スキップしてメイン コンテンツに移動

コンポージアム2012 細川俊夫を迎えて @東京オペラシティ コンサートホール

指揮:準・メルクル[2、4]
笙:宮田まゆみ[1、3]
ソプラノ:半田美和子[4]
メゾソプラノ:藤村実穂子[4]
東京音楽大学合唱団[4]
NHK交響楽団[2、4] 
細川俊夫:
[1]光に満ちた息のように ─ 笙のための(2002)
[2]夢を織る ─ オーケストラのための(2010)[日本初演]
[3]さくら ─ オットー・トーメック博士の80歳の誕生日に ─ 笙のための(2008)
[4]星のない夜 ─ 四季へのレクイエム ─ ソプラノ、メゾソプラノ、2人の語り手、混声合唱とオーケストラのための(2010)[日本初演]
この日演奏されたのは、笙のソロのための楽曲と、オーケストラのための楽曲がそれぞれ2曲ずつ。変型的なデコレーションが印象的な純白のドレスを着て、オペラシティのオルガンの前から笙を演奏した宮田まゆみの姿は、神祇の依り代をイメージさせ、笙の音量が曲が進むにつれてどんどん大きく聴こえていく感覚は、まるでイヤー・クリーニングのような体験でもあった。《光に満ちた息のように》も、《さくら》も雄弁な音楽、ではない。主張や主題を主張するよりも、むしろ、音楽的な何かを空間に馴染ませていく、その変化の境目が曖昧な音風景の変化から、聴者は音楽を探ることになる。散漫な耳では聴き取ることができない密やかな音楽、と言えるだろう。

そうした音楽観がオーケストラ作品にも通じているか、というとそうではない。

今回演奏された《夢を織る》と《星のない夜》はどちらも日本初演の大規模なオーケストラ作品だが、率直に聴いて感じたのは「これは外国人が書いた日本の音楽なのでは」ということだった。西洋の音楽手法を使いながら、日本古来の時間感覚や美の感覚を表現しよう、という細川のコンセプトは実は浅はかなのでは、とは細川俊夫ポートレートの感想にも書いたけれど、室内楽作品よりもオーケストラ作品のほうが強くその「浅さ」を危機的なものとして感じさせる。

どちらの曲も、風が草原を切っていくような音ではじまり、そこからウィンド・チャイム(グロッケンだったかもしれない)が、揺れて鳴ったように演奏される。風と風鈴のサウンドスケープは、印象的、だが、とても具体的に過ぎ、それはサルヴァトーレ・シャリーノの《海の音調への練習曲》を聴いたときの、具体的な描写の「美しい、し、印象的だった、で?」という感覚にも通ずる。日本人が描く日本的なものが、こんなもので大丈夫なの? というこのモヤモヤは、モギケン大先生が音楽や芸術を語っているときのモヤモヤにも近い。クオリア!

また《星のない夜》で選ばれたテキストについても問題に感じた。この作品では、ゲルショム・ショーレムやゲオルク・トラークルの詩とともに、ドレスデン爆撃と広島の原爆で生き残った少年・少女たちのテキストが用いられる。生き残った者の証言が用いられるのは《ヒロシマ・レクイエム》でも同様だが、ここではドレスデンの証言者の言葉は日本語で、広島の証言者の言葉はドイツ語で語られる。この《星のない夜》は、ドレスデンと広島というふたつの場所の生き残りのメッセージが交流される場にもなるのだ。しかし、ここでは《ヒロシマ・レクイエム》にも存在する、テキストの直接性、が問題となる。

もっとはっきり言えば、テキストがあまりに強すぎて、音楽が単なる背景にしか聴こえないのだ。とくにドレスデンの廃墟や数多くの怪我人、死体について語る部分は壮絶だが、ただ壮絶なイメージを煽るだけの効果音のようだった。はたして、凄惨さを直接的に伝えるテキストにこの音楽は必要だったのか? 私はそこを疑問に思ったのだ。

批判的なことを書き連ねてしまったが、どの作品もとても丁寧に書かれているし、音響の作り方にも優れた、繊細な音楽だ。すべてのプログラムが演奏され終わったあと、壇上にのぼった細川俊夫の姿を見て「小男には、小男にしか書けない音楽があるのでは」と思ってしまった。先日の細川俊夫ポートレートでは、ベルリンでのヘルムート・ラッヘンマン との交流の話がでたが、ステージにいた誰よりも小さく見えた細川と身長が2メートル近くありそうなラッヘンマンが並んで歩く光景を想像すると、それはとても奇妙な組み合わせに感じられるだろう。他者に認められやすい身体的な特徴はコンプレックスになりうる。実際に細川がどのように自分の外見について考えているかはわからないけれど「小男にしか書けない音楽」という形容は、その晩に演奏された音楽の印象とすごくよく馴染むような気がした。音楽の繊細さとと身体的な小ささの関係性、そして武満徹が自分の吃音について考えていたこと、吃音者の言葉、吃音者の音楽、について思い出しながら。

コメント

このブログの人気の投稿

石野卓球・野田努 『テクノボン』

テクノボン posted with amazlet at 11.05.05 石野 卓球 野田 努 JICC出版局 売り上げランキング: 100028 Amazon.co.jp で詳細を見る 石野卓球と野田努による対談形式で編まれたテクノ史。石野卓球の名前を見た瞬間、「あ、ふざけた本ですか」と勘ぐったのだが意外や意外、これが大名著であって驚いた。部分的にはまるでギリシャ哲学の対話篇のごとき深さ。出版年は1993年とかなり古い本ではあるが未だに読む価値を感じる本だった。といっても私はクラブ・ミュージックに対してほとんど門外漢と言っても良い。それだけにテクノについて語られた時に、ゴッド・ファーザー的な存在としてカールハインツ・シュトックハウゼンや、クラフトワークが置かれるのに違和感を感じていた。シュトックハウゼンもクラフトワークも「テクノ」として紹介されて聴いた音楽とまるで違ったものだったから。 本書はこうした疑問にも応えてくれるものだし、また、テクノとテクノ・ポップの距離についても教えてくれる。そもそも、テクノという言葉が広く流通する以前からリアルタイムでこの音楽を聴いてきた2人の語りに魅力がある。テクノ史もやや複雑で、電子音楽の流れを組むものや、パンクやニューウェーヴといったムーヴメントのなかから生まれたもの、あるいはデトロイトのように特殊な社会状況から生まれたものもある。こうした複数の流れの見通しが立つのはリスナーとしてありがたい。 それに今日ではYoutubeという《サブテクスト》がある。『テクノボン』を片手に検索をかけていくと、どんどん世界が広がっていくのが楽しかった。なかでも衝撃的だったのはDAF。リエゾン・ダンジュルースが大好きな私であるから、これがハマるのは当然な気もするけれど、今すぐ中古盤屋とかに駆け込みたくなる衝動に駆られる音。私の耳は、最近の音楽にはまったくハマれない可哀想な耳になってしまったようなので、こうした方面に新たなステップを踏み出して行きたくなる。 あと、カール・クレイグって名前だけは聞いたことあったけど、超カッコ良い~、と思った。学生時代、ニューウェーヴ大好きなヤツは周りにいたけれど、こういうのを聴いている人はいなかった。そういう友人と出会ってたら、今とは随分聴いている音楽が違っただろうなぁ、というほどに、カール・クレイグの音は自分のツ

土井善晴 『おいしいもののまわり』

おいしいもののまわり posted with amazlet at 16.02.28 土井 善晴 グラフィック社 売り上げランキング: 8,222 Amazon.co.jpで詳細を見る NHKの料理番組でお馴染みの料理研究家、土井善晴による随筆を読む。調理方法や食材だけでなく食器や料理道具など、日本人の食全般について綴ったものなのだが、素晴らしい本だった。食を通じて、生活や社会への反省を促すような内容である。テレビでのあの物腰おだやかで、優しい土井先生の雰囲気とは違った、厳しいことも書かれている。土井先生が料理において感覚や感性を重要視していることが特に印象的だ。 例えば調理法にしても今や様々なレシピがインターネットや本を通じて簡単に手に入り、文字化・情報化・数値化・標準化されている。それらの情報に従えば、そこそこの料理ができあがる。それはとても便利な世の中ではあるけれど、その情報に従うだけでいれば(自分で見たり、聞いたり、感じたりしなくなってしまうから)感覚が鈍ってしまうことに注意しなさい、と土井先生は書いている。これは 尹雄大さんの著作『体の知性を取り戻す』 の内容と重なる部分があると思った。 本書における、日本の伝統が忘れらさられようとしているという危惧と、日本の伝統は素晴らしいという賛辞について、わたしは一概には賛成できない部分があるけれど(ここで取り上げられている「日本人の伝統」は、日本人が単一の民族によって成り立っている、という幻想に寄りかかっている)多くの人に読んでほしい一冊だ。 とにかく至言が満載なのだ。個人的なハイライトは「おひつご飯のおいしさ考」という章。ここでは、なぜ電子ジャーには保温機能がついているのか、を問うなかで日本人が持っている「炊き立て神話」を批判的に捉え 「そろそろご飯が温かければ良いという思い込みは、やめても良いのではないかと思っている」 という提案がされている。これを読んでわたしは電撃に打たれたかのような気分になった。たしかに冷めていても美味しいご飯はある。電子ジャーのなかで保温されているご飯の自明性に疑問を投げかけることは、食をめぐる哲学的な問いのように思える。

2011年7月17日に開催されるクラブイベント「現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」のフライヤーができました

フライヤーは ナナタさん に依頼しました。来月、都内の現代音楽関連のイベントで配ったりすると思います。もらってあげてください。 イベント詳細「夜の現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」