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2012年に聴いた新譜を振り返る

Beth Carvalho / Nosso Samba Tá na Rua Bang On A Can / Big Beautiful Dark and Scary Maria Gadu / Mais Uma Pagina mmm(ミーマイモー) / ほーひ Kip Hanrahan / AT HOME IN ANGER, which could also be called IMPERFECT, happily Carlos Aguirre / Orillania Lee Ranaldo / Between the Times & the Tides DCPRG / Second Report From Iron Mountain USA Caetano Veloso & David Byrne / Live at Carnegie Hall 松平敬 / うたかた Moritz Von Oswald Trio / Fetch insect taboo / SONGISM Dirty Projecors / Swing Lo Magellan Billy Bragg & Wilco / Mermaid Avenue: The Complete Sessions Zazen Boys / すとーりーず くるり / 坩堝の電圧(るつぼのぼるつ) 山下達郎 / Opus All Time Best 1975 - 2012 Tokyo Zawinul Bach / Afrodita キリンジ / Super View Pierre-Laurent Aimard / Debussy: Préludes Book 1 & 2 Antonio Loureiro / Só Rafael Martini / Motivo Sonic Youth / Smart Bar Chicago 1985 BUCK-TICK / 夢見る宇宙 Ricardo Villalobos / Dependent and Happy Orquestra Imperial / Fazendo As Pazes Com O Swing 今年は26枚。やっぱりブラジル音楽ばかり買っていました。ブラジルのみならず、南米大陸か...

Ibrahim Tatlises / Insanlar

アラベスクの帝王 posted with amazlet at 12.12.27 イブラヒム・タトルセス インディペンデントレーベル (1993-06-21) 売り上げランキング: 118,494 Amazon.co.jp で詳細を見る 「アラベスク」はトルコのポップスのジャンル。そこで帝王と呼ばれる歌手、イブラヒム・タトルセスのアルバムを聴きました。邦題は「アラベスクの帝王」と直球ですが、原題は「Insanlar(人ってやつは)」(1989年)。時代的にやっすい感じのシンセサイザーが入っていたり、ウッとくる部分もあるんですが、とても面白い。ダルブッカによる軽快なビートのうえで、さまざまな伝統楽器やヴァイオリン、ギターやベースの演奏とともにタトルセスがエモーショナルに激唱するんですが、その歌詞が(もちろん、まったく意味がわからないけれども歌詞カードがついてきた)恋であったり、恋であったり、恋であったり……恋ばっかりじゃないか……。この点は陳腐だとか言われてトルコのインテリ層には受けなかったそうですが、いやいや、この歌声は聴かないと勿体ないでしょう。 実際聴いてもらった方が早いということで『Ben Ne Biçim Serseriyim 僕はなんてひどい浮浪者なんだ』のライヴ映像を。なんというタイトルなんだ……。濃厚すぎるし、客席の幸福そうな盛り上がり方が最高。モノフォニーで迫ってくるヴァイオリンが奏でる微分音を含んだ旋律は、猛烈にエキゾチックな感じがしますし、ワールド・ミュージックを聴く悦びに溢れておりますよ、これは。

岡本源太 「イメージの哲学: ジョルダーノ・ブルーノとヴァールブルク」

先日、 東京大学駒場キャンパスでの展示「ムネモシュネ・アトラス: アビ・ヴァールブルクによるイメージの宇宙」について書きましたが 、22日には関連イベントとして 「ヴァールブルク美学・文化科学の可能性」 と題されたシンポジウムが開催され、3名の発表者がムネモシュネ・アトラスに絡めての発表をおこなっています。このうち、岡本源太さんによる「イメージの哲学: ジョルダーノ・ブルーノとヴァールブルク」を聞くことができました。岡本さんのブログ 「The Passing - 書物について」 は以前からチェックさせていただいていましたが、個々の発表後の総合討議ではブルーノなどのルネサンス思想のみならず、アガンベンやディディ=ユベルマンといった現代の思想家までをカヴァーしながらキレキレのコメントをしていたのが印象的でした。以下(発表内容を細かくメモしていたわけではないのでうろ覚えなのですが)、記憶に残っている部分をメモしておきます。 岡本さんの発表は晩年のヴァールブルクによるブルーノ研究がどのようなものだったのか概観をまとめたものでした。ヴァールブルクがブルーノをどのように捉えたのか。当初彼はブルーノを合理的/近代的な概念によって思考をおこなおうとしたパイオニアと見なしていたようです。この読みには、ヴァールブルクのイメージ論が反映されていました。彼は、人間の思考がイメージによって縛られ、呪術的な力を持ってしまう現象を近代以前の図像から見ています。この図像から人々が受け取るであろう情念定型によるパワーから、解放された思想家がヴァールブルクにとってのブルーノだったんだとか。しかし、これはとても違和感が残る読みでしょう。とくにフランセス・イエイツ(彼女もまたヴァールブルクと非常に縁が深い人物です)によるブルーノ論を読んだ人にとっては。なぜならイエイツは 『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス主義の伝統』 や 『記憶術』 で、呪術的なイメージを利用する人物としてブルーノを描いているように思われるからです。まるで、ヴァールブルクとは真逆ではありませんか。 ただ、ヴァールブルク自身が、ブルーノ研究を進めていくにつれて当初の認識を改めざるを得なかったと言います。ブルーノを近代の概念思考のパイオニアとして位置づけるのには、ちょっと無理があった、と。しかし、その後のヴァールブルクにとってもブルー...

篠原資明 『空海と日本思想』

空海と日本思想 (岩波新書) posted with amazlet at 12.12.23 篠原 資明 岩波書店 売り上げランキング: 1,177 Amazon.co.jp で詳細を見る 西洋哲学の源流にプラトンがあるのと同様、日本の思想の源流には空海がある! と言ってみるテスト的な新書。ちょっと前から空海に興味があって読んでみたんだけれども、これは失敗。せめて著者がどんな人か調べて買うべきだった……なんと言うんでしょうか、偉い先生が還暦を過ぎると、こういう本を書いても怒られなくなる風土でもあるんすかね……。著者については、よく存じ上げませんけれども、ベルクソンとかエーコとかドゥルーズとかについて著作があるようですが、そういう人が「ちょっと今度、空海について書いてみた」感満載の本でした。これが大先生ってヤツか! 著者の空海解釈は、風雅・成仏・政治という3つのステージで分かれている。これをザックリ説明すると、自然の美しさやあり方(風雅)を身体に取り込むことによって、この世のなかがすべて仏でできていることを理解し(成仏)、世の中が全部仏なのだとしたら上手いこと世界を良くしてかなくちゃいけないよね(政治)、っていう感じみたい。「即身成仏ってそういうことなの〜、汎神論みたいな感じなんだ〜(即身仏とは関係ないのか〜)」とか、万物はすべて言葉によって認識されるし、その言葉はすべて仏なので、万物は即ち説法なのである、とかいう説明は面白い部分もあるのだけれども、ほんのわずか。即身成仏の認識から政治へ、っていうのが、プラトンでいうところの哲人国家の理想と重ねられるようなのだが……うん、で? で終わってしまう。 こうした空海の思想は日本思想に受け継がれ、変奏されていくのだ! というパートもなかなかのヒドさで、九鬼周造とか西脇順三郎とか草間彌生(!)とか名前を出して、何かを言っているつもりなのかもしれないが説得力を感じません。こんなところが通じている、こんなところが似ている、と指摘の羅列だけで変奏の説明はないんすね……、こういう話、私も深夜のファミレスでゲラゲラ笑いながらしてそうです……本当にありがとうございました……。

ニクラス・ルーマン 「機能と因果性」

ニクラス・ルーマンの1962年の論文「機能と因果性」を読みました(翻訳はいつものように 三谷武司さん の私訳版)。これはそれ以前の機能主義への批判と等価機能主義という方法論をどのように使っていくかの話がワンセットになっている論文。なぜルーマンが等価機能主義に至ったかについては、それ以前の論文(『行政学における機能概念』、『経済的な行政行為は可能か』、『新しい上司』)を順に読んでいくとなんとなく、あ、この論文でひとつのまとめをおこなっているのだな、ということがつかめるのですが、内容はなかなかに難しい。現実の事象を分析するような話ではなく、現実の事象を分析する方法についてあれこれ言う感じなので、いわゆる一つの抽象度が高い議論、なのでしょうか、これは。ただ 三谷さんの2006年の学会報告「ルーマン学説における等価機能主義とシステム理論の関係」の原稿草稿がネットに公開されていて 、これを読むとこの論文でルーマンがなにを言おうとしてたがかなりつかめると思います。 論文は6節に分かれてます。1〜2節は、機能主義をひとつの説明ツールとして使用すること(三谷さんの原稿上では説明指向機能主義となっています)への批判がつらつらと。たとえば社会学者が社会でおこるなにかを分析していて「XにはYという機能がある」だとか「人がXをするとYという結果をもたらす」だとか言う。でもそのXがもたらすのは本当にYだけなの? だとか言えるし、じゃあ、なんでYを得るためにXをしなくちゃいけないのか、っていう原因がうまく説明できない。「Xをするのは、Yが必要だから」という同語反復的な感じで説明にならなくなってしまう。「なぜ、Xという機能があるの?」を説明するために、パーソンズはそもそも社会システムにはシステムを維持するための仕組みが備わっているんだよ〜、とか言うんだけれども、じゃあ、そのある機能がなくなったからといって社会が瓦解してしまうわけじゃないよね、ないならないで回ってしまったりするし、ってことでイマイチだ。 「機能主義って原因と結果を説明する道具としてはイマイチなので、別な使い方をしましょうよ」ということで、3節から等価機能主義がでてきます。原因と結果の組み合わせって無限じゃん、なので、どっちかを分析時のパースペクティヴとして固定してしまって、ある原因から生まれる無数の結果、ある結果を生む無数...

『古事記』

古事記 (岩波文庫) posted with amazlet at 12.12.20 倉野 憲司 岩波書店 売り上げランキング: 36,873 Amazon.co.jp で詳細を見る 平田篤胤だの谷川健一だの諸星大二郎だの読んでるくせに『古事記』は初めて読むのだった。あれでしょ、イザナギとイザナミが……えーっと、天照大神が洞窟かなんかにこもってて、ナントカって人が女装して八岐大蛇を……みたいなことだけ書かれているのかと思ったら違うのね。もちろん、世界の創造からはじまる神話ではあるのだけれど、それは上つ巻までで、中つ巻・下つ巻は天皇がアレコレやりましたよ、というお話になってくる。そして、神話よりも中つ巻・下つ巻のほうが面白い……! これが本当に記録だったとしても、なぜそれを記録した……? と首をかしげたくなるエピソードが満載。 中つ巻以降では、天皇が誰とセックスして、どんな子どもを儲けたか、だとか旧約聖書でいうならばツラツラと人名が書かれてるだけの部分はちょっと退屈なんですが、親戚同士で殺しあいばかりしてますし、美女を見つけてはセックスし、なにか気に障ることがあればその相手を焼き討ちにして、その合間に和歌を詠む……などと性と暴力が満載なのに風雅……というハンバーグカレーにパフェをトッピングしたかのような謎の面白さが展開されています。「これはヒドい」のオンパレードですよ。天皇が自分の家に似てる家を見つけたからといって家に火をつけたり、逆に火をつけられてるのに歌詠んでたり……腰が抜けそうになります。 なかでもヒドかったのは「赤猪子」のエピソードでしょう。 こちらのブログ でも内容のヒドさについて言及されていますが、なんと言いましょうか、天皇の人格的なヒドさと年を取ることの侘しさ・悲しさが詰まった深い話です。ある日、雄略天皇が道ばたで見かけた美少女に「お前、いつか結婚してやるから独身でいろよ」と言って80年間放置プレイし、老婆になった元・美少女が「あのときの約束は……」と聞きにくる(それは忠信の証でもあったわけですが)。それに対して「わたしはすでにかつてのことを忘れてしまった。けれどもお前はわたしの命令を待って、無駄に年を取らせてしまった。これはとても可哀想だなあ」と思った天皇は、可哀想だからセックスしてやろう、と思うんだけれども、ババアだから果たせない!!...

Orquestra Imperial / Fazendo As Pazes Com O Swing

Fazendo As Pazes Com O Swing posted with  amazlet  at 12.12.19 Orquestra Imperial Universal Brazil (2012-11-09) Amazon.co.jp で詳細を見る カシン(……といってもケンドー・カシンこと石澤常光のことではなく、ブラジルのミュージシャン・プロデューサー、アレンシャンドリ・カシンのことです)率いるサンバ・オーケストラ、Orquestra Imperialの新譜を聴きました。先日よりブラジルから注目の新譜がガンガン届いていて、いろいろと参ってしまう感じではあるのですが、これも良盤。MPBにおいてアート・リンゼイ以降最も先鋭的なプロデューサーとでも言うべきなのでしょうか、カシンは。楽曲はかなり古式ゆかしいサンバなのですが、独特な空間や音色の作り方はこのオーケストラでも健在です。モレーノ・ヴェローゾ、ドメニコ、ペドロ・サーが参加しているとなったら、これは聴くしかないでしょうが……。 ヴォーカリストでは完全にモレーノ・ヴェローゾ目当てで買った感はあるのですが、このバンドには、 ニナ・ベッケル 、 タルマ・ジ・フレイタス 、 ルビーニョ・ジャコビーナ 、 ウィルソン・ダス・ネヴィス 、 ホドリゴ・アマランチ がヴォーカリストで参加しています。このラインナップ、本当にブラジルが「歌の国」であることを実感する豪華さです。このなかだと完全にモレーノ・ヴェローゾが「カエターノ・ヴェローゾに声が似ているヘタウマな感じの人」になってしまう。特にタルマ・ジ・フレイタス、大ヴェテランのウィルソン・ダス・ネヴィスにはやられましたね……。ブラジル良い歌手コンピレーションみたいな感じでも聴けるアルバムなのです。 こちらは3 Na Massa(トレス・ナ・マッサ)というサンバ・ホッピのグループのアルバムに参加した際のタルマ・ジ・フレイタス。おお、なんと狂おしい官能!……!