スキップしてメイン コンテンツに移動

首都を歩こう《Tokyo Walkers》第5回 ちい散歩よ永遠に、ハードコア川崎から羽田へ……の巻(川崎-羽田)

R0012068

毎度おなじみ流浪の散歩グループ《Tokyo Walkers》第5回が2012年6月30日に開催されました。今回は、JR川崎から羽田空港まで練り歩く約10キロの道のり。急逝した地井武男さんに思いをはせながら歩きました。





R0012069

R0012075

天気は驚くほどの快晴。じんわりとした蒸し暑さがつらかったものの、時折強い風がそのつらさを拭ってくれるのが心地よかったです。

R0012077

川崎市役所の前には工業都市らしい電光掲示板が。

R0012085

駅から少し離れただけで、川崎のハードコアな部分が嫌でも目に入ってくる。整備された並木通りを歩いていたはずが、どうして僕はこんなところに……。迂闊にカメラのレンズを向けることすら叶わない深淵がさらにこの先には広がっていました。

R0012087

R0012086

R0012088

R0012089

R0012090

そう、そこは吉原に次ぐ関東第二のソープランド街、堀之内。国道沿いを歩いているだけでも目に入ってくる看板の怪しさは通常とは違う重力を帯びているようで、勇気のない人たちはカメラを遠慮がちに向けることしかできない。ソープランドの前に立つ、蝶ネクタイをつけた男性、そして、その前に止められたメルセデスの迫力たるや、深淵を覗き込むような心地にさせられるのです。信号待ちのあいだにふと隣に立ったおじさんの腕に目をやるとそこにはご立派な彫り物が。もちろんそれを撮影することなどままなりませんが、特異な重力は記憶に深い傷のような印象を残します。

R0012095

R0012097

欲望のうごめきは、川崎競馬場という聖地のなかで煮えたぎり、幸運によって欲望を延命することができたものたちが吸い込まれる場所として、堀之内があるのでしょう。それにしても南武線沿いは府中の競馬場・競艇場、川崎の競馬場・競輪場、となにか人間の情念のようなものが活発になりそうな路線であって、いつ硫黄と火によって滅ぼされてしまうのかわからない。

R0012102

R0012103

R0012105

しかし、川崎は人間の生活、というものをまざまざと見せてくれる都市でもあり、それはまさにカルマを堂々と見せつけられる空間であるとも言えるのです。勇気を出して国道沿いから一本内側の道路に入ってみると、すぐにインダストリアルなものが目に入り、文明のにおいがしてきました。

R0012107

R0012109

R0012110

これが川崎なんだ。

R0012114

R0012115

R0012116

R0012118

そしてこれが味の素なんだ。鈴木町駅は、昭和4年に「味の素前駅」として開かれた歴史があるそう。会社のために駅が存在しているというのが超一流企業っぽい。

R0012124

R0012123

R0012125

R0012126

歩いたらすぐに川崎大師駅につきました。それにしても、この表参道の入り口看板はアド街感があふれてきそうだ! おまっとさんでした、お前も、アナタの街の宣伝部長にしてやろうかっ!

R0012128

R0012129

R0012132

宣伝部長になる前に暑かったのでビールを飲みながら、うどんを食べたり、名物の久寿餅を食べたりしました。住吉屋総本店さん。さて、ここからが本番です。

R0012134

いろんなサイズ、揃えています。第6位、だるま屋。(山田五郎)「そもそも川崎大師は、真言宗のお寺さんなのに、どうして達磨が有名なのか……謎ですねえ」

R0012136

R0012137

R0012140

(トントントン、カッ)リズミカルな商店街です。第5位、仲見世商店街。(峰竜太)「あとで出てくると思うんですけど、飴作りの実演販売をしてるんですね。かなりお年を召した職人さんが手早く飴を切っていくのを見ると歴史を感じますよ」(山田五郎深くうなづく)

R0012149

地井さんもいらっしゃってました。

R0012143

R0012144

R0012145

疲れたので普通に紹介していきますが、川崎大師の本堂にお参りしたところ、ちょうど護摩行がはじまり、ド迫力のお経パフォーマンスを見ることができました。真言宗は密教の直系ですから儀式がかなり派手。和太鼓が激しく打ち鳴らされ、鳴りモノが響きまくる様子から音の曼荼羅をイメージしてしまう。

R0012151

R0012152

お参り後、川崎大師表参道の商店街を再び進みます。

R0012155

R0012156

R0012157

R0012158

R0012159

R0012160

途中でまた川崎のハードコアを垣間見せられるスポットに寄り道。ネオジオ筐体がたくさん置いてあったゲームセンターは『1973年のピンボール』を彷彿とさせます。メンバー一同、無言で通り過ぎました。

R0012162

R0012164

R0012166

商店街の終端。看板が歪んできている建物が多々見受けられ、怖い。

R0012169

R0012176

R0012180

R0012181

大師ジャンクション。料金所の下などはなかなか見れないモノであります。「歩かなければ見えない風景がある」(新しいキャッチコピー)。

R0012186

R0012189

R0012193

R0012195

R0012198

R0012201

多摩川を渡ると羽田空港までのバス通りを進みます。ここも一歩通りを外れるとすごい濃い生活空間が広がっているところだった。

R0012208

R0012209

R0012211

R0012212

R0012213

R0012215

R0012216

海だ、と思ったらまだ多摩川だった。

R0012221

D滑走路が丸見えです。

R0012222

R0012223

R0012225

R0012226

男前な写真

R0012230

R0012239

ゴールはもうすぐそこ。

R0012241

なぜか魚のしっぽが落ちていてホラー。

R0012244

R0012247

R0012249

R0012250

R0012252

着きました。

R0012256

R0012254

キッチュ感覚にあふれるお土産コーナー。

R0012258

着きました。

R0012260

R0012262

おつかれさまでした。

R0012264

R0012266

R0012270

(おなかが減りました)

R0012274

R0012275

R0012276

R0012280

R0012281

蒲田に移動して餃子の有名店「你好」でビールを飲みました。美味かった。

R0012282

そしてまた歓楽街を通って帰ります。以上、活動報告でした。

さて、いつもの新規メンバー募集です。流浪の散歩サークル《Tokyo Walkers》では随時新メンバーの募集をおこなっております。職業・経歴・年齢などを問いません、普段は歩かないところを歩きながら和やかに会話したりすることに興味がある方、各イベントの参加はその都度任意ですのでお気軽にFacebookのグループに参加申請を出してみてください。システム・エンジニア、医学生、デザイナーなど、多様なメンバーでお待ちしております。次回は、暑さが和らいできた頃に川越あたりを歩く予定です。なんか今回も東京始まりじゃなかったので、名実がともなってない感じがしますが、行ったことないところ、見たことないものを今後もさぐっていきますよ。

コメント

このブログの人気の投稿

石野卓球・野田努 『テクノボン』

テクノボン posted with amazlet at 11.05.05 石野 卓球 野田 努 JICC出版局 売り上げランキング: 100028 Amazon.co.jp で詳細を見る 石野卓球と野田努による対談形式で編まれたテクノ史。石野卓球の名前を見た瞬間、「あ、ふざけた本ですか」と勘ぐったのだが意外や意外、これが大名著であって驚いた。部分的にはまるでギリシャ哲学の対話篇のごとき深さ。出版年は1993年とかなり古い本ではあるが未だに読む価値を感じる本だった。といっても私はクラブ・ミュージックに対してほとんど門外漢と言っても良い。それだけにテクノについて語られた時に、ゴッド・ファーザー的な存在としてカールハインツ・シュトックハウゼンや、クラフトワークが置かれるのに違和感を感じていた。シュトックハウゼンもクラフトワークも「テクノ」として紹介されて聴いた音楽とまるで違ったものだったから。 本書はこうした疑問にも応えてくれるものだし、また、テクノとテクノ・ポップの距離についても教えてくれる。そもそも、テクノという言葉が広く流通する以前からリアルタイムでこの音楽を聴いてきた2人の語りに魅力がある。テクノ史もやや複雑で、電子音楽の流れを組むものや、パンクやニューウェーヴといったムーヴメントのなかから生まれたもの、あるいはデトロイトのように特殊な社会状況から生まれたものもある。こうした複数の流れの見通しが立つのはリスナーとしてありがたい。 それに今日ではYoutubeという《サブテクスト》がある。『テクノボン』を片手に検索をかけていくと、どんどん世界が広がっていくのが楽しかった。なかでも衝撃的だったのはDAF。リエゾン・ダンジュルースが大好きな私であるから、これがハマるのは当然な気もするけれど、今すぐ中古盤屋とかに駆け込みたくなる衝動に駆られる音。私の耳は、最近の音楽にはまったくハマれない可哀想な耳になってしまったようなので、こうした方面に新たなステップを踏み出して行きたくなる。 あと、カール・クレイグって名前だけは聞いたことあったけど、超カッコ良い~、と思った。学生時代、ニューウェーヴ大好きなヤツは周りにいたけれど、こういうのを聴いている人はいなかった。そういう友人と出会ってたら、今とは随分聴いている音楽が違っただろうなぁ、というほどに、カール・クレイグの音は自分のツ

2011年7月17日に開催されるクラブイベント「現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」のフライヤーができました

フライヤーは ナナタさん に依頼しました。来月、都内の現代音楽関連のイベントで配ったりすると思います。もらってあげてください。 イベント詳細「夜の現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」

桑木野幸司 『叡智の建築家: 記憶のロクスとしての16‐17世紀の庭園、劇場、都市』

叡智の建築家―記憶のロクスとしての16‐17世紀の庭園、劇場、都市 posted with amazlet at 14.07.30 桑木野 幸司 中央公論美術出版 売り上げランキング: 1,115,473 Amazon.co.jpで詳細を見る 本書が取り扱っているのは、古代ギリシアの時代から知識人のあいだで体系化されてきた古典的記憶術と、その記憶術に活用された建築の歴史分析だ。古典的記憶術において、記憶の受け皿である精神は建築の形でモデル化されていた。たとえば、あるルールに従って、精神のなかに区画を作り、秩序立ててイメージを配置する。術者はそのイメージを取り出す際には、あたかも精神のなかの建築物をめぐることによって、想起がおこなわれた。古典的記憶術が活躍した時代のある種の建築物は、この建築的精神の理想的モデルを現実化したものとして設計され、知識人に活用されていた。 こうした記憶術と建築との関連をあつかった類書は少なくない(わたしが読んだものを文末にリスト化した)。しかし、わたしが読んだかぎり、記憶術の精神モデルに関する日本語による記述は、本書のものが最良だと思う。コンピューター用語が適切に用いられ、術者の精神の働きがとてもわかりやすく書かれている。この「動きを捉える描写」は「キネティック・アーキテクチャー」という耳慣れない概念の説明でも一役買っている。 直訳すれば「動的な建築」となるこの概念は、記憶術的建築を単なる記憶の容れ物のモデルとしてだけではなく、新しい知識を生み出す装置として描くために用いられている。建築や庭園といった舞台を動きまわることで、イメージを記憶したり、さらに配置されたイメージとの関連からまったく新しいイメージを生み出すことが可能となる設計思想からは、精神から建築へのイメージの投射のみならず、建築から精神へという逆方向の投射を読み取れる。人間の動作によって、建築から作用がおこなわれ、また建築に与えられたイメージも変容していくダイナミズムが読み手にも伝わってくるようだ。 本書は、2011年にイタリア語で出版された著書を書き改めたもの。手にとった人の多くがまず、その浩瀚さに驚いてしまうだろうけれど、それだけでなくとても美しい本だと思う。マニエリスム的とさえ感じられる文体によって豊かなイメージを抱か