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辻調理専門学校(編) 『辻調が教えるおいしさの公式 日本料理』

辻調が教えるおいしさの公式 日本料理 (ちくま文庫) posted with amazlet at 15.06.30 筑摩書房 売り上げランキング: 304,976 Amazon.co.jpで詳細を見る ここ数年めっきり自分で料理をする機会は減ってしまったが、料理本を読むことはむしろ増えているんじゃないか、というわたしである。まるで通信カラテで黒帯をとった気分というか、アダルトビデオを見て経験値を得た気分になっているというか、実践がまったくともなっていなくて大変カッコ悪いのだが、料理をしなくても料理本は面白い。『辻調が教えるおいしさの公式』もなかなか良い本で「料理の東大」と呼ばれる調理専門学校が編集している(この学校の創始者である 辻静雄の伝記小説 はめちゃくちゃ面白かった!)。写真はあまり使われておらず、文章とイラストを中心として説明がなされているのだが「日本料理」の巻では、道具の選び方・使い方からはじまって、無駄のない簡潔な料理本と言えよう。 華やかな写真を使用した料理本は盛り付け例などで参考になるし、なにより食欲の想像力を刺激する。本書にはそういうのがない。そのかわり、ヴィジュアルで攻めてくる料理本とは違う「通読できる料理本」としての魅力がある。「日本料理」というと料亭料理・上品な割烹料理を想像してしまうが、収録されているレシピは、出汁の引き方からはじまって和食の基本的な料理ばかり。材料リストや調理方法の記述は、ぶっちゃけ読み飛ばしてしまって良いのだが、各料理に食材の選び方や、食材の活かし方のポイントが記載されている。これがとても面白い。なにしろ 「おいしさの公式」 であるから、読んでいて「なるほど、プロの料理人はこういうところに気を使って料理しているのね〜」と感心させられる部分がある。 わたしが一番感心したのは「蛸ときゅうりの酢のもの」で「きゅうりを輪切りにせず、一度縦に切って、なかの種をとって使う(種の部分は一番青臭くて、水分も多く含んでいる)と、より蛸の食感とのコントラストが際立つぞ」と書いてあったこと。料理人ではないから、ふむーん……と思うほかないが、こういうのを知っているか知らないかで料理の食べ方も変わってくるようにも思う。作り手からすると、うっとおしい食べ手であろうけれども(しかし、こういう本を読...

Number Girl / 記録映像 LIVE 1999-2002

記録映像 LIVE 1999-2002 [Blu-ray] posted with amazlet at 15.06.29 ユニバーサルミュージック (2015-06-24) 売り上げランキング: 709 Amazon.co.jpで詳細を見る 昨年ぐらいからNumber Girlのアルバムのリマスター再発が続いており、本作も「未発表・発掘ライヴ映像集」として発売されたBDである。未発表、と言いつつも、1999年のライジングサンのライヴや、2001年のフジロックの映像はテレビで放映されていたはずでYoutubeで一部を観たことがあったが、時期的には最後の2002年のライヴとまとめてみるとこのバケモノじみたバンドの全貌をうまくパッケージングした映像集になっている、と思う。3枚のスタジオ・アルバムにそれぞれのライヴが対応している。1999年は(メジャーでの)ファースト発表後、2001年はセカンド発表後、2002年は解散直前といった具合。たった3年間のあいだにバンドの音はもちろん、ステージ上でのパフォーマンスも変貌していくのが大変興味深い。収録されているディスクの順番通りに見れば、2002年 → 1999年 → 2001年という時間の辿り方をするのだが、2002年のキレキレっぷり、そして解散直前の音楽的な成熟(と次に向かっている感じ。その将来像はバンド解散によって霧消するのだが)から1999年に移ると、途端に1999年のものが初々しいものに思える。いや、この時点でバンドとしてのステージ数は相当なものになっていたハズだが、それでも向井修徳の表情の作り方にはややカブき方めいたわざとらしさを感じてしまった。若さと「これからメジャーで天下取ったるゼ」的な雰囲気をビンビンに感じる。あと、1999年の観客、2001年の観客の姿がよく写っているのだが、顔や髪型に「一昔前」感を強烈に感じてしまい、それはそれでショックに感じた。バンド解散直前には「ほとんどダブ・バンド」みたいになっている瞬間があるのだが、その片鱗は2001年のライヴからあった。スタジオ盤以上に「なるほど、こういうバンドだったのか」と理解が進むプロダクトだと思う。思い出を振り返るものでしかない、とも言えるけれども。

エティエンヌ・ジルソン 『アベラールとエロイーズ』

アベラールとエロイーズ posted with amazlet at 15.06.29 エチエンヌ ジルソン みすず書房 売り上げランキング: 1,002,871 Amazon.co.jpで詳細を見る 中世哲学史の大家、エティエンヌ・ジルソンの『アベラールとエロイーズ』を読む。アベラールに関しては高校の世界史の授業で「生徒に手を出しちゃっておちんちん(フランス語風に読めば、おたんたん)を切られちゃった人」として習ったばかりで、あとはなんかエラい学者だということしか知らない。本書はこの道ならぬ恋に生きたカップルの伝記的研究である。 アベラールは12世紀の初頭にパリ大学に勤める大人気教師で聖職者。一方のエロイーズのほうは美人で勉強もできる良いところのお嬢さんとしてヨーロッパ各地でも名前が知られるぐらいの有名人。エロイーズはもともとアベラールの生徒であり、生徒に手を出したという時点でなかなかにクズなのだが、そのうち、ふたりの間に子供が生まれる。できちゃったわけだし、アベラールのほうでもエロイーズが他の男に取られてはかなわない。すわ、結婚だ、という話になるわけだが、そうすんなりとは話が進まないところにアベラールのさらなるクズっぷりがある。 ジルソンはここで当時の聖職者や哲学者にとって結婚がどのような意味があったのかを詳らかにしている。聖職者の結婚の条件には、教会からお金をもらう権利を破棄すればOKという感じであったそう。ただ、アベラールは教会の階位的には下のほうにいたから、あまりこれは関係ない話だった。彼の収入はパリ大学の教師がメインだったので、結婚しても収入面になにか影響があったわけじゃない。しかし当時は「結婚なんか二流の人間のやること(だって結婚したら仕事に集中できないじゃん)」という観念があった。それゆえにアベラールはなかなか結婚に踏み切れなかった。つまり自分の体面のためにケジメをつけなかっただらしない男、ということになる。 それで怒ったのがエロイーズを家に住まわせていた叔父さんである。叔父さんとしては、面目を潰されちゃってるわけですよ。それでアベラールに圧力をかけて、ケジメをつけさせるわけです。あえなくアベラールはエロイーズと結婚するわけですが、その結婚も秘密裏におこなわれていた。世間的には叔父さんの面目は回復...

中島ノブユキ / 散りゆく花

散りゆく花 posted with amazlet at 15.06.25 中島ノブユキ SOTTO (2015-06-03) 売り上げランキング: 16,240 Amazon.co.jpで詳細を見る 作曲家・ピアニストの中島ノブユキの新譜を聴いた。彼のソロ名義のアルバムに触れるのはこれが2枚目(初めて聴いたのはピアノ・ソロの 『clair-obscur』 だった)。ギタリストの藤本一馬に、バンドネオンの北村聡といった「日本のなかのワールド・ミュージック」的な演奏家(成田佳洋氏主催によるレーベルNRT系の人脈、というか)が参加しているのが気になった。バッハからピアソラまでの長い(調性)音楽の系譜があるとして、その現在の地点にこの作曲家を置くことができるだろう、と聴きながら思った。 ライフワークである《24のプレリュードとフーガ》の作曲、そしてバンドネオンの音色、というポイントからそれを想起しただけではない。単なるマネや再現ではないピアソラのような抒情がこのアルバムのなかにはあるし、バッハのような敬虔な響きがある。厳格な(?)クラシックのリスナーのなかには、さまざまなサウンドトラックを手がけている中島を「商業的な作曲家」として見向きもしない人もいるだろう。たとえば、三枝成彰や久石譲の音楽を「芸術ではない」と言うように。 そういう聴き方も理解できる。でも、もったいない耳のもち方だと思う。中島ノブユキの音楽は、明確に作曲芸術だ。その響いている場所が、今はクラシックとポップ・ミュージック(ジャズなども含む)のあいだの「中二階」でおこなわれているだけで。古い言葉を使うならクロスオーヴァー、ということになるのかもしれない。不思議と日本のそういう音楽って、なにかしら南米の音楽の要素を取り入れている気がする。Choro Clubとか。

ガブリエル・ガルシア=マルケス 『コレラの時代の愛』

コレラの時代の愛 posted with amazlet at 15.06.24 ガブリエル・ガルシア=マルケス 新潮社 売り上げランキング: 48,557 Amazon.co.jpで詳細を見る ガルシア=マルケスがなくなってもう1年以上が経っていた。だから、というわけではないのだが『コレラの時代の愛』を読了。これまで読んだガルシア=マルケスの長編では『百年の孤独』、『族長の秋』のどちらも大好きだが、ひょっとするとこれまで読んだガルシア=マルケスの作品でこれが一番好きかもしれない。一番好き、というか、今の気分にちょうどマッチしていた。 かつての恋人を51年9ヶ月と4日にわたって待ち続けた狂気じみた男性の片想いと、待たせている女性とその結婚相手の長きにわたる愛の育み……2人の男性と1人の女をめぐる三角関係……と物語の主題を要約してしまうと、とても陳腐なものになってしまうのだが、濃密な描写や「そんなバカな!」とおもわず快哉を叫びたくなるような面白エピソードの積み重ねによって物語が進行していく。読みながら何度も大笑いをしてしまったが、この物語を遠くから眺めると深い感動を呼び起こされてしまう。ちょうどこないだ見た冨永昌敬の『ローリング』も、近くで見るとバカバカしいホラ話のあつまりみたいなのに、遠くから見ると大感動作だったように。 51年9ヶ月と4日待ち続けた男は、ただ単に待ち続けたのではなく、成就できなかった愛の望みを埋めるようにして様々な女性と関係を持つ。そのドン・ファン的なセックス大冒険(しかし、この狩人はドン・ファンのように男性的な魅力によって女性を支配するのではなく、みすぼらしさによって女性の母性愛をくすぐりながら女性をものにしていく)が面白く、書かれているだけでも2人の女性はこの男のせいで死ぬところや、おしゃぶりをしないと絶頂に達することができない性癖の女性がでてくるなど、ヒドくて最高なのだが、しかし、もっともわたしが惹かれたのは、その危険な狩人を待たせている女性の夫婦愛のプロセスだった。 怪しい商売で財をなした父親のもとで、淑女として教育された美しい女性、フェルミーナ・ダーサと、ヨーロッパに留学経験を持ち、名声も得て、家柄も外見も素晴らしい医師、フベナル・ウルビーノ。フェルミーナ・ダーサとフベナル・ウルビー...

渡邊琢磨 / Music From the Original Motion Picture Soundtrack "Rolling"

ローリング posted with amazlet at 15.06.21 Inpartmaint (2015-05-08) Amazon.co.jpで詳細を見る 先日観た冨永昌敬監督の最新作『ローリング』は、言うまでもなくこの映画監督の才気が十分に味わえる作品で最高だった。 新作に関するインタヴュー で監督が「自分の映画はいつも喜劇だと思われてて、それに違和感があるんです。出てくる人間が間抜けなだけで、基本は悲劇、サスペンスでありたいと思ってるんですよ」と語っていたが、それにも納得。出てくる人間の間抜けさによる喜劇的要素の積み重ねを遠くから眺めたときに「死ぬほど笑ったけど、これって悲しい話だったよね」と感想をつぶやきたくなる、そういう性格があると思う。それはガルシア=マルケスの小説にも似ている。 この映画の音楽は渡邊琢磨(COMBOPIANO)が手がけていて、その仕事も素晴らしかったので、配信限定で発売されているサウンドトラックを購入した。楽曲のなかにはショスタコーヴィチの音楽的イニシャル「DSCH音型」がつかわれているものがあり(それが偶然か、意識されたものなのかはわからない)「む、この音楽はなんなのだろうか」と気になったこともある。どういうミュージシャンが参加しているのか情報がないのでわからないのだが、小規模な室内オーケストラに渡邊自身によるであろうピアノ、それからラテン・パーカッションやドラムなどによって、なんだかゴチャゴチャした土着性というか、呪術性を感じさせるメインテーマが最高すぎる。コントラバスによるリフレインは、Art Ensemble Of Chicagoを彷彿とさせた。紋切型には言い表せない重層的な音楽は、冨永昌敬の映画とよくマッチしていた。映画から離れても独立して成立する音楽として繰り返し聴いている。

Giorgio Moroder / Déjà Vu

Deja Vu posted with amazlet at 15.06.19 Giorgio Moroder Giorgio Moroder Music LCC (2015-06-09) 売り上げランキング: 883 Amazon.co.jpで詳細を見る 2013年にバカ売れしたDaft Punkのアルバムにナレーションで参加し、メジャーな脚光を再度浴びることになったジョルジオ・モロダー、30年ぶりの新譜を聴く(このお方に関してはずっと支持してきた人がいるだろうし、随分前にイタロ・ディスコの再評価みたいなのが盛り上がったと思うので、Daft Punkはフツフツとたぎっていたマグマが噴火するためのきっかけのひとつでしかなかったと思う)。 彼と本作について石野卓球が語っている記事 がとても面白い。まあ、大御所だし悪いわけがないでしょう、という感じではあるのだが、30年ぶりという気負いをまるで感じさせない、良い意味での軽さがとても良かった。全体的に陽性ですよね。少しも薄暗くなくて、めちゃくちゃにモダナイズされたディスコ・ミュージックだと思う。アルバム全般を、H&Mだとか新宿ルミネエストの劇細ハウスマヌカン的店員がいる女性向けのお店で爆音で流れてそうな雰囲気を漂わせていて、すごく垢抜けている。でも、根がディスコだからどうやっても漂白できないダサさがある。そこが良い。