ウィリアム・フォークナー 『八月の光』

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八月の光 (新潮文庫)
八月の光 (新潮文庫)
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フォークナー
新潮社
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わたしの貧しい読書体験のなかでも、数冊、「完璧な小説」というのを挙げられるだろうけれども、まず、間違いなくこのフォークナーの『八月の光』もその「完璧な一冊リスト」に加えられるだろう……。これまでフォークナーはずいぶん前に『響きと怒り』を読んだきりで、かなり苦手意識をもっていたのだが「渡辺満里奈が愛読書にあげているらしい」というやむを得ぬ事情で読み始めたら「なんじゃこりゃ〜……、なんて凄まじい小説なんだッ!!!」と魂消てしまった。フォークナーが作り上げたアメリカ南部の架空の州にある小さな町、そこで繰り広げられる人種問題や呪い、血の呪縛、そして愛が凄まじい密度で描かれていて、小さな町の小説なのに大宇宙的な広がりを持っている。

訳者による解説に、自分が読みながら考えてたことがほぼそのまま載っていたので、あれこれ語るのは止すけれども(しかし、これ50年近く前の訳とはまったく思えない仕事だと思う。決して読みやすい文章ではないのだが、それをめちゃくちゃな勢いで読ませる、そういう特殊なリーダビリティが感動的だ)、主題だけでなく、複雑に入り組んだ時間の書き方などの技術的な部分もとても面白くて、ガルシア=マルケスや中上健次がまるで「フォークナーに影響を受けた」というのもスゴく理解できる。

なんかスゴいんだよ。現在を流れる時間は、ものすごい密度で、これでもか、これでもかッ、としつこく「こんな比喩どうやって思いつくんだ……?」とネバネバと描かれるんだけども、過去を描く部分は逆にものすごくスピーディーに描かれたりして、ひとつの小説のなかで、時間の流れ方が複数ある。文章の密度によって、こっちの1日と、あっちの10年が等価に感じられるようでもある。解説では「そんなに実験的な作品ではない」と評価されてるんだけども、いやいや、このテクニックはスゴすぎでしょう……。物語を語る視点をさまざまに変えていったり、いろんな演出技法を使った映画みたいでもある。

中盤、ほんとにうんざりするような陰鬱な話が出てくるんだけども、はじめと終わりが異様に朗らかで、サスペンスと暗黒っぽい感じ、曲がりまくった人間ばっかりが、田舎娘の曲がってない純朴さによってサンドイッチされている構造も素晴らしい。渡辺満里奈さん、ありがとう、と言いたい。

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近田春夫 『考えるヒット』

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考えるヒット (文春文庫)
考えるヒット (文春文庫)
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近田 春夫
文藝春秋
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夜にお酒を飲んでいると難しい本が読めなくなってしまうので、酔っていても読めるような毒にも薬にもならない本を読むことにしている。で、近田春夫の『考えるヒット』(これ、小林秀雄の『考えるヒント』のもじりだったのか……)を開いた。著者の音楽についてはこれっぽっちも聞いたことがなく『タモリ倶楽部』への出演(空耳アワード)や、雑誌で文章を読んだことがあるぐらいだったのだが、97年のヒット曲に対して、あれこれ言っていて、ちょうどその頃(たぶんわたしは中学1年生ぐらい)ってJ-Popなるものを大真面目に聴いていた頃でもあるから、懐かしい気持ちにもなる。とりあげられてる曲がイチイチ知っている曲なんである。書いてある内容も「坂本龍一には歌モノの才能が足りない」を筆頭に、反町隆史について「岩城滉一かと思いきや中谷彰宏、所ジョージから故尾崎豊、となにしろ瞬間瞬間で違う顔になる」とか、森高千里は音楽をバカみたいに聴かせる才能がある、だとか今なお的を射てるな、と思わせられるものがある。ビーイング系の虚無さなどもちゃんと指摘してる。

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村上春樹 『職業としての小説家』

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職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹
スイッチパブリッシング (2015-09-10)
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今年も「今年こそノーベル文学賞か!?」とニュースで騒がれていた小説家による初の自伝的エッセイ。本書にはこの作家が考える小説家としての資質や書き方についてのアイデアが詰まっているのだが、既刊のエッセイやインタヴューですでに語られたことと結構重複感がある。それだけこの人はずっと同じスタイルでずっとやってきた、ということなのであろう。こうしてまとまった形で、作家の考えが出されると晩年期みたいであるが、これからも面白い小説を書いてくれ〜、と思う。

重複感がある内容でありながら、おや、と思ったのは、作家がこれまで受けてきた日本の批評や文学界でバッシングに近いもの(こんなのは文学じゃない、だとか)に対して、自分はどう思ってきたか、についてこれまでで一番はっきりと書かれている点だ。これまでの本だと、なにを言われても気にしないで過ごしてきた(なにを言われても読者はついてきてくれたし)とスルーしてきた風に言ってきたと思うんだが、今回特に海外で自分の本の本を出すためにいろいろ尽力したことについて「日本であれこれ言われて、ちょっと頭にきてやってやろうじゃねえか」と思って進めた、的なことが書いてある。

作家は海外進出にあたって、エージェントを見つけ、翻訳者と熱心にやりとりし、売り込みもやった、と営業努力をかなりしたみたいである。こんなことこれまで書いてたか? と思ってちょっと驚いてしまったね。村上春樹の小説が海外で読まれていることについて、海外でも受容されるような普遍性みたいなものがあるんだろう、と思ってきたが、なんだ、営業努力もあったんじゃん、勝手に読まれてったわけじゃないのね、と気付いたのだ。そんな海外向けの営業をそれまで日本の作家のだれがしてたんだ、と考えるとおそらくだれもしてないだろうし、実際にそれで成功したのもスゴい。

それにしても、なぜ、この人の小説って嫌われるんだろね。批評家だけじゃなく「今年こそノーベル文学賞か!?」というバカ騒ぎについて「こんな人が評価される意味がわからない。全然良くない。バカみたい」みたいに言う人がいるじゃないですか。自分がわからないものに対してそういう風にクサすって、相当に子供じみた行為だと思うんだけども(そしてわかっていて『ゴミ』っていうのと、わからなくて『ゴミ』っていうのとでは全然違う)。その嫌われポイントがいまいちわからない。あと海外の読者にも「ハルキ・ムラカミ? あんなものはメルドーだ」って言う人がいるのかな。村上春樹大好きな海外読者の声ばかり聞くけども。

なお本書の刊行時に、紀伊国屋書店が買い占めて、それを他書店に供給するという「反Amazon」的な流通戦略がちょっと話題になっていたが、なんか普通にAmazonでも買えるみたいである。

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1年3ヶ月ぐらいかけて新約聖書を読んだ

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中型聖書 新改訳
中型聖書 新改訳
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いのちのことば社
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昨年書いた「3年以上かけて旧約聖書を読んだ」という記事の続き。今度は新約聖書を読み終えた。旧約聖書と同じように寝る前にちびちびと読み進めていたのだが、旧約聖書よりも分量が少ないし、旧約聖書よりも格段にリーダブルな「物語」が多いので読み終わるのも早かった。

聖書というテクストについての知識について増えているわけではなく、イエスの言行録である福音書がなぜ4つもあるのかもよくわからないのだが、イエスの生涯は繰り返し読んでも面白い。ジョルジュ・ミノワの『悪魔の文化史』でも指摘されているが、旧約よりも新約聖書では、神(そしてイエス)と悪魔のという善悪のコントラストがはっきりしていて、一層わかりやすさに拍車をかける。またパウロ書簡と呼ばれる手紙シリーズでは、あれをするなこれをするな、と道徳的なことに対する指示がある。

そうそう、こういうのですよ、宗教的なテクストって、戒律とか書いてある感じの、と思って、読むのが楽しかった。面白いのに読み始めるとすぐ眠くなってしまうのだが。そうした大変に「わかりやすいテクスト」群の最後が「ヨハネの黙示録」という謎めいたテクストである、という構成も良いじゃないですか。阿呆のような物言いだけれども、この本、ベストセラーになるのもわかるな、って思う。

福音書のなかでは個人的に「ゲッセマネの祈り」が気に入っている。イエスが十字架刑をさけようと神に祈りを捧げ、ふたりの弟子に「寝ないで一緒に祈ってください」と指示をする。イエスが祈りを終えると、寝ないように、と言ったはずの弟子たちは眠りこけている。「寝てるし〜〜!」と椅子からズッコケたくなるようなシーンだ。

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髙崎順子 『パリのごちそう: 食いしん坊のためのガイドブック』

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パリのごちそう: 食いしん坊のためのガイドブック
高崎 順子
主婦と生活社
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アラン・デュカスの本にはガッカリだったが、一緒に買ったこちらの本はとても良かった。パリ在住の日本人フード・ライターによるガイドブック。紹介されているお店は多くないものの、それだけにひとつひとつのお店の雰囲気、特色がしっかりと伝わる内容。本は「肉」「魚介」「ジビエ & モツ」「野菜」「スイーツ」「高級店」とカテゴリーがわけられていて、ガイドブックでありながら頭から読み物として読むことのできる作りとなっている。「こんなときはこんなフランス語」という案内も親切だし(パリを何度か旅した経験を元に言えば、パリでフランス語を使わなくてはいけないシーンってほとんどないけれど。英語ができればそれで足りてしまう。でもボンジュールとメルシーは言おう)、なによりフランスの食文化というか、フランスでご飯を楽しむためのアティテュードのようなものを丁寧に描いていて、そう、美味しいものを食べる楽しみってこういうことだよ、という共感を覚えた。今年は海外に行けなかったんだけれども、またパリに行きたいなぁ、と思ったよ。

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アラン・デュカス 『アラン・デュカスのおいしいパリ』

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アラン・デュカスのおいしいパリ
アラン・デュカス
朝日新聞出版
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アラン・デュカスのインタヴューを読んで面白そう〜、と思って購入したパリ・グルメ本。モレスキンのようなゴム・バンド付の可愛らしい装丁で期待していたのだが、うーん……これ、ガイドブックとして売って良いの? という内容で超ガッカリ。地図も付いているのだが、極度に抽象化されたほとんど役に立たないシロモノで、実際この本に掲載されているお店に行ってみようと思ったら、掲載されている住所をもとに自分で再度調べないとたどり着けないであろう。

写真は豊富なのだが、肝心の料理の写真は少なく、紹介されているお店の雰囲気を伝えるようなものばかり。店員が働いている姿だとか内装だとか、グルメ本というよりはアートブックに近い。フレンチのレジェンド、アラン・デュカスが選んだお店だから素晴らしいお店なのだろうけれど、奥付を見たらお店に寄せられているコメントすらアラン・デュカスが書いていないっぽかった(クレジットでは、監修と店選びに関わっているらしい……)。ちょっとそれはヒドくないですか……?

アマゾンにすでにレビューが寄せられているが、この☆2つの評価と意見には全面的に賛成だし、わたしは☆1つでも良いぐらいだと思う。パリに何度か行ったことのある人なら、雰囲気を感じることができると思うけれど、情報量が少なすぎる。凡例もないし、住所と一緒に書かれている数字の羅列が「電話番号」ってわからない人さえいるんじゃないか? っていう不親切具合。虫が食うようなグリーン・サラダでも出すシャレオツカフェに置いとくのがちょうど良い。

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マリオ・バルガス=リョサ 『密林の語り部』

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密林の語り部 (岩波文庫)
密林の語り部 (岩波文庫)
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バルガス=リョサ
岩波書店
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2010年のノーベル文学賞作家が80年代後半に発表した小説。バルガス=リョサの小説は『楽園への道』以外今ひとつ相性が良くなく、これもそんなに楽しめなかった。読んでいて異常な既視感を感じていたのだが(ノーベル文学賞作家と自分を比べるのはおこがましいが)ああ、こういう小説を書こうとしていたんだ、わたしは、と気づき、同時に自分が小説を書く理由をひとつ失い、そして自分が書こうとしていたものを自分で読んだらつまらなかった、という失望が訪れる。

物語は作家(バルガス=リョサ)自身が、故郷から遠く離れたフィレンツェ(ダンテが生まれ、マキャベリが活躍し、ルネサンスの文化が花開いたメディチ家のお膝元)で、ギャラリーに足を踏み入れ、そこでアマゾンに住む部族を撮影した写真を偶然に目をする。そこには(決定的な確証はないものの)学生時代に交友を結んだ友人の姿らしきものがあった。現在のフィレンツェ、若かりし頃育んだ友情の過去の回想、密林に調査に入った記憶や記録、そして写真に写っているらしい友人がアマゾンの奥地で、ある部族の《語り部》となって生きる姿(想像)……時間軸や視点をさまざまに移動しながら語りは進んでいく。

このうち、語り部のパートがなかなか読みにくく、部族の神話と意識の流れの混濁したような文体で書かれている。時間軸や視点の移動は『ラ・カテドラルでの対話』でも見られた手法だし、こういうテクニックの盛り込み方はこの人の作風なのだろう、と思う。ただこうした技巧的な凝りに対して、書いてあることはとても単純なのだ。密林に調査にいった作家は、調査隊に同行している宣教師や他の研究者たちが、西洋的なヒューマニズムの精神(善意のおせっかいのようなもの)によって、部族の文化を汚染していることにある種の欺瞞を感じている。

《語り部》となっているらしい友人は同じく欺瞞を抱き、めちゃくちゃに怒りまくった結果、《語り部》へと同化していくわけだ。解説にある言葉を借りるならば、「野蛮から文明へ」という欺瞞に対する「文明から野蛮へ」という反抗がある。友人は元ユダヤ教徒のユダヤ人であり、顔半分を痣で覆われたことで差別を受けるマイノリティー(そしてマージナル)の人物だったから、野蛮の方向へ同化が生まれた……ということなのだが、なんかそれって貧乏な身の上のおかげで、金持ちを憎むようになった、みたいな話だと思う。

たしかに、こういうのってノーベル賞向きのテーマではある。ただ、彼が欺瞞だなんだという指摘を真っ当に受けてしまう人は、そもそもそういう視点が「イルカは賢いから守りましょう」と同じ図式であって要するに「土人の文化も尊いから守ろう、大切だよ」と言ってるのと同義だと気付いていないんじゃないか。同時に、この作品は、フィレンツェから語りはじめるおしゃクソ文化人が抱いた故郷への感傷に他ならないんだ。

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大瀧純子 『女、今日も仕事する』

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女、今日も仕事する
女、今日も仕事する
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大瀧純子
ミシマ社
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井筒俊彦論の執筆で近年注目を浴びている批評家、若松英輔の女性経営者による本。以前に若松がTwitterで「ひどい男社長として自分が登場してます」とこの本を紹介していて、どんなもんか、と思って読み始めたのだが大変良い本。本書に綴られているかつての若松の姿はたしかにヒドくて、かつ、それは自分の働き方を反省する材料になりそうな記述であった。ざっくりと本書をまとめると、女性の働き方について、男性的なマッチョな会社社会・働き方に女性が順応しようとする働き方じゃなくて、そうじゃない働き方があるんでは、という提案を筆者の経験を振り返りながらおこなっている。

最近、母親業もこなしながらキャリアも積んでるスーパーワーキングウーマンみたいなロールモデルが女性ファッション誌やライフスタイル誌で取り上げられがちだけれども、そういうガツガツして身を削るような働き方とは違う「良い塩梅の働き方」は、読んでいて新鮮に思ったし、勉強になった。

「働くこと」に対してポジティヴになれる人の気持ちが本書を読んで理解できる気もするのだ。友達でいるんですよね。「もし宝くじがあたっても働かなくても良くなっても、働き続けたい」っていうタイプの人が。わたし自身は毎日会社に行きたくないと思っているし、働かなくても暮らせるのに働きたいなんてちょっと貧しいんじゃないのか、働くよりも豊かな時間の使い方ってあるでしょう、とか思って全然理解できなかったんだけれども、筆者が提案してる「ワークライフバランスとかいうけど、ワークもライフの一部でしょ、それ分けられないでしょ」という提案に、なるほど、と思ってしまったのだった。

筆者は、専業主婦時代に「このまま家にいたら自分にはなんにもなくなっちゃう(周りの働いているママ友がうらやましい!)」みたいなアイデンティティクライシスに近い経験があって、強い就労意欲を持ちはじめるんだけども、そういう形で、働くことによって社会にコミットする感覚を得ている人がいるんだな、と感心させられる。そういうのに今更感心させられた自分はこれまで随分「学校を出たら(死ぬまで)働くのが当たり前」というレールに乗っかって暮らしてきているのだなぁ、と思いもする。

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細見和之 『フランクフルト学派: ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」へ』

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細見和之による『フランクフルト学派』の概説書を読む。この人の「現代思想の冒険者たち」シリーズの『アドルノ: 非同一性の哲学』は学生時代にお世話になった本。アドルノの描かれ方がナイーヴすぎるきらいがあるが、アドルノとホルクハイマー、ベンヤミン、パウル・ツェランといった関係性をたどりながらアドルノの思想を紹介する好著だった。この『フランクフルト学派』もこの描き方に似ていて、フランクフルト学派以前から、フランクフルトに社会研究所ができたとき、第二次世界大戦期、戦後、さらにハーバーマスやそれ以降という時間軸のなかで、思想家が関心や思考をどんな風に受け継いでいったのかを簡潔に書いている。

著者の研究対象のメインどころがアドルノ、そしてベンヤミンだからその部分の分量が多いし、そもそもベンヤミンはフランクフルト学派なのか?(それはエーリッヒ・フロムなどにも言える)という疑問も浮かぶだろう。が、ベンヤミンがアドルノに与えた影響を考えると、本書で扱われてはいけない理由はなく、むしろ適切な感じもする。『アドルノ: 非同一性の哲学』も絶版だし、いま、アドルノにもっともコンパクトに接近できる本だろう。あと、裕福な同化ユダヤ人という彼らの生活的な背景や、思想家たちが生きた時代についても丁寧に説明しているのも良かった。

個人的に「はぁ〜、勉強になるなぁ」と思ったのは、ホルクハイマーとアドルノの次の世代であるハーバーマスについての記述で。「アドルノやホルクハイマーの仕事を、もう一度アカデミックな研究領域に引きもどす、という大きな作業を行った」と書いてある。そういえば、わたしはアドルノとハーバーマスを、アドルノはアドルノ、ハーバーマスはハーバーマスという感じで読んできたから、そうか、そういう風に繋がってたのかあ、と思った。アドルノが戦後ドイツでラジオやテレビに頻繁にでてた、という記述も「へぇ〜」と思いました。まぁ「いま、なんでフランクフルト学派?」とも思うんだが……(本書は2014年に出てる)。

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中原昌也 『サクセスの秘密: 中原昌也対談集』

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サクセスの秘密―中原昌也対談集
中原 昌也
河出書房新社
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先日読んだ松尾潔の本に中原昌也との対談記事が引用されていて全文が読みたくなった。2000年前後におこなわれた中原昌也の対談集である。対談相手は様々で半分以上「これ、誰だ……?」という感じではあるのだが、中原が語っていることはほとんど今と変わっていなくて、かつ、今の方が過激化していることがわかって面白い。「自民党的なもの」、「電車で漫画を読んでいるおっさん」、「おたく」……苛立たしいものにいちいち共感を覚えるし、芸人のなかでも村上ショージだけは笑ってしまう、というセンスも「俺も俺も!」と思う。読んでなにか得られるわけでも感激があるわけでもないんだけれど、この「嫌だ」と言いまくっていく態度は、ひょっとすると批判理論にものすごく近いのかも、と思った。

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