スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

高橋メソッドで泳ぎが変った!

クロールがきれいに泳げるようになる! posted with amazlet at 08.08.28 高橋 雄介 高橋書店 売り上げランキング: 10917 Amazon.co.jp で詳細を見る  こちらの高橋雄介先生の本を紹介してから *1 、当ブログのアフィリエイトリンクを通じて購入されている方がびっくりするぐらい多かった(ご購入いただいた方、ありがとうございました)。でも、この本買って絶対に損はないと思う(私のような水泳初心者方ならなおさら)。この本を読んで2回ぐらいプールに行ったけど、びっくりするぐらい変るんだよ……自分の泳ぎが……「あれ、俺の前世、カッパ?」ってぐらいにさ……。というわけで、本日は「高橋メソッドで何がどう変ったか」の報告。 スピードがあがった  こちらの本で紹介されているのは「速い泳ぎ方」ではないのだけれども、本に書いてある「きれいな泳ぎ方」を試してみたら自然に泳ぐのが速くなった。自分では全然スピードを出しているつもりはないのに、気がつくと10メートルぐらい先にいる人に追いついていたりするのだ。一生懸命水しぶきをバシャバシャやってる人なんかより、ずっと速く泳げているのにはびっくりした。優雅な感じで泳いでいて、一生懸命バシャバシャやっている人をすっと追い抜けるのはなかなか気持ちいいものがある。 疲れなくなった  最初は25メートルを1度往復すると結構息が切れて、後ろから泳いできた人に順番を譲る……みたいな感じだったのが、4往復ぐらい楽に泳げてしまう。スピードがあがっているのに、体力の消耗が減り、効率的な泳ぎができるようになっているということだろうか。きれいに泳ぐと無駄な動きや力を減らすことができるみたいである。きれいに泳ぐことを意識すれば意識するほど、連続して泳げる距離が増えていく実感がすごい。 泳ぐのが楽しくなった  ちょっと試してみたぐらいであまりにも劇的に変っていくので、この本に書いてあることを全部体に染みこませたら一体自分の泳ぎはどれだけ上手くなるのだろうか……とドキドキしてしまう。こういうのは運動を続ける上で大変重要な事柄だと思う。水泳教室みたいに人と一緒にレッスンを受けるみたいな形式が大嫌いなタイプの人には(つまり私だけど)、この本がホントにありがたく感じるはずだ。 モテた!  プールサイドのベンチで休憩してたら「きれ...

堤幸彦監督作品『20世紀少年』

映画「20世紀少年」オリジナル・サウンドトラック posted with amazlet at 08.08.31 サントラ Sony Music Direct(Japan)Inc.(SME)(M) (2008-08-20) 売り上げランキング: 524 Amazon.co.jp で詳細を見る  浦沢直樹原作の『20世紀少年』を観た。初日のレイトショーで会場はほぼ満席。マンガ原作映画の動員力を改めて思い知らされるような感じがして「そりゃハリウッドもマンガばっかりネタにして映画作らせるよなぁ」と思った。  映画は、結構ちゃんと作ってあるけれど(原作に沿うような形で)、悪く言ってしまうとちょっと散漫かな、という印象。登場人物が多いせいか、主人公の描かれ方みたいなものも希薄。「小学校のときの友達が死んだぐらいで、そんな風になるかぁ?(お前、むちゃくちゃ疎遠だったじゃん!)」みたいなところでひっかかってしまったりする。あと、ラーメンの湯気をCGで過剰に映しているところなどにも冷めてしまった。それ以上に文句をつけたいのは、映画のなかで流れる音楽の音量がものすごく普通な音量だった、という点だけれども。  劇中何度か流れるT-REXの「20th Century Boy」。これは肌が震えるぐらいの爆音で流してほしかったなぁ……。何のために劇場に行っているのかよくわからなくなる。常盤貴子っていやらしい体型しているなぁ……とか観ていて良かった点も多々あったけど、なんかなぁ……。「色んな役者がものすごく豪華に出ている」とか「マンガのキャラにそっくりな俳優がたくさん出てくる」とか、そんな映画見せられても「うわー、よくできてるなぁ」ってしか思えないじゃん。唐沢寿明の子ども時代を演じている子役が唐沢そっくり!とか「そんだけー……」みたいな。観終わってから「俺、続編観るのかなぁ」ってしばらく考え込んでしまったよ(次回も『よくできてる!』で終わったらどうしよう的な感じで)。  そもそも「この原作マンガが連載じゃなくて、映画という一本の線でつながったときに面白くなるのか」という物語的な強度についても考えてしまう。いろんなところで言われている通り、原作はかなりグダグダな感じで終わっている。でも、面白かった、と私は思う。(休載が結構あったけど)一時期『ビッグコミックスピリッツ』は毎週かかさず、まず『20...

高橋雄介『クロールがきれいに泳げるようになる!』

 最近、スポーツ・ジムに行き始めたのは今月の頭ぐらいに食あたりになって(たぶん原因はお昼ご飯に家から持っていっていたおにぎりだろう……)体調を崩したせいで体重が3キロほど落ちてしまったせいである。元々痩せてるほうではあったのだが、頬はこけ、あばらが浮いた外見は、いかにも貧弱に見える。これでは男性の筋肉に性的な魅力を感じる、というタイプの女性に見向きもされないのは明らかだ。鍛えて体を大きくしなければ……そう思った。  近所にあるジムにはマシン・ジムとプールがある。ジムの受付の人に聞いたら、どうやら同じ料金でジムもプール使えるとのこと。それならば、と思いガシガシとマシーンの重りを持ち上げたりするのと同時に水泳もはじめることにした。  しかし、何年かぶりにプールに入ってみると自分が無様なほどに泳げないことに気がついたのである。周りではすいすいと休みなく泳いでいる人がいる脇で、私はといえば25メートルを往復するともう息が切れ、休憩が必要になる。折角、太もも全体を覆うタイプのカッコ良い水着を買ったのに、なんたる体たらくだ……その晩、私は家に戻りベッドのなかでひとり泣いた。「このままじゃ、筋肉好きな女性とこのベッドに入るなんて夢のまた夢だ……」と。 クロールがきれいに泳げるようになる! posted with amazlet at 08.08.28 高橋 雄介 高橋書店 売り上げランキング: 10917 Amazon.co.jp で詳細を見る  一晩が過ぎた。まだ、筋肉好き女性を諦め切れなかった私は、会社帰りにこの本を買った。ちょうど北島康介が金メダルを2つ取った直後だったせいか、平積みになっていて買うのが恥ずかしい感じのこの本を。書いたのは中央大学の水泳部を長年指導してきた先生だそうな。  これはかなり面白い本だった。まず、著者の高橋先生は理工学部の先生らしく、ものすごく理詰めで「理想の泳ぎ方」を書いてくれている。しかもとても分かりやすい。水中において人はどのように水の抵抗を受けるのか、なぜ痩せている成人男性は水に浮きにくい(浮力だけの問題ではなくて、重心の問題らしい)のか。知らなかった知識が入ってくるので、私のような薀蓄大好き人間には読んでいるだけで楽しくなってくる。  また、驚いたのはこの本に書かれた泳ぎ方と、私がプールサイドに置かれたベンチに座って「あの人、泳ぎ方綺麗...

パガニーニの主題による……

 ヴァイオリン奏者であり作曲家だったニコロ・パガニーニの《24のカプリース》をヤッシャ・ハイフェッツが演奏している映像。速いボウイングのときの鋭い音がとてもカッコ良い(指を離したら、そのまま2階席まで飛んでいきそうな速度である)。この作品は、後にさまざまな作曲家によって主題の変奏がおこなわれていることでも知られている。Youtubeを観てたらいろいろあったので折角なので貼っておこう。  エミール・ギレリスが演奏するヨハネス・ブラームス作曲の《パガニーニの主題による変奏曲》。ドラマティックなロマン派の調べが素晴らしい(この作品、ブラームスの作品のなかでもかなり華やかなものではないだろうか)のだが、この動画ですごいのはやはりギレリスの演奏である。「ピアノってこんな音だっけ……?」と思うほどパーカッシヴな強烈なタッチ。しかし、超エレガント。  すごいピアニストといえば、こちらのファジル・サイによる《パガニーニの主題による変奏曲》もすごい。高速テンポにジャズ風アレンジ――ただし、音色は全然ジャズじゃなくてクラシック。あと弾いている顔が最高。  もうひとつジャズ風なのはアレクサンダー・ローゼンブラット(ニコライ・カプースチンの弟子らしい)によるもの。なんかものすごい野蛮な感じ。ノッてるときのチック・コリアみたいだ。パガニーニの主題をガーシュインっぽくアレンジしたり、バッハっぽくアレンジしていて面白い。  ブラームスのものと並んで有名なのはセルゲイ・ラフマニノフによる《パガニーニの主題による狂詩曲》だろう。こちらの演奏は、ピアノがミハイル・プレトニョフ(この人は最近指揮活動ばっかりしている)。棒を振っているクラウディオ・アバド?現在とは比べ物にならない元気さなのが泣ける。この作品を聴いているとラフマニノフが、どれだけチャイコフスキーの影響を受けているかが分かる。  ポーランドの作曲家、ヴィトルド・ルトスワフスキの《2台のピアノのためのパガニーニの主題による変奏曲》も面白い。パガニーニの主題を思いっきり歪ませて、斬新な味付けをしているところにファジル・サイと似たものを感じてしまう。  他にもリストのとか、ロッシーニのとかあるけど疲れたので終わり。

ブルーノ・シュルツ『シュルツ全小説』

シュルツ全小説 (平凡社ライブラリー) posted with amazlet at 08.08.27 ブルーノ シュルツ 平凡社 売り上げランキング: 152435 Amazon.co.jp で詳細を見る  ブルーノ・シュルツの作品は、先月に『肉桂色の店』と『クレプシドラ(砂時計)サナトリウム』からの抜粋を読んだばかりだが、せっかく全集版を買ったので頭から読んでみることにした。余程のことがない限り私は同じ本を読み返したりしないのだが、読んだばかりで再読しても「面白い!」と思う。以前読んだ「東欧の文学」シリーズに収録されていない作品も面白い。なかでも「年金暮らし」という短編――年金暮らしで暇をしている初老の男が小学校に再入学して幼児退行。最後は強風に飛ばされてどこかへと消えてしまう……という話が良いと思う。  なんだかよくわからないが、とにかく面白い。しかし、その「なんだかよくわからない感じ」はちょっとした不安を呼び起こすものでもある(なんだかよくわからないから)。けれども、それこそがシュルツの作品の魅力であるように思う。伝わりにくいと思うけれど「やけにゆっくりと落ちていくジェットコースター」みたいな感じがする。前回読んだときより丁寧に読んだせいか、そういうのが一層感じられた。  それから前回は2段組の本だったけれど、今回は1段組。これは結構印象が違ってくるものだなぁと思う。まず、ページをめくる回数と速度が必然的に異なってくる。当然、2段組の単行本サイズのほうが文字量が多いのでページをめくる回数は減り、1ページを読み終えるまでにかかる時間は長くなる。一方で1段組の文庫サイズでは逆のことが起きる。しかし「私が読んでいるスピード」にはほとんど変化はない。にも関わらず、文庫のほうが体感時間を短く感じる(ページをめくる回数が多いからだろうか。1ページを読む時間が短くなるからだろうか)。さらにそれに伴って文体まで「速い文体」に読めてくるのである。  情報は同質であっても、伝達される内容が形式によって異なってくる感じ。こういう実感があると、読書って単に目と頭で情報を受ける/読み取る行為ではなくて、かなり身体的行為なのかな、と思ってしまう。

ピエール=ロラン・エマール『メシアンへのオマージュ』

メシアンへのオマージュ posted with amazlet at 08.08.26 エマール(ピエール=ロラン) ユニバーサル ミュージック クラシック (2008-07-09) 売り上げランキング: 3396 Amazon.co.jp で詳細を見る  先日の来日公演でも素晴らしい演奏を聴かせてくれたピエール=ロラン・エマール *1 のメシアン作品集を聴いた。バッハがメインとなった今回の来日では、バッハ、そしてそれ以上にベートーヴェンの演奏が素晴らしかったので正直言ってメシアン作品についての印象があまり残っていないのだが、この録音を聴きかえしているうちにエマールが弾くメシアンのすごさが分かってきた気がする。  エマールが弾くメシアンはとても自然なのである。そこで描かれる作曲家の姿は「鳥と戯れる神秘主義的カトリック信者」でも「音楽によって星を、宇宙を描こうとした誇大妄想家」ではない。演奏を聴いているとあくまで「独創的な形式を探求した20世紀の作曲家」としてメシアンを捉え、アプローチを行っているように思えてくる――これは音楽史上の作曲家たちの連なりに、メシアンを載せなおそう、という試みであるように思う。だからエマールの演奏には過剰なフォルテッシモや瞑想するかのような遅いテンポの選択は必要ではなくなる。  それが顕著なのは、メシアンの初期作品である《8つの前奏曲》だろう。印象派や(おそらく)パリ時代のストラヴィンスキーの影響が窺い知れる楽曲に、メシアンが過去の作曲から引き継いできた「伝統」が浮かび上がるかのようだ。ルバートやタッチの息遣いは、まるで後期ロマン派の作品のように楽曲を聴こえさせる――エキセントリックな部分などひとつもない。そして、聴こえてくる伝統に紛れて「その後のメシアン」の響きを感じさせるものも登場してくる。この部分が本当に素晴らしい。エマールといえばまず「完璧なテクニック」について語られるが、それは単なる「道具」に過ぎず、エマールの演奏が「なにか」については、この解釈力/咀嚼力にあると思う。  とはいえ、やはり素晴らしいテクニックが聴けるのも楽しい。《8つの前奏曲》の第8曲や、《4つのリズムのエチュード》から抜粋された「火の島I」、「火の島II」は思わずのけぞるような圧巻の演奏である。特に「火の島」シリーズにおけるポリリズムのすごさと言ったら...

ダニエル・ハーディングのマーラー(?)

マーラー:交響曲第10番 posted with amazlet at 08.08.25 ハーディング(ダニエル) ユニバーサル ミュージック クラシック (2008-02-13) 売り上げランキング: 6697 Amazon.co.jp で詳細を見る  ダニエル・ハーディングがウィーン・フィルを振った録音を聴く。曲はマーラーの交響曲第10番。これが18歳で指揮者デビューをし、29歳でウィーン・フィルにデビュー *1 という華々しい彼の経歴において「ひとつのマイルストーンになるのではないのだろうか」というほど素晴らしいものだった。  彼の指揮はいつも素晴らしく新鮮で、瑞々しい。それは他者からのセルフイメージを参照しながら(言い換えるなら『観客は、自分にこういう演奏を求めているのだろう』という予測をしながら)、戦略的にそういう演奏を行っているようなしたたかさを感じるほどである――その狙いは常に大正解だ。おそらく何年か、何十年か経てば新たなダニエル・ハーディング像が形成されてくるはずだ。「若き俊英」から「若き巨匠」と呼ばれるようになったときの彼の演奏が今から楽しみである。彼の音楽の変化にリアルタイムで触れることができるのは、この上なく幸せなことだ。  ちなみにこれは彼が振ったマーラーの初録音でもあるのだが、最初から交響曲第10番というところがハーディングのすごさだと思う。マーラーの第10番から入ってくるなんて、初球からナックルみたいなものでちょっと前代未聞じゃないだろうか。マーラーの遺稿をもとにイギリスの音楽学者、デリック・クックが完成させたというこの作品は、言ってしまえば「マーラーの作品ではない」のだから。  さらに言うとこれはクックの作品でもない……という音楽美学的には極めて微妙なものである(専門外の領域なので結構適当なことを言っているが、こういった補筆が入った作品は近代的な芸術家論からすれば少し異物のように扱われている、と思う)。  しかし、クックの仕事自体は、ものすごく興味深いものだ。この作品は誰が聴いても「これはマーラーの作品だ!」という風に仕上げられているだろう。だが、現実には「マーラーの交響曲第10番」という作品は存在していない。これによって作品に触れた聴取者は「これはマーラーではないが、マーラーの作品である」という宙吊り状態におかれてしまう。 ...