デビッド・アレン 『はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』

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はじめてのGTD ストレスフリーの整理術
デビッド・アレン
二見書房
売り上げランキング: 1,194

会社員として働きはじめてもう7年目に入ろうとしているところであり、そこそこ自分の仕事のスタイルだとか日々やらなくちゃいけない作業の管理などは自然と身についてしまっている。いまのやりかたに特別なストレスや問題を感じているわけではないのだが、ある日「Getting Thing Done(GTD)」というメソッドの存在を知る。それで、もしかしたら今のやり方よりも優れた方法があるのかも? と自分のスタイルを見直すために本書を手に取った。ちなみに著者のデビッド・アレンはGongの人とは別人である。

これはいわゆるライフハック本のひとつだ。普段そうしたジャンルの本を読んだりしないから、他の本と比べてどうかはわからない。でも、読んで思ったのは、これは大変な名著なのでは、ということ。ライフハック本というジャンルを超えて、読み物としても面白く読んだ。単純に優れたメソッドを紹介するだけではなく、人間の行動・意思決定プロセスをシステマティックに説明しているところが特に興味深かった。ちょうど並行して、二クラス・ルーマンの初期の著作『目的概念とシステム合理性』を読んでいたんだけれど、意思決定プロセスの説明におけるルーマンとアレンに重なる点をいくつか認められると思った。

なぜ、仕事がうまく進まないのか。あるいはどのように意思決定は「おこなわれない」のか。この理由を、両者はともに情報が複雑化しすぎているのだ、とする。やりたいこと、やるべきこと、やれること。職場においてもプライベートにおいても、行動の選択肢は無限のように存在する。やれることのなかには、やらなくてよいことも含まれるだろう。また、どのことから手をつけるのが正解なのか判断するのも悩ましい。時間がたつと、そのものの重要度が変化していったりするわけで、その都度、合理的に判断をおこなおうとしたら大変なストレスになるだろう。仮に仕事AとBとCがあったとして、それらを処理する順番によっても、その後の重要度が変わってくるかもしれない。それでは、いったい、いま、わたしはなにをやればよいのか。

こんなことを言い出すと意思決定など不可能に思われるのだが、そうではない。現に意思決定はおこなわれていて、ビュリダンのロバみたいに決定ができず死んでしまう人は見受けられない。どうやら、決定不可能にみえるものが、どのようにしてか決定可能となるプロセスがあるらしい。ルーマンは、この点をシステム論の言葉を借りながら説明している。たとえば、仕事に対してその目的が与えられる。目的が与えられれば、それに関係のない選択肢は、意味がないものとして中和化される。またシステムの外側にある複雑な環境を分化することも可能だ。世の中にはさまざまな市場があるけれど、それぞれがすべての仕事に関係するわけではない。「この市場の情報は俺には関係ないものだ」として、分化された環境が処理されることで、複雑性が縮減する。ルーマンはこうしたことを目的概念の機能だと言う。

こうした説明はとても当たり前のように見える。ただし、当たり前が可視化されることで、はじめて意識できることもあるだろう。自分の仕事がうまくいかないのはどこにコストが割かれているせいか、とか。アレンによるメソッドも、こうした可視化された当たり前のうえで機能する。目的にひもづいた作業をとにかく洗い出す。そして、それを参照しやすい、複雑でないモノに記録して管理する。作業が終わったら作業リストから削除していく。GTDの基本はこれだけ。重要なのは、行動決定のための情報をあらかじめ整理し、外側にまるごと委託管理することで「次になにをやればよいのか」を悩むコストを減らし、マシンのような逐次処理で済む環境を作ることだ。

本書のやり方を完璧にマネしなくても、自分のやり方で、望ましい環境へと辿りつけるなら問題ない。そうではなく「自分はどうしていっぱいいっぱいで仕事しているのだろう……」と悩んでいる人には一読をおすすめしたい。わたしの職場でもこれをプレゼントして反応を見てみたいメンバーが何人かいる。

目的概念とシステム合理性―社会システムにおける目的の機能について
馬場 靖雄 上村 隆広 ニクラス・ルーマン Niklas Luhmann
勁草書房
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山田俊弘 『17世紀西欧地球論の発生と展開: ニコラウス・ステノの業績を中心として』

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  • 『17世紀西欧地球論の発生と展開―ニコラウス・ステノの業績を中心として―』(2003年度博士学位論文、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻、相関基礎科学系(科学史)、2004年3月)
  1. 17世紀地球論の諸前提とニコラウス・ステノ
    1. 地学史のヒストリオグラフィとニコラウス・ステノ研究
    2. ニコラウス・ステノの生涯
    3. ニコラウス・ステノの地学的業績
    4. 17世紀西欧地球論の諸前提
  2. 17世紀西欧地球論の発生と展開
    1. デカルトの地球論―機械論的地球論の登場
    2. ウァレニウスによる地理学の構想
    3. 「ゲオコスモス」―キルヒャーの地下世界論
    4. フックの地球論とステノ
    5. エラスムス・バルトリンとステノ
    6. スピノザとステノ―聖書解釈と地球論
    7. ステノからライプニッツへ―地質学相伝の一経路
  3. 結論
ニコラウス・ステノの『プロドロムス』を翻訳した山田俊弘さんの博士論文を読みました。ステノは今日において一般的にはほとんど馴染みのない名前ですが、彼を媒介にすることによって地学史から哲学史をひっくり返そうという野心的な論文であると思います(先日、加藤さんのスピノザ発表動画を参照したのも、この論文を読んでいたからでした)。7章については、以前にもブログで紹介させていただきましたが、改めて勉強になりました。

メインとなるのは第2部の「17世紀西欧地球論の発生と展開」。ここではまず、デカルトの地球論・鉱物論が細かく分析され、これに対して当時のデカルトの論敵であったガッサンディの鉱物論・化石論が対比される。従来の学説によれば、ステノの地球論はデカルトの地球論(地球の地下には空洞の層があり、その地層の崩落によって山や洞窟などの地形ができる! など)をそのまま受け継いだと見なされていましたが、実は鉱物論・化石論を見ていくとガッサンディやキルヒャーの影響もある。ここで、地形の形成、という大きな地球論と、鉱物論・化石論という小さな地球論がわけたとき、それぞれの領域で違った人物(あろうことか思想的に対立していた)たちの影響がステノのなかで統合されて読めるのがとても面白いです。

さらにデカルトの地球論を批判的に受け継ぐウァレニウスの『一般地理学』は、ステノに熱心に読まれ、かつ、新科学にも影響を与えた書物として位置づけられる。近代地質学のパイオニアとしてステノと同時に評価されるイギリスのロバート・フックもウァレニウスを参照していました。8章はステノとフックの対比になりますが、同じような文献に触れることができ、珍奇物のコレクションに関わるなど似たような環境にいた同時代人が、まったく違った地球論を提出した事実がかなり熱い。コレクション絡みではステノの師匠筋のひとりであったエラスムス・バルトリンの章も、コレクションをどのように使うか、というテーマで面白く読みました(ここでの話は、ダストン & パークの仕事も想起させる。王立教会にいて研究のためにコレクションを使おうとしたフックと違い、バルトリンやステノが関与したコレクションは権力者に驚異を見せるためのものとしての性格が強かった。が、バルトリンもステノもレジャー的なコレクションから新しい研究の態度を生み出してもいたのだ)。

最後のスピノザ、ライプニッツを扱った部分は、大きく捉えれば「17世紀において歴史はどのように読まれ、どのように書かれたのか」が読み解かれることになる。すでにこの時代、人間の歴史が即ち聖書、ではありません。これまでは聖書が歴史だった、けれども、そうじゃない、じゃあ、そもそも聖書ってなに? といったことさえ問われるようになっている。これに対して、ステノは聖書の記述と自らの提出した地形生成論を照らし合わせることで、聖書は歴史の本としても使用できる、と主張する。一方、スピノザは聖書を単なるテキストとして読解していくことにより、また別な歴史を作ろうとする。彼らの聖書の読み方はまるで違う、しかし、著者は言います。「現在われわれの眼前で成り立っている法則や原理が過去においても成り立っていたという前提のもとに推論を働かせる現在主義(P.233)」において両者は共通していて、そこに歴史科学の転換点が見いだせるのでは、と。

やはりデカルト以降の思想家には「新しい人たちだなあ……」と感じる部分が多いのですが、思想史・科学史から入っていくと、前後を参照しながらなんとなく分かった気になるのも良い。ステノの生涯については『ミクロコスモス』第1集にも山田さんの論文がありますので、図書館にいったら読めるはず。

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読売日本交響楽団 第522回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール

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指揮=レイフ・セゲルスタム
ピアノ=菊池洋子

曲目
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488
マーラー:交響曲 第5番 嬰ハ短調
12月に引き続き、1月もマーラーを取り上げた読響定期。この日のマエストロ、レイフ・セゲルスタムに関しては、交響曲を200曲以上書いてるとか、その漫画的なヴィジュアルが印象的で音楽は聴いたことなくてもその筋では有名な人であるわけです。よって、ちょっとドキドキの演奏会でした。

まず、前半のモーツァルト。菊池洋子のピアノで協奏曲第23番。これはオーケストラだけでの演奏が冒頭から比較的長く続くのですが、結構、普通だっ! と驚き。その普通にモーツァルトの音楽が聴こえてくるところに、モーツァルトの強さがあるのかもしれませんが、エレガントに流れていくオーケストラの音楽に対して、斬れ味の良い菊池のピアノは一層ハキハキとして聴こえました。この相性ははっきり言って良いとは思えませんでしたが、ピアノは良かったですね。素直に、ああ、モーツァルトは素晴らしいね、まったく、とか思う。アンコールは、セゲルスタムのピアノ曲。なんか指の練習みたいな曲でした(っつーか、なんで、指揮者にサービスしてるんだ……!! そこはもっとモーツァルトを聴かせてよ!!! とも思うんですが)。

で、後半のマーラーですけれど、これはちょっと呆れるほどにスゴい演奏でしたよ。色んな意味で。冒頭のトランペットから随分間をとるなぁ、と思いきや、それだけじゃなく遅いテンポ。「うおお、おっせぇ……これはどっかで速くなるんだろうか……」と待ち続けたら最後まで全楽章遅かった、という。もちろん音楽のうねりはその遅いテンポのなかであるわけですが、元が遅いので感じるドライヴ感や加速度は普通!な不思議な演奏だと思いました。

正直、最初は「ひょっとして、ギャグでやってるのか」と思いましたけれど、聴き続けていると、いや、この人は天才なのでは……と感じることも。そして最終的に、この人は間違いなく天才、っていうか、天然なのだろう……、と結論付られる。交響曲を200曲以上書いてしまうのもきっと素なのだろうし、このテンポもセゲルスタムにはマーラーの書いた楽譜がそのように読めたから仕方ないのです、たぶん。だって、狙ってたらあんな解放感のある音でずっとやれないですよ。正真正銘100%アポロン的な、言うなれば、苦悶するマーラーとは真逆の異常に「深み」のない音楽。

お付き合いするのは大変でしたし、最初のほうは笑いながら聴けたけど、最期のほうちょっとうんざり。でも、この陽の音楽は嫌いにはなれません。オーケストラもお疲れでしょうが聴く方もくたくたになりました。

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加藤喜之 『スキャンダラスな神の概念 スピノザ哲学と17世紀ネーデルラントの神学者たち』

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スピノザの聖書解釈に関するテキストを読んでいて、強い勉強不足を感じたため、昨年立教大学で開催されたシンポジウムでの加藤喜之さんの発表動画を観て勉強しました。動画では発表の冒頭部分が少し切れているのですが、加藤さんの発表はデカルト主義を継承し、それをラディカルに発展させたスピノザがどのような攻撃を受けたのかを分析する内容となっています。「神と自然とを同一視し、自然の運動法則を学べば、それが神を知ることができる!」というスピノザの神の概念は、教会の人たちが「神を絶対的に超越した存在であり、人間には認知できないものである」と考えたのと正反対の考えです。それゆえ(発表タイトルにもあるとおり)スキャンダラスなものとして捉えられたスピノザは、保守的なデカルト主義者や、さらに保守的な伝統的アリストテレス主義を信奉する教会関係者によって批判されることになる。ここでは前者の代表としてクリストフ・ウィティキウス、後者の代表としてゲルハルト・デ・フリースが取り上げられます。

現代の視点だけで彼のテキストを読んでも「スピノザのなにがそんなにスキャンダラスで衝撃的だったのか」はおよそ理解できないでしょう。過去の視点が導入されることではじめて、スピノザのインパクトがわかるようになってくる。また、批判者の側から描かれたスピノザの姿も、スピノザの思考を理解する手助けになるように思いました。さらにこの発表は結論部がスゴい。哲学史を豪腕でひっくり返して、デカルトやスピノザが与えたインパクトがどのように現代に繋がっているのかまで考えさせてくれる力強いものです。教科書通りな感じで「近代哲学ではデカルトが重要である」みたいなことは聞いたことがあるけれど、それがどう重要なのかをガッツリと感じさせられます。

あと、ここ最近の傾向としてアリストテレス主義が基本だった時代に関わるテキストを多く読んでるせいか、スピノザとかデカルトとかが「新しいな!」、「ラディカルだな!」と思いながら聞くことができました。必見。

追記
この発表内容は論文の形となって今年出版される予定の論文集に収録されるそうです。文章でもパワフルな研究が読める日がくるのを心待ちにしましょう。

関連

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Yo La Tengo / Fade

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Fade
Fade
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Yo La Tengo
Matador Records (2013-01-15)
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Yo La Tengoの新譜を聴く。なんか結構前に「ジョン・マッケンタイアとアルバムを作ってる〜」というインタヴュー記事を読んだ記憶があったのだが、これがジョン・マッケンタイアとこのバンドの初めての仕事だったとは。いや、なんか、近いけれども遠い存在だったのかしら。はじまって3秒ぐらいで、なんというシカゴ・サウンド、まるで The Sea & Cake のような音作りではないか! と軽いを驚きをもって迎えてしまうのだが、これは素晴らしい……素晴らしいアルバムである。しばらくこれしか聴きたくない感じになる。

コアになっているのは、3人のメンバーによるシンプルなロックなのだが、ストリングス、ホーン、そしてマッケンタイアさんの音作りによってイヤらしくならない感じにリッチに、ドリーミーになっている絶妙なバランス感が溜まらなくてですね、装飾的部分とバンド・サウンドのレイヤーができてるのも良いんです。とけ込みつつ、分離している。ギャンギャンとフィードバック・ノイズが鳴ってたりするんだけれど、超ド級の大名盤カヴァー・アルバムである『Fakebook』のごときアコースティックなテイストをもって聴こえてしまうのは、そのアンビヴァレンスゆえか。最高です。


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Jon McGinnis 『Avicenna (Great Medieval Thinkers)』

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Avicenna (Great Medieval Thinkers)
Jon McGinnis
Oxford Univ Pr (Txt)
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以前に巻頭言の翻訳や、第1章のまとめを書いていたアヴィセンナの概説本を読み終えました。以下改めて本書の目次をご紹介しておきます。

  1. Avicenna's Intellectual and Historical Milieu(アヴィセンナの知的・歴史的背景)
  2. Logic and Science(論理学と科学)
  3. Natural Science(自然科学)
  4. Psychology I: Soul and the Senses(認識論 I: 霊魂と感覚)
  5. Psychology II: Intellect(認識論 II: 知性)
  6. Metaphysics I: Theology(形而上学 I: 神学)
  7. Metaphysics II: Cosmology(形而上学 II: 宇宙論)
  8. Value Theory(価値理論)
  9. Medicine and the Life Sciences(薬学と生命科学)
  10. The Avicennan Heritage(アヴィセンナの遺産)
  11. Appendix 1-4(附録: アヴィセンナの哲学を階層化した図式)

本編およそ250ページ弱で振り返るアヴィセンナの業績の数々、一言であらわすならば「これ一冊でまるわかり! これがアヴィセンナだ!」といったところでしょうか。クニ坂本さんアダム高橋さんも推薦の一冊ということで大変勉強になる本でした。

アリストテレス主義を継承し、イスラームにおけるファルサファの伝統のうえで独自に発展させた人物、そして中世のヨーロッパにアリストテレス主義を伝えるメディアでもあったこの10世紀末に産まれたとんでもなくエラい学者を本書はどのように扱っているのか。ここでは主に「アリストテレス主義をアヴィセンナはどう受け継ぎ、どう発展させたのか(アヴィセンナはどのようにアリストテレスと違うのか)」へとフォーカスしているのが特徴です。1章のまとめでもまず初めにイスラームの知的背景ではなく、ギリシャのアカデミアでおこなわれた学的伝統に触れていることを紹介しました(アカデミアでのカリキュラムは、イエズス会が設立したコレジオでも採用されるなど西洋のインテレクチュアル・ヒストリーを振り返る際も重要なものです)。このギリシャ起源の伝統とアヴィセンナの哲学がかなり細かく分析されていることで、読者はアヴィセンナ以前のアリストテレス主義と、アヴィセンナの哲学を同時に学ぶことができるでしょう。一粒で二度美味しい!

ラヴジョイ的な言葉で語るのであれば、アヴィセンナは典型的な「充満の理論」の人です。単一で永遠なる神によって、この世界は満たされている。彼にとってのアリストテレスは、神が充満する世界を秩序立てて理解するために導入された道具だったように思われます。世界はどのようにあるのか、そして人間はどのように世界を見ているのか。アリストテレスが広範な領域で業績を残したのにも、このような哲学的動機があったと推測されますが、アヴィセンナもこれを受け継ぐ者でしょう。アヴィセンナの業績を追っていくうえで個人的に面白かったのは、彼の知性論に光学的なアイデアが採用されているなど、アブストラクトな領域とコンクリートな領域が密接に関連しているところでした。この面白さは近代以降の哲学者が自分たちの仕事を「哲学的な領域」に限定しはじめる前に活躍した万能的知識人に共通するものかもしれません。

とはいえ、実際読んでみて一般向けに面白い本なのか、と問われると「ちょっとマニアックかなあ……」と答えたくなるのが正直なところ。中世から初期近代以前の西洋哲学史を勉強している学生さんであれば、まず読んでおいて損はないのでは、と思うのですが、それ以外の人にだったらホントに知的な探究心・好奇心から喜びを見いだせるタイプの方でないとキツそう。英文は基本的にリーダブルなものですし、説明も丁寧なのでTOEICで割と恥ずかしい点数を取っている私でも読めることには読めました(ただ、形而上学の章は、勉強不足でちょっとキツかった)。アヴィセンナの知性論を説明している箇所で、ゴードン警部やブルース・ウェインなど『バットマン』が例に出てくるなど、面白かったですよ。

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John Fahey / Red Cross

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Red Cross
Red Cross
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John Fahey
Revenant Records (2003-02-11)
売り上げランキング: 365,932
2001年に亡くなったギタリスト、ジョン・フェイヒーの最晩年の演奏を収めた最後のオリジナル・アルバムを聴く(生前に発表されたものではない)。これはなんだかスゴいアルバムだった。一体どんな環境で録音されたものかわからないのだが、ライナーの情報から推測するにフェイヒー自身がプライベートで録音していた音源を発掘してコンパイルしたもの、なのかもしれない。それだけに演奏は割とユルく、音質も謎にリバーブがかかりまくってる曲もあれば、フィードバック・ノイズから始まる曲もあるし、「Summertime」までカヴァーする。トリオで活動していたときのオルガン奏者、ティム・ライトとロブ・スクリヴナーがベースで一緒に演奏している「Untitled with Rain」は、タイトルどおり雨音までまじっているうえに、演奏が途中でフェードアウトし、15分以上無音のあとに隠しトラック的な曲に……と、とっ散らかっているアルバムではある。

……しかし、このなんだかよくわからない感じ、はっきりとしない雰囲気に、ブルース、カントリー、ブルーグラス、サイケなどジョン・フェイヒーという人に貼付けられたレッテルがすべて融解してしまい、境地的なものに達してしまった晩年の彼の姿(とはいえ62歳で亡くなっているので、普通の人と比べたら割と若いうちに亡くなっている、と言える)を感じてしまうのだ。とくに前述の「Untitled with Rain」でのオルガンの持続音とベースのオスティナートと、自然のノイズを背景にして展開される即興的なフェイヒーのギターは、もはや幽玄の世界であろう。感嘆。彼の生涯と、晩年について書かれたライナーノーツも必読である。初めてフェイヒーを聴く人にはすすめないけれども、いや、ここから初めたって、只者ではない印象を受け取れる人には受け取れるはずだ。

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2012年に観たライヴを振り返る

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  1. コンポージアム2011 サルヴァトーレ・シャリーノの音楽 @東京オペラシティ コンサートホール
  2. 読売日本交響楽団第511回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  3. 読売日本交響楽団第512回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  4. 聖トーマス教会合唱団 & ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 @東京オペラシティ コンサートホール
  5. アルタード・ステイツ @新宿ピットイン
  6. 読売日本交響楽団第513回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  7. Just Composed 2012 in Yokohama 出逢うことのなかったピアソラとケージのために @横浜みなとみらいホール 小ホール
  8. 中原昌也 個展 @SPROUT Curation
  9. 読売日本交響楽団第514回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  10. 読売日本交響楽団第515回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  11. 細川俊夫ポートレート @東京オペラシティ リサイタルホール
  12. コンポージアム2012 細川俊夫を迎えて @東京オペラシティ コンサートホール
  13. 読売日本交響楽団第516回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  14. アントネッロ & ラ・ヴォーチェ・オルフィカ第26回公演《聖母マリアの夕べの祈り》 @東京カテドラル聖マリア大聖堂
  15. 読売日本交響楽団第517回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  16. クセナキス:オペラ《オレステイア》 @サントリーホール 大ホール
  17. 読売日本交響楽団第518回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  18. DCPRG YAON 2012 @日比谷野外大音楽堂
  19. 村治佳織 Classy Selection in 鎌倉芸術館 Vol.4 @鎌倉芸術館
  20. 読売日本交響楽団第519回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  21. 読売日本交響楽団第520回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  22. 読売日本交響楽団第521回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール
  23. FEN シークレット・ライヴ @吉祥寺GRID605
新譜に引き続き、昨年観たライヴの振り返りなどを。なんか今年は積極的にライヴに行く気持ちがなくなっていて、よっぽど興味があるか、よく一緒にライヴにいく友達か会社の上司に誘われてじゃないと「仕事あるしな〜」という気分になっていた。読響の定期会員もなんだか惰性で聴きにいってしまっていたので(惰性のような習慣で聴きにいく、っていうのも贅沢な話ではあるけれども)、来年度は会員継続しないことにしてしまった。もちろん、惰性で聴きにいってもものすごく感動して会場をでたりもするんだけれど、これまで興味があったものから急に興味を失ってしまって……ハッ、これって鬱!? とか思ってドキリとするが、なんのなんの23本も観ていたら充分か。そして、細川俊夫関連のコンサートに3本もいってるし、クセナキスだ、シャリーノだ、DCPRGだ、って好きなものばっかり聴いてたじゃないか……。

2012年はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の《マタイ受難曲》がベスト・ライヴ。我が生涯のなかでもトップ3に入ってくるんじゃないか、と思われるほど衝撃的に良かったし、泣きながら聴いた。感動した(ただ、ほかのトップ3候補をあげろ、と言われてもすぐにはでてこないけども)。シャイーが振ったときの《マタイ》の録音を、このライヴの余韻のなかで一年中聴いていたし、たぶん、これからも聴くだろう。

バッハ:マタイ受難曲
バッハ:マタイ受難曲
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シャイー(リッカルド) ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団 テルツ少年合唱団 ランズハマー(クリスティーナ) シャピュイ(マリー=クロード) チャム(ヨハネス) シュミット(マクシミリアン) ミュラー=ブラッハマン(ハンノ)
ユニバーサル ミュージック クラシック (2010-04-21)
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Avantgarde Buenos Aires / Avantgarde Buenos Aires

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Avantgarde Buenos Aires
Avantgarde Buenos Aires
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Avantgarde Buenos Aires Sinesi Hurtado Castro Barr
Acqua Records (2012-10-30)
売り上げランキング: 76,476
2013年、初めて買った新譜はアルゼンチンのギタリスト、キケ・シネシによるグループ、Avantgarde Buenos Airesのファーストでした。2012年はカルロス・アギーレとのデュオで来日、さらに日本人ケーナ奏者の岩川光とのツアーで2度も来日していたキケ・シネシ。残念ながらどちらのライヴも見逃しているのですが、この新譜はアツい。ギター、バンドネオン、ベース、打楽器によるカルテット編成で、タンゴを基調とした非常に空間の広い音楽を聴かせてくれます。大部分がシネシによるオリジナル楽曲ですが、1曲だけアストル・ピアソラの楽曲をとりあげており、それがまた……たとえば、ラヴェルや、ショスタコーヴィチの楽曲を聴いた瞬間、天才が楽曲に刻みつけるその作曲家の符号のようなものを感じることがありますが、ここではピアソラの符号がはっきりと浮かび上がる。

それにしてもこの叙情は……もちろん、バンドネオンという楽器が持つ音色もあるでしょうが、ここではベースのオラシオ・モノ・ウルタードのベースも素晴らしく、キケ・シネシの軽やかなアコースティック・ギターと鮮やかな対比を描くようです。そしてここには、タンゴだけではなく、フォルクローレも、ジャズも、心地よいさまざまな音楽が詰まっている。



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カール・シュミット 『政治神学』

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政治神学
政治神学
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カール・シュミット
未来社
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はじめ、なにが書かれているのかよくわからなかったのだが、2回ぐらい読んだらそれなりに読めた。付録についてくるカール・レーヴィットによる「シュミットの機会原因論的決定主義」という論文を読みながら「政治神学」を振り返っていくと、なにが問題にされているのかがつかめると思われる(『政治神学』自体はあっという間に読み終わってしまうほど短い)。

たとえば戦争や紛争がおきた、とか、現行の法律にはそぐわない現実がある、とか、法律が意味をなさなくなってしまった状態(例外状態)において、主権者による決定が必要となる、とシュミットは言う。法律が意味をなしているとき、法律に従って国家におけるもろもろを運用していけばいいので、決定は意識されない。では、どのように主権者は決定をおこなうのか? そもそも、主権者とはだれで、なぜ、ソイツが決定をおこなって良いことになっているのか?

この問題を検討する前にシュミットは「いや、主権者がしゃしゃりでてくる前に、法律のほうを修正すれば良いんじゃないの?」と主張する立場に批判を加えている。ここは結構クドクドと書かれているのだけれども、一言でまとめるならば「いや、法律を修正するのにも決定する人がでてくるでしょうが!」といったところであろう。主権者の問題は避けられないのである。

で、本題の主権者はだれか? その正当性はいかに、といったところの変遷が辿られることとなる。ここで例外状態における決定が神学における奇蹟となぞらえられているのは、それが主権者をあらわにさせるから(なのだろう、たぶん)。絶対王政の時代なら話は簡単で、君主が神的な立ち位置にいて主権を振る舞っていた。そこには有無を言わせない正当性があった。その後、民衆に主権が移ると、人間はみんな善じゃん、とか、一般意志、とか、民衆主権の正当性を支える思想が台頭する。

ただ、みんなで話し合ったからそれでOK、正統だよね! みたいなのって、じゃあ、誰が責任とるんですか! みたいな話にもなる。そこでシュミットは、そもそも正当性とかっていらないんじゃないの? 議会つくって話し合いとかする必要ないじゃん? むしろ、決定が大事なんだよ! という人たちについて検討する。このとき検討されるのが反革命(つまりアンチ民主主義な)カトリック系思想家たちだ。

このパートで紹介されるスペインの思想家・政治家、フアン・ドノソ・コルテスが強烈で、本書のハイライトを演出しているといってよいだろう。ドノソ・コルテスの人間観は、性善説的な考えと真っ向に対立する。人間の本性は善どころか、極悪である。そんな人間に議論させて政治なんかやらせても破滅が待ってるだけである、政治参加しようとするブルジョワジーを見よ、ヤツらは無責任な討論をするばかりではないか! 王権なきあと残る政治とは、独裁しかない!!  ドノソ・コルテスの政治思想とはこのようなものだ。

シュミットによるドノソ・コルテスの評価が面白いのは、ここにプルードンやバクーニンなどの無政府主義者との比較が入るところだ。カトリック的な権威主義と、無政府主義は対立する価値観を持つ。が、いきつく先は一緒なのでは、とシュミットは言う。バクーニンは、世の中が堕落しているのは人間の権力欲・支配欲であり、欲を悪だという教会こそが権威そのものだし、こうした欲の元凶だ、これを解体するには根本的に父権的な家族制度を解体して、母権制へ復帰するしかない!(楽園への回帰! フリー・セックス!)と主張する。これに対してドノソ・コルテスも、自分の理想が遂げられたときには、そもそも政治的なものも消失してしまって、楽園的なものにたどり着くであろう! と予見していたという。

ドノソ・コルテスが願った独裁も「だれによってなされるのか?」の問題があると思うし、そのへんよくわらないのだが面白い本だった。本書で問われている正当性の問題は、決定の妥当性をどのように判断するのか、を検討するニクラス・ルーマンの論文にも通じて読めるような気が。付録の論文を読むと、シュミットが「政治的なロマン主義者は、討論ばっかりして、政治をやるのではなくて、政治っぽいことをやることに満足してるようで良くない!」みたいなことを考えていたようで、そのあたり、現在生活している世の中のことと見比べると、ふむ〜ん、と思いました。

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ロバート・クーヴァー 『ユニヴァーサル野球協会』

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ユニヴァーサル野球協会 (新潮文庫)
ロバート クーヴァー
新潮社
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現代アメリカのポスト・モダン文学を代表する作家のひとり、ロバート・クーヴァーの小説を読む。これが日本で初めて紹介されたクーヴァー作品だったのね。かつて『女中の臀』を読んだときには(佐藤良明のセンスが炸裂しまくった訳のせいもあり)かなり難しい人なのかと思ったら、これはとても親しみやすかった。冴えない中年のオッサンが、サイコロを振って結果を決める野球ゲームにハマっているお話……ひとことでいうとそんなところ。ただし、その野球ゲームは悲しいオッサンの単なる日々の慰みではない。「ユニヴァーサル野球協会」(野球ゲームの名前)の所有者であるヘンリー・ウォーはリアリティと歴史を備えた箱庭的な世界を作ってしまっている。

キッチンに広げられた記録用の紙とゲーム上の歴史をまとめた大量のノートのなかに、もうひとつの現実が浮かび上がるところに、ヘンリー・ダーガーやアール・ブリュットばりの際どさを感じる……と同時に、これってまったく現代アメリカ文学的だよね、とも思うのだった。ありえたかもしれない世界、もうひとつの別な現実。ピンチョンもエリクソンの小説でおなじみのテーマである。ヘンリー・ウォーが作った世界は、その世界で起こった悲劇と現実からの介入を受けることで崩壊しかかる。そこでヘンリーはもうひとつの現実を守るために現実から撤退してしまう(完全にあちら側の人間になってしまう)点は『競売ナンバー49の叫び』とも似ている。『ユニヴァーサル野球協会』が1968年、『競売ナンバー49の叫び』が1966年。60年代後半の新しいアメリカ文学ってこういう感じだったのかな。

この小説では、読み手をドキドキさせる緊迫した試合展開が冒頭から描かれているのだけれども、その試合が単なる箱庭的なゲームの世界の話であることが種明かしされていくときに、現実と虚構との落差をガツンと見せつけられるところが面白い。ヘンリー・ウォーもまた、それが自分の作った虚構の話であることを(途中までは)意識しているのだ。ユニヴァーサル野球協会が他人からどう見られるか、当然、ドン引きされるだろう、と彼にはわかっている。ゆえにユニヴァーサル野球協会はヘンリー・ウォーの秘密の世界でもある。秘密を他人に漏らすことが、自慰の最中に部屋のドアをあけられるほどの気まずさだ、というクーヴァーの描写は適切だ。他人には理解しがたいであろうコレクションや趣味をもつ人なら、そのナイーヴさに共感できると思う。この共感によって、別な世界がこちら側にグンと近づくのも良かった。

ユニヴァーサル野球協会
ロバート クーヴァー
若林出版企画
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(残念ながら文庫も単行本も絶版。Amazonの中古価格は単行本のほうが手頃。2013年1月5日現在)

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ヴァルター・ベンヤミン 『パサージュ論』(5)

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パサージュ論 (第5巻) (岩波現代文庫―学術)
ヴァルター・ベンヤミン
岩波書店
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『パサージュ論』最終巻は「ドーミエ」、「文学史、ユゴー」、「株式市場、経済史」、「複製技術、リトグラフ」、「コミューン」、「セーヌ河、最古のパリ」、「無為」、「人間学的唯物論、宗派の歴史」、「理工科学校」の項目と草稿・書簡、さらには編者であるロルフ・ティーデマンによる解題、文献一覧・索引を収録している。残り物ぜんぶまとめちゃいな、って感じなんですかね。真面目に読もうとするならば、ティーデマンの文章は必読なのでしょう。どんな風に読んだら良いのかまでがっつりと語ってくれています(が、これは最初の巻の冒頭とかに置いた方が良かったのでは、という気もする)。ティーデマンはアドルノの遺稿を編集している人でもあって、フランクフルト学派の影響圏でベンヤミンを捉え、パサージュ論に何が書かれるはずだったのかを読み解こうとする。言わばガチな読み方であって、私がこれまで読んできた巻について「ベンヤミンってもっと軽く読んでも良いんじゃないの?」と思っていたのとは真逆です。

バカみたいな言い方だと思うんですけれど、ティーデマンのような読みがある一方でで、いろんな読み方があって良い本だと思います。最終巻を読みながら、「ムネモシュネ・アトラス: アビ・ヴァールブルクによるイメージの宇宙」について考えたりもしましたし、バルザックを読んでみたいなあ、という気持ちにもなる。メモや引用の断片から資本主義のなかで見られた集団的な夢の数々を見て、それをカタログのように眺める、それだけでも充分に面白い本なのかもしれない。人からお借りして読んだものですが、いずれは自分でも買い揃えたいな。


関連エントリー



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2012年に読んだ本を振り返る

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  1. 『要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論』
  2. 菊地成孔 『スペインの宇宙食』
  3. Frances Yates 『Giordano Bruno and the Hermetic Tradition』
  4. 桜井久勝 『会計学入門』
  5. フランコ・サケッティ 『ルネッサンス巷談集』
  6. 飯田泰之・中里透 『コンパクト マクロ経済学』
  7. 阿部和重 『シンセミア』
  8. アリストテレス 『動物誌』(下)
  9. クラリッセ・リスペクトール『G・Hの受難 家族の絆』
  10. 黒羽清隆 『太平洋戦争の歴史』
  11. ガブリエル・ガルシア=マルケス 『族長の秋』
  12. 慧皎 『高僧伝』(1)
  13. 進士五十八 『日本の庭園 造景の技とこころ』
  14. ジャン・カヴァリエ 『フランス・プロテスタントの反乱 カミザール戦争の記 録』
  15. いとうせいこう 『世界のポップス 1991』
  16. 慧皎 『高僧伝』(2)
  17. 中原昌也 『悲惨すぎる家なき子の死』
  18. Walter Isaacson 『Steve Jobs』
  19. 『ソフトウェアアーキテクトが知るべき97のこと』
  20. 村上春樹 『1973年のピンボール』
  21. ヴァルター・ベンヤミン 『ベンヤミン・コレクション3 記憶への旅』
  22. プラトン 『メノン』
  23. 平田篤胤 『霊の真柱』
  24. トーベ・ヤンソン 『ムーミン谷の彗星』
  25. ルイス・フロイス 『ヨーロッパ文化と日本文化』
  26. マイケル・ファラデー 『ロウソクの科学』
  27. ウラジーミル・ソローキン 『愛』
  28. 『プログラマが知るべき97のこと』
  29. 芦屋広太 『エンジニアのための文章術再入門講座 相手を動かすドキュメント作成の実践テクニック』
  30. マイケル・ギルモア 『心臓を貫かれて』
  31. アンドルー・ワイル 『癒す心、治る力 自発的治癒とはなにか』
  32. 細島一司 『COBOL ポケットリファレンス』
  33. 末崎真澄(編) 『図説 馬の博物誌』
  34. アテナイオス 『食卓の賢人たち』
  35. 佐藤竜一 『エンジニアのためのWord再入門講座 美しくメンテナンス性の高い開発ドキュメントの作り方』
  36. ニッコロ・マキャヴェッリ 『フィレンツェ史』
  37. J. D. サリンジャー 『ナイン・ストーリーズ』
  38. 広瀬立成 『朝日おとなの学びなおし 宇宙・物質のはじまりがわかる 量子力学』
  39. ヴァルター・ベンヤミン 『パサージュ論』(1)
  40. グスタフ・ルネ・ホッケ 『迷宮としての世界 マニエリスム美術』
  41. Wheelock's Latin 7th Edition
  42. 村上春樹 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』
  43. ヴァルター・ベンヤミン 『パサージュ論』(2)
  44. 芦原義信 『街並みの美学』
  45. 『論語』
  46. Lorraine Daston, Katharine Park 『Wonders and the Order of Nature 1150-1750』
  47. 宮腰忠 『高校数学+α:基礎と論理の物語』
  48. Joscelyn Godwin 『Robert Fludd: Hermetic philosopher and surveyor of two worlds』
  49. ヴァルター・ベンヤミン 『パサージュ論』(3)
  50. マイケル・C・フェザーズ 『レガシーコード改善ガイド』
  51. 『JOJOmenon』
  52. 澤井繁男 『魔術と錬金術』
  53. カルロス・フエンテス 『脱皮』
  54. パウル・ツェラン 『パウル・ツェラン詩文集』
  55. マルセル・プルースト 『失われた時を求めて』(1)スワン家の方へI
  56. 飯田泰之 『飯田のミクロ 新しい経済学の教科書1』
  57. ヴァルター・ベンヤミン 『パサージュ論』(4)
  58. T. H. ガスター 『世界最古の物語: バビロニア・ハッティ・カナアン』
  59. ジョスリン・ゴドウィン 『キルヒャーの世界図鑑: よみがえる普遍の夢』
  60. 『歎異抄』
  61. ピーター・バラカン 『魂(ソウル)のゆくえ』
  62. 塚本勝巳 『世界で一番詳しいウナギの話』
  63. 『古事記』
  64. 篠原資明 『空海と日本思想』
あけましておめでとうございます。新年一発目の記事ですが、2012年に読んだ本の振り返りになります。英語の本を読んだり、ラテン語の勉強をしてたり、数学をやってたり、思想史系の論文を読んだりしていたもので、昨年は日本語の本を読む時間が少なかったな〜、とか思ってたんですが、数えてみたら再読も含めて例年と同じぐらい。一冊にかける時間が年々短くなってるかもしれませんが、読める量はどんどん多くなってたりして。技術書やらラテンアメリカの小説やら異様に多様でありますが、本年もその雑多なテイストは変わらないであろう、ということで今年もよろしくお願いいたします。

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