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ジャン=リュック・ゴダール 『ゴダール全評論・全発言I 1950-1967』

わたしはゴダールの良い鑑賞者ではないので(観てるけどほとんど内容を覚えていない)、この本の持ち主にはまったくふさわしくないのであるが、ブックオフで1000円で売っているのを見つけて思わず買ってしまった(2巻も同じ値段で売っていた。買った)。『カイエ・デュ・シネマ』に書かれたゴダールによる評論から、映画監督デビュー以降の文章(おもに自作に関するもの)をほとんど年代順に収めている。ゴダールが選んだ毎年のベストもはいっている(これきっかけで、昨日は早稲田松竹にサミュエル・フラーを観に行った)。あとまだ20代だったル・クレジオと全然噛み合ってない対談をしているのとかが面白い。「うわー、ゴダールってインテリだなぁ」と阿呆のような感想しかでてこないのだけれども、ゴダールが批評を書いてた時代って、インターネットなんかないじゃないですか。そういう時代に、こういう文章が書かれた意味、読まれた意味について思いを馳せたくなる。

ジークフリート・クラカウアー 『天国と地獄: ジャック・オッフェンバックと同時代のパリ』

ヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』 で言及されていた本。オッフェンバックの生涯と当時の音楽文化と政治、そして19世紀末のパリ(を中心としたヨーロッパの都市)の都市の様相を扱った多面的な文化史。時代的には、7月王政、2月革命、第2帝政、第3共和制の頃の話なんだけれども、わりと退屈な本、と思ってしまった(ベンヤミンにどの部分を引用されていたのかも覚えていないのだが、引用で触れたときのほうが面白そう! って思う)。まだ駆け出しの頃のオッフェンバックが、パリのあちこちで開かれてた金持ちのサロン・パーティーにチェロをもって顔を売りに行っていた、だとか、革命で金持ちがパリから逃げてしまって商売がなりたたなくなった、だとかの小ネタ的な部分や、ベンヤミンに通じる当時のパリの消費文化についての記述は面白いのだが。

池澤夏樹 『マシアス・ギリの失脚』

日本人の作家がマジック・リアリズムの「独裁者小説」(アストリアスの 『大統領閣下』 や、ガルシア=マルケスの 『族長の秋』 のような)を、ラテン・アメリカのまるパクりでなく、日本人が書く必然性をもって書くとするならば、これが理想形なのかも、と思う。太平洋に浮かぶ小さな島国、ナビダード民主共和国の独裁者、マシアス・ギリの立身出世譚と、ナビダード共和国が近代国家として成立するまでの歴史、そして神話、伝説。様々なストーリーが渾然一体となって、大きな物語を形づくっている。大変スケールが大きい小説、まぁ、若干、最後の方尻窄みがあって(この尻窄み感、なにかに似ているな、と思って思い出したのが古川日出男の 『聖家族』 )傑作になり損ねている感じはあるのだが、とても面白かった。何と言っても、登場人物が、結構普通の人たち揃いというか。ほら、ガルシア=マルケスの小説なんかはっきり言って異常者ばっかりでてきて、それがストーリーを引っ張っていくじゃないですか。その過剰さがマジック・リアリズムの魅力でもあるんだけれど、マシアス・ギリを取り巻く人間たちは、主人公のマシアス・ギリを含めて、普通に理解可能な人物として描かれているように思われて。その人間臭さがなんとも良いし、普通なのに、魔術的な色合いを持たせているところに作者のテクニックを感じさせるのだった。これは文体の妙、とも言える。池澤夏樹、上手いなぁ……。

ミーシャ・アスター 『第三帝国のオーケストラ: ベルリン・フィルとナチスの影』

ナチス・ドイツ時代のベルリン・フィルがなにをやっていたか、を資料をもとにまとめた本(クラシック音楽に明るくない人向けに補足するならば、ベルリン・フィルは世界、いや地球最高峰の演奏家を集めたクラシック界の銀河系軍団みたいなオーケストラ)。「困難な時代にフルトヴェングラーは何を追い求めていたのか」と帯にはある。この手の本て、強権的な政治権力に芸術家が自由を求めてどんなふうに戦ったのか、的なストーリーを思い浮かべてしまうんだけれど、本書はさにあらず。 フルトヴェングラーはナチス政権と時折対立して、ベルリン・フィルの監督的立ち位置を降りたりするものの、決別、というまでには至らず、結構持ちつ持たれつみたいな関係性を維持していたことが書かれている。芸術家が清廉潔白でさ、悪には反抗する、みたいな、今でいうと原発には反対しなきゃいけねぇ、みたいな、そういうアティテュードがあるじゃん、芸術家、それとは違う、言ってしまえば、彼らも仕事でやってたんだな、と思わなくもない部分がある。っていうか、芸術家の働く環境がどんどん悪くなって、自由も制限されてるのに、権力闘争とかしてたりして、なんかダーティーな感じ。大御所すぎて困ったちゃんになっていたフルトヴェングラーの影響力をなんとかしようとカラヤンが呼ばれた、とか、さ。 まぁ、ぶっちゃけ、そんなに面白い本ではない。ナチスがベルリン・フィルを利用して国のイキフンを盛り上げたり、ユダヤ人の演奏家を排斥したりした、という事実は広く知られているし、そこまで目新しいような驚きがあるわけではないと思う。新ウィーン楽派を黙殺していた、みたいな話は、ほとんど当たり前すぎるのか、本書の中では触れられもしない。 個人的に面白かったのは、フルトヴェングラーが「もう俺、ベルリン・フィルの指揮者やらねぇ!」と啖呵を切ったあとに、ナチス政権におもねって、今ではほとんど名前が知られてない三流指揮者みたいなヤツがでてきて、ポスト・フルトヴェングラーの座に居座るんだけれども、あまりに実力が足らなすぎて、一瞬で追い出される……、みたいな記述であった。 あと、アーベントロートや、ヨッフム、ベーム、シューリヒト(そしてカラヤンも)といった著名な指揮者が、ナチスによるユダヤ人指揮者の排斥によって、ドイツで仕事が増えた、という記述も面白い。言ってしまえば、ナチスがクレンペ...

3枚のアルバムについて

すっかり音楽ブログとしては休眠している当ブログだが、最近発表された3枚のアルバムについて言及しておきたい。まずは松尾潔をして 「降参です!」 と言わしめた Bruno Mars の新譜「24 K Magic」について。新譜はもう Apple Music で良いや、と思っていたけれど、これはアナログで買った。先行で公開された表題作のPVがまず最高で。 冒頭、響き渡る Roger Troutman の亡霊的に響き渡るロボ声から名作の予感がビンビンし、昨年のメガヒット曲 「Uptown Funk」 の路線上にあるキャッチーなシングル曲という感じなのだが、歌詞の空っぽさ、どチャラさがまた最高。最近、Apple Music で手軽に歌詞が表示できるようになったため、こうして「なにを歌っているのか」をチェックしているのだが、Bruno Mars にはなんというか、空っぽ、という中身しかない。 表題作なんか「俺は金持ってるゼ、おチンチンがおっ立つようなチャンネーが群がってくるんだゼ」とか歌ってるし。こんなに空っぽで良いのかな、と。表題作だけではない。「マンハッタンにマンションを買ったんだ」で始まったり、ヴェルサーチのドレスを脱がして……みたいな「背中まで45分」(井上陽水)かよ、みたいな歌詞が満載で、はっきり言って、この軽さ、にみんなあきれ返ってしまうのではないか、と思う。 ただ、悔しいながら、Bruno Mars の歌唱力、そしてこのプロデュース力には脱帽で、知能ゼロに近い軽さでありながら、極度に陽性のサウンドの魔力に屈服してしまう。80年代・90年代のブラック・コンテポラリー・ミュージックを収奪している、だけ、とも言えるのだけれど、そこに一切のダサさ、カッコ悪さがないのが異常。アルバム後半に収録された「Finesse」など、今が本当に21世紀なのかを疑わせるほど、正真正銘のニュー・ジャック・スウィングであるのに、まったく古さを感じさせずカッコ良い。その印象には、モダンな分厚い音圧のサウンド作りも一役買っている。 内省を一切感じさせないような Bruno Mars に対して、The Weekend はメソメソとしているのが対照的であった。サウンドは流行りのテクニカル・ターム「アンビエントR&B」というか、EDM化されたR&B路線を前作から...

角山栄 『茶の世界史: 緑茶の文化と紅茶の世界』

経済史の先生が書いた茶をめぐる経済史の本。アジアからヨーロッパに輸出される商品としてのお茶がどのように受容され、その貿易によって輸出元の国にはどんな変化が起きたのか。双方向から結構詳しく描かれている。インドや中国といった茶大国に対して、近代化を進める日本はどんな風に勝負しようとしたか、とかそのあたりは面白い。緑茶を広めようとしたら、みんな砂糖だのミルクだのをいれて飲もうとしちゃって、全然広まらず、由々しき事態だと思った岡倉天心がその頃 『茶の本』 を書いた、とかある。この本、後世には名著として残ったけど、リアルタイムではそんなに反響がなくて……だとか、クール・ジャパン大失敗の先駆者みたいだと思った。が、全体としては割合退屈な部類に入る本だと思う。あくまで「経済史」なんですね。文化的な側面を掘り下げるものではないし、これで「世界史」を名乗るのはちょっとな……。悪い本ではないんだけど。

ダニエーレ・タマーレ 『サプール ザ ジェントルメン オブ バコンゴ』

昨年、NHKのドキュメンタリー番組で一挙に有名になったコンゴの「傾奇者」たちを写した写真集。働いて稼いだ給与を一生懸命貯めて、超一流ブランドのスーツをエレガントに着こなすサプールたちの、良い感じの顔が収められている。とてもカッコ良い。カッコ良いから近所の人からも大人気で、サプールの男性に握手を求める子供たちの姿なんかも写っている。そういうコミュニケーション、人との繋がりってないよな、って思う。日本で、こういう人が近所にいたら、みんな訝しく思って終わりじゃないですか。堂々とカッコつけてるのが素晴らしいな、って。 求めやすい価格ではあるんだが、値段は倍になっても良いのでもっと大きな版で見たい気もする。