石版!

吉田健一 『旨いものはうまい』

旨いものはうまい (グルメ文庫)
吉田 健一
角川春樹事務所
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英文学者、吉田健一による食や酒に関するエッセイをまとめた文庫本。この人の食エッセイを読むのは初めてだったのだけれど「どこそこのなんとかが旨い」、「あれを食べるのであればどこそこのものじゃなければならない」的なウンチクは皆無であって、もちろん、洋行で得た当時の日本人としては貴重な体験談が豊富に詰まっているとはいえ、いわゆる「グルマンディーズ」の文章ではない。筆者が書いている食に関する感覚は、庶民的とさえ言え「酒(日本酒)にあう肴は、白飯にも合う」だとか共感できる部分も多くて面白かった。

あと、戦中・戦後に食べるものが手に入らなかった時期に食べたものの話なんかが、すごく良くて。「人間は食つてゐなければ死んでしまふのだから、食はないで食つた振りをしなければならない通人などといふものになるのには、特殊な技術を身につけてゐなければならないのだらうが、食ひしんばうでだけはありたいものである。食ふのが人生最大の楽みだといふことになれば、日に少くとも三度は人生最大の楽みが味へる訳である」など至言も盛りだくさんである。

まぁ、とにかくすごい酒飲みだったみたいであるけれど、こういう人の感覚は信用できる。食べる楽しみを知っている人。

ホセ・ドノソ 『別荘』

別荘 (ロス・クラシコス)
別荘 (ロス・クラシコス)
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ホセ ドノソ
現代企画室
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以前にホセ・ドノソの『夜のみだらな鳥』を読んだとき、「これはまるで『読む危険ドラッグ』だなあ」と感嘆したのだけれど、『別荘』も同じように思った。ハッキリと時代はわからないが移動に馬車が用いられるぐらいに昔、原住民たちを金鉱山で働かせて作った金箔を売りさばき、巨万の富を築いたベントゥーラ一族が所有する別荘でのお話。設定がまずスゴくて。別荘を取り囲む荒野には、かつては食人の習慣があった原住民たちが住み、そして、いろいろ役に立つよ、と言われて盛んに植えられた、という空想の植物、グラミネア(実際は、ほとんど役に立たず、異常な繁殖力で周辺のほかの植物を絶滅させている)が生い茂っている。外界から隔離された空間としてこの別荘は設計されている。

この密室的空間は『夜のみだらな鳥』の登場人物、ドン・ヘロニモが息子のために作ったフリークス的ネヴァーランドを想起させるが、『別荘』でこの密室に配置されているのは、一癖も二癖もある33人のいとこ(かつては35人)と、一癖も二癖もある彼らの父母、そして一癖も二癖もある使用人たち……という感じであって、異様な空間に妙な人物たちが詰め込まれている点では共通している。で、話は、父母のグループ(一族に伝わる独自のルールで子供たちをガチガチに支配している)がハイキングにでかけるところからはじまる。

支配者がいなくなった別荘で、なにも起こらないわけがない。別荘では「この支配からの卒業」と言わんばかりに反乱じみた騒動が起こり、事態はなんだかよくわからない感じで大変なことになる。大人たちが別荘を離れたのはわずか1日、しかし、子供たちが残る別荘では1年の時間が経過しており、アインシュタインもびっくりな感じで時空が歪む。ん〜、マジックリアリズム。最終的にストーリーはかなり破滅的な終わり方をするのだが、落日のベントゥーラ家にとどめを刺すのは、一家から出た裏切り者と外国人……というところに、カルロス・フエンテスのような自国に対する批判的なまなざしを読み取ることができる。

作者が前面に出てきて「この小説は、フィクションですんで……」云々と自説を開陳したり、登場人物と作者自身が会話したり……とポストモダニズム(笑)なところもあって「む、めんどくせー小説か?」と思わせる部分もあるのだが(登場人物も多いし)、500ページを超えるヴォリューム以外は、読みにくいところはほとんどない。というか、これでもか、これでもか、と怒涛のように押し寄せる過剰な表現がグイグイと読者を引っ張って行って離さないだろう。「よくもまぁ、こんなヒドいことを思いつくな!」と拍手したくなるドノソのグロテスクな想像力も圧倒的だった。ガルシア=マルケスがスーパーマンなら、ドノソはバットマンかな……。

辻芳樹 『すごい! 日本の食の底力: 新しい料理人像を訪ねて』

すごい! 日本の食の底力~新しい料理人像を訪ねて~ (光文社新書)
光文社 (2015-05-15)
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辻調グループ代表、辻芳樹が日本各地の料理人や農家を取材した本。無農薬や自然農法で良い野菜を作る農家と、その農家と強くて深い関係を結び独創的な料理を作る料理人のエピソードを中心としつつ、ブラック業界なイメージの強い料理人の世界で、人材育成に力を入れてお店を経営している人物などが紹介されている。

各エピソードは、一言で言ってしまうと『カンブリア宮殿』や『ガイアの夜明け』っぽさがすごいのだが、まぁ、面白かった。著者の父親である辻静雄は、大変な名文家であったけれど、その才は受け継がれている(が、辻芳樹のほうがビジネスライク、というか、クレヴァーな印象を受けた。狂気じみた料理への情熱が父親の文章からは伝わってくるのに対して、息子はジャーナリスティック、というか)。

地方の野菜を使って、1日1組しかお客をとらないレストラン、だとかが出てくる。コースは最低でもひとり1万円。特別に高いわけではない、けれども、もちろん、日常的に通えるレストランではない。地方の疲弊、が伝えられるなかで、そういう地方力を掘り起こしながら頑張っている人たちがいることは素晴らしい、と思う。

しかし、こうも思う。「こういうお店に行ける日本人が今やどんどん少なくなっているよね、日本人がどんどん貧乏になっているんだから」と。SNSで消費者と触れ合いながら野菜を届ける生産者もそう。要するにこの本で紹介されている生産者も料理人も「食に対して意識が高い、一部の小金持ち」を相手にした商売でしかないのだ。興味深い仕事ではある、けれども、安くてお腹を満たしてくれて毎日通えるお店、毎日食べられる野菜を作っている人たちのほうが(意識は低くとも)立派な仕事をしている、とさえ思う。

とはいえだ、この本に紹介されているような意識高い料理人や生産者が、ちゃんとした評価を受けなければ、日本の貧乏になり具合がどんどん加速するんだろうな、とも思われるから複雑である。一次産業ってやっぱり儲からないし、未来ない仕事じゃん、ってなっちゃう。だからさ、アレだよ。食に対して意識が低い小金持ち、この人たちは、デフレな食に金を落とさないでさ、自分の収入に見合ったものを食って欲しいですよね。食への意識の低さは、日本を滅ぼしますよ、マジで。

栄和人 『”最強”の結果を生み出す「負けない心」の作り方: これで「レスリング女子」を世界一に導いた』

“最強
栄和人
KADOKAWA (2016-06-09)
売り上げランキング: 14,741
リオ・オリンピックが終幕した。それほど熱心に中継を見ていたわけではないけれど、大好きな音楽の国での開催でもあり、開会式には感動したし、時差の関係で、女子レスリングなんかは、ちょうど起床時間に決勝戦が行われていて、起きてテレビをつけたら伊調馨が劇的な逆転勝利で金メダル、4連覇を成し遂げるのを目撃したりした。いろいろ快挙、が続いた大会だったけれど、女子レスリングが特別印象に残った人は、わたしだけじゃないだろう。

吉田沙保里も立派だったし、自分よりもひとまわり近く年下の「女の子」が次々に金メダルを取っている。みんな、かわいい。かわいいのに強い。で、彼女たちと一緒に喜んでる、あのスキンヘッドのコーチっぽい人、こと、栄和人氏のことも気になったのだった。これだけ選手を成功させ(続け)るには、よっぽど良いマネジメント能力があるにちがいない、と。本書には、日本レスリング協会の強化本部長である栄氏が明かす、成功の秘訣が収められている。

「指導者にとって不可欠なことは?」という問いに対して筆者は、次の3点をあげている。
一つ目は、選手一人一人について、強くなるために何が必要かが見えていること。
二つ目は、具体的な言葉で励ましながら、「勝つこと」の意識づけをすること。
三つ目は、自分のやり方に固執せず、変化・進化し続けていくこと。
このうち、わたしが「おお……」と思ったのが、3点目の指導者も変化・進化を続けていくこと。「オレ流の指導」を貫き通すのではなく、 時代や選手に合わせて、ベターな指導方法があったら、そっちに方向性を変えていくのを厭わない。選手が変化していくのは、まぁ、よく聞く話だけれども、指導者がどんどんスタイルを変えていく、っていうのは意外で。

だって、大変じゃないですか。指導者、と言えば、人間としてもキャリアを積んできて、つまり、そこそこ年をとっているわけで、そういう人が自分を変える、って選手が変わる以上に大変なんじゃないのか、と。でも、選手を強くするには、著者は変化を厭わない。むしろ、強くすることだけを考えていれば、自ずと、自分も変わっていくのだ、という。これが、素晴らしいな、と思いました。なんというか、現在のレスリング女子日本代表の成功は、才能ある選手の存在と、この指導者のゴールデン・タイムがうまく噛み合った結果なのかな、と思う。

あと、「勝つこと」の意識づけの部分。本書を読むと、筆者がいかに選手のコンディション・コントロールに労力を割いているかが理解出来る。身体的なコンディションだけでなく、メンタルのコンディションまで実によく見てケアしている。試合に集中させるように環境を作り、雰囲気をよく保つためにチームを作らせる。テレビで結果だけを見ているとレスリング女子日本代表はまるで「常勝軍団」のようだけれど、実はそうではない。世界のトップ選手のレベルはギリギリの闘いだ、ということが本書から伝わってくる。「霊長類最強女子」と言われた吉田選手もギリギリ。

だからこそ、最後は「気持ち」や「意識」なのだ、という。なんか、こうして書いてしまうと、陳腐な教えに思えてしまうのだが、すごく説得力あるんだよね、この本の書きぶりだと。ポイントポイントで吉田選手の語りも挿入されていて、選手として、そうしたコントロールをされて、どういう良い結果につながったか、が明らかにされているのも良かった。

フィルドゥスィー 『王書(シャー・ナーメ): ペルシア英雄叙事詩』

王書(シャー・ナーメ)―ペルシア英雄叙事詩 (東洋文庫 (150))
フィルドゥスィー
平凡社
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10世紀末から11世紀初頭に書かれたペルシャの大長編英雄叙事詩……の抄訳を読む。古代から語り伝えられてきた神話や伝説を集大成したもので、なんか屈強な勇者たちが戦争ばっかりしている。ホメロスの『イーリアス』『オデュッセイア』も、そんな感じの男臭い話だったけれど、ホメロスのほうが策略めいていて知性を感じさせる部分が多いのに対して『シャー・ナーメ』はホントにマッチョな肉体系の戦いが多い。強いものが強く勝つ! って感じ。それもまた面白い。この抄訳では、ロスタムという英雄のエピソードを中心に編まれている。彼の描かれ方が、またスゴいんだよね。ロスタムの父親もすごいハチャメチャにすごい英雄なんだけど、その血を引き継いで、槍で象を倒すし、背丈も「星に届くぐらい」とか形容される(このスケールの大きい比喩は、本書の読みどころのひとつ)。なんかものスゴい馬にも乗ってるし、ほとんど『北斗の拳』のラオウみたい。で、そのロスタムが自分の息子と(自分の息子とは知らずに)死闘を繰り広げたり、自分の息子のように育て上げた王子を殺されたり、なんだか息子つながりで恵まれない。最強なのに、息子つながりでひどい悲しみを背負って生きているのが、渋くて良かった。君主からパワハラをされたりしてさ。こういうの読むと、やっぱりクラシックなものって良いよね、と思う。

『ドライバー 飛んで曲がらない確実な打ち方』

ドライバー 飛んで曲がらない確実な打ち方 (KAWADE夢文庫)

河出書房新社
売り上げランキング: 297,351
同じシリーズの『パターが面白いようにはいる本』が効果的だったので、ドライバーの本も読んでみた。が、パターよりもドライバーのほうが内容が全然難しくて。その難しさとは本の内容を自分のスイングに反映させることの難しさ。書いてあることは、それはそうだろうな、と思うのだが……。

松尾潔 『学食巡礼: 未来を担う若者が集うユルい空間』

学食巡礼―未来を担う若者が集うユルい空間 (SPA! books)
松尾 潔
扶桑社
売り上げランキング: 916,617
音楽プロデューサー、松尾潔による2002年の著作。先日紹介した名著『東京ロンリーウォーカー』に引き続き、週刊誌に掲載されていた連載コラムをまとめた一冊である。タイトル通り、著者が東京を中心とした大学(一部専門学校も含む)の学食に足を運び、校舎の雰囲気や、学生を観察した結果を好き勝手に綴っている。当時の著者は30代前半。掲載誌(『週刊SPA!』)の読者層に合わせているのか、オジサン2歩手前の目線、しかし、文体は軽妙洒脱で楽しい本だ。ここでも著者の慧眼ぶりは発揮されていて、たとえば現在の我が国のプライム・ミニスターを輩出した某大学においては、こんなことを書いている。「育ちのよさそうな学生というのは、バカには見えない。どちらかというと賢そうに見える。がしかし、切れ味が鋭そうには見えないものだ。」けだし、名言である。しかし、その次に続くのは「理由はわからぬ」、こうして印象だけ書いて、特段考察はなく投げおく、だが、読ませる文章のスタイルは「《作家》ではなく《ライター》的」という印象を受けた。

蓮實重彦 『伯爵夫人』

伯爵夫人
伯爵夫人
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蓮實 重彦
新潮社
売り上げランキング: 1,053
映画評論で有名な偉い先生(後期高齢者)が久しぶりに書いた本作が、三島由紀夫賞を受賞したときにいろいろ話題になっていたのはまだ記憶に新しい、が、話題作りだけじゃなくて、ホントに普通に面白かったから、さすが、蓮實先生と思った。舞台は太平洋戦争開戦前夜の日本、主人公は育ちの良い童貞の青年。蓮實先生のあの流れるような文体で紡がれるドエロいポルノグラフィー。いや、ホントに童貞の淫らな白昼夢みたいな小説なんだけれども、ロシアのソローキンに向こうを張るようで、サイコー、と思った。