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Milton Nascimento/ANOS 2000:旧譜についてもご紹介



diskunion: MILTON NASCIMENTO / ミルトン・ナシメント / ANOS 2000


「ブラジルの声」の異名をもつミルトン・ナシメント、この異名のインパクトに匹敵するものは「天下の台所」ぐらいしか思いつかないほど偉大なものですが、大らかで伸びのある彼の歌声を聴いてしまえば、この形容が少しも過剰なものでないことが分かります。カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、ジョルジ・ベンといった同世代のブラジル人ミュージシャンが皆、都会のバイーア出身だったのに対してナシメントはミナス・ジェナイスという田舎のほうの町に育っています。このことからナシメントの歌声にミナスの自然を連想する向きもあるようですが、それもまた納得。





最近出た『2000 Ans』という一枚は、彼が2000年代に発表した他のミュージシャンとのコラボレート仕事を集めた編集盤。セルフ・カヴァーを含めたカヴァー曲が中心のセレクトとなっており、1曲目からジルベルト・ジルとの「Imagine」(ジョン・レノン)、最後に収録されているのが「 I'd Have You Anytime」(ジョージ・ハリスン/ボブ・ディラン)という名曲が揃っております。これが悪いわけがなく、もう、1曲目から鳥肌もののパフォーマンスを展開。途中で日本のアニソン・メロコアのような謎曲も入っていて苦笑してしまうのですが(なんだこれは、と)ナシメントと共演しているミュージシャンの歌声はどれも素晴らしく、ブラジルの歌手層の厚さに改めて感じ入ってしまいます。こうした編集盤がもたらしてくれる新たな出会いもまた貴重なもの。






ミナス
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良い機会ですからナシメントの旧作名盤についてもここでご紹介しておきましょう。まずは彼の名を広く知らしめたソロ作『Minas』を。カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルと同様、ソロでブレイクする前にエリス・レジーナへの曲を提供した曲がヒットするなどミュージシャンとしての活動は盛んだったナシメントは、ウェイン・ショーターの『Native Dancer』へ参加した後、本作で大ブレイクした、と言われています。オーガニック感溢れるコーラスの冒頭から「おお……、これは雄大であるなあ」と思ってしまうのですが、中心となる内容はテクニカルなジャズ・ロック風の楽曲群。トロピカリズモのサイケデリアとはまた趣きを異とする硬派かつ、豊かな音楽を聴くことができます。そういえば、本作でもビートルズの「Black Bird」をカヴァーしているのですが、アレンジがすごすぎてカヴァーだとしばらく気づきませんでした。






Encontros E Despedidas
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モノの本によればナシメントの作品にはアメリカの著名ジャズ・ミュージシャンが参加していることが多く、そのため彼が「ジャズ・ミュージシャン」と見なされることがあるそうです。この『Encontros E Despedidas』にはパット・メセニーらが参加。メセニーのギターは特徴的なコーラスがかったキラキラ系の音色ではなく、パッと聴いて「おお、これはすごいコラボレートであるなあ!」と気づいたりはしないのですが、深い叙情性……とでも言いましょうか、じわじわと染みいってくるセンチメンタルな雰囲気ではなく、一気に引き込まれる歌声の力が素晴らしいのですよねえ。同じアフロ・ブラジリアンのヴォーカリストではジルベルト・ジルも素晴らしいですが、彼のアポロン性とは違った深さがナシメントの声にはあります。それはもしかしたらブラジル的なブルーズ感覚、とでも言えるのかもしれません。






Crooner
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ナシメントの歌声を名曲カヴァーで堪能できるのは『Crooner』。制作年代を感じさせるリヴァーブや音色がまた素晴らしいのですが、本作での出色はマイケル・ジャクソンの「Beat It」でしょう。ナシメントの歌唱と英語が訛りすぎて歌詞が原詞どおりであることに気づけなかったのですが、アレンジと演奏の黒さ、リズムの跳ねは原曲を遥かに超えており、大変なことになっている、としか言いようがありません。よっ、ブラジルの声!





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