アーサー・O・ラヴジョイ『存在の大いなる連鎖』

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存在の大いなる連鎖 (晶文全書)
アーサー・ラヴジョイ
晶文社
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 「観念の歴史(The History Of Ideas)」という学問が、どこまでメジャーなのか知りませんけれど、『存在の大いなる連鎖』の著者、ラヴジョイ大先生(LoveかつJoy。すごい苗字!)はこの学問の創始者のひとりとなっているようです。で、これがどういう学問かっつーと「観念」、たとえば「存在」とか「主体」とかいろんな観念があるけど、そういう観念自体が歴史上どのように考えられてきたのか、を学際的に調べる、というものです。ラヴジョイの『存在の大いなる連鎖』という本も、「存在の連鎖」(これがなにを指し示しているのかは後述)という観念の歴史をプラトンという西洋思想の源流から、18世紀の生物学とかにまで渡って分析したすごい本。超面白かったです。LoveかつJoyは伊達じゃないんだな、と思いました。35年前の翻訳は、私にとって催眠効果たっぷりな謎日本語で苦しかったですけれど、読んで良かったです。ちくま学芸文庫で出ませんかね。新訳、上下巻分冊で一冊1500円なら買いますよ! 講義がもとになった本なのだから、もうちょっとやわらかい日本語で訳しても良いと思うし、ラヴジョイ先生はギャグっぽいことや皮肉をいっぱい含ませているのに、そのユーモアが全然わからない訳文になっているのが残念な感じがします。





 ラヴジョイが主に取り上げているのは「存在の連鎖」ですが、本の根底には「人間は世界(宇宙)をどのようにとらえてきたか」という問いがある。で、その原初にはプラトンがいる。プラトンは「世界を作ってるのは善のイデアだ」という風に世界を想定しました。世界はこの善なるもので満たされている。この善なるものが意図するとおりに世界は完全にできている。善じゃないものが世界にあるけれども、善じゃないものがないと世界は完全じゃないから善じゃないものも世界にはある。これがプラトンの世界観。この原理をラヴジョイは「充満の原理」と名づけています。これにアリストテレスが「連続の原理」を加えます。世界にはいろんな存在がいる。こいつらはなんかすごい神様みたいな存在のもとに秩序立てられているに違いない。小さいものから大きなものへ、未発達なものから発達したものへ、世界はそういうふうに組織立てられているに違いない。この存在の組織だった連なりが「存在の連鎖」という観念です。





 その後の西洋思想史における世界の捉え方は、この充満の原理と連続の原理をめぐるものである、とラヴジョイは言います。それは彼も引用しているホワイトヘッドの「西洋哲学史なんかみんなプラトンの注釈の歴史なんですよ(藁」と重なる歴史観とも言えましょう。ずーっと充満の原理と連続の原理をめぐっているわけだから、似たようなことを言う人も出てくる。アベラールは、スピノザが活躍する5世紀前に彼と同じ宇宙観を持っていた。これには「さすがチンチン切られた人だけあるなぁ」と思いましたし、トマス・アクィナスやライプニッツは「神様的なものが世界に充満してたら、自由意志や時間とか考えられないんじゃないか!?」とか悩んでいた。この本を読んでると、西洋哲学史もけっこう不毛なことで悩んでるんだなぁ……とか思いますが、そこが面白かったです。





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読売日本交響楽団 第494回定期演奏会 @サントリーホール

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プログラム


指揮:ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス


ブラームス/交響曲第3番


ブラームス/交響曲第1番



 6月の読響定期は全然名前を知らなかったけど、どうやら巨匠らしい、というスペイン生まれの指揮者ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮による「ブラームスのダブル・シンフォニー」プログラム。指揮者の顔写真を見て「うーん、見るからに巨匠顔だなぁ……重量級のプログラムになるのか……」と予想をしましたが、ちょっと違っていた(前にも書いた気がしますが、クラシック界において『巨匠的演奏』というクリシェは『テンポが遅くで、ダイナミクスの幅が大きく、なんか偉そう』という演奏を指し示しています)。意外に爽やか、というかハーモニーが綺麗にまとまっていて、すごく端整な音作りのブラームスでした。テンポは基本速め。とくに前半の交響曲第3番のほうは、細部がやや雑な演奏にもかかわらず、小気味良くテンポを揺らしていく感じがとても楽しめました。逆に、交響曲第1番のほうは、ものすごく安定感がある演奏……というか、あまりに型にはまりすぎていて、ちょっと退屈してしまった。しかし、ブラームスは超大好きな作曲家であるので、基本的にはニコニコしながら聴いていられます。





 オーケストラの定期会員になると興味がなくともコンサートにいくのが習慣になる。サッカーや野球と同じで「ファンのオーケストラ」を作ると音楽の聴き方もまた変わってきますよね。自己満足に過ぎませんけれど、生活の一部に生の音楽が組み込まれている感じは、とても充実感があります。





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イエイツの『記憶術』を読む #8

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記憶術
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第十章 記憶術としてのラムス主義


 前章ではジョルダーノ・ブルーノが魔術的記憶術によって実現しようとした壮大なプロジェクトについて触れましたが、ルネサンス期には記憶術陣営の盛り上がりに対抗するようにして、反記憶術の動きも勢いをましていました。この章はその反記憶術陣営の代表として、ピーター・ラムス(ピエール・ド・ラ・ラメー)というフランスの思想家がとりあげられています。この人もなんかすごい人で、1515年に生まれて、1572年サン・バルテルミーの虐殺に巻き込まれて死亡……という歴史の犠牲者みたいな人です。彼は教育者としてさまざまなメソッドを簡素化し、再構築するような仕事をしていたみたい。それがスコラ哲学の複雑さを一掃する手段となるだろう、とプロテスタントには歓迎されたらしいです。





 ラムスがおこなった教育方法の簡素化のひとつには、記憶術の撤廃も含まれていました。「場にイメージを埋め込む」という例のアレは、記憶するものごとを「弁証法的序列」によって配列して記憶ことによって代替されるから不要と考えたのです。この弁証法的序列というものですが「まず主題の『一般』もしくは概括的諸相から始まり、そこから一連の二分法による分類が続いて、『特殊』もしくは個々の相へと下っていく」(P.274)という順番で知識が並べられ(この弁証法的序列、知識をクラス図のように体系化したモノに近いように思われます)、これをたどることによって物事を記憶することができる、とラムスは主張します。前述したとおり、これが新しい記憶術や! とラムスは言う。しかし、ラムスの弁証法的序列には古典的記憶術のなごりが認められます。知識の順序だてた配列は、アリストテレスやトマス・アクィナスも伝統的教則として採用していました。





 しかし、ラムスの弁証法的序列の特徴はほかにある、とイエイツは言います。そのシステムは「感情に訴えかけてくる刺激的なイメージが姿を消してしまう」(P.276)のです。伝統的な知的慣習においては、記憶する対象はある種の寓意的なイメージを記憶することで思い出されますが、そういった方法が一切放棄されます。これによりラムスは自分の弁証法的序列の合理性を主張しました。ただし、ラムスの思想の背景をみてみると、彼が準拠していたものは「太古の知恵」であり、神秘主義的なものである、とイエイツは言います。だからラムスの思想とブルーノの思想は、ルネサンス後期の対立する2極となる、ということを彼女は強調しています。





第十一章 ジョルダーノ・ブルーノ――『秘印』の秘術


 ここから話はまたブルーノに戻ってきます。主題はブルーノが『イデアの影について』のあとに書いた『記憶の術、および想像の領域を渉猟する術。諸学問と芸術のあらゆる構想、配列および記憶のための三十の秘印解説。精神の全機能を比較、検討するに最も資する〈秘中の秘印〉(の説明)。これで諸君は、論理学、形而上学、カバラ、自然魔術、大いなる術、および小さき術により、どんなものであれ理論的に究められることを容易に学ぶであろう』というタイトル自体に記憶術を使いたくなる著作(略して『秘印』。1583年に出版)についてです。この本のなかにはタイトルにもあるとおり、30個の図形が用いられています。これが秘印です。しかし、これを使ってブルーノはなにを試みようとしていたのでしょうか。イエイツはこんな風に分析しています。



彼は記憶術と占星術という二つの思想体系を動かそうとしているのである。記憶術の伝統にしたがえば、すべてのものはイメージによって首尾よく記憶され、しかもそれらのイメージは印象的であり、感情に強く訴えるものでなければならず、お互いに関連性をもつべきとされていた。そこでブルーノはこういった原理に則りながら、記憶術体系を占星術体系に結びつけ、魔術的な力をもったイメージや「準数学的」もしくは魔術的な場、そして占星術がもつ連鎖的序列を用いてこの記憶術体系を動かそうとしているのである。こうして彼は、ルル的組み合わせとカバラ的魔術を融合させているのだ。



 さて、話がいよいよオカルトめいてきましたが、これはどうやらブルーノの思想の序の口に過ぎないようです。30の謎めいた秘印の奥には、〈秘中の秘印〉が存在し、これを体得しなければ宇宙霊魂/第一者/神的な統一体と我々は結合されえない。どうやらブルーノはそんな風に考えていたらしい。しかし『秘印』が最初に出版されたイギリス(エリザベス朝)では、すでにプロテスタントの教育家が力を発揮しており、反記憶術派であったエラスムスの影響も強かったのです。だから、この理念は反発をもって迎えられただろう、とイエイツは言います。この当時のイギリスにおいては、ジョン・ディー(錬金術師であり数学者であり……という人)がブルーノと共鳴するような思想をもっていたそうです。





 『秘印』は一部にしか受け入れられませんでしたが、ブルーノの思想の基盤を作る重要な書物であった、といったことを確認し、次章に進みます。





(続く)





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イエイツの『記憶術』を読む #7

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第九章 ジョルダーノ・ブルーノ――『影』の秘術


 ここからがジョルダーノ・ブルーノのお話。彼についてなにも知らない、という方はそもそもこのコーナーを読んでいないかと思うのですが、一応参考としてWikipediaへのリンクを(信用性はよくわかりませんが、けっこう詳しく載っています)。




 イエイツのブルーノヘの関心の高さは彼女の最初の本が『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』という作品だったからも明らかです*1。この章からはそのブルーノ愛が全開になっている感じ。前章まででルネサンスのヘルメス的人間のメンタリティを形成する上で、強い影響を与えた思想についての確認が終わっています。ここからはイエイツはその影響下からヘルメス的人間として才能を開花させた最大の人物としてブルーノを取り上げます。まずはブルーノの生い立ちなんかから話がはじまりますけれど、この人ははじめナポリのドミニコ修道会で勉強をはじめるんですね。おそらく彼はそこで記憶術を学んだに違いない、とイエイツはしています(ドミニコ修道会には古典的記憶術の伝統がありました)。





 しかし、後年ブルーノは異端の嫌疑をかけられてナポリを離れざるを得なくなる。ここから彼のヨーロッパ放浪生活がはじまります。イエイツはこの放浪生活のなかで記憶術が、ブルーノのメシの種として役に立ったのではないか? と推測しています。ブルーノは1582年に『イデアの影について』という著作を発表し、これが彼にとって最初の記憶術に関する本となったのですが、これを時のフランス国王アンリ三世に献呈したところ、記憶術の講師として迎え入れられたりしている。ただしその記憶術は、魔術色が強かったんですって。そのカラーは探求につれて色濃くなっていったそうです。ブルーノが異端審問所に捕まってしまったのも、ヴェネツィアにいたジョヴァンニ・モチェニゴという人が「記憶術を教えてちょ」と頼まれて、イタリアに帰国したのがきっかけだそうで。この数奇な運命をイエイツは「ブルーノを生かし、そしてまた死へと至らしめたのは、まさにこの記憶術だったのである」と評しています。





 前述したとおり、ブルーノの記憶術は魔術色が強かった。それはカミッロの記憶術とはまったく色合いが違うものだ、とイエイツは言います。「カミッロは洗練されたヴェネツィアの弁論家であり、記憶術体系を、本質的には隠秘主義的であるにもかかわらず、整然とした新古典主義的な形式に則って述べている」(P.241)。しかしブルーノは「記憶術を内面的秘術へと魔術的に変質させ、それを手にして修道院の中世的精神から飛び出していったことを見てもわかるように、途方もなく野性的、熱狂的であり、抑制がきかない元修道士であった」(同)のです。イエイツは、ときおりカミッロとブルーノを対比させながら、ブルーノの記憶術に影響を与えた魔術的なものを分析しています。そこではトマス・アクィナス(ブルーノはトマスを〈魔術師〉として崇めていたそうです)や、コルネリウス・アグリッパの名前があげられます。また、ブルーノの『イデアの影について』のなかでは、前章で登場したルルの同心円状の図版が使用されている。しかし、ルルの図版では9つに仕切られていた円は、ブルーノになると30に仕切られています。この30という数字は「とりわけ魔術と深い関連性があったらしい」(P.248)。このあたりの記述がとても面白いですね。洗礼者ヨハネには30人の弟子がいた、とか、グノーシス派が30の霊体の存在を主張してた、とか。





 さて、ブルーノの魔術的な記憶術がどういったものだったのか、ここが気になるところでしょう。イエイツはこんな風に解釈しています。



ブルーノの記憶術体系のうちに、われわれは、彼が霊魂のなかで魔術的メカニズムを再現し、それによって魔術=機械観的法則を、外でではなく内で操作せんとする努力を認めることができる。(中略)外の世界を支配する星辰の力は内の世界でも作動し、その力はそこで再現もしくは獲得されて、その結果、魔術=機械観的記憶を動かすことができるようになる。(P.264-265)



 イエイツは(本質的に重要なことではない、としつつも)この魔術的記憶術を一種の「人工知能のようなもの」と喩えています。もう少し噛み砕いて言うと、外的な力(ルネサンス期は宇宙が魔術によって動かされている、という有霊観的宇宙論がありました)を内的に作動させることで、心のなかに「魔術的コンピュータ」を作ることが構想された、ということでしょうか。イエイツのいいぶりからすれば、それはデータベース的でもあり、計算機的なものでもあったようです。そしてこれを駆使することで、現象界の背後に存在する〈一者〉(神的統一体)に近づくことがブルーノの記憶術構想の最大の目的だったといいます。なんかすげぇ話! ですが、この壮大な構想には、中世の記憶術とルネサンスの記憶術の態度の違いが、しっかり刻まれてるのですね。単なる記憶術が、現象界の背景にある叡知に到達するための手段として使われているここに大きな変容があるのです。





 (続く)




*1:高くて買っていませんが、最近邦訳が出ています。『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』





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イエイツの『記憶術』を読む #6

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第七章 カミッロの〈劇場〉とヴェネツィア・ルネサンス


 ちょっと間が開いてしまいましたが気を取り直して参りましょう。前章はカミッロの〈記憶の劇場〉が当時(16世紀)に与えたインパクトと、その意味について追っていましたが、この章でイエイツが分析しているのは「カミッロの〈劇場〉が生まれた背景とはなんだったのでしょうね?」というところです。カミッロはそれ以前の記憶術とはまったく関係なく生まれてきた突然変異だったのか、それともそれまでの記憶術の影響をうけてそれを進化させた人だったのか。イエイツの結論からみていけば、彼女は「カミッロはそれまでの古典的記憶術と地続きである」ということです。これは前章でも触れられていることですね。カミッロの仕事の基盤には、マルシリオ・フィチーノ、ピコ・デッラ・ミランドーラという新プラトン主義者の仕事があり、そしてそこにはシモニデス流の記憶術も伝えられていた、ということです。その具体的な検証みたいなことをイエイツはこの章でおこなっています。しかし、これは驚くほど短い。むしろ役割としては、「イエイツが本当に書きたくてたまらない対象」に話をつなぐためのブリッジとなる部分だといえましょう。カミッロの〈劇場〉が中世とルネッサンスをリンクさせているのだ、という主張がここにはあります。しかし……





第八章 記憶術としてのルルの思想


 ここでイエイツは「われわれは歩みを進め、カミッロに至って遂にルネサンスに到達した」(P.209)と、期待を煽りながら始めるのですが、この章も「本当に書きたくてたまらない対象」へのブリッジのような役割を果たしています。ここでイエイツは再び、中世へと視線を戻し、ラモン・ルルという人の思想に触れています。彼については「序」でも触れられているのですが、イエイツはこの人物の思想を「古典的記憶術のように雄弁術の伝統から現れるものではない」(P.17)と言いつつも、ルネサンスの記憶術に流れ込んだもうひとつの支流として重要視しています。





 このルルという人もなかなか味わい深いプロフィールの持ち主です。1235年ごろ、マヨルカ島に生まれ(トマス・アクィナスとほぼ同時代人です)、若い頃は宮廷で歌なんかを歌いながらのほほんと暮らしていたらしいのですが、ある日、磔刑をうけるイエスのまぼろしを見てしまい、強烈なキリスト教徒になってしまう。さらにルルはある日「ユー! 異教徒を改宗させるための本を書いちゃいな!」という啓示を受けたそうで、それから「異教徒を改宗させる術」の開発にいそしんだ、ということです。84歳ぐらいで亡くなったそうですが、死ぬまでの30年間はイスラム教徒に対して武力行使までしながら活動し、世界中を飛び回っていたのだそう。うーん、パワフル。そんな彼が開発した「異教徒を改宗させる術」が、記憶術的である、とイエイツは言います。





 それはどんなものだったのか。ここでイエイツはトマスに代表される古典的記憶術の復習をしながら、それと対比されることでルルの術の特徴を指摘していきます。ここの部分、ちょっと難しい(っつーか想像がしがたい)んですがとても面白いですよ。




  • 違いその1:中世の古典的記憶術は、イメージと実在の関係で記憶。ルルはプラトンのイデア的な〈神の名称〉の上に記憶をおいた。

  • 違いその2:ルルはイメージを使わない。アルファベットに一文字一文字に、代数的な意味をこめた。

  • 違いその3:ルルの〈術〉は概念が文字で並べられた図形によるが、静止した図ではなく、同心円状の輪の形であり、輪が回転し、内側と外側のアルファベットの組み合わせが変化することで概念の組み合わせがおこり、意味を発生させた。


f:id:Geheimagent:20100625235727g:image:left 左に示した図がルルが用いた〈術〉のひとつです(この図では、円のなかに区切られたスペースのなかに記述された文字が、英語になっていますが、ホンモノはラテン語。後世の研究者が英訳したものですね)。彼はこの〈術〉をユダヤ人のイスラム教徒に学ばせることができれば、キリスト教徒に改宗するはずだ! と考えていたらしい。そんなバカな……、なにを根拠に……と苦笑したくなりますが、ルルは本気。というのも、彼はこの〈術〉をユダヤ・キリスト・イスラムの三大宗教に共通した宗教的概念に基づき開発したからなのでした。「すべてに共通する前提から出発すれば、〈術〉は〈三位一体〉の必然性を照明してくれる」(P.213)と彼は信じたのです。ここでルルがいう〈三位一体〉とは、アウグスティヌスが言うそれです。知性・意思・記憶。これがあわさることで三位一体、完璧超人が完成する、と。





 そして、三大宗教の共通概念としてルルがあげるのが〈神の名称〉(神の属性)である「善」、「偉大」、「永遠」、「力」、「叡知」、「意思」、「徳」、「真理」、「栄光」の9つです。さて、もう一度左の図をごらんいただくと、この図にそれらの属性が書かれていることが分かりますね。で、この図版をもちながら、存在の階梯(自然界の基本構造をあらわす階層構造になった観念……とでも言えば言いのでしょうか。このあたりはラヴジョイ『存在の大いなる連鎖』でも出てくる話ですね)のレベルと図版のレベルをあわせることによって、〈術〉に隠された効果が発揮される……とルルは主張したようです。さらにルルは、こうした〈術〉の手続きの記憶を「記憶術」としても考えました。





 ルルの影響は広範であった、とイエイツは言います。彼が死んだあともルルの著作物として錬金術関連の偽書がでまわったぐらい、その名前は価値を持っていたものだったようです。そして、それは後世にも伝えられていく。カミッロも偽ルルに影響を受けており、またそれはクザーヌスやフィチーノ、ピコといった人がルルの思想を吸収したからなのだ、とイエイツは主張しています。前述したとおり、16世紀においてルルの思想はルネサンスの古典的記憶術と交じり合い、そして受け継がれていく。その影響をもっとも受けているのではないか……とイエイツがみている人物、そして彼女が語りたくてしかたがない人物、それがジョルダーノ・ブルーノです。いよいよ、次章からジョルダーノ・ブルーノ登場……!!





 (続く)





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Vinicius Cantuaria/Samba Carioca

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サンバ・カリオカ
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ヴィニシウス・カントゥアリア
Pヴァイン・レコード (2010-06-16)
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 新譜。ブラジルもの。ヴィニシウス・カントゥアリアについてはまったく知りませんでしたが、アート・リンゼイがプロデュースしていたので買いました。個人的な経験として、アート・リンゼイがプロデュースするブラジルものにはまったく外れがなかった。このアルバムにはビル・フリーゼルだの、ブラッド・メルドーだの、マルコス・ヴァーリだの大物が参加しているのですが、邦盤の解説を読んだら、昔々はカエターノ・ヴェローゾのバンドに参加してた、とか書いてあってかなり大物ミュージシャン。1951年生まれだから、かなりのオッサンですけれど、ジャケットの写真からは年がぜんぜんわからず、30代ぐらいの中堅ミュージシャンかと思いました。





 このアルバムの基盤には、イージー・リスニング的に聞き流せそうなボッサ的なゆるやかさを感じるのですが、ただのBGMには終わらない密度が存在しています。近年のカエターノ・ヴェローゾが、オルタナ感バリバリのブラジリアン・ロックを連発しているのと比較すると、カントゥアリアの音楽はとても穏やかな主張のように感じます。しかし、この音の作りこみや重ね方にはオルタナ的なものを感じざるをえず、ひそかに前に進んでいく雰囲気がとても素晴らしい。ジョビンの「無意味な風景」のカヴァーもやっていますが、この一工夫がある音響的なアプローチは聴き応えと同時に、心を穏やかな状態へとほぐしてくれる感覚を与えてくれます。



D


(『無意味な風景』原曲の音源。ヴォーカルはエリス・レジーナ&トム・ジョビン)





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Music Tomorrow 2010 @東京オペラシティ コンサートホール

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プログラム


山根明季子/水玉コレクション No.06 [N響委嘱作品/世界初演]


藤家溪子/ギター協奏曲 第2番「恋すてふ」 作品60 (1999)


(休憩)


サリネン/室内楽 第8番 作品94「木々はみな緑」(2009)[日本初演]*


ダルバヴィ/まなざしの根源(2007)[日本初演]



 夏の本格到来を目の前にして現代音楽の注目企画が連続しております。今日は『Music Tomorrow』へ。この企画コンサートでは通例、その年の尾高賞(現代音楽界における直木賞みたいなものとお思いください)受賞作品が演奏されるのですが、今年は尾高賞の該当作なし、ということで過去の受賞作品(藤家作品)が演奏されました。その他はNHK交響楽団による委嘱作品(山根作品)とヨーロッパの新しめの作品がプログラムに組み込まれています。





 結果から言えば、最初に演奏された山根作品がもっとも素晴らしいと感じました。何より本日のプログラムのなかでもっとも「明日」を感じました。それは1982年生まれ、という若い作曲家であるという印象から来るものかもしれません。ただ、この人の作品を聴くのは2度目(2曲目)とわずかな機会しか持たなかったにも関わらず、本日2曲目を聴いただけで「この作曲家のスタイルはこういう感じなのか」という強い主張を感じました。作曲家の個性がビンビンに耳に入ってくる。オーディエンスの一人としては、そういった点に惹かれます。私は山根明季子の次の作品、別な作品が聴きたい、と強く願います。





 前回聴いた山根作品《水玉コレクション No.05》は、柔らかいテクスチュアが印象的な作品でしたが、今回は冒頭から攻撃的でした。メタリックな音色の打楽器群の音色は、メシアンの《渓谷から星たちへ》を想起させるような異教感を漂わせ、変容しながら(反復し)、反復しながら(変容し)ていくなかで、新しい響きが現れては消えていく様子がとても印象的でした。とくに中盤で弦楽器のフレーズが演奏された後に木管楽器がエコーのように鳴る「人力ディレイ/人力リバーブ/人力ダブ」なサウンドには聴覚を騙されましたし、レバーをグリグリ回すとブリブリ音が鳴る謎の楽器とバスクラ(?)の音色が重なったときは「音色の魔術師やー!」とグルメリポーターのように叫びたくなりました。





 しかし、山根作品の不思議なキャッチーさはなんなのでしょうか。それはドットという視覚要素を音楽で表現する、というコンセプトの分かりやすいさから来るものかもしれません。しかし、今日の新作を聴いた感覚すれば、音色を選択するセンスがバツグン過ぎる、ということも感じます。とにかく魅力的な新しい音を提示してくれる。その実験性がコンセプトのキャッチーさと奇妙に同居していることが、私には「ガーリーなもの」として捉えられるのです。




 私にとっての「ガーリーなもの」について話を続けるならば、それは近寄りがたい深淵さとポップ感覚の同居、でもあります。ポップ感覚に惹かれて近づけば、簡単に深淵さに吸い込まれてしまう。そうであるがゆえに、「ガーリーなもの」は永遠のエニグマなのであります。おそらく山根作品がいわんとするこういった感覚はまだ未開拓すぎる領域でしょう。そこに新しい時代を感じるのでした。山根作品は7月のeX.*1、8月の芥川作曲賞選考演奏会*2でも聴く予定ですのでとても楽しみ。





 さて本日のプログラム、他の作品はどうだったかというと、休憩を挟んだ後半のプログラムは退屈の極み!という表現が相応しいように思いました。サリネンの曲は「やれやれ、ネオロマン派ですか藁」と片付けられても、まぁ75歳のジジイだから仕方ないとして、最後の曲は……。プログラムには「ポストモダン音楽」と勿体ぶって紹介されていましたが、あのようなものは「モダンを回避しまくった結果、どこにもたどり着かなかった音の集合」のように感じられてしまいます。あんなポストモダン作曲家は、郵便配達のバイトを……(略)






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イエイツの『記憶術』を読む #5

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第六章 ルネサンスの記憶術――ジュリオ・カミッロの〈記憶の劇場〉

 記憶術の歴史をめぐる当初もいよいよルネサンスに本格突入、いきなり〈記憶の劇場〉の設計者であるジュリオ・カミッロについてイエイツは書き始めています。カミッロの〈記憶の劇場〉(円形劇場)がどのようなものであったのか、については『哲学的建築』という本を読んだときにもこのブログで紹介しています*1



……彼らはこの男が円形劇場とやらをつくったと申し述べております。何やらすばらしいからくりで、その中に観客として招きいれられた人は、どんな主題を巡っても、キケロはだしで弁ずることができるとのことです。(P.164)



 イエイツはこの章の冒頭でヴィグリウス・ツイケムスという男が書いたカミッロの円形劇場についての報告を引用していますが、これもなかなか魅力的な紹介になっていますねえ。これはヴィグリウスがエラスムスにあてた手紙なのですが、そのなかで彼は「俺、円形劇場を見ちゃったっす!!」と興奮気味に報告しています。実際のところ、ヴィグリウスが観たものは普通の劇場で、カミッロが構想していた〈記憶の劇場〉ではなかったそうなのですが……しかし、カミッロの建築コンセプトはこのときすでにメジャーになっていた、ということですね。





f:id:Geheimagent:20100518193428j:image:left カミッロは同時代の知識人により「神のような」と絶賛されていました。しかし、コンセプトがでかすぎたのか、それとも時代が合わなかったのか、資金不足のために〈記憶の劇場〉は完成しないまま、また、まとまった著作を書くこともできないまま、1544年に彼は亡くなったそうです。彼の劇場のコンセプトも晩年の講義録が死後に出版された形でのみ伝わっています。それが『偉大なる男ジュリオ・カミッロの劇場の理念』(1550年)。この本の記述からイエイツは、お姉さんの協力を得てカミッロの劇場を再現しています。それが左のイラストなんですね。これは何度見ても美しいなぁ……。円形の構造はローマの建築家、ウィトルウィウスの意匠を借りたものですが、この劇場が通常の劇場と異なるのは次のような点です。



客席に坐って舞台で演じられる劇を眺める観客はいない。この〈劇場〉の唯一人の「見物客」は舞台のある場所に立ち、客席の方を見る。七段をなして高くなっていく客席の七の七倍の門の上に描かれた像を、つくづくと見やるのである。(P.170)



 こうすることによって見物客はなにを得ることができるのか。カミッロの劇場は記憶のための建物でした。その空間においては「すべての部分がその中に含まれる永遠の秩序との有機的連関を通して想起される」(P.172)のです。古典的記憶術がどのようなものであったのか――それは場にイメージを埋め込むことによって、その利用者が自由にイメージから記憶を取り出す、という技術でしたが。カミッロの劇場においては、劇場が世界の秩序と対応する場をつくり、そこに「宇宙規模に調節され組織づけられた記憶」(P.178)が収蔵されている、という壮大なコンセプトがあったことをイエイツは指摘します。





 ただ、技法的にカミッロのコンセプトが新しかったわけではありません。それは記憶術が従来と同じく、場とイメージの結びつきによって活用されます。それはスコラ哲学でも一緒でした。しかし「それを支える哲学にはすでに根本的な変化が現れてしまっている」(P.179)のです。哲学は、スコラ哲学から、新プラトン主義へと移行していることをイエイツはとても重要視しています。具体的な部分についてはここでは触れる余裕がありませんが、さらにイエイツが指摘するところによれば、カミッロの基盤となった新プラトン主義は、ヘルメス主義に影響を受け、さらにカバラの強い影響もあったそうです。





 カバラはともかく、ヘルメス主義とはなじみのない言葉でしょうから、『記憶術』の巻末につけられた索引から引用しておきたいところですが、長すぎますのでやめます。この翻訳には、40ページほどの辞典的な説明付の索引がついており、これが大変読解に役立ちます。イエイツの作品で頻出する概念も丁寧に説明されておりますので、かなり便利です。引用の変わりにいくつかWikipediaから参考になりそうな項目へのリンクを。







 この章の後半は、かなり込み入っていますので、いつも以上にざっくりいきます。カミッロの〈記憶の劇場〉は、キリスト教的ヘルメス主義、キリスト教的カバラ主義の融合を促進し、後世にそれらを伝える魔術的な媒介となりました。それは「隠秘哲学」のベールもまといつつ……といったところで、次の章に入ります。次章ではカミッロの〈劇場〉とヴェネツィア・ルネサンスについてもう少し語られます。





 (続く)




*1ライナルド・ペルジーニ『哲学的建築 理想都市と記憶劇場』 - 「石版!」 余談ですが今回『記憶術』を読みながら、『哲学的建築』の著者はイエイツに影響を受けすぎている……と感じてしまいました。





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リゲティの肖像 @水戸芸術館コンサートホールATM

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プレ演奏(1)


パイプオルガン・コンサート


(ご入場無料/エントランスホール)


・フレスコバルディ:『音楽の花束』より


<クレドの後の半音階的リチェルカーレ>(1635)


・リゲティ:リチェルカーレ


~フレスコバルディへのオマージュ(1951)


・リゲティ:ヴォルーミナ(1961/62)


演奏:近藤岳(オルガン)


プレ演奏(2)


(コンサートホールATM)


100台のメトロノームのための<ポエム・サンフォニック>(1962)


演奏会


弦楽四重奏曲 第1番 <夜の変容> (1953-54)


ライヒとライリーのいる自画像(背景にショパンもいる)(1976)


ピアノのための練習曲集


・第1巻 VI. ワルシャワの秋(1985)/第1巻 V. 虹(1985)


・第2巻 XIII. 悪魔の階段(1993)


無伴奏ヴィオラ・ソナタ(1991-94)


弦楽四重奏曲 第2番(1968)


ルクス・エテルナ(永遠の光)(1966)


出演


アルディッティ弦楽四重奏団


小坂 圭太(ピアノ)


中川 賢一(ピアノ)


松井 慶太(合唱指揮)


東京混声合唱団(合唱)


白石 美雪(おはなし)



 水戸芸術館企画『リゲティの肖像』を聴きに行く。はるばる水戸まで足を運んだ甲斐があったなぁ、と満足度が高い充実した演奏会だったと思います。初めていった会場でしたけれど、ホールは大きさ、響きともに室内楽に適した場所だと感じました。目玉は何といってもアルディッティ弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲の演奏。最高峰の現代音楽グループの実力を初めて生で聴き、鳥肌が立つ瞬間が何度もありました。鋼鉄のアンサンブルといい、音色の素晴らしさといいホントにカッコ良かった。機会に恵まれたら彼らの演奏はまた聴きにいきたいです、絶対。




 生《ルクス・エテルナ》もちょっと特殊な体験でした。この曲は松平敬の『MONO=POLI』*1に収録されている版で聴いていて、東京混声合唱団の演奏には若干物足りないものを感じたのですが(男声の音量が圧倒的に足りなかった)、音が複雑に重なった部分になると、頭のなかで音が広がりすぎて「この音は、頭のなかでしか鳴ってないんじゃないか?」という一種の錯聴がありました(自分の聴いている音がなんなのかわからなくなる)。そういう風に身体的な感覚に訴えてくる作品は印象が強いですね。





 小坂・中川によるピアノ演奏も良かったです。演奏前や合間に白石美雪が出てきて、うんざりするような長話をしていましたが(パンフレットに書いたこと以上のことを喋ってないんだもん!)、休憩後に小坂・中川で「リゲティの魅力」について語った内容は興味深い話でした。曰く「リゲティの作品は、最初から自分の個性を出そうとして取り組めるほど甘くない(それぐらい難しい)。何度さらってもさらいつくせた気がしないし、それだけに飽きがこない。演奏家の個性はこうして何度も練習を重ねていくうちに、自然に出来上がっていく」(大意)。





 この話が示唆するところは、通例クラシック演奏というものは「解釈を伴った演奏行為(演奏家は頭を使って楽譜を読んで、その読みを聴かせる)」と考えられますけれども、実際にはもっと肉体的な積み重ねによって「解釈」が出来上がっている(頭ではなく、体が解釈を作る)、ということです。こういったところから(聴衆にはわからない)演奏家の世界が見えるのは、また違った音楽の聴き方をするきっかけとなるように思います。





 それにしてもリゲティが亡くなってからもう4年ですか……。個人的な話ですが、リゲティが亡くなったニュースを聴いたときのことは異様にはっきり覚えています。ちょうどドイツでワールドカップが行われている時期で、日本代表がオーストラリア代表に負けた日だったはず。奇しくも4年後、日本代表が敗戦した次の日にこうしてリゲティを回顧する企画を聴こうとは……。60 年代にやってきた彼の最初のピーク期を聴くだけでも、やはり重要な作曲家であったのだなぁ……と感慨深いものがありました。



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村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

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走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)
村上 春樹
文藝春秋
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 村上春樹のエッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』が文庫化されたので読んだ。私はこの人の書くエッセイ(『村上朝日堂』のシリーズとか)が好きだ。結構笑えてしまうし、スラスラ読めてしまうから時間つぶしにちょうど良い。本当になにもする気がしないと気に読んでみると実にダラダラと時間が過ごせる。この本についても、そういった類のユーモラスなものかと思って読み始めたのだが、しかし、その予測はどうやら違っていたようである。


 


 筆者が長距離ランナーとしての生活をはじめたのは、専業作家となった1982年のことだという。彼のランナー人生は、専業作家としての人生とほぼ重なっているのだ。筆者は、小説を書くことと走ることは限りなく近い意味合いを持つものだ、という風に記している。だからこそ「『走る』という行為を媒介にして、自分がこの四半世紀ばかりを小説家として、また一人の『どこにでもいる人間』として、どのようにして生きてきたか、自分なりに整理」することが可能になる。あとがきに書かれたように、結果的としてこの本は「自分自身について正面から語った」本になっている。





 ディス・イズ・自分語り。これまで私は、村上春樹が嫌いだ、感心しない、という人が示す「嫌いな理由」がよくできなかったのだが、ここにきて「ああ、あの人たちはこういうところが嫌いだったのか」と思った。筆者はまじめに走るときには月に260kmの距離を走るそうだ。「どこにでもいる人間」と筆者は自分を語るが、月260kmも走る人間がどこにでもいたら恐ろしい。そういう嫌な自意識の隠し方(隠せば隠すほど、目立ってしまうような)が、本当にどこにでもいる人間(つまり私)には腹立たしく思える。あなたは全然どこにでもいる人間ではない。





 とはいえ、基本的には楽しく読める本だった。なんといっても、私も筆者と同じ長距離ランナーであるからだ――経験的にはまだペーペーで、ランナーというにはおこがましいけれども。走り続けるつらさや楽しみについてはおおむね理解ができるし、私がまだ経験したことのないフルマラソンについての記述はとても興味深く読めた。フルマラソン経験者は35kmからが本当の闘いだ、というようなことを言う。筆者も同じことを書いている。そう考えると、42.195kmという距離は、なんというか、絶妙な距離、なのだろう。





 もっとも良かったのは、100kmマラソンの体験をつづった文章で、これにはゴールの瞬間を捉えた写真が挟まれていた。その表情がとても良い。体の痛みと、その苦しさから解放される安堵がいり混じって、複雑な、表現しがたい顔をしながら筆者は写真に収まっている。村上春樹の写真というと、無表情で、無個性な顔が一層無個性に見える表情になっているイメージがあるのだが、この写真は違う。皮肉かもしれないが、これの写真が文章よりもずっと雄弁に「走ること」がどういった行為なのかを伝えているかもしれない。





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夏野菜に夏の味が染み込んできました

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 ハードコアなエントリばかり続くと、本当にブログの読者様が離れていってしまうのではないか!? と思い込み、箸休め的に本日の夕飯写真をアップします。本日のメニューは




  • バンバンジー

  • トマトのカルパッチョ

  • 枝豆の釜煎り


 でした。夏は暑くて大嫌いですが(とはいえ外回りをする仕事ではないため、通勤時しか夏の影響を受けないのですけれど)、キュウリやトマトなどの好きな野菜が安くなり、そのうえ美味しい、ということだけは良い季節です。土っぽかったり、青くさかったり、そういう風味が夏野菜にのってくると「ああ、夏が来たのだな」と思います。





参考レシピ





 今月の『dancyu』は「夏野菜、おいしい新発見!」特集。「枝豆の釜煎り」は確かに茹でるよりも風味が残って美味しかったです!! 雑誌のレシピでは鉄鍋を使って、枝豆を蒸し焼きにしていましたが、ホーロー鍋(ウチではルクゼを使用)とかでも大丈夫だと思う。実家だと枝豆は蒸し器を使ってたかなぁ……。





棒々鶏(バンバンジー) by せつぶんひじき [クックパッド] 簡単おいしいみんなのレシピが116万品


 バンバンジーはこちら。写真がキレイ。あと夏っぽい感じを出すには、陶器の食器よりガラスの食器のほうが良い、と思った。





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イエイツの『記憶術』を読む #4

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第四章 中世における記憶術とイメージの形成


 引き続き、中世の記憶術の話です。前章では記憶術の「弁論術から倫理学への河岸変え」というダイナミックな変化について指摘されていましたが、イエイツはこの変化をとくに重要視しているようでかなり詳しく見ているようです。中世において、スコラ哲学の人たちが記憶術の規則を倫理学に適用したことで、13世紀にもその技法は伝えられ、さらにそれが14世紀により大きな影響の波となって時代へと流れ込んでいく……といったことが章のはじめで予告されます。この章は、先の時代へと進む前に、具体的に中世の記憶術とイメージの形成がどのようなものであったのか確認するものとなっています。具体的な記述が多いところですので、詳細は本書を読んでいただいた方が面白いかと思われます。個人的には以下の指摘が興味深いと思われました。



アクィナスの記憶術の規則で重視されるのは、場よりも配列順であり、この配列順とは議論の道筋にほかならない。素材が順序にしたがって配列されれば、その記憶も対応するイメージの配列順になされれることになる。それゆえ、アクィナス流の記憶術を識別するには、古典時代のやり方でさまざまに区別された場に配されたイメージを探す必要はない。そうしたイメージは、整然と配列された場におかれているからである。(P.130-131)



 この考えの基盤になっているのはまさしく第二章で触れられたアリストテレスの著作なのですが、このような秩序・体系的な知の目指し方が示されるだけで、私としては興奮してしまうのでした。いいなぁ、スコラ哲学。





第五章 記憶術論考


 さて、ここからがこの『記憶術』という本の序盤のクライマックスです。かなりじっくりとイエイツとともにギリシア時代から見てきましたが、この本が問うているもっとも中心が15世紀、16世紀における話です。この時代がもっとも記憶術関連の資料がふんだんにあるのだそうです。この章ではその資料についての吟味がおこなわれています。





 前章までを振り返ってもらうとわかりますけれど、ここまでに登場してきた資料はあくまで「弁論術」や「倫理学」といったカテゴリの本の一部に、記憶術が用いられていた、というものでした。イエイツが調べたところによれば、14世紀以前に「記憶術」ただそれだけを扱った本、つまり「記憶術論考」というのは見つからなかったんですって。しかもこの時期の記憶術はまたもや変化を遂げています。





 ひとつは、イエイツが「デモクリトス」タイプと名付けたタイプの記憶術が現れている。これは『ヘレンニウスへ』の影響がみられず、アリストテレス的なイメージの連鎖の規則にしたがっており、にもかかわらずアクィナスへの言及はないものだそうです。この典型として、1422年からパドヴァ大学で教鞭をとっていたフランシスコ会修道士のロドヴィーコ・ダ・ピラノのテキストが挙げられています。このような新しいタイプの記憶術が急に現れた要因のひとつとして、東ローマ帝国の没落と滅亡をきっかけにして、ビザンティウムにのみ伝えられてきたギリシア時代の知が西ヨーロッパに伝わった……という可能性をイエイツは指摘しています。これはまたダイナミックですねえ。





 こういったものと混ざり合うことによって、この時代の記憶術は一層複雑になっていったようです。このなかでもイエイツは16世紀のドミニコ会修道士、ヨハンネス・ロンベルヒとコズマ・ロッセリウスという2人をとくに重要視しています。前者は『記憶術集成』、後者は『記憶術宝典』というそのものズバリなタイトルの本を書いている。どちらもダンテに影響を与えた、多層的な場を記憶のための場所として作り上げ、視覚的アルファベットによる記憶術を提唱しています。そこで出てくるイメージは、アクィナス流の「実体とつながりをもったもの」ではなく、もっと簡略化され・世俗化されています。





 たとえばロンベルヒの視覚的アルファベットには鳥の絵(鳥の名前の頭文字で、鳥がアルファベット順に並んでいる)が用いられており、限りなく寓意性が低くなっています。このような現象をイエイツは「純粋な記憶技術」と呼んでいます。ただ皮肉なことにこういった技術を広めるきっかけとなった印刷術と製本術の発展によって、この時代、記憶術は存在の意味を失っていくのでした。「同じ本が豊富に出回り、書かれた内容を逐一記憶にとどめる必要などなくなった」(P.158)のです。さらに追い打ちをかけるように、記憶術はエラスムスを代表とする人文主義陣営から「野蛮な時代のもの」(P.162)とみなされています。



私は記憶が場やイメージによって助けを受けることは否定しないが、最良の記憶は、たゆまぬ努力、秩序ある扱い、細心の注意という3つの要に立脚するものである、と考える。(P.161)



 以上はエラスムスの著作からの引用です。こうして苦境にあった記憶術は、そのまま西欧のアンダーグラウンドに沈んでしまったのか、今日考えられているように、なんだか怪しげなモノとして16世紀に片付けられてしまったのか、というと「そうではない」とイエイツは答えています。そうではないのだ、実は、退けられて衰えるどころか、新プラトン主義の文脈のなかに記憶術は溶け込み、アンダーグラウンドどころか「ヨーロッパの中心的な伝統のそのまた中心的な位置」(P.162)に居座り続けた、とイエイツは言います。





 さて次章からその記憶術のルネサンス的変容についての分析です。ここからが本番。果たしてイエイツは我々になにを見せようというのでしょうか……?





(続く)





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イエイツの『記憶術』を読む #3

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f:id:Geheimagent:20100613010107j:image:left マラソンの練習中に思いついたのですが、この『記憶術』の著者、フランセス・A・イエイツ(1899-1981)って、今考えてみると元祖「歴女」(歴史好き女子、の略でいいんですよね?)みたいな人ですよね。左はいつのものかわかりませんがイエイツ先生の写真です。ちょっと怖い顔。最近になって彼女の評伝の日本語訳『フランシス・イェイツとヘルメス的伝統』が出ています。こちらの表紙はさすがに若い頃の写真が使用されているようです。こっちはパッと見、ちょっと美人風。歴女ブームが来ているそうですから、我こそ歴女、あるいは歴女好き、という方は是非、イエイツ先生の著作にも手を出していただきたいところです。日本の戦国時代なんかはっきり言ってスケールが小さいですよ! 「城がカッコ良い」とか言いますけれど「記憶の劇場」のほうがもっとダイナミックで最高です!!





第三章 中世における記憶術


 いきなり脱線してしまいましたが、今回は第三章です。ここではギリシャ、ローマ時代以降に記憶術がどのようにヨーロッパで扱われていったか、が主題になっています。話の俎上にのってくるのは、5世紀から13世紀と非常に長いスパンとなっています。世の中はいろいろ変わっています。まず、4世紀にはゲルマン民族の大移動なんかがあって、西ヨーロッパ全体がわけわかんなくなっています。5世紀のマルティアヌスという著述家は、ラテン世界を代表する自由七学科の学問を寓意化して書き残しており、少なくともこのときまではラテン的な暗記術も重要なものであったようです。しかし、その後にラテン世界が崩壊してしまうと、シャルルマーニュが古代の教育制度を復活させようとするまで、学問は歴史の表舞台に立つことはありませんでした。「野蛮化した世界では、弁論家の声は沈黙させられるものだ。安全が保証されない時代には、弁論に耳を傾けるためゆったり集う余裕など人々にはないのである」(P.80)。





 さて、シャルルマーニュは教育制度を復活させるためアルクィンという人物をフランスに招聘します。この人はイングランド出身で、古典教育を受けたその時代の権威だったんですって。ここでイエイツはシャルルマーニュとアルクィンの対話を引いているのですが、シャルルマーニュが「記憶力を高める方法ってあるのかな?」とアルクィンに訊ねると「うーん、めっちゃ暗記の勉強して、書きまくって、いろんな風に応用して、深酒をさけることかな」なんて答えているのです。イエイツはびっくりします。なんたることを! 『ヘレンニウスへ』で説かれた技術はどこへいってしまったんだ! と。まぁ、いろいろあったんでしょうね。そもそも『ヘレンニウスへ』に注目が集まっていたのは、12世紀~14世紀になってからのこと。それまでは欠落があるものが伝わっていたんですって。





 しかも12世紀にこの著作に注目が集まっていたのもこれがキケロの著作だと思われていたからなのでした。この著作は『ヘレンニウスへ』と同時にキケロが書いていた『主題の創造的選択について』の続編だと思われており、アルベルトゥス・マグヌスやトマス・アクィナスといった中世思想史の超ビッグ・ネームたちもそのような認識で『ヘレンニウスへ』に触れていたそうです。しかし、だからこそ『ヘレンニウスへ』は文献として後世まで伝えられた、というべきなのかもしれません。というのも、中世においてキケロの影響はとても大きいものだったので、不完全なテキストしか伝わっていなくとも「このテキストはキケロの書いたものだ!」と思われていれば、それが読まなくてはならない(理解しなくてはならない)テキストだ、と思われていたようなのです。





 さて、このような確認作業を終えれば、ようやくこの章の本題に入ることができるかもしれません。中世において記憶術はどのような扱われ方をしていたのか? です。これまでの章で見てきた通り、ギリシア時代、ローマ時代を通じて、記憶術は立派な弁論をするための技術のひとつでした。しかし、中世になるとそれが倫理学の範疇に入ってきます。これは一体どういうことなのでしょうか? イエイツは中世において記憶術が活用される目的がそれまでとはダイナミックに変わってきていたことを指摘しています。ここは超燃えるポイント。





 イエイツはまず、12世紀後半から13世紀初めにかけて、ヨーロッパで最も重要な文系の技術であった「文体術」(公文書の書式術)で有名だったボローニャ学派のボンコンパーニョ・ダ・シーニャという人物の『最新修辞学』という著作を見ています。この本が書かれたのは1235年。このときすでに記憶術が弁論術から倫理学へと河岸を変える土台が作られていた、とイエイツは言います。



われわれは天国の目に見えぬ歓びと地獄の永劫の苦しみとを、たゆまず心に刻みつけておかねばならない(P.87)



 以上のようにボンコンパーニョは記しています。そして彼は美徳と悪徳のリストを作成し、そしてこれを「記憶の目印」と呼び、その目印を覚えなくてはならない、としたのです。しかし、それがなにの役に立つというのでしょう? イエイツはボンコンパーニョが説いた「記憶の目印」の効果を以下のように分析しています。「古典的規則通りに鮮明化された美徳と悪徳のイメージを『記憶の目印』として記憶に刻印し、われわれが〈天国〉に到達し〈地獄〉を忌避する助けとすることにあった」(P.88)と。そして、この路線にアルベルトゥスもトマスも乗っているのです。



『ニコマコス倫理学』は、美徳と悪徳およびそれらの細目を複雑化したが、アルベルトゥスとトマスによる〈思慮〉の新たな評価は、その美徳と悪徳とを時代に即したものにしようとする彼らの全般的努力の一つの表われなのである。(P.89)






(続く)





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イエイツの『記憶術』を読む #2

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第二章 ギリシアにおける記憶術――記憶と霊魂


 さて、第二章でイエイツは再度ギリシアの記憶術がどのようなものであったか、というのを探っています。まずはギリシア式記憶術の始祖、シモニデスについて。さまざまな人に偉大な人物として語られたにも関わらず、彼が書き残した著作はもちろんのこと、ギリシア時代の書物でシモニデスの逸話を伝えるものは何も残っていないのだそうです。記憶術についてシモニデスの名前を出して言及しているのは第一章にでてきた三大ラテン語文献が最古のものなのだとか。しかし、実在の人物であったことは確かなようです。第二章の冒頭で彼のプロフィールが紹介されていますが、この文章はなかなか魅力的。



ケオスの人シモニデス(紀元前556-468頃)はソクラテスより前の時代に属している。若い頃にはまだピュタゴラスも存命中であったかもしれない。(残存する詩作品はほとんどないものの)ギリシア最高の叙情詩人の一人として、ラテン語ではシモニデス・メリクス、すなわち「蜜のごとく甘い(歌い手)」と呼ばれた彼は、とくに華麗なイメジャリーを駆使する点で優れていた。(P.51)



 シモニデスは記憶術のパイオニアであり、最高の叙情詩人……才能豊かな人だったようですね。後にプルタルコスは「シモニデスは絵画を無言の詩と呼び、詩を口をきく絵画と呼んだ」(P.52)と記しておりますが、この点にイエイツは注目しています。シモニデスは、場にイメージを埋込、それを自由に引き出す方法を記憶術としましたが、絵画もまたカンバスのなかにある一定の場所にイメージを埋込むものであり、それは記憶のようなものを伝える方法とも考えられます(いわば、パノフスキーにはじまるイコノロジーは、カンバスに隠された記憶を読み取る学問と言えるかもしれません)。よって、これは「記憶術発明と分母を同じくしている」(同)のです。





 次にイエイツはギリシア時代にそもそも記憶とはどのようなものであったのかについて整理をおこなっています。まずは、大哲学者アリストテレスは、どう考えたのか。アリストテレスはまず『霊魂について』という著作において「想像上の絵を書いた思考は不可能である(P.57)」という風に言っています。このとき、想像上の絵(イメージ)は「記憶法において記憶のよすがとなるべき慎重に形成されたイメージ(同)」に類比されているのですね。またアリストテレスは『霊魂について』の補遺にあたる『記憶と想起について』というそのものズバリなタイトルの著作において、そのイメージ形成方法を「印形つき指輪で封蝋を押すような一つの動作とみなしている(P.58)」のだそうです。アリストテレスによれば、記憶力の良し悪しは、気質によって左右されます。アリストテレスの説明は現在の記憶のイメージに近いのではないでしょうか? なにかを記憶するという行動の暗喩が、内的筆記――自分のなかに何かを書き込む――として表現されること。これは三大ラテン語文献にも受け継がれ、アルベルトゥス・マグヌスやトマス・アクィナスといった中世の人たちにも多大な影響を与えています。





 一方プラトンもまたアリストテレスと同じく封蝋の隠喩を用いて、記憶を説明しています。しかし、彼はアリストテレスとちがって「感覚による印象からは引き出せない知識があること、われわれの記憶するものの中には〈イデア〉すなわち魂が地上に降りる前に知っていた実在の原型や鋳型が潜在的に存在すること、を信じてい(P.61)」ました。プラトンにとって、記憶とは人間の霊魂のなかにすでに刻印されているものであり、学習することとはすでに刻印されたものを思い出すこと、だったのです。イエイツは、プラトンのこのような言説を以下のように分析します。



あらゆる知識、あらゆる学習は実在を思い出す試みであり、感覚によって知覚された多種多様のものを、実在との対応を通して似たもの同士一つに統合するにある。(中略)プラトン的意味では、記憶とは全体を支える土台なのである。(中略)プラトン的記憶は、記憶技術を姑息に操ることではなく、実在と関連づけて一切を組織づけようとする試みなのである。(P.62)



 これは少し難しいですね。私なりに噛み砕けば、学習内容と実在を結びつけ、組織づけることによって、世界の真理を自分の中に再現するというプロジェクトがプラトン的記憶などだ、という風になるかもしれません。このプロジェクトは、ルネサンスの新プラトン主義者へと継承されます。カミッロによる〈記憶の劇場〉はそのもっともわかりやすい例だ、とイエイツは指摘しています。その劇場に配置された各種のイメージが、実在の祖型に基づいている(だから、それを利用することが実在を参照するための手段となりうる)と彼は信じていたのだ、と。また、このアウグスティヌスの名もこの影響下にあるものとして挙げられています。





(続く)





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イエイツの『記憶術』を読む #1

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 いよいよ、夏が本格化しそうな気配がするので、本気で外に出たくない派である俺はフランセス・A・イエイツの『記憶術』をマトメるぜ! ということで当ブログにおいて最もハードコアなコンテンツである「ひとりぼっちの読書会」シリーズとして、精神史・思想史における大名著にとりかかります。現代社会を考察するのに役立つような思想書・哲学書ならいざしらず、「紙がなかった頃の人たちはこんな風にして物事の記憶をしていたんだよ」なんてところから始まる本に誰が興味を持つのでしょうか? これまで以上にスルーされることが予想されますが、勝手に頑張ります。



本書の主題は、大半の読者には馴染のないものであろう。ギリシア人は多くの学芸や技術を発明したが、記憶術というものをも発明し、それが他の技芸と同様にローマからさらにヨーロッパの伝統へと下っていったことを御存知の方は、殆んどあるまい。(P.15)



 以上はの一番最初からの引用ですが、ここにこの本の内容のすべてがございます。知らねぇなら教えてやろう、っていう話です。さあ、興味がわかなかった方は早々と当ブログを立ち去るが良い。





第一章 古典的記憶術に関するラテン語三大文献


 序でも触れられているとおり、古典的記憶術のはじまりはギリシアにあり、シモニデスという人がその始祖だったようです。第一章のタイトルになっている「ラテン語三大文献」、作者不詳の『ヘレンニウスへ 第四書』、キケロの『弁論家について』、クインティリアヌスの『弁論術教程』という本は、どれもその始祖であるシモニデスの話に触れています。





 シモニデスが記憶術のヒントを得たのはある日に呼ばれた飲み会での事件でした。パーティーは盛り上がりさんざん楽しく飲んでいたところ、シモニデスがちょっとしたきっかけで祝宴の会場を離れていたら、なんとその会場の屋根が崩れてしまい、シモニデス以外が全員死亡。なにしろ、ひどい事故だったものですから、死体が誰のものかも判然としない。そこでシモニデスは、思いついてたのですね。飲み会で各々が座っていた位置を思い起こすことで、その死体が誰の死体であるか、を思い出す、という手段を。これが場にイメージを埋込むことで、自在にイメージを引き出す……という記憶術のはじまりでした。





 ギリシア時代の話ですから、ちょっとありがたいお話に聞こえるかもしれませんが、こういう思い出しかたって往々にしてありますよね。例えば「あの二次会の集金しなくちゃいけないんだけど、誰が来ていたか覚えている?」と訊ねられたときなんか、注意深い人ならその二次会の情景と座っていた席から、まさにシモニデス的に二次会の参加者の名前をリスト化することができると思います。視覚的なイメージと記憶を結びつけ、それを引き出すこと。これが古典的記憶術の手法なのです。





 さて、そのような記憶術ですが、ローマ時代になると「演説者が淀みなく正確に暗で長広舌を振るいうるように記憶力の強化を狙った技術として、雄弁術の範疇に属し」(P.22)ました。だからこそ、キケロの著作も古典的記憶術に関するラテン語三大文献として数えられている。そしてこの流れに乗っかったから、記憶術はヨーロッパの知の伝統のなかで生き延びることができたのだ、とイエイツは指摘します。





 さて、ローマ時代に受け継がれた古典的記憶術とはどのようなものであったのでしょうか。それは前述した作者不詳の『ヘレンニウスへ』という著作物に集約されているようです。基本的な方法論としては、シモニデスが発見した「場とイメージの関連」を踏襲します。もっとも、シモニデスの時代から時間が立っていますから、『ヘレンニウスへ』の作者(以下、『ヘ』の作者とします)の時代には、その体系はもっと洗練されている。記憶の種類も「事柄の記憶」と「言葉の記憶」との2種類に分類されます。前者は弁論すべき対象についての概念的な知(イメージ)で、後者は弁論するときのセリフ一字一句についての記憶です。このうち、後者を記憶することのほうが難しい、と『ヘ』の作者は説いています。そりゃそうですよね。私も古典的記憶術がどのようなものかこの本を読んで得た知識を、他人に伝えることができますが(事柄の記憶は得られますが)、イエイツが書いた一字一句を復唱すること(言葉の記憶をえること)はできません。





 キケロは『弁論家について』を書くおよそ30年前に『主題の創造的選択について』という作品を記しているそうです。これがキケロが初めて弁論術を扱った初めての著作だそうですが、キケロがこれを書いていた時期と『ヘ』が編纂されていた時期は重なる、とイエイツは指摘します。そして、キケロの著作を読むと『ヘ』の作者がオススメしていたギリシア式記憶術は同時代的に「え? マジでそんなことできんの? はっきり言ってそんなのはじめから記憶力が良かったヤツにしかみにつけられないんじゃね?」という批判にさらされていたことがわかるそうです。





 キケロが『弁論家について』を書いてから1世紀ほど経って、クインティリアヌスは『弁論術教程』を書きました。この人は紀元1世紀の優れた教育者であり、ローマにおける雄弁術教師の第一人者でもあったそうです。90年代で言うと「マイク掴んだらマジでナンバワン」なジブさんみたいなものでしょうか……。クインティリアヌスの時代ともなれば、ギリシア式記憶術についての風当たりはさらに強まっていたようです。クインティリアヌスの言うところによれば「まぁ、そういう工夫っつーか、ライフハックっつーの? そういうのがあるのは認めるよ? でもさ、そんなの身につけても淀みないクールな弁論がなんかできないわけ。だから、体育会系っぽく何度も言葉を繰り返し発音して、丸暗記しなきゃ何時まで経ってもクールな弁論はできないのよ。ドゥー ユゥー アンダスタンンンンドゥ!」ってな具合ですね。





 さすが紀元1世紀のジブさんだ。キケロの著作に出てくる伝説的な暗記力の持ち主、カルマダスとスケプシスの人メトロドトスについても「ありえねぇよ!」とDISっています。っつーかイメージなんか覚える記憶のスペースがあったら、そこに言葉を詰め込めばいいじゃん! クインティリアヌスの批判は合理的です。しかし、後世の西欧における記憶の伝統が基盤としたのはジブさんのほうではなく、不詳の男、ミスターXが書いた『ヘレンニウスへ』の方法論だったのです……!(なんということでしょう!!)





(続く)





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ポール・クルーグマン『経済政策を売り歩く人々 エコノミストのセンスとナンセンス』

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 クルーグマンの著作が続々とちくま学芸文庫に入っております。その文庫化最新作がこの『経済政策を売り歩く人々』。アメリカの経済史を顧みると、1973年を境にしてピッタリと夢のような成長はとまってしまったそうです。この本ではそれからどのような経済政策がとられたのか、そしてその政策の理論的裏付けはどのようなものであったのか、さらにそれはどのような効果があったのか、を分析しています。既読の本*1と内容がかぶる部分もありますが、とても面白い本でした。





 原書が出たのは1994年、最初の日本語版が出たのは1995年で、日本語版が出た頃のアメリカはクリントン政権下にありました。それからもう15年が経ち、今ではアメリカの大統領がオバマになっている。なんだかちょっと遠い感じがしますね。「昔の分析じゃないか。今読んで価値があるの?」と思われるかもしれません。しかし、クルーグマンは1995年の日本語版への序文でこのように言います。



……どのようなタイプのナンセンスな経済政策が政治議論の中心となっているかは、時と場合によって変わるとしても、経済学上のセンスとナンセンスの間には根本的な違いがあり、またなぜ政治家がナンセンスな政策の方を好むのかという理由には、時代と国境を越えた永遠の真理がある……


 なるほど……。私としてはこのような名文句に触れることができただけで、この本を買う価値がある、と断言してしまうのですが、それ以降ももちろん面白かったです。ケインジアン、マネタリスト、サプライ・サイダー。これらの名前で指示される人たちが一体どのようなことを言っていたのか、を確認することができますし、以前に読んだ『経済学という教養』*2の内容を再確認することもできました(思うに、この本は、クルーグマンが批判/分析するところの経済学が日本の経済政策においてどのように影響を与えてきたか、を確認することができるように思います)。



経済学という教養 (ちくま文庫)
稲葉 振一郎
筑摩書房
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 基本的にクルーグマンの著作に触れて、勉強にならなかったことはないのですが、今回はとくに後半に登場する「QWERTY経済学」という概念が面白かったです。「QWERTY」とはもちろん、世界で最も普及しているキーボードの配列のことです。この配列は(ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』*3でも触れられていますが)最も普及しているにも関わらず、実は効率が悪いシステムであるわけです。しかし、その非効率性が全体最適化されてしまうと、もう変わりようがない。効率が悪いシステムが、最も効率が良いシステムとして採用されてしまう。これは非合理性が、合理的に運用されている例としても考えられましょう。





 えら~い経済学者にも、経済のことはよくわかっていない。えらい人にもわかっていないのだから、普通の人にはもっとわからないはず……にも関わらず、経済はまるであらかじめ「ほとんど正解。最適解!」という選択肢を与えられたように動いているように見えてしまう。そういう事例の確認していくだけでも経済学はおもしろいです。「○○すれば、日本経済はきっとよくなる!」みたいな本を読むよりも、この「わからないこと」の確認はずっとおもしろいはず。






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1000年後の南米のエリザベス・テイラー @LIQUIDROOM

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出演


DJ:


三浦康嗣(口ロロ)


菊地成孔


LIVE:


DE DE MOUSE


菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール



 友人に誘われて行ってまいりました。ペペ・トルメント・アスカラールについては既発のアルバムはすべて所持、それなりに聴いてはいましたがライヴは本日が初めてでした。結構期待していたのですが……ここからは「自分が好きなモノをけなす人に対して、攻撃的になってしまう」ような愛すべきジャニーズ・ファン的メンタリティをお持ちの方にとっては不愉快なことを書くと思いますので、ここで読むのをおやめください……もし読んだとしても「ああ、冴えない無理解な会社員がなんか吠えてるや、かわいそうに」とお思いになり、寛大なお気持ちでお流し下さいませ……全然良くなかったです。いや、マジで。





 DCPRGのライヴで見られたような熱狂的な盛り上がりが展開されているのだろう……とも思っていたのですが、踊っている人もあんまりいなかったです。後半に入ってマサカーのカヴァーが演奏されたときぐらいからようやく盛り上がってきたように思われます(たしかに後半の演奏は良かった)。ポリリズムでタンゴ、踊れる要素満載じゃないですか! でも踊れないし、楽しくない。うーん。なんだろう。演奏の質なのかな……「こんなものか……これじゃあ知恵のついた葉加瀬太郎みたいなものじゃないか」と思いました。情熱大陸!





 あと、DE DE MOUSE!! かなり前にライヴを観たことがあって、いつの間にか一人ユニットじゃなくなっていたので驚いたんですが、それより驚いたのが、DE DE MOUSEが小室哲哉の変名バンドだったってことです。ホントねー、TMNかと思いました。お前ら、就職しろ! 最小不幸社会のために納税しろ! と言いたくなった。俺の中でDE DE MOUSEは、サブカル好きのいけすかねー野郎が、部屋に女の子を連れ込んで「ねぇ、カッコ良い音楽があるんだけど」と言って流し始める音楽……的な印象が拭えません。





 印象があまり良くなかったライヴばかりでしたが、アンコールの前のメンバー紹介で菊地成孔に菅直人の生霊が憑依。バンド名が「菅直人と最小不幸社会」に変更されることが発表されると、菊地(中身は菅新総理)がものすごい勢いでカイワレダイコンを食べ始め、ごまドレッシングを観客にかける……というパフォーマンスが一番面白かったです!





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ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

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銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎
ジャレド ダイアモンド
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銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎
ジャレド ダイアモンド
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 朝日新聞「ゼロ年代の50冊」に選ばれたことで話題になっている本。「この10年間で最高の知的興奮体験!」という帯の文句が勇ましいですね。そう言われると「ホントにぃ? ねえ、ホントにぃ?」と半笑いで2回たずねたくなりますが、面白かったです。著者、ジャレド・ダイアモンド(なんか小学生が考えそうな名前。ダイアモンドって!)の専門は生物学なのですが、スティーヴン・ジェイ・グールドの本が好きなら読んで面白いと思わないわけがないかと思います。そのうち河出文庫に収録されるんじゃないですかね。いや、されて欲しいな。




 この本のなかで問われることの根本にあるもの。それは「なぜ、ヨーロッパの人々がアフリカやアメリカ大陸の人々を侵略することができたのか。なぜ、逆はおこらなかったのか」ということです。そういわれると確かに不思議だ。どうしてインディアンやインカ帝国の人がヨーロッパに攻めこまなかったのか。この謎を説明するために、かつては「そら、あんた、インディアンや黒人たちが白人よりもアホやったからや」という説明がされ、それを実証するために骨相学などがマジメに研究されていたことは、前述のグールドの本*1でも説明されています。そういった人たちは、俺たち(ヨーロッパ人)が家畜を育て、街を作り、さまざまな文明の利器を作り出せたのはなにを隠そう、俺たちが賢かったからであ~る、とか言ってたわけ。





 著者が文句をつけはじめるのはそこです。ホントか? 俺たちはホントに黒人より頭が良いのか? むしろ、現代社会だと原始社会の人のほうが賢いこどもがいそうだぞ?(この辺、変な人権意識みたいなのが感じられてちょっとイヤなんだけど) そこで著者は仮説を立てます。ヨーロッパの世界における反映は、単に環境的に恵まれていたからなんじゃねーの? と。この仮説を検証するために、ものすごくシンプルな経済学的なモデルや進化生物学の知識をつかってアレコレする。気象学の話も出てきて「土地は南北に広がるより、東西に広がっているほうが環境的に有利!」なんて話も出てきます。シンプルすぎるきらいはありますが、こういった話の進め方は



         ナ ゝ   ナ ゝ /    十_"    ー;=‐         |! |!

          cト    cト /^、_ノ  | 、.__ つ  (.__    ̄ ̄ ̄ ̄   ・ ・



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      i.    /          ̄l 7    1  イ/l/|ヘ ヽヘ ≦   , ,ヘ 、           i

      ,!ヘ. / ‐- 、._   u    |/      l |/ ! ! | ヾ ヾ ヽ_、l イ/l/|/ヽlヘト、      │

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      !_ヒ;    L(.:)_ `ー'"〈:)_,` /       riヽ_(:)_i  '_(:)_/ ! ‐;-、   、__,._-─‐ヽ. ,.-'、

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_,,. -‐ヘ::::::::::::::ヽ、    r'´~`''‐、  /        !、  ‐=ニ⊃    /!  `ヽ"    u    ;-‐i´

 !    \::::::::::::::ヽ   `ー─ ' /             ヽ  ‐-   / ヽ  ` ̄二)      /ヽト、

 i、     \:::::::::::::::..、  ~" /             ヽ.___,./  //ヽ、 ー



 と言いたくなってきます。仮説だけ知れれば良い! という「まとめサイト」とwikipediaばっかり読んでそうな人には、上下巻のこの長さがキツいかもしれませんが、たくさんのトリビアがいっぱい含まれていて読む価値アリです。まぁしかし、これだけ1万5千年の超マクロな歴史を追っていくと、現代の反映なんかホントに恵まれた環境によって、たまたま生まれてきたものなんだろうなぁ、と遠い目をして感慨深い気持ちに浸りたくなってきます。生きてることが奇跡!(超ポジティヴ発言) がんばれがんばれできるできる!(松岡修造)






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サルヴァトーレ・シャリーノの作品集を聴いた #2

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Salvatore Sciarrino: Sui poemi concentrici 1, 2, 3

Kairos (2009-10-13)
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 現代イタリアの作曲家、サルヴァトーレ・シャリーノ(1947-)の作品集を聴きました。私がこの作曲家の作品を聴く機会をもったのはこれで二回目。前回と同じくKAIROSレーベルからでているボックスセットです(3枚組)。3000円ちょっとだからこの手の現代音楽系作品のCDではかなり安い感じがしますね。このボックスには1987年の作品《同心円の詩の上で》が収録されています。1曲40分超の全3曲。例によって日本語解説などついておりませんから、ブックレットの英語をさっと読んだだけですが、80年代に彼が取り組んでいたダンテの《神曲》のテレビ・ドラマのために書いた音楽と同じ素材を用いて作った作品だそうです。シャリーノ自身によるプログラム・ノートもついているのですが、こちらはイタリア語・ドイツ語のみで英訳がないため読めません。





 ダンテの《神曲》は、同心円の階層構造になった世界をめぐっていく話ですから(地獄 → 煉獄 → 天国)、そのイメージなのかな。3曲にわかれているのも《神曲》の3部構成と対応しているんですかね。3曲ともに、独奏者とオーケストラのための作品となっているのですが、これはオーケストラ部分は3曲とも同じなんでしょうか……? そんな風に聴こえるんですが、実際のところよくわからない。弦楽器のハーモニクスや、管楽器の重音奏法、キー・ノイズ……さまざまな特殊奏法が効果的に配置され、静謐で美しい世界をつくりあげているように聴こえます。とくにクラリネットとファゴットの重音奏法が、間欠泉が吹き出すように響くのが何度も繰り返されますが、この音が超良い。下手したらアンビエント・ミュージック一歩手前な感じですが、モートン・フェルドマンをアンビエント的に解釈して聴く方にはオススメかもしれません。いくつか聴いたシャリーノ作品のなかではもっともポップなもののようにも思われました。



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 Youtubeでも全曲聴くことができるようです。音質が良くないので作品の全容まで聴取することはできません。すごい微細な音まで書かれているようなので(ヒスノイズと勘違いしてしまいそうな微小な音で、キー・ノイズが鳴っていたりする)、生で聴いたらこれは痺れそうですね。シャリーノは2011年度の武満徹作曲賞審査員になっていますから、日本で彼の作品を聴く機会も当然あるでしょう。彼の来日がますます楽しみになってくるボックスセットでした。




  • 関連


サルヴァトーレ・シャリーノの作品集を聴いた - 「石版!」





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ウチの本棚を紹介します

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 先日、文学フリマでid:healthy-boyさんに「どんな本棚使ってますか?」と訊ねられたのを思い出したので、写真をアップしてみます。前にも「あなたの家の本棚が見たい」へ返信 - 「石版!」というエントリを書いていましたが、この写真の本棚は引越してから買ったもの。なんか立派な感じがしますが、2万円ぐらいでした。安い。





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 ↑で買えます。が、これ2個の本棚を重ねて置いているだけなので地震が怖いかも。そして同じものを2個組み立てる必要があるため、結構根気が必要でした。雑な性格の人はだんだんネジの締め方がいい加減になってきて、最終的に「まぁ組みあがってるし、1本ぐらいネジしめなくても良いか!」って開き直りたくなると思います。というか私は開き直りました。





 この本棚は漫画以外・音楽関係の資料以外という感じで本が収納されていて、漫画や音楽関係の資料はまた別なところにあります。





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