールな音楽だ」という神話を信じさせてくれるすごくカッコ良いアルバム。ヒップホップだとかクラヴ・ミュージックの要素を上手く消化して、ジャズに沈着させた現代系フゥージョンとも言うべき音楽ですね。




 バンドリーダー、クリスチャン・マクブライドに関してはなんも知らなかったんだけれど、最近ではチック・コリアとも一緒に演奏をしているスゴ腕のベーシストだそう。「バカテクのベーシストがバンドを組むとロクなことにならない」とどこかで思っていたフシがある私ですが*1、これは良い。適度にテクニックを披露していて、バンドからはみ出さない仕事っぷりがとても好感が持てます。あと、弓弾きもカッコ良いのだね。惚れました。ほぼ現代のジャズには触れていなかったけれど、今はこういうタイプの演奏者もいるのか…と驚きます。っつーか、みんな有名な音大出てたりするんだろうなぁ。マクブライドさんもジュリアード卒業らしいし、そりゃあ上手いですよ。まぁ、そんなテクニシャンばっかりでもつまんないんだけど。「自分のスタイルを持ってる人」っていうのが「良い演奏者」の条件だと思うので、下手でも良いんです。




 三枚組。一枚目はバンドのライヴ演奏、二枚目以降はゲストを加えてのセッションの演奏が収録されたディスク。セッションの方はカッコ良い演奏だけれど、30分とかやられるとさすがに聴きつかれる。「Bitches Brew」を演奏しているのは楽しいんだけれど。でもこれで、2500円は「安い…」という充実した内容です。試聴は公式サイト*2にアクセスすると勝手に流れてくる他は、アマゾンで全曲が少しずつ試聴できます。





 雑感としては、客層がちゃんと「ジャズ的な《聴取の慣習》」(ソロが取り終わったら自然と拍手が飛ぶ、など)がちゃんと染み渡っているのだな、というのがちょっとした感動でありました。場所がジョン・ゾーン主催のライヴハウスだったせいもあるかもしれないけど。ここが一昨日観たDCPRGのフロントアクト、万波麻希さんのバンドの演奏中の「フロアの冷め方」に触れていたため、「本場は違うなぁ(?)」などと思ってしまった。非常に中2病的な提言かもしれないけれど、万波さんでは超冷めてるのにDCPRGでは超アガる、という現象を目にしてしまうと、固有名による物神化みたいなものを感じてしまう。どうでも良いんだけどさ。それはそれで楽しいし、こういうこと言うのもくだらねー差異化発言に過ぎないし。だったら云うなよ、って感じなんだけど、云いたいんだよ。




*1:ジャコのソロもあんまり好きではない


*2http://www.christianmcbride.com/home.html





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《東京の夏》

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http://www.arion-edo.org/home/

 アリオン音楽財団主催のクラシック/現代音楽フェスティヴァル(?)が今年も開幕した模様。昨年は「シュトックハウゼン3デイズ」という目玉企画がありましたが、今年は特に大イベントはなし。個人的に気になるのは『音楽カフェ談義---音楽評論をめぐって』というイベント*1。メンツがヤバい。





  • 石塚潤一(音楽評論)

  • 伊東信宏(音楽学/音楽評論)

  • 岡田暁生(西洋音楽史)

  • 片山杜秀(近代思想史/音楽評論)

  • 小沼純一(音楽・文芸批評)

  • 近藤譲(作曲)

  • 西村朗(作曲)

  • 野々村禎彦(音楽評論)

  • 吉田純子(朝日新聞文化部記者)


 以上の「談話」が聞けるらしい。「これ行かなかったら、一応音楽を語ろうとしてても嘘になるだろー」とか思ってチケット買おうと思ったんだけど既に売り切れてた。クソ、完璧に出遅れた…。アリオン以外が主催でやってる関連公演では「アンサンブル・サン・リミテ2006定期公演」*2が面白そう。ヘンリー・カウエル、デニーソフが聴ける。知らない間に日本にも現代音楽専門のアンサンブルが増えてきて嬉しい限り。





 『音楽カフェ談義』のチケットに関してはもっと情報を集めとかなきゃなぁ、と反省した。どうすれば効率よく情報収集できますか。






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頑張れ、ポルトガル!

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アート・オブ・アマリア・ロドリゲス
アマリア・ロドリゲス
東芝EMI (1998/09/23)
売り上げランキング: 10,310



 最近、NHK-BSでビートルズだのビーチボーイズだのの古いライヴ映像を深夜流しているらしい。私は衛星放送が観られない環境にあるから分からないんだけれど、どうやらW杯の試合と試合の間で視聴者を固定させる「つなぎ」で流す意図があるみたいだ。




 どうせならもっと露骨にW杯と絡ませて、出場国と絡んだアーティストの映像を流したら良いのに、と思う。イングランドならビートルズよりオアシス。ドイツならベルリン・フィルのライヴあるいはクラフトワーク。イタリアならヴェルディの歌劇。アルゼンチンならピアソラ、みたいに。ちょうどid:azakeri先生とメッセで遊んでいて「ポルトガルならファド*1」とか言ったら、色々ファイルが落ちている場所を教えてくれた。





 それを聴いてすっかりファドが気になってしまい、買ってみたのだ。アマリア・ロドリゲス。ファド界の美空ひばり的存在。ファドの伴奏は主にギターラという12弦の撥音楽器でされるのだけれど、音がデチューンしてぶつかって輝く感じがとても良い。買ったのはベスト盤みたいなものだったから、録音時期は色々だったんだけれど途中でストリングスが伴奏に加わりだして、資本の匂いを感じさせられちょっとしたファドの演奏史みたいなものに触れられる。メロディはちょっとスパニッシュっぽくもあり、イベリア半島の文化的な雑多性も面白い。





 ヘミングウェイの小説に出てきそうな、港町、場末のバー(窒息しそうなほど煙草の煙が立ち込めている)に意識が持ってかれる感じ。




*1:ポルトガルの大衆歌謡





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五臓六腑をぶちまける

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マリ&フィフィの虐殺ソングブック
中原昌也
河出書房新社 (2000/10)
売り上げランキング: 22,266



 遅れてきた渋谷系(嘘)としてオザケン、コーネリアスなどを聴いていた頃、デス渋谷系であるところの暴力温泉芸者を聴いてはいたのだが、小説のほうは興味もありつつ手を出していなかった中原昌也。芥川賞の候補になったので、id:fattybambiさんにオススメを聞いて読んでみた。





 電車のなかでゲラゲラ笑いながら読んでいたので怪しまれたかもしれない。本を読んでいても、音楽を聴いていても最近は「(作者が)批評を受ける意識をしているのが透けて見えるような作品」に触れるたびに「嫌になっちゃうなぁ、もう」とか思ってしまい、鬱になり、そしてイノセントな作品を求めては岩波文庫とかワールドミュージックのコーナーに足を運んでいる。結論として、現代においてイノセントなものを創作しようものなら、先天的な知的障害であるしかないんじゃないか(大江光みたいに)、などと酷いことを考えている次第。あるいは作品の受け手を脱臼させるしかないんじゃなかろーか。脱臼させることに関しては中原昌也という人は超一流である、と思った。





 不可解で、なんだかわかんねー、けどすげー笑っちゃう感じ。上手く言葉にできないんだけど、「今まで読んだことない…な(まぁ私が読んだ本の数なんて高が知れてますが)」という得体の知れない感覚がとても良かった。わかんないものに触れるのって最近はあんまりなくなっちゃったし。何読んでも、何聴いても「○○みたいな感じ」って感じるのは、ちょっと不幸なことかもしれませんね。語りたい欲求とは衝突するんだけれど。





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岡倉さんは怒っているのである

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茶の本
茶の本
posted with amazlet on 06.07.05
岡倉覚三 村岡博
岩波書店 (1961/01)
売り上げランキング: 10,281



 解説を読むまで知らなかったのだが、この『茶の本』の著者、岡倉覚三さんというのは岡倉天心なのだそうな。本自体が有名らしいのだけれど、全然知らなかったよ。フェロノサとなんかやった人、ということしか覚えていない。





 内容はお茶の歴史と茶道と東洋思想についての記述。だが、冒頭から岡倉さんは怒っている。何に対して?――西洋に対して。「いつまでも俺たちはチョンマゲゆってるんじゃねーんだよ」とキレてるのである。で、ちゃんと東洋のことを知ってくださいね、とこの本を書くにいたったわけである。まぁ、なんか暇だったから読んでみたのだが、なかなか読みごたえがあった。最近、友人と「熱いよな」と話しているのが「ニッチな歴史」なので普通に唐・宋・明の中国王朝における茶の飲み方の変遷とかに燃える。





 しかし東洋思想と言いながら、考え方はものすごく西洋哲学の影響があるよなぁと感じた。例えば「茶室」の内装のシンプルさについて「(無駄なものをおかないことによって)美しいものに対して集中的な鑑賞法をすることができる。そこからしか真の理解は生まれない」というようなことを言っている。これって全くヘーゲルじゃなかろーか。イデーを汲み取ること。純粋観照。





 「茶人になりたい」と思ってしまった。ちなみにゴンチチのチチ松村は自称「茶人」だそうだ。なのに、休日の趣味はママチャリに乗って近所の粗大ゴミ置き場から「捨てられたギター」を拾ってくることで、その点を故・中島らもが「そんな茶人がいるかい!」とツッコんでいた。





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民主主義的《春の祭典》

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MUSICAL FROM CHAOS2
MUSICAL FROM CHAOS2
posted with amazlet on 06.07.05
DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN 菊地成孔 坪口昌恭
コロムビアミュージックエンタテインメント (2005/03/23)
売り上げランキング: 6,102


DCPRG@渋谷O-EASTを観ました。




フロアは「死ぬまで踊り続けろ!」的な状態で、実際死にました。《春の祭典》です。ストラヴィンスキーのバレエ音楽においては、ダンサーが死ぬのはステージにおいてであり、しかも選ばれたダンサーしか死ぬことができません。それは非常にファシスト的であります。我々はそのエリート主義によってコンサートホールの柔らかいシートに懐柔されるかのように拘束され、変拍子によって踊ることが禁じられておりますが、DCPRGの場合ですと死ぬダンサーなのは我々であり、しかも生き死にさえも我々の自由なのであります。素晴らしき、民主主義ではありませんか。私は普段は拘束される側の人間なのでフロントアクトを含めて4時間強のライヴはキツかったっすよ。踊りながら眠ってしまい、朧気な視界の中で前に立っていた女性が「スツール」に見えてしまい、体をダイヴさせたりと酷いです。クラヴ系のヤツらは体力ありすぎ。




フロントアクトの万波麻希さんも良かったです。ラッパの人の使用楽器が赤メッキ。ミュートにエフェクター。めちゃくちゃマイルス・デイヴィス・トリビュートじゃないか…。そんなものを見せられて、興奮しないわけがない。80年代マイルスが健康的で、しかも楽器が少し上手くなって、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーにゲスト参加した!と言ってしまうと褒めすぎも良いところですけれど、私は好きなバンド。UKクラヴ・ジャズ的な女性ヴォーカリストがチック・コリアもかねつつ…みたいな。




DCPRGの新曲は、もうなんかトーンクラスターを脱却した時期のリゲティ状態。リズムいくつあるだろう…と数えていたら頭が狂いそうになったので、ビールをガブリと飲んで忘れました。アンコールはじまったら隣のカップルがハグしはじめて、なんか良かったよ。そういうの。爆音でフロアで愛とか恋情を確認しあって「おい、お前ら最高に今幸せだな!」と声をかけたくなりました。




終わりです。最後にちょっと前半ビール飲むペースが速すぎて、ヨレヨレだったんですけど、その時たくさん足を踏んでしまった男性。ごめんなさい。




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プルースト=クラヲタ

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失われた時を求めて〈4〉第二篇 花咲く乙女たちのかげに〈2〉
マルセル・プルースト Marcel Proust 鈴木 道彦
集英社 (2006/05)



 ジルベルトちゃんと会えなくなってから、はや2年。「語り手」は祖母と小間使いのフランソワーズとバルベックという保養地に来ている。2年間で「語り手」の妄想力はさらにターボ装備ぐらいで出力アップしていて、読んでいて心配になるほど。オンナノコの頬を眺めながら「これは、どんな匂い、どんな味がするのだろう」とかとんでもない考えごとをする。大変だ。お前は、岸辺露伴か!





 バルベックではアルベルチーヌというオンナノコに「語り手」は恋をするのだけれど(他にもオンナノコがたくさんいて『俺、一体誰が好きなんだ?』と迷ったりもする。まるで『BOYS BE…』)、彼女に対する妄想と幻滅までの過程が良い。アルベルチーヌちゃんもアルベルチーヌちゃんで「天然のニンフェット」といった感じで、困ったオンナノコなんだけれど。思わせぶりにコケティッシュな態度をとってるんだけど、最後は堅いのである。「私とアナタは友達よね」、「私、そんな簡単じゃないんだから!」みたいなことを言って、最後には「語り手」が拒絶されちゃう。「えー、俺、なんで振られちゃったんだろ…」みたいに思いを反芻するなかで「語り手」が「あ、俺、ヤリたいだけだったのかなぁ…」と気がつくのもアホらしくて良い。





 幻滅とともにバルベックもシーズンが過ぎ、「語り手」御一行が止まっているホテルにも人が少なくなる。いつの間にか文章が「思い出語り」になっているのが、ちょっと切ない。ここ、見事だよなぁ。





 読んでいる間、この官能的な美は、ワーグナーから影響を受けたドビュッシー(《牧神の午後への前奏曲》)やラヴェル(《ダフニスとクロエ》)のエロスと通じるものがあるなぁ、と考える。とめどなく流れる思考は、トリスタン和音的な解決しない和声進行のようだ。些細なところでは「ネウマ」について触れている比喩表現があり、プルーストってものすごい音楽詳しいなぁ、と思った。クラヲタでも「ネウマ」にはなかなか触れないものね。あとは《カヴァレリア・ルスティカーナ》。一発屋の作曲家、マスカーニの作品。間奏曲しか知らないけれど、どんなストーリーなんだろう。





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こういう本って結構好き

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メロスが見た星―名作に描かれた夜空をさぐる
えび名博 えびなみつる
祥伝社 (2005/10)



 先日、祥伝社へ行く機会があり、そのときいただいた本。『新書ブーム』はいつの間にかどこかに消えてしまった感じがあるし「くだらねー本ばっかり出てるなぁ」と思ってしまうけれど、これは良い本です。好感を持ちました。執筆しているのは現役の高校の先生。担当教科は国語なのだけれど天文学ファンで「天文部の顧問」も務めているのだとか。変り種の先生が生徒に教えるような優しい文体で、古典から現代にいたるまでの文学作品のなかに登場する天体についてさぐる、という内容。こういうジャンルとジャンルをくっつけてみるプログレ的な試みって好きです。ちょっとした先生のボヤキみたいなもの含まれていて笑ってしまいます(『稲垣足穂、おもしろいのに教科書にはのらないんだよなぁ』みたいに)。





 小説家だけではなく詩人も多く取り上げられており、なかでも萩原朔太郎の章は面白かったです。萩原朔太郎の詩は、高校時代に家の押入れのなかに放り込んであったのを見つけて以来のファンだったのですが、詩人自身についてはあまり知らなかったので。お金持ちの家に生まれて、大学を4度も入退学繰り返し、結局父親の金で生活していた…ってすげーダメ人間だったんですね。写真の顔が真面目そうだったので騙されていたよ…。ちなみに近所からすごい白眼視されていたらしい(『萩原さんちの息子さん、いくつになっても仕事もしないでブラブラしてんのよ』『まぁ…大変ねぇ』と)。


 

 ここで引用されていた「猫」という詩は萩原朔太郎作品で私がもっとも好きなもの*1。短い詩ですが、不可解で脱臼させられる感じの言葉選びが非常にセクシー。この詩が収録されているのは『月に吼える』という詩集。月といえば「狂気」の象徴なわけで、同じく月をタイトルに含むシェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》を思い起こしてしまいます。雰囲気似てるよ。



Schoenberg: Pierrot lunaire - Lied der Waldtaube
Antony Pay Arnold Schoenberg Pierre Boulez Ensemble InterContemporain [members of] Michel Debost BBC Symphony Orchestra Daniel Barenboim Janis Martin Jessye Norman Pinchas Zukerman
Sony (1993/07/13)
売り上げランキング: 62,605





*1http://homepage3.nifty.com/sakutarou/で読めるけれど、横書きだとすごく違和感あるなぁ





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アマゾンのクソ業者死ね!

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 テオドール・アドルノの『楽興の時』に収録されたシューベルト論を読み返しながら、アドルノが心理学的解釈を批判しつつ、どのようにシューベルト像を書き上げたのかについて確認をしてみた。ハンスリック以前に見られるような音楽批評家の心理学的解釈に対する辛辣な言葉の数々がいちいち笑えるけれど、何度読んでも「よっぐわがんねっす、先生」と泣きたくなるような文章を読むのは大変だ。あんまり人気がないのも察しが付くよなぁ。ただ、やっぱり私には面白いから読むのが止められない。マゾ的な快楽というか。





 面白い論文だけれどもシューベルトという600曲以上も歌曲を書き、俗謡からの影響もありつつ、ロマン派にいながら古典派っぽい曲ばっかり書いていて、ベートーヴェンに追いつきたいんだけどそこまで才能なくて、早死にしちゃった、という作曲家はアドルノ先生の手にも余るようである。アドルノは論文を以下のように締めくくる。



シューベルトの音楽を前に、涙はこころに相談もなく、目に溢れ出る。(中略)わたしたちは、訳もわからないままに泣く。しかし、わたしたちが泣くのは、わたしたち自身がこの音楽の約束するようなものになりえていないからであり、この音楽がひたすらそのようなものであることによって、わたしたちもいつかそれにあやかれることを請け合ってくれている、名づけようもない幸福のためである。わたしたちはこの音楽を解読することができない。しかし、涙にかきくれたくもり目の前に、それは究極の和解の符丁をつきつけているのである



 適当なことばっかり言ってる批評家には地獄突きを与えるような極悪ヒール、アドルノ先生がこのような感傷的とさえいえる文章を書いていることも意外で面白いのだが、最重要なのはそこではない。重要なのは「わたしたちはこの音楽を解読することができない」と言って、それまで一生懸命シューベルトについて語ってきたものをそこで放棄してしまうところにある。我々はシューベルトを「理解すること」は不可能である(大体、なんであんなに曲長いんですか?なんでそんなに不可解なギミックを取り入れるんですか?っていうか曲書くの下手ですよね?)――でも、泣いちゃうんだよなぁ…。というところで、アドルノは語るのを止める。ここに「ミメーシス」という態度が端的に表れている。「わかんない!言葉にできない!けど泣いちゃう。じゃあ、無理して語って言葉にして、わかるもの、言葉にできるものへと置き換えちゃう必要なんじゃないの?それって暴力的じゃないっすか?」と先生は言っているのだ、と勝手に思うことにした。



美の理論・補遺
美の理論・補遺
posted with amazlet on 06.07.03
テオドール・W. アドルノ 大久保 健治
河出書房新社 (1988/11)



 「ミメーシス」についてもうちょっと勉強したいな、と思い『美の理論』を買おうかと思ったら絶版。マーケットプレイスの値段は16000円。なめてんのか!!このエントリーのタイトルはその怒りの表れである。





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再び、ルイジ・ノーノ

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Luigi Nono
Luigi Nono
posted with amazlet on 06.07.02
Luigi Nono Michael Gielen Sinfonieorchester des Südwestfunks Baden-Baden
Disques Montaigne (2000/11/14)
売り上げランキング: 258,972



 先日、ジェルジー・リゲティ死去のニュースが入ってからというもの、ポスト・セリエリスム的世代に位置する作曲家についての興味が湧き始め、どのあたりが聴いて面白そうか調べている。情報源は主にウィキペディア。目下のところ、ヘルムート・ラッヘンマンが面白そうだな、と思っているのだが、ブラームスの交響曲のスコアが欲しかったり、また携帯電話を失くしたせいで機種変更をしなくてはいけなくなったりして兎に角金銭的に余裕が無い。




 ので、ラッヘンマンの師でもあったルイジ・ノーノの作品を聴き直した。上に挙げたのはノーノの作品集で、演奏はミヒャエル・ギーレンの指揮による南西ドイツ放送交響楽団。このコンビはとても良い仕事をするので好きだ。収録されている作品は《カノン的変奏曲》(1950)、《建築家C・スカルパ、その無限の可能性に寄せて》(1984)、《進むべき道はない、しかし進まなければならない…アンドレイ・タルコフスキーに》(1987)の3曲。極左的な政治思想と作品の関連性については浅田彰の批評がネット上で読むことができるけれども*1、このアルバムの中で聴ける作品は思想から離れたものとして聴いてみると良いセレクトなのかもしれない。《カノン的変奏曲》と他の2曲の間にかなり時間が空いているけれども。





 《カノン的変奏曲》について。





 これはルイジ・ノーノのデビュー作と言っても良い記念碑的作品。この時点でヴェーベルン的とも言える音列へのストイシズムが感じられるところだが、即物的なタイトルからも受け取られるように「絶対音楽」を作ろうとしていたのではないだろうか、なんてことを思ってしまう。中間部、静寂の中から各楽器がカノン的にフレーズを受け継いでいくところの緊張感ある場面構成などが美しい作品である。このとき、ノーノは26歳。既に完成されたものを書いているのがすごい。聴き直しているうちにこの時期の作品をもう少し聴き探してみるのも面白いなんて思ってしまった(ラッヘンマンは…)。





 その後、50年代後半からノーノは独自の道を歩むことになる。ブーレーズやシュトックハウゼンの激しい批判を受けながら。70年代の終わりぐらいまでは政治的メッセージを織り込みつつ、テープなどを用いて「新しい響き」を模索しているのだが、この時期に関して私はちょっと「詩に頼りすぎているかな…」と思ってしまい、繰り返して聴くことが無くなってしまった。





 好きなのは80年代に入ってから、ノーノが死ぬまでの10年間に書かれたものだ。


 

 この時期、最も音楽は点描的になり、ドライでザラついたモノクロームの「なにか」を観ているような作品が多い(ハンス・ツェンダーの作品も点描的でモノクロっぽいのだが、ツェンダーの東洋/禅志向が『水墨画』と直接イメージを結びつけるのに対して、ノーノはそういった具体的なイメージと結びつけることができないでいる)。このとき、ノーノはもはや歌詞や政治的メッセージに頼らない。しかし、そこに「弱さ」はない。作品は「音響詩」として完成されている。もちろん、それは抽象的で「意味」が掴み取ることは難しいけれども、音それ自体が美しいのだ。《建築家C・スカルパ、その無限の可能性に寄せて》、《進むべき道はない、しかし進まなければならない…アンドレイ・タルコフスキーに*2》はこの時期で最もまとまりがある作品と言えるだろう(今気が付いたけれど、どちらも「追悼曲」ですね)。



現代音楽のポリティックス
小林 康夫
書肆風の薔薇 (1991/01)
売り上げランキング: 825,240


 『現代音楽のポリティックス』では「音楽と詩の関係性」について語るノーノの講義録が読める。作曲家自身の言葉に触れたからと言って、劇的に晩年のノーノの作品が面白く聴けるようになるだとか*3、「理解できる」とは限らないけれどすごく面白いので紹介してみた。ノーノと関係ないところにしても作曲家、近藤譲の音に対する態度は個人的に影響を受けた。「音、それ自体が美しい」。まぁ「美しい」にこだわる必要は無いんだけれど。


 


 良い本ですが絶版です。平凡社ライブラリーとかに入らないだろうか。







アサマシエイト!



セリー主義
セリー主義
posted with amazlet on 06.07.02
オムニバス(クラシック) ポリーニ(マウリチオ) ブーレーズ アンサンブル・アントン・ベーベルン ノーノ アバド(クラウディオ) ウィーン・ジュネス合唱団 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 シュトックハウゼン
ユニバーサルクラシック (1999/12/22)
売り上げランキング: 54,459



 アバド/BPOによる《進むべき道はない、しかし進まなければならない…アンドレイ・タルコフスキーに》、《愛の歌》(初期作品)を収録。他にもブーレーズのピアノ・ソナタ第2番(ポリーニの超名演)、シュットクハウゼンの《グルッペン》を収録。



ノーノ:断ちきられた歌
ボニー(バーバラ) ベルリン放送合唱団 オットー(スザンヌ) トルツェフスキ(マレク) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ノーノ クノーテ(ディートリヒ) アバド(クラウディオ) リポブシェク(マリャナ) マーラー
ソニーミュージックエンタテインメント (1993/07/21)
売り上げランキング: 101,006



 ブーレーズのセリエリスム脱却直後の作品。《断ちきられた歌》を収録。第二次世界大戦中にナチスに逮捕されたレジスタンスの青年の「辞世の句」的手紙をテキストにした非常にメッセージ性の強い作品。



ノーノ:力と光の波のように
トレクス ラインハルト=キス(ウルスラ) ライプツィヒ放送合唱団 ラインハルト=キス(ウルスラ) トレクスラー(ロスビタ) ハーゼロイ(ウェルナー) ライプツィヒ放送交響楽団 ラ・リカータ(ジュゼッペ) ノーノ ノイマン(ホルスト) ケーゲル(ヘルベルト)
徳間ジャパンコミュニケーションズ (1990/04/25)
売り上げランキング: 350,761



 ノーノが最も政治的に過激だった時代。中期作品《力と光の波のように》(テープ使用)、《墓碑銘第1曲》、《墓碑銘第3曲》を収録。ヘルベルト・ケーゲルの解釈が光る。



Nono: La Lontanza Nostalgica Utopica Futura
Luigi Nono Melise Mellinger
Kairos (2001/03/27)
売り上げランキング: 233,565



 ノーノの絶筆であり、ソフィヤ・グバイドゥーリナの監修によって完成した傑作《未来のユートピア的ノスタルジー的遠方》を収録。




*1http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/asada/ic027.html


*2:ちなみにギーレンの演奏と、アバドの演奏では演奏時間が全然違っており、細部も微妙に違う。ちょっと気になる


*3:初期と晩年を比べてみると、初期の作品は限りなく「伝統的な音楽だ」と思う





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