角山栄 『茶の世界史: 緑茶の文化と紅茶の世界』

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経済史の先生が書いた茶をめぐる経済史の本。アジアからヨーロッパに輸出される商品としてのお茶がどのように受容され、その貿易によって輸出元の国にはどんな変化が起きたのか。双方向から結構詳しく描かれている。インドや中国といった茶大国に対して、近代化を進める日本はどんな風に勝負しようとしたか、とかそのあたりは面白い。緑茶を広めようとしたら、みんな砂糖だのミルクだのをいれて飲もうとしちゃって、全然広まらず、由々しき事態だと思った岡倉天心がその頃『茶の本』を書いた、とかある。この本、後世には名著として残ったけど、リアルタイムではそんなに反響がなくて……だとか、クール・ジャパン大失敗の先駆者みたいだと思った。が、全体としては割合退屈な部類に入る本だと思う。あくまで「経済史」なんですね。文化的な側面を掘り下げるものではないし、これで「世界史」を名乗るのはちょっとな……。悪い本ではないんだけど。

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ダニエーレ・タマーレ 『サプール ザ ジェントルメン オブ バコンゴ』

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昨年、NHKのドキュメンタリー番組で一挙に有名になったコンゴの「傾奇者」たちを写した写真集。働いて稼いだ給与を一生懸命貯めて、超一流ブランドのスーツをエレガントに着こなすサプールたちの、良い感じの顔が収められている。とてもカッコ良い。カッコ良いから近所の人からも大人気で、サプールの男性に握手を求める子供たちの姿なんかも写っている。そういうコミュニケーション、人との繋がりってないよな、って思う。日本で、こういう人が近所にいたら、みんな訝しく思って終わりじゃないですか。堂々とカッコつけてるのが素晴らしいな、って。

求めやすい価格ではあるんだが、値段は倍になっても良いのでもっと大きな版で見たい気もする。

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レコードプレイヤーを部屋において

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ちょっと前に父親から44年前に発売されたSL-1200の初代モデルを譲り受けて、レコードで音楽を聴くようになった。これが結構楽しくて。Apple Music以降すっかり大人しくなっていた「音楽に金を使う」欲望が爆発してしまっている。タイミングを見つけて中古レコード屋に足を運び「これ、CDで持ってなかったな」とか「これはちょっとレコードで聴いてみたいな」とか「よくわかんないけど面白そうだな、100円だし買うか」みたいなレコードを選ぶ。気がつくと持って帰るのに苦労するほどのレコードの山を抱えていることになるのだが、レジでお金を払うと、とてもスッキリする自分がいる。ああ、これだ、音楽に金を使う、消費する楽しさってこれだよ、と思う。

レコードだと音楽の聴き方も変わって。なんか前よりも真面目に音楽を聴くようになった気がする。アナログレコードは、片面が終わったらひっくり返さなきゃいけないし、ホコリはくっつくし、いろいろ面倒なことも多いのだが「聴き流す」みたいなことがない。めんどくささが、音楽への集中を生むような感じなのかな。「レコードを再生する準備」という儀式(ちなみにSL-1200の初代はクォーツ・シンセサイザーがついてないので、勝手に回転数があったりしない。また、44年も前の機械なので回転数がユレたり、安定しなかったりする)によって、集中的聴取の態度が導かれる、というか。

レコードが再生されると、CDのときだってほとんど読まなかったライナーノーツを読んだりして。レコードのあの大きさが、そういう気持ちにさせている部分も多いと思う。

あと、音質なんですけども。レコードのほうがCDよりも記録できる周波数帯が広い(から、レコードのほうが音が良い)という話のは知ってはいたもののの「ホントかな、最近のデジタルリマスターでやたらと音が太くなってる音源の方が、レコードより良いんじゃないの?」とか思ってたんです。で、やっぱり、細かい音とか小さい音とかは、CDのほうがはっきり聴こえるんだよね。アナログだとそういう細部は、ひとつの「音のまとまり」のなかに収まっている感じして。でも、それが自然な感じだし、まとまってるからこそ、音が迫力あるように聴こえる。その音がとても新鮮(古いのに、新鮮)。

ここ数年、アナログ・ブームみたいになっちゃってますけど、なるほど、こういう楽しさがあるのね、わかるわ、と思う今日この頃なのです。

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佐藤亜紀 『小説のストラテジー』

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小説家、佐藤亜紀が大学でおこなった講義を元にした小説の読み方・書き方について論ずる本。わかりやすい・易しい文章ではないし、皮肉めいた文体や物言いが著者が批判的に評価している蓮實重彦を思い起こさせるのだが、こういうものを若いうちに読んでおくと小説がより「読める」ようになるハズ、と思った。熱心に読んだら、頭良さそうな感じで、批評めいた感想のひとつやふたつ、ひねり出せるようになりそう。理論的な探求や整合性じゃなくて、著者の経験則から積み上げられてきた体験ベースの読解方法が記されている。

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ルイ・パストゥール 『ビールの研究』

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以前に紹介した『ビール世界史紀行』(大名著)で言及されていた。「近代細菌学の祖」として知られるルイ・パストゥールが19世紀末に書いたビールの醸造法に関する研究書。わたしもたぶんこういうのを読むのは初めてなんじゃないか、と思うんだけれど、ゴリゴリの理系論文って感じで一般人向けの読み物として読める部分はあんまり多くないのだが、科学史的な視点で読み込むととても面白い。自分の説に反論をかましてきた研究者に対する再反論や、筆者自らがおこなった実験の手続きなどが、かなり詳細に書かれており「当時の科学ってこんな風におこなわれていたのね」ということがわかる。

パストゥールはここで、ビールやワインを製造プロセスにおいて、大麦や葡萄から自然発生的に発酵がおこなわれるという説を退け、大麦や葡萄とは別な酵母菌の働きによっておこなわれるのだ、と主張している。これが本書のメインテーマのひとつ。あとは当時伝統的な職人の勘や、職人の間で伝えられてきたナレッジによって製造されてきた酒造プロセスを改善するためのアイデアを提案している(純粋な酵母菌を使うと、変な雑菌が増えないので良いよ、と)。

職人のナレッジに、近代的な科学の手法でメスをいれていく部分が結構面白くて。というのも、パストゥールの記述から19世紀末にイギリスやフランスでどんな風にビールが飲まれてきたか、作られてきたか、がうかがい知れるのだ。たとえばこんな記述。「ビールの売価と製造原価に大差があるのは、大量のビールを廃棄せざるを得ない事態が常にもたらす損失を、おぎなうためにほかならない」。当時のビール職人たちは、雑菌によってビールが変な味になってしまうリスクを常に抱えていたのだな、ということがここからわかる。ビールが今よりも「ありがたいもの」だった時代と、現代の差異に面白さを感じる。

そうした現代と過去の時代との差異ばかりでなく「これって今と同じじゃん」という部分もあって。たとえば、パストゥールは「(みんな知ってると思うけど)暑い時に飲むビールって旨いよね」とか書いている。そういう感覚は今も昔も変わらないんだ、と思うとまた面白いのだった。

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メビウス 『エデナの世界』

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『アンカル』は復刊されているのだが、こちらの『エデナの世界』はまだ絶版みたい。メビウスのスピリチュアルSF漫画。かなり終わり方が投げっぱなしジャーマン的なのだが、ストーリーがウダウダしていない分、『アンカル』よりも好きかも。巻末に夏目房之介と浦沢直樹の対談がついていて、マンガとBDの比較論みたいな話があって面白かった。

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西寺郷太 『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』

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昨年の『プリンス論』とあわせて西寺郷太の単著を読むのは2冊目(『プリンス論』が出た頃は、プリンスも生きていたんだなぁ……)。著者のマイケル・ジャクソン研究をまとめた大傑作。ミュージシャン視点の評価であり、出生から亡くなるまでの50年間をMJ愛盛りだくさんな感じで語りまくっている。Jackson 5(Jacksons)時代のプレ「King of Pop」期でも言うべき時期にかなりページを割いていて、世間の大部分の人がイメージする「マイケル・ジャクソン」にどうやってなったのかのプロセスがわかる。もはや語り尽くされた業績、たとえば、MTV時代の口火を切った、とか、黒人音楽と白人音楽の融合を……とかがいかにすごかったのか、みたいなところに焦点が当たってるんじゃなくて、マイケルが置かれた環境や人間関係の星座のなかで、中心にいるマイケルがより輝くような作り。ホントになんかショウビズの世界でボロボロになりながら、素晴らしい作品を作っていったんだな、と思うと感動するし、晩年の記述はかなり泣けた。

しかし、文庫版のジャケットダサいな……。

単行本のほうがずっと良い。

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本橋成一 『築地魚河岸ひとの町』

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いま日本中でもっとも注目を浴びている「町」であろう、築地。この場所を80年代から撮り続けていた写真家の作品集。この市場で働く人々、その周辺で暮らす人々の姿が全編白黒で撮影されている。白黒写真、というせいもあって、まるで時代がよくわからない。かろうじて写り込んでいる車のデザインや、おそらくは市場の関係者ではない人のファッションから、それが過去の写真であることがわかる。ただ「市場の人々」の格好は「市場の人ってこういう感じだよな」という印象とほとんどブレなくて。だから、なにかこの町が、流行や時代から隔絶された異界じみた空間として、保存されてきたのではないか、という感想が浮かんだ。日常からもっとも近くにある異界、というか、そういう特殊な空間性を切り取ったすごく良い写真集。

一つだけ文句をいうのであれば、見開きで載せてる写真が多いので、ノドの部分が気になって……。

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レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ 『トルストイ前期短編集』

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気が向いたので大昔に買って積ん読しといたトルストイの短編を読む。いやぁ、なんか、読んでいて心が荒むような小説が集まっている。多くは貧乏人(乞食だとか、農民だとか)が主題に選ばれているんだけれど、そうした場合、ほら「貧乏だけど心は錦」的な、「腹ペコだけど、オイラ幸せさ(だって、こんなに温かい家庭に生まれたんだもの)」的なハートフルなストーリーを期待してしまうじゃないですか、現代の感動ポルノ中毒の人だったら。でも、トルストイはそうじゃなくて。徹底して貧乏人の心の貧しさとか、汚さとか、矮小さを描いているのだった。作家自身は金持ち生まれで、そうしたリアルライフになんらかの問題意識をもってこういう人間模様を描いたんだろうけれども、悪意さえ感じてしまうほど。やっぱりね、こういうものを読んでしまうと、貧乏良くないな、と思ったですよ。

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ヘンリック・イプセン 『ヘッダ・ガーブレル』

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今度、地点の『ヘッダ・ガブラー』を観に行くのでその予習。良い人だがなんか物足りない男、テスマンと結婚した主人公ヘッダ(めちゃくちゃプライドが高い)が夫の研究旅行兼ハネムーンから帰ってきたら、クソダメ野郎だった元カレが、女学生時代にイジメてた後輩とくっついてて、そのおかげで立ち直って眠ってた才能を開花させていた……悔しいッ!! と激烈にストレスを感じたヘッダは、やってはいけないことをやってしまって、破滅する、みたいな話。

もう主人公のヘッダが、嫌な女でさ。夫が退屈で……と愚痴るわりには、自分でなんかをやるわけでなし。ワガママですぐ人をdisる。これで美人じゃなかったら、ホウキでケツをひっぱたいて、家から追い出したくなるような女なのである。破滅してもざまぁみろ、としか思わないんだけど、まぁ、だれも幸せにならない嫌な話なので、それほど爽快感を感じない。

ただ、このヘッダが昔イジメてた後輩が幸せ掴もうとしてるところに激しくジェラシーを感じるところは、なんか現代にも通じるのかな、とか思う。学生時代に完全に見下してたヤツがFacebookに今イケちゃってます、イケ男、イケ女です、的な写真アップしてるのを見てしまった感じ? 嫌な話だけど、面白いです。

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レフ・トロツキー 『裏切られた革命』

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スターリン体制下のソ連で亡命を余儀なくされたトロツキーが亡命先で執筆した告発の書。レーニン時代にソヴィエトはだいぶ発展したんだけど、スターリン体制になって、なんだかハチャメチャになっちゃったよ、なんか、労働者が平等な社会を作るはずだったのに、官僚が世の中を牛耳って私腹を肥やしてるし、コルホーズの経営者とその農場で働く一般農業従事者のあいだに昔の地主と農奴みたいな格差が生まれちゃってるよ、全然ダメじゃん! などなど、あれこれ批判している。当時の状況をうかがい知ることができ、大変面白い。

特に冒頭の「統計的な数字を見ると革命以降ものすげえ発展した。したんだけども、中身を見るとあんまり良くないよね」という分析は明解で。たとえばアメリカとソ連の採石場の労働者ひとりあたりの生産量を比較して、生産量はソ連も良い線いってるけど、生産性で見ると「俺たち、アメリカの10分の1しかアウトプットできてないよ、ダメじゃん」と言っている。トラクターもたくさん作ってるけど、すぐぶっ壊れるし、すげえ効率悪いことやっててヤバくない? とか言ってるの。トロツキー、頭良いな、頭良すぎて消されちゃったんだな、とか思ってしまった。

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宮台真司 『援交から革命へ: 多面的解説集』

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いま宮台真司を読むとどう思うんだろう、と思って手に取った一冊。宮台真司がいろんな人の小説だの写真集だのに寄せた解説文をまとめて、さらに「被解説者」に「解説されてどうだったか」を訊ねた談話をセットにした本。2000年に刊行されているのだが、当時の宮台真司がまぁまぁイケてる文化人だったことが窺い知れる。というのも、この「被解説者」が軒並み「宮台はどうして自分が書こうとした意図がこうもわかるのか!」とか言っちゃってるのである。その例に漏れているのは、唯一、写真家の吉永マサユキのみ。「理屈っぽく述べることによって、自分の言っていることが正しいんだとしているような感じを受けます」だとか「実際に生きるか死ぬか、いつどうなるかわからない、刹那的な時間の中で生きたことのない人のような気がします」だとかブッタ切っていて、痛快。

あと、この頃の日本ってまだ豊かだったんだな、余裕あったのだな、って思ったんだよね。だから風俗とかブルセラとか援交とかを、宮台みたいに語ることが許されたんじゃないか、と。たとえば「女性ならば風俗で数ヶ月は働いて性的コミュニケーションの現実を学んで欲しい」とかさ。こんなのもうアウト、っていうか退場でしょ。語りのモードが全然変わっちゃってる。風俗を語るにしても、いまや、貧困とセットみたいになってて、社会学的な分析してる余裕なんてないよ、って感じで。

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池波正太郎 『男の作法』

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日頃お説教を食らうのは嫌いだけれども、お説教じみた本っていうのは存外に好きらしい。伊丹十三のエッセイしかり、池波正太郎の『男の作法』しかり。

タイトルに「男」とあるけれども、これは池波正太郎が「大人の人間というのはどうあるべきか」的なことを質問に対してあれこれ答えたものなので、必ずしも「男のための本」ではない。昔の飛行機のなかは新婚旅行にいくカップルがペッティングしまくっていてヒドかった、みたいなホントかよ、という話もあって大変に面白い本である。「将来の自分を高めていくための何かほかのものにふり向けてやっている人と、放縦に踊り狂ってセックスしたりしている人との差は、必ず数年のうちに出てきちゃう」など金言満載。

なかでもわたしが気に入ったのは「とにかく大学を終わって社会へ出るまでの若い時代に、いろんなものに首を突っ込んでおくことですよ」という言葉。社会に出るまで、絵だの音楽だの読書だの、いろんなことが好きになっておくと「そういうものが多ければ多いほど、街を歩いていても、どこへ行っても、本屋なりデパートなりで容易に気分転換ができるわけだろう」というわけだ。

これはね、身につまされる、というか(もちろん大変なこともあるけれども)本屋なり、レコード屋なりで、パッと気分が晴れてしまう生活を送っておるから、なんというか、池波正太郎に褒められたような気分になった。

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荒俣宏 『奇想の20世紀』

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いまやNHKのテレビ番組で「とにかくジャンル問わず、全方位で詳しい、得体の知らない穏やかなおじさん」的な立ち位置のタレントとして便利に使われている印象が強い荒俣先生が、20世紀末である2000年にそのNHKで放送された教育番組のために書いたテクストをもとにした著作。20世紀初頭のサイエンス・フィクションや広告など、イメージと科学技術の発展の関係性を読み解く、鹿島茂とややキャラかぶってますよね、的な博物学的著作なのだが、なんの説明もなくパラケルススの名前がでてきたり、キルヒャーが登場したりするのはさすが。20世紀と地続きの21世紀の風俗を考えるうえでも、なかなか示唆に富んでいる一冊だと思う。

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スティーヴン・ミルハウザー 『エドウィン・マルハウス』

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「大人のための児童文学」と言えるのかも。アメリカの作家、ミルハウザーのデビュー作。アメリカ文学史上に名を刻むほどの傑作小説『まんが』を書き残し、11歳で夭折した天才作家エドウィン・マルハウスの生涯を、親友であるジェフリー・カートライトが描いた伝記小説、という体裁の作品。「子供が未知の世界に接した時の新鮮な驚きや興奮が、この小説には満ち溢れている」。訳者による解説にあるこの言葉が、本書の良さを的確に表している。書いている(というテイ)のジェフリーの描写は(子供なのに)異常に密度が高く、しつこいぐらい細かく見たもの、聞いたものを文字に落とし込んでいる。エドウィンとジェフリーが熱狂したアニメーションに関する記述なんか、読んでいて、映像そのものが頭のなかで再生されるぐらい。過ぎ去った子供時代の熱狂を再体験させてくるよう。

そういう楽しい面がある一方で、エドウィンの初恋相手であったり、ノルウェーからやってきた孤独な転校生であったり、エドウィンの人生に影響をあたえることになる人物たちが小説から退場していく様が「なんでこんなに暗いのか……」と驚いてしまう。すごい二面性をもった小説。

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