安西水丸 『東京美女散歩』

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東京美女散歩
東京美女散歩
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安西 水丸
講談社
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昨年72歳で亡くなったイラストレーターの連載記事をまとめたもの。テレビを見ていると
芸能人の散歩番組がよくやっていて、つい見てしまうのだけれども、テイストとしてはそれによく似ている。東京の史跡や名所とともに、著者が観察した街ゆく美女のイラストが楽しい。結構女性に対する評価は辛辣で、下北を歩いているカップルはみんなセックスのことばかり考えていそうだ、などとひどいコメントをしている。

わたしが安西水丸の名前を知ったのは、村上春樹のエッセイ経由であり、あんまりよく知らなかった。ヘタウマというか、独特のふにゃふにゃしたイラストから想像するに、流行り言葉で言うところの「ほっこり」系の人なのかと思っていたのだが、いや、イラストからは想像できない女性遍歴についてもエッセイのなかで語られている。東京のあちこちに足を運んでは、その土地にまつわる、かつて関係のあった女性を思い出しているのだが、これがかなり激しい。吉祥寺に住んでいた◯◯と不倫関係にあった……とか、サラリと書いてあり、エッとなった。

とにかくモテてモテて仕方がなかったんだろう、と思う(ちょうど村上春樹の読者交流サイトで安西水丸のモテ具合について言及されていた)。なぜ、著者がそこまでモテたのか、という自己分析が書かれていたら、それを真似したいぐらいだが、残念ながらそうした記述はない。読んでいると女性が勝手に寄ってくるような印象さえある。ガツガツしていないのがかえって良いのか。著者の写真を見ても、特別なハンサムとは思えない。ダンディではある。ウェリントン型のメガネがよく似合っていて、カッコ良い、とは思う。

わたしの周りにそういう人、黙っててもモテる人がいないので、とても気になっている。でも、なんとなく、そういう人がいるんだろうな、という気はする。もし、このブログを読んでくださっている方で「黙っていてもモテる」という人がいらっしゃいましたら、お話をうかがわせていただきたいので、ご一報ください。

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男ふたりで京都と滋賀に足を運んで絵や写真をたくさん見たんだ日記(その2)

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こちらの記事のつづき。写真は大津のホテルで朝いそいそと荷物を確認する30歳の様子。

2日目は大津から2駅、京都から離れた石山という駅から山奥にあるMIHO MUSEUM(ミホミュージアム)を目指した。現在こちらの美術館では、バーネット・ニューマンの代表作《十字架の道行き》と、最近収蔵された曾我蕭白の《富士三保図屏風》を中心とした日本美術の特別展が開催されている。ワシントンにいかないと見れないニューマンの作品を日本で見れる数少ないチャンスであり、今回の旅行はこの美術館を訪れるのがメインだった。


休みの日には結構バスがでていて、石山から50分ほどで美術館にいける。相当な山道を登っていくが京都からだと1時間半ぐらいで行けてしまうのでそこまで不便な感じはしない。朝イチのバス(9:10石山発)で向かったが、外国人旅行客がひとりでバスに乗ろうとしていて「ミホミュージアム行きのバスはどれだ?」と質問された。バスの車体についてる行き先表示には「MIHO MUSEUM」と表示があったが、駅の周辺には英語表示が一切なく不親切な感じ。





美術館のチケットを売っている建物から、展示がある建物までは山桜の並木道をテクテクと歩き、途中でそこそこ長いトンネルを通る必要がある。トンネルを抜けると、もう完全に下界の音は聞こえず、聞こえるのは風で木が揺れる音や、鳥の鳴き声だけである。このときはしきりにウグイスが鳴いていて、桃源郷のイメージで作られたというコンセプトを五感で理解できた。

ミホミュージアムを運営しているのは、熱海にあるMOA美術館から独立した宗教団体なのだが、この「トンネルを抜けないと展示が見れない」という作りは、MOA美術館の「めちゃくちゃ長いエスカレーターを登らないと展示が見れない」という作りと似ているように思った。長い産道を逆行して、胎内に戻るような作りというか。


まあとにかくロケーションは最高である。建物の外観の写真を撮り忘れたが、設計はイオ・ミン・ペイによる。ルーヴル美術館のピラミッドを設計した有名な人である。自然の光が入り、開放的で、ロケーションを最高に生かした空間であった。






最後の写真はカフェテリアのもので、素材にこだわってやってます、と美術館のカフェテリアとしてはかなり気合が入ったものだと言えよう。団体の観光客で館内は賑わっていた。大半が中国から来た人たちだったが、ドイツ語も英語も聞こえたのでいろんなところからこの山奥に来ているのがわかる。いや、それも納得の展示内容なのだ。常設展はリトル大英博物館のような感じである(正直、ここに来たら大英博物館にいかなくとも良いかも、と思う。大英博物館で見たものがめちゃくちゃある)。なかなか度肝を抜かれました。

で、バーネット・ニューマンだ。いや、良かったね。彼の作品はテート・モダンで1枚だけ見た記憶がある。そのときは、なんだかわからないが、見ていて面白い、まったく面白さが言語化できないがずっと見ていたい気持ちになるだけだったが、14枚(+1枚)の連作を見ているうちに、少しニューマンの絵が見たくなる理由が言葉になってきた気がする。

Barnett Newman the Stations of the Cross: Lema Sabachthani
Barnett Newman Franz Meyer
Richter Verlag
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これは1958年の《十字架の道行き》の第1留の「場面」だが、基本的にはほかの14枚も大きなキャンバスに線が走っていて(この線はジップと呼ばれる)、線の色が黒かったり、白かったり、太くなったり、細くなったり、まわりの絵の具が乱れたり、整ったりするだけだ。「これが絵なの?」と疑問符を浮かべる人が多くいるであろう、典型的現代芸術だが、これらの連作を、ひとつのストーリーとして捉えると、ひとつひとつのキャンバスのなかにものすごいエモーショナルな動き、それこそバッハの《マタイ受難曲》ばりのダイナミックなサムシングが封じ込まれているような気がしてくる。

曾我蕭白「富士三保図屏風」と日本美術の愉悦 (MIHO MUSEUM COLLECTION)
MIHO MUSEUM
青幻舎
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同時開催の《曾我蕭白 富士三保図屏風と日本美術の愉悦》も良かった。むしろ、こっちのほうが良かったかもしれない。大変に見せ方が上手くて感心した。さすが辻惟雄が館長をやっているだけある。屏風・焼き物・掛け軸・各種工芸品を単品で、例えば年代ごとに見せていく、という感じではなく、それらの作品がホントに当時の趣味の世界のなかで使われているように展示されていた。たとえば茶室を模したセットのなかに掛け軸や焼き物を置いてみたり。屏風をバックに焼き物を配置してみたり、大きな花生けに花を生けてみたり、と死んだ収蔵品を見せられている感じでなく、展示物が生きている感じが伝わって来るようだった。これはヤラれますよ。


最後にレストランで冷やし天ぷらうどんを食べて京都に戻った。これも手打ちうどんで、コシのあるとても美味しいものだった。山菜の天ぷらは少しあげ方に文句のつけようがあったが美味しくいただけた。隅から隅まで手が込んでる美術館であると思った。なお、アルコールの提供は基本なし(カフェテリアでワインの有料テイスティングがあるだけ。ミュージアムショップで、ボトルの値段を確認したら2万円ぐらいして驚いた)。

(つづく)

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男ふたりで京都と滋賀に足を運んで絵や写真をたくさん見たんだ日記(その1)

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高校の同級生と一緒に男ふたりで京都・滋賀にいき、絵や写真をたくさん見てきた(写真は、京都について食べたにしんそば。生まれて初めて食べた)。一泊旅行。同行者は過去に京都に4年住んでいたこともあり、京都の地理はだいたいわかる。それゆえ、わたしはただ着いていくだけの気軽な旅で、とても良かった。

いま、京都では「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真館 2015」というイベントが開催されている(5/10まで)。京都のいろんな場所で写真の展示があった。今年のテーマは「TRIBE: あなたはどこにいるのか?」というもので、記録写真(写真は記録メディアなのだから、この呼び方はトートロジー的であるな……)みたいなものが多かった印象。まったくパンフレットを見ないでいたのだが、いまこれを書きながら「うわ、こんなのもあったのか、これはちょっと見たかったな」という展示がいくつかある。

A Vision of Jazz: フランシス・ウルフとブルーノート・レコード @嶋臺ギャラリー

まず初めに足を運んだのがブルーノートのジャケット写真を多く撮影したフランシス・ウルフの展示。会場は大変に栄えた商家を改装したもので大変に雰囲気があった。入り口近くにはステレオが置かれていて、LPで音楽を流していた。レコードは新宿のジャズ・バー『DUG』の店主から借りてきたものだったらしい。展示自体は「ほー、こういう人があのジャケットをねえ……」と思うだけだったが、ギャラリーの持ってる「京都、いいところですね」というヴァイブスが最高だった。

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なにせ、この中庭である。わたしは小さな庭園のなかにあるコスモロジーと言いましょうか、小さな空間のなかに大きな自然が含まれているようなところがとても好きなのだった。この中庭に面した室内では畳のうえに、無印良品の人間をダメにするソファーが置かれていて、そこに座ってCDが聴けるようになっていた。天気も良く、暑くも寒くもなく、時折気持ち良い風が吹いてきた。「ああ、これが京都か」(そうだ)「今日はもしかしたら一年のうち最高の京都日和かもしれない」(ちがいない)という問答を繰り返しているうちに日が暮れてもおかしくなかった。

フエゴ諸島諸先住民の魂 ―セルクナム族、ヤマナ族、カウェスカー族 @京都市役所前広場

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次に見たのがマルティン・グシンデという文化人類学者が撮影したパタゴニアの先住民族の写真。京都市役所(コロニアル風というのだろうか、めちゃくちゃカッコ良い)の広場に特設のパヴィリオンが作られていて、そこで展示されていた。パヴィリオンの設計は、坂茂で紙のパイプを柱にして作られた雑な言葉で表現するならば掘建小屋だった。屋根は、白い半透明の塩ビかなにかでできた波板で、あんまり通気がよくないパヴィリオン内はかなり蒸した。スタッフの方はよく1日我慢できるものである、と感心した。

このマルティン・グシンデの撮った写真だがちょっと前にネットで話題になっていたのを観たことがあった。
グシンデがフィールドワークをした部族は、こういう完全にウルトラマンにでてくる宇宙人的な意匠の格好をして儀式をおこなっていたというのが衝撃的だった。精霊たちに扮しているのだが、いったい彼らはなにを見てしまったのだろうか、と思う。どういう想像力なのだろうか。

Shadowland 1969-2014 ロジャー・バレンの世界 @コム デ ギャルソン京都店

南アフリカで活動しているらしい映像作家のロジャー・バレンの映像をギャルソンの店舗内で上映していた。もしかしたらギャルソンの店舗に足を踏み入れたのはこれが初めてだったかもしれない……(オシャレ恐怖症ゆえ、オシャレな人がいる場所にいくと冷や汗をかく体質なので)。映像と関係なく「うわー、ホントにおかっぱで全身真っ黒の服の店員さんがいるんだ〜」と感心した。映像の方は、詳細が全然わからなかったのだが、南アフリカの激烈に貧しい人(たぶん精神障害がある)を追ったもので、ネズミだとかウサギだとかの死体がたくさんでてきた。

ドイツアートBar 座談会『偶然の芸術』 @ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川

こちらは「KYOTOGRAPHIE」とは関係ないイベントで完全に同行者のおつきあいで足を運んだ。友人は、劇団「地点」の代表の三浦基のファンであり、その人がスピーカーとして登壇していたのだった。司会者も合わせると登壇している8人全員のことをまったく知らないという状態だったが、話の内容は面白く、友人が好きだという「地点」の活動を見てみたく思えたので個人的な収穫である。宮永愛子という人の作品も面白そうだった。まったく受動的に足を踏み入れたところでこういう新しい出会いがあるのはとても良い。

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夕飯は、よしみという居酒屋でいただく。カウンター越しに熟練の店主や、学生アルバイトが一生懸命働くのを見ながら酒を飲むのは楽しい。そこには確固たる秩序があり、世界が出来上がっている。

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その後、友人の思い入れがあるラーメン屋で支那そばを食べた(店名は失念)。30歳なのに学生みたいな飲み方をしていて大丈夫かと思いながら、電車に乗って大津まで移動した。次の日、滋賀にいく予定だったので、大津のホテルを取っていたのだった。それにしても大津の駅前の殺伐とした地方都市っぽさはすごかった。県庁所在地なのに。京都と距離がないせいで、全部京都に吸い上げられているんじゃないか。

収穫物

ゲスナー―生涯と著作 (Homines naturam inquirentes)
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ランゲルハンス島航海記
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飛行の古代史 (Documenta Historiae Naturalium)
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途中で立ち寄った三月書房で博品社の本を回収。京都に来てまで本を買っていて馬鹿なんじゃないかと思った。重くなった荷物分、業(カルマ)を感じる。

(つづく)

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Squarepusher / Damogen Furies

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昨年発表されたロボットのための企画盤はかなり残念な出来だったSquarepusherの新譜を聴く。ロボット企画が微妙だったせいか、なんか惰性で買ってしまった感があるが、これはなかなか素晴らしい。なんでも一切トラックには編集を加えず、長年使ってきた機材をワンテイクで動かして作ったアルバムなんだとか。それはある意味、彼にとってのスタジオ・ライヴ・アルバムだろうと思う。凶悪な音色で演奏される、えらくポップなメロディだとか、ああ、Squarepusherっぽいと思って懐かしい気持ちにもなるし、打ち込みの密度には感心してしまった。この密度なら、昨年のロボット企画よりも全然コンロン・ナンカロウの自動ピアノのコンセプトに近い気がする。それでいてえらくフュージョンみたいな部分もあって。いや、全編がハイテクフュージョンとして聴かれて良いのかもしれない。良いですよ。


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伊藤計劃 『虐殺器官』

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虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)
伊藤計劃
早川書房
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そーいえば、日本人が書いたSFって読むの初めてかも。『虐殺器官』、「これがゼロ年代最高のフィクションか〜」と感心しながら読んだ。面白かった。この「ゼロ年代」という言葉自体が、日本のごく限られた批評界のなかで流通する言葉だと思われ、そうした領域のなかでの「最高」というのならなんら依存はないであろう、とも思う。ゲーム小説ではないけれど、ゲームみたいな小説だと思ったし、早逝した作家がこのあと『メタルギアソリッド』のノヴェライズをおこなったのも納得する。すごい説教くさい感じもするし、ハードに固まってる世界のように見えるのだが、サブカルチャーにも言及する遊びがあったりするのも「ゼロ年代」っぽい。今年、劇場アニメーション化されるそうです。

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ウィリアム・エチクソン 『スキャンダラスなボルドーワイン』

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スキャンダラスなボルドーワイン
ウィリアム エチクソン
ヴィノテーク
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著者はアメリカのワイン雑誌などで活躍するワイン・ジャーナリストとのこと。長い長い歴史を持つボルドーワインの世界を取り上げた一冊で大変読み応えがあった。この一冊を読むと、ボルドーワインの歴史と、1980年代までのボルドー低迷期、そして1990年代からの復興についてよくわかる。また、最近、中国人投資家によってフランスのシャトーが続々購入されていることが話題になっているが、どうしてブドウ畑が投資の対象になるか、というのもちゃんと説明されている(ダメな畑を安く買って、改革して畑の価値を高め、転売するんである。中国人投資家の場合、国内でのワイン需要が高まっているので、フランスで作らせたものを国内で高く売るという狙いもあるみたい)。

ボルドー左岸(保守的な方)とボルドー右岸(革新的な方)でのワイン作り、それからボルドーのメイン地域からは少し離れたソーテルヌという貴腐ワインの産地でのお家騒動が本書の中心である。ダメだった時期の話からすると、左岸(マルゴーとかあるとこ)は、もう格付けと伝統を鼻にかけて、高いばっかりでマズいワインを作ってダメになっていったんだって。無理くりブドウの収穫量を増やしたりして。それでもブランド力があるから売れていた。

一方で右岸。こっちは元々、大量に収穫して大量にワインを作って安く売るという商売をしていた。ブランド力があるのはペトリュスぐらい。当然畑も安かったわけ。そこに新進の醸造家が入ってきて、小規模で革新的なワイン作りを始めたことで、ボルドーは復活を遂げた、というのが本書のメインストーリーのひとつである。右岸の新進醸造家は「ガレージスト」と呼ばれている。彼らは、その名の通り、ガレージのような小さな蔵でワイン作りをしている。どういうことをやっているか、というと、とにかくブドウの収穫量を少なくして、ブドウの一粒一粒を凝縮させる。あるいは、発酵槽に伝統的な木やコンクリートでできた桶ではなくステンレスタンクを用いた。こうして作られたガレージ・ワインは、濃厚で、アルコール度数が高く、強烈な個性を放っている。

本書は、作り手のことだけじゃなく、流通関係者にもスポットをあてて、ワインの値段がどのように決まるのかを教えてくれる。そして、ワインの値段にはロバート・パーカーというワイン評論家の存在が大きく関わっている(というのが本書の見立てだ。ワインの評価はコイツが全部決めちゃってるんだ、ぐらいの位置付け)。酒屋にいったら「パーカー・ポイント 96点! 驚異のコスト・パフォーマンス」とか書かれた札がくっついたボトルがいくつも見られるから、パーカーの名前を知っている人も多いと思う。

わたしももちろん知ってたんだけど、その来歴については本書で初めて知ったのだった。ワイン雑誌でレビュー書いている人なのかと勝手に思ってたんだけど、スポンサーなしで全部自前でワインを買って飲んで点数をつけて、会員向けに冊子を送る、というワイン版『週刊金曜日』みたいな人なんだって。彼のワインにかける情熱も詳しく書かれているんだが、なかなか maniac というか、すげえ、という感想が端的に浮かぶ。

この人は、みんながマズいって言ってたワインをひとりだけ「いや、これは旨いよ」とか言ったりして注目を浴びるなどの、いろいろ経緯があって、ワインの値段を左右するような影響力を持つようになった。で、ボルドー右岸のガレージストの話に戻ると、パーカーが右岸のガレージストをいち早く「すげえ!」と言ったから、ガレージストすげえ、みたいな感じになった、ということらしい(なので、右岸のガレージストはみんなパーカー好みの濃厚で個性的なワインを作るようになって、画一化してるんじゃないの? という批判もある)。

なお、左岸の復活に関しては、前述の投資家のビッグマネーがドジャーッと入ってきて、ブランドの立て直しみたいなことが盛んに行われていた。ソーテルヌのお家騒動でも、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)がでてきたりして、お金をめぐるかなりエグい話が取り上げられている。右岸にしても、左岸しても「グローバル経済によって、伝統が揺さぶられて〜」みたいなまとめが思い浮かぶけれど、筆者の見方はちょっと変わっている。歴史的に見るとボルドーワインはイギリスで主に消費されてたんだから、元々グローバル経済で商売をしていたのだ、と筆者は言う。それが加速してるだけなんだ、と。

や、でも、スゴいよね。畑が投資の対象になったりさ。日本酒だったらそんなのないじゃない。ウィスキーでもそう。やっぱり穀物みたいに安定した収穫量があって、品質にブレがないであろうものから作られるお酒では、こういう世界は生まれないんだと思う。ワインの世界の奥深さをまたひとつ垣間見てしまったよ……。

残念なのは、本書に登場するガレージストのワインはもはや評価が高まりまくっており、まったく手が出せないこと。元祖ガレージスト、ジャン・リュック・テュヌヴァンによる最近のグレート・ヴィンテージ2009年なんかもう4万円超えちゃってる(Amazonで買えちゃうんだ、っていうのもスゴいが)。ワイン本を読んでると、気になるけどそうそう飲めるわけがない、という存在が悲しい夢として増えていく……。

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清水靖晃 & サキソフォネッツ / ゴルトベルク・ヴァリエーションズ

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ゴルトベルク・ヴァリエーションズ
清水靖晃&サキソフォネッツ
avex CLASSICS (2015-04-15)
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先日テレビを見ていたら化粧品(だったと思う)のCMで流れていて気になった一枚。CM音楽やポップス、それからサックスによるバッハ演奏で有名な清水靖晃による5本のサックスと4本のコントラバスによるバッハの《ゴルトベルク変奏曲》である。この演奏家の名前は、今回のアルバムにも参加している鈴木広志や江川良子(いずれも元チャンチキトルネエドのメンバーであり、近年は大友良英のサントラ仕事にも高い頻度で関わっている)の活動を経由に知っていた。

CMで使われているのは第14変奏なのだが、そこで聴かれるダンサブルなリズムの捉え方は、ほぼ全編を貫いている。アリアのようなゆっくりとした部分では、残響と空白によって空間性を聴かせるような音楽の作り方をしている。多くのリスナーが《ゴルトベルク》といえば、グレン・グールドによるピアノ演奏を思い起こし、本来、チェンバロで演奏されるべく作曲された楽曲であっても、あのピアノの音を記憶しているハズである。そのことを考えれば、このサックスとコントラバスによる編曲も、邪道と言えるはずがなく(そもそもホンモノの演奏とはなんなのか)、この楽曲の新たな側面に光をあてている。

それにしても、サックスのアンサンブルって、素晴らしいものがあるな、と聴いていて惚れ惚れしてしまった。他の管楽器と比べて、サックスという楽器のサイズのヴァリエーション展開は、ヴァイオリンからチェロまでのサイズ展開と似ていてるし、音色の統一性を感じる。それは古典的な木管アンサンブルとはまったく違う世界観がある。オーボエ、クラリネット、ファゴット、フルートのアンサンブルは、まったく違ったキャラクターの楽器同士の共演なのに対して、サックスのアンサンブルは、ピアノの鍵盤にそれぞれの楽器を当てはめて並べられるような秩序だった編成だ。その秩序が気持ちよい。特になぜだか、バリトンサックスの音色に惹かれる。キーがカチャカチャと鳴っている音も好きだ。

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Kendrick Lamar / To Pimp a Butterfly

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To Pimp a Butterfly
To Pimp a Butterfly
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Kendrick Lamar
Aftermath (2015-03-24)
売り上げランキング: 139
珍しくヒップ・ホップの新譜を買う(菊地成孔が絶賛していたので)。このケンドリック・ラマーという方についてなんの情報もないのだが、本作は極めてジャズのフレイヴァーが漂う一枚。雰囲気がシャレオツでジャズ、という感じじゃなくて、完全にジャズのトラックのうえでラップが展開されている。ロバート・グラスパーが参加したりしていて、新主流派時代のハービー・ハンコックやウェイン・ショーターみたいにキレキレにカッコ良い音楽にラップだったり、コルトレーンの『至上の愛』のマッコイ・タイナーみたいなピアノが鳴ってたりする。驚きましたね、それで全然違和感がないし、全体的にすごくスムースな感じで聴けてしまう。そして、ラップはめちゃくちゃに黒い(ほとんど内容はわかってないけども)。この世界のことがあまりに分からないので、このブログに詳細が参加メンバーやラップの内容について書いてあるのを熟読した。ファンク/ソウル方面からはジョージ・クリントンに、ロナルド・アイズレー(The Isley Brothers)まで参加し、サンプリングに「Computer Love」(Zapp)が……って、俺、嫌いなわけがないだろ、と思う。

(アルバムの5曲目『These Walls』。このラリー・カールトンみたいなギター最高過ぎる)

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リチャード・パワーズ 『舞踏会へ向かう三人の農夫』

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舞踏会へ向かう三人の農夫
リチャード パワーズ
みすず書房
売り上げランキング: 239,497
パワーズを読むのは初めてだったが、これがデビュー作だったとは驚かされた。20世紀前半に起きたふたつの世界大戦(のうち最初のほうがメイン)と、大量生産時代(フォーディズム)そしてその象徴的人物であるヘンリー・フォードの奇想じみた平和活動(とその失望)、ヴァルター・ベンヤミンの写真論・芸術論……さまざまな要素が、ドイツの写真家、アウグスト・ザンダーの有名な作品から出発し、そして無数に張り巡らされた伏線の数々が、一気に回収されると同時に、少しずつズレながら像を結んでいく。筆者は、本書のなかで流れる3つの大きな物語の流れの交差ポイントを、意図的にズラして書いているのだ。

物語が解決に進んで行くエネルギーは気持ち良い読後感を与えてくれもするし、ガチガチに構築された世界観を提示しながらおこなわれる世界像のズラしは、本書を解釈する可能性を読者に放り投げている。本来、テクストを読むという行為自体に、無数の読みがあり得る、ということを改めて考えさせられるけれども、この小説はあたかも、テクスト自体が一意に決定されていないようにも読める。校訂する余地が残った古いテクストみたいに。パズル的なものだ、と言ってしまうと途端につまらなくなってしまうが。

……というようなことを考えていたら「うーん、スゴい本だけれども、スティーヴ・エリクソンのほうがすごくない? 『夜の時計の旅』のほうが……」というしょうもない感想から、少し違った捉え方ができるようになってきた。エリクソンやピンチョンが好きなら、パワーズも読めるだろうな、と思うし、この3人だったらパワーズが一番読みやすいのかな。

フォードが第一次世界大戦のときに、戦争を止めさせるための使者たちを乗せた平和船を出して、自分も乗ってた、とか「え、マジで?」っていうような史実を拾い上げたり、サラ・ベルナール(フランスの伝説的女優)がマルヌ会戦へ兵士をタクシーで輸送する大作戦の現場に出くわす(こっちは史実かどうか不明)シーンだとかはとても面白く読んだ。

いまページを適当にめくってたら、サラ・ベルナールのセリフにホルクハイマーとアドルノの言葉(『啓蒙の弁証法』)を引用していると思わしきものがあったりして「そんなこと言わないだろう……!」と突っ込みたくなるものもあるが、こうして史実を捻じ曲げて見せるやり方もとても上手い。

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Magma / Šlağ Tanz

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Slag Tanz
Slag Tanz
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Magma
Jazz Village (2015-01-13)
売り上げランキング: 32,968
Twitterを眺めていたらフランスのMagmaが再来日する予定があるという情報を得た。去年と今年に新譜を出していたらしい。全然ノータッチであったが、ひとまず今年でた最新アルバム『Šlağ Tanz』を聴いた(前回の来日公演は会社の上司と一緒に観に行って、そのパフォーマンスの濃さにかなり度肝を抜かれたが、今回の来日はどうしようかしら)。フルアルバムかと思いきや、21分弱。《Šlağ Tanz》組曲だけを収録している、ということみたいなのだが、このバンドだとこのぐらいの長さで短く感じてしまう。ベースやヴォーカルがオスティナートを繰り返すバックで、クリスチャン・ヴァンデのドラムが大暴れするお馴染みの展開なので、特段目新しいことはやっていない。あとこの曲、来日公演で聴いた感じもする。

途中でコバイア語から普通にフランス語の歌詞になる箇所がある(歌詞カードがついてたので気づいた)。Magmaの歌詞にフランス語が出てくるのは、これが初めてではないけれど、正直申し上げて、全編フランス語でも良いんじゃないのか、もはや、と思いもする。かつて読んだクリスチャン・ヴァンデのインタヴューでは「ロックをやるのに、フランス語は向いてないからコバイア語を使った」とか言ってたけれど、コバイア語とフランス語とを並列に聴いていても特段の違和感を感じないのだった。そもそもこれはロックなのか、という話でもある。曲を聴いていて想起するのはいつもコルトレーンの《至上の愛》であるし、また、改めて聴いてたら、Magmaの音楽って、マイルスの「Nefertiti」みたいなことなのかも、と思う。無理やりジャンルを作るならば、ジャズ・ロック・カンタータ、みたいことになるんだろうか。

(2012年11月の「Šlağ Tanz」ライヴ映像)
しかし、映像でみると、完全にヤバい儀式だな……。

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Jazz Dommunisters / Birth of Dommunist

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BIRTH OF DOMMUNIST(ドミュニストの誕生)
JAZZ DOMMUNISTERS
ヴィレッジレコーズ (2015-03-18)
売り上げランキング: 5,816
菊地成孔と大谷能生によるガチなヒップ・ホップ・ユニット、Jazz Dommunistersのアルバムがリイシューされていたので聴いた。かれこれ、10年近く菊地成孔の音楽に触れているが「ふむ、この人は歌も歌うのか → 歌わなきゃ良いのになあ……」、「え? ラップもやるの → サックスだけ吹いてれば良いのになあ……」と思うことが多々あったのだが、ここ最近、そういう菊地成孔はジャズだけやってれば良い、的な限定主義から自分の耳が解放されてきた感じがある。特に歌に関しては『戦前と戦後』を期に吹っ切れた。で、ラップ。これまた活動再開後のDCPRGのスタジオ盤での「Catch 22」とかは、相当聴いていて恥ずかしくなったのだけれども、菊地凛子のアルバムあたりからちょっとグッときはじめていた。

(DRIVE feat.OMSB,AI ICHIKAWA)

(↑)これとか普通にカッコ良いですし、大谷能生の声が美声だったことに改めて感じ入ってしまい「誰も言わないけどアイラーのサックスの音はキレイ」という菊地成孔による批評を思い出しもする。

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E.R. クルツィウス 『ヨーロッパ文学とラテン中世』

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ヨーロッパ文学とラテン中世
E.R. クルツィウス
みすず書房
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2か月ほどかけてクルツィウスの『ヨーロッパ文学とラテン中世』を読んだ。ドイツの大大大権威というべき文学者による大著であり、測ってみたら厚さ5.6cmもあった。我が家にある一般学習者向けの辞書群のどれよりも分厚い。凶器サイズ。値段もなかなかのものだが、わたしは行きつけの古書店でたまたま現在の低下の3分の1ほどで手に入れられた(状態はあまり良くない)。

読んだ、と言っても、ホメロスからゲーテまでの2600年にわたる文学史を扱った本書の内容を、たった一度の通読で受け止められるハズがなく、かなりライトな読み方になってしまった。そもそもこれを読むのに相当な教養が必要とされるので、読みこなせる人間が日本に何人いるのか、とも思う。ギリシア語、ラテン語、フランス語、英語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語……ヨーロッパ文学の主要言語がほぼコンプリート状態で登場して目が眩むだけでなく、その引用にたまに訳がついてなかったりする。訳者が位置づけるように「ヨーロッパ文学について今世紀(20世紀)に書かれたおそらく最も重要な書物」であるならば、文庫化などしてもっと世の中に行き渡るようになってもいいのに……と思うのだが、この内容の濃さだと、文庫化して行き渡っても(本当の意味では)読まれない、ということになりそう。

以下、わかったところだけ触れていくけれど、本書でクルツィウスが示しているのは、ホメロスからゲーテまでの2600年間に、どのように文学が学ばれ、読まれ、書かれたのか、という営みの歴史である(なんか改まって書いてみたが、学んだり、読んだり、書いたりの歴史って文学史ってことじゃん、と思った)。ある特定のテーマについて言及する際に、使われる常套句の変遷を追ってみたり、とか、ロマンを感じる話だったし、猛烈に歴史を感じた。扱ってるテーマは多岐に及ぶけれども、個人的には「象徴としての書物」の章を一番興味深く読んだ。

小ネタ的には、ラテン系の民族は俗語とラテン語が似てたので、ラテン語に俗語的な乱れがあり、対照的にはゲルマン系の民族は最初から外国語としてラテン語を学ぶため、乱れがなかった、というのが面白かった。なのでラテン語と俗語が言語的に近いイタリア人が、ドイツ人の物笑いの種になることがあった、とある。

こういうのって、現代でもあるよな……と思う。日本人よりも戦国時代に詳しいアメリカ人とかさ。今の日本だと、そういうのって「アメリカ人なのに、なんでそんなに詳しいんだよ!」とお笑いの対象になってしまいがちだけれども、ラテン中世には「イタリア人よりもラテン語ができるドイツ人」に「すげーけど、なんでお前らの方がラテン語できるんだよ!」と逆に突っ込むイタリア人はいなかったんだろうか、と思う。ラテン語の正しい形が、ラテン語から遠いところで保存されていた、という話が含むロマンも、私の好みである。

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ジークムント・フロイト 『精神分析入門』

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精神分析入門 (上巻) (新潮文庫)
フロイト
新潮社
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精神分析入門 下 (新潮文庫 フ 7-4)
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実はちゃんとフロイトを読んだことがなく(『モーセと一神教』しか読んでなかった)、先にラカンの入門書などに手を出していたり、精神分析のテクニカル・タームを使ってモノを書いていたりしていたのが申し訳なくなっていたため、『精神分析入門』を読んだ。なんでもフロイトが晩年におこなった講義をもとにした本だそう。この新潮文庫版には『続入門』も収録されているんだが、メインの入門講義は第一次世界大戦の真っ最中に行われ、かつ、聴講者は最大で11人しかいなかったという。フロイトって20世紀最大の思想家の一人に数えられる人なんじゃないのか、その講義の受講者が11人って……と驚愕したが、11人を相手に話しているフロイトの姿を想像すると胸が熱くなって、それはそれで良い。

それにしてもだ。夢に出てくるあらゆるものを性的な象徴だと言い、また、精神的な不調の原因もすべて性的なものへと還元していくフロイトの言葉に、改めて「こんなもん良く受け入れられたよな……」と呆れながら読んでしまうのだった。例えば不眠症に悩む女性の症例を紹介する際には、その女性の枕元にあった時計のカチコチいうリズムが、勃起したクリトリスが脈打つ音とつながっている、とか言うんだよ。すごくない? こんなの思いつきますか? 驚きますよね。

悪い本ではない。フロイトの思想って、それこそ高校の倫理の教科書にも載ってたくらいですが(授業に出てきたかは不明。倫理の授業中、自分がなにをしていたかをまったく覚えていない)、自我だとか超自我だとかエスだとか、そうしたテクニカル・タームはフロイトの著作に触れてなくても知ってたりするわけ。本書を通して読んでみると(長い。上下巻で1000ページ超える)、原典は知らんけど、知っていた言葉の復習みたいになって面白くはある。フロイトによる四次元の性的解釈や症例の紹介も、テクストとして面白いし。

でもさ、改めて繰り返すけども唖然としちゃいますよね。こんなむちゃくちゃなことを言っていて、20世紀最大の思想家の一人って。フロイトがそこまで偉いなら20世紀なんてゴミみたいな時代だったのでは、とさえ疑ってしまうのだけれど、人間の心にコントロールできない/アンタッチャブルな「無意識」という領域を設定したのは偉大だったんだな、と思う。コントロールできない無意識の働きによって、人間の主体が動かされ、病的な状態に陥ってしまったりする。

近現代以前の社会においてはそれこそ、精神的な疾患が、神がかりとして解釈されたこともあった。人間の心に対して、アンタッチャブルな神が働きかけ、その影響によって疾患が発生する的にね。こういう発想って、人間の心っていうのが、一枚岩の「心」であって、外部からの影響力によって、なにかが起きる、と図式的に理解できる気がする。でも、無意識が発明されたことによって、影響力を与えるものが、心の内部にも設定されることになる。この心の図式の書き変え的な部分は、たとえフロイトが「それはないでしょう」という精神分析をおこなっていたとしても、すごく重要に思われた。

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