2015年に読んだ本を振り返る
- アーサー・モーリス・ホカート 『王権』
- 岡倉覚三 『日本の目覚め』
- 韓非 『韓非子』(1)
- 池田玲子 『ヌードと愛国』
- ヒロ・ヒライ アダム・タカハシ 「危険な物質主義の系譜: アレクサンドロス、アヴェロエス、アルベルトゥス」
- 村上春樹を英語で読み直す 『スプートニクの恋人(Sputnik Sweetheart)』
- 菊地成孔 『ユングのサウンドトラック: 菊地成孔の映画と映画音楽の本』
- ヴァルター・ベンヤミン 『ドイツ悲劇の根源』
- 大江健三郎 『大江健三郎自選短編』
- E. H. Gombrich 『Gombrich on the Renaissance Volume 1: Norm and Form』
- E.H. Gombrich 「The Renaissance Conception of Artistic Progress and Its Consequences」
- E.H. Gombrich 「Apollonio di Giovanni: A Florentine cassone workshop seen through the eyes of a humanist poet」
- メディチ家のパトロンぶりはいかなるものだったのか
- レオナルドの構図作成法
- ラファエッロの《椅子の聖母》
- 規範と形式
- 田崎真也 田中康夫 『ソムリエに訊け』
- フアン・ルルフォ 『ペドロ・パラモ』
- 檀一雄 『わが百味真髄』
- ジェームズ・フレイザー 『金枝篇』(1)
- 山本昭彦 『死ぬまでに飲みたい30本のシャンパン』
- 田中康夫 『なんとなく、クリスタル』
- 佐々木信綱(編) 『新訓 万葉集』(下)
- ジークムント・フロイト 『精神分析入門』
- E.R. クルツィウス 『ヨーロッパ文学とラテン中世』
- リチャード・パワーズ 『舞踏会へ向かう三人の農夫』
- ウィリアム・エチクソン 『スキャンダラスなボルドーワイン』
- 伊藤計劃 『虐殺器官』
- 安西水丸 『東京美女散歩』
- 杉浦明平 『カワハギの肝』
- カルロス・フエンテス 『アウラ・純な魂』
- カルロ・ギンズブルグ 『チーズとうじ虫: 16世紀の一粉挽屋の世界像』
- 荒木飛呂彦 『荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟』
- 井筒俊彦全集(第2巻)『神秘哲学 1949年-1951年』
- レム・コールハース 『S, M, L, XL+: 現代都市をめぐるエッセイ』
- 海老沢泰久 『美味礼賛』
- アリストテレス 『天界について・生成と消滅について』(岩波書店 新版 アリストテレス全集 第5巻)
- ダンテ・アリギエリ 『神曲』
- 荒木飛呂彦 『荒木飛呂彦の漫画術』
- ガブリエル・ガルシア=マルケス 『コレラの時代の愛』
- エティエンヌ・ジルソン 『アベラールとエロイーズ』
- 辻調理専門学校(編) 『辻調が教えるおいしさの公式 日本料理』
- Morrissey 『Autobiography』
- マヌエル・プイグ 『ブエノスアイレス事件』
- 黒田硫黄 『映画に毛が3本』
- 加藤シゲアキの小説、3冊
- 独立行政法人酒類総合研究所 『うまい酒の科学: 造り方から楽しみ方まで、酒好きなら読まずにはいられない』
- 片山洋次郎 『整体から見る気と身体』
- 『日本霊異記』
- F. M. コーンフォード 『ソクラテス以前以後』
- ホメロス 『イリアス』
- ハーマン・メルヴィル 『白鯨』
- Hal Foster / The Return of the Real: The Avant-Garde at the End of the Century
- 戸部良一(他) 『失敗の本質: 日本軍の組織的研究』
- アンソニー・グラフトン 『テクストの擁護者たち: 近代ヨーロッパにおける人文学の誕生』
- 岸政彦 『断片的なものの社会学』
- 岸政彦 『街の人生』
- 小林剛 『アリストテレス知性論の系譜: ギリシア・ローマ、イスラーム世界から西欧へ』
- 池澤夏樹(訳) 『古事記』
- 西寺郷太 『プリンス論』
- 松尾潔 『松尾潔のメロウな季節』
- 前田愛 『都市空間のなかの文学』
- 大河原邦男 『メカニックデザイナーの仕事論: ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』
- チャーリー・パパジアン 『自分でビールを造る本: The Bible of Homebrewing』
- 安部公房 『砂の女』
- 中原昌也 『サクセスの秘密: 中原昌也対談集』
- 細見和之 『フランクフルト学派: ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」へ』
- 大瀧純子 『女、今日も仕事する』
- マリオ・バルガス=リョサ 『密林の語り部』
- アラン・デュカス 『アラン・デュカスのおいしいパリ』
- 髙崎順子 『パリのごちそう: 食いしん坊のためのガイドブック』
- 1年3ヶ月ぐらいかけて新約聖書を読んだ
- 村上春樹 『職業としての小説家』
- 近田春夫 『考えるヒット』
- ウィリアム・フォークナー 『八月の光』
- ノルベルト・エリアス 『宮廷社会』
- 細野晴臣 『細野晴臣 分福茶釜』
- 原武史 『大正天皇』
- 辻調理専門学校(編) 『辻調が教えるおいしさの公式 西洋料理』
- フランセス・イェイツ 『魔術的ルネサンス: エリザベス朝のオカルト哲学』
- 福田育弘 『ワインと書物でフランスめぐり』
- マイケル・オンダーチェ 『イギリス人の患者』
- 伊丹十三 『フランス料理を私と』
- バルトロメ・デ・ラス・カサス 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』
- Herbert Alan Davidson 『Alfarabi, Avicenna, and Averroes, on Intellect: Their Cosmologies, Theories of the Active Intellect, and Theories of Human Intellect』
- 井筒俊彦全集(第3巻)『ロシア的人間 1952年-1953年』
- 羽生善治(監修) 『羽生善治のみるみる強くなる将棋入門: 5か条で勝ち方がわかる』
- 羽生善治(監修) 『羽生善治のみるみる強くなる将棋序盤の指し方入門』
- 岡村靖幸 『岡村靖幸 結婚への道』
- 鹿島茂 『パリの日本人』
- ホメロス 『オデュッセイア』
- イグナチオ・デ・ロヨラ 『霊操』
- ウラジーミル・ソローキン 『青い脂』
- 酒井泰斗・浦野茂・前田泰樹・中村和生(編) 『概念分析の社会学: 社会的経験と人間の科学』
本のカテゴリで書いていたブログ記事を上記に列挙したら88タイトル。昨年は94タイトルあってブログ史上最多だったようなのだが、今年はブログに書く価値もないひどい本もほかにたくさん読んだので、たぶん年間100冊ぐらい読んでいるハズ。うち、英語の本は(日本語の小説の英訳を含む)5冊。
年々本を読む雑さが増している気がするが、今年は、酒と料理、食に関する本をたくさん読んでいたようである。この傾向はまだ我が家の積ん読本に食関連の本が眠っているので来年も続きそうだ。あと、年末にオンライン将棋にハマってしまい、羽生善治が関わってる将棋本は来年も読みそう。
アンソニー グラフトン
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今年は、翻訳のお手伝いをさせていただいたこの本が出た。とりあえず、これを今年の一冊に選ばないとという感じである。
新刊本でほかに今年の一冊を挙げるなら、やはりこの本。90年代に流行った社会学とはまったく違うアプローチで、もう一度社会学を見直す契機となったかも。スゴい書き手だな、と思った。
今年は途中でApple Musicを導入して、新譜をほとんど買わなくなってしまったため、振り返りは本のみとする。
関連エントリー
酒井泰斗・浦野茂・前田泰樹・中村和生(編) 『概念分析の社会学: 社会的経験と人間の科学』
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ループ効果とは、
・人々の分類・記述に用いることができる専門的な知識や概念や方法が日常生活に提供され、現象を指している。1)日常生活のなかから、専門的な分類や概念が抽出され、名付けがおこなわれ、2)その概念が日常生活によっても引き受けられる。3)その引き受けによって日常生活に変化が起こり、専門的な概念にも影響が発生する。具体的な例としては、各種のハラスメントがわかりやすい。今「○○ハラスメント」と新たな分類がさかんに生まれているけれど、専門的な概念を与えられることで、日常生活の書き換えが盛んにおこなわれている。ここには専門的知識と日常的な社会との関連がある。
・分類・記述された当の人々によって、それらの分類・記述が、引き受けられたり・拒絶されたり・書き直されたりする
本書に収録された論文はさまざまなフィールドで、こうした専門的な概念が社会に与える影響、そして社会から概念が受ける影響を記録している。「ほー、こういうのも社会学になるのかぁ(感心)」というのが第一の感想で、あんまりそれ以外言葉がないんだが「ハッキングってこういうことやっていたのかぁ」とか勉強になって良かった。
ウラジーミル・ソローキン 『青い脂』
ロシア(というか世界の)現代文学の鬼才中の鬼才、ソローキンの『青い脂』を読む。翻訳がでたのは2012年でだいぶ友達の海外文学好きのあいだでは盛り上がっていたのだが、これはたしかにスゴい。わたしの貧しい読書経験のなかでも、もっとも「え、こんなむちゃくちゃな小説があって良いのか!?」と大変な衝撃を受けた一冊。なにせ、冒頭から、なんだかよく分からない未来のテクニカル・タームと中国語とが混じった書簡として書かれており(核戦争後の未来の中国化されたロシア語で描かれている、という設定)、リーダブルな日本語に訳されているのにまるで外国語を読むような読書体験を味わうことになるし、物語の鍵となる「青脂」という謎の物体、これがロシアの文豪のクローンが作品を書くとクローン文豪の体に溜まる、という設定で、書簡のなかにはクローン文豪によって書かれた、トルストイやドストエフスキー、ナボコフらのグロテスクなパロディも挿入される。さらには、物語はタランティーノの『デス・プルーフ』ばりの凶悪さによって、突然に断絶され、全然違う話になる……という嫌がらせのような構成が続く……のだが、一時もページを繰るのをやめたくない、と思わせる強烈な吸引力をもっている。
お下劣で、グロテスクで、醜悪な拷問や性描写もサイコーであり、とくにフルシチョフ × スターリンの男色シーンは本作のハイライトのひとつ(この時点で、未来のSF的舞台からどうつながるのか謎に思う方がいらっしゃると思うが、本作、あらすじをどう説明しても嘘になる)。よくもまぁ、こんなことを思いつくよ、と半ば呆れながら読んでしまった。ちょうどソローキンが生まれた国の作曲家、プロコフィエフは「聴衆を驚かすことしか考えていない」と言っていたが、ソローキンもまた同じポリシーの創作者なのではなかろうか。
作中で試みられている言語実験的な試みは、巻頭に引用されたラブレーを彷彿とさせる。が、この作品のあらすじをどう説明しても嘘になるのと同様に、どのような解釈をしても嘘、あるいは本当になりそうな感じがあって、また、そこがサイコーなのだった。どんな批評も受け入れつつも、どんな批評も跳ね除ける、たしかなのは、これがサイコーに面白い物語だ、ということだろう……。おそロシアのおソローキン……。あんまり細かいことを考えないで、読んでいくと良いと思います(たくさん固有名詞がでてくるけれども、あまり気にせず読んで平気です)。
イグナチオ・デ・ロヨラ 『霊操』
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ともあれ、なかなか内容は面白くて。ロヨラは4週間にわたる霊操のプログラムをかなり細かく作っていて、一週目の何日目には、こういうことを心に思い描け、と具体的な指示が書き連ねられられている。たとえばキリストの受難の場面を想像せよ、だとか、聖母マリアのことを考えろ、とか。ロヨラは人間の想像力を一種の舞台として考えていて、そこに聖書の場面を設営するように指示している。そして、霊操者はただ、その舞台を眺めるだけでなく、まるで自分がそこで体験するかのように心を動かすことが必要なのだ。整えた心のなかに、入っていく、というこの入れ子構造がとても興味深く思ったし、桑木野さんの著作も思い起こさせる。
訳者による改題部分にあるロヨラの伝記的記述も面白かった。もともと騎士の家系に生まれて、バリバリの騎士道教育を受け、絶世の美女とうたわれたカルロス5世の妹、カタリーナに仕えることを夢見て、戦争で戦ったりしてたらしいんだが、あるとき戦いで大怪我を負い、それをきっかけに騎士道から宗教道に路線変更をした、とある。憧れの美女を考えているときは、考えているあいだはずっと良いんだけれども、考えをやめたときにものすげー寂しくなる。けれども、キリスト教のことを考えると考えをやめたあとにも寂しくないし、めっちゃ晴れやかになる! みたいな感じだったんだって。
ルネサンス期の出版事情と検閲
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本の大量生産が可能になったことは同時に、出版業者が大量の売れない在庫を抱えるリスクを生んだ。当然、出版業者としても売れない本をわざわざ印刷したくない。ルネサンス期にギリシアやローマの古典が見直されたのは、出版業者が「古典なら売れる数が大体予測できるし、売れ行きも良いだろう(なにせ、クラシックなんだから)」ということで次々に印刷していったことも要因としてある、という。歴史の見方の転換を促すような記述だろう。
著者と出版業者の関係についての記述も大変面白く読んだ。新刊なんか売れるかどうかわからないんだから、出版業者としてはものすごく有名な先生やベストセラー作家でない限りは出したくない。だから、当時の著者が自分の本を出すときは、基本的には自費出版で、原稿料も出ないケースが多かったし、印税契約などを結べたのもエラスムスのような人物だけだったらしい。自分で自費出版するお金がない人は、パトロンになってくれそうな人にその本を捧げて援助を申し出て、なんとか本を出していた。そんな負担を背負っても、当時は自分の本を出すことが大変な名誉だった。
コンテンツを広めるマスメディアである出版業者の特権性がこのときすでに認められると思うのだが、出版業者も美味しい思いばかりしていたわけではない。当時は、著作権の概念もなかったので、ちょっと売れる本があるとすぐに海賊本がでてしまうことが出版業者の大きな悩みだったらしい。海賊本を出す業者としては、最初に本を出すときの諸々のコストを払わずに売れるコンテンツが手に入るわけだから、大変に美味しい商売だったにちがいない。
海賊本は著者の利益にも結びつかないわけだが、著者としては自分の本が広まるほうが大事だったし、著作権のユルさによってバンバン海賊本がでたからこそ、ルターの思想は広まった、という。そのうち、独占出版契約みたいな考え方もできてきて、取り締まれる限りは海賊本も規制されるようになったらしいけれど、国際法なんかないからそのコントロールも限定的だった。エラスムスのようなしたたかな人は、ほとんど内容を変えないのに自著の「改訂版」を毎回違う印刷業者と出版契約を結んでいて「そりゃあ、ないっすよ〜」と抗議されていた、というのも面白いエピソードである。
論考の後半が、検閲の話。前章では「マニュスクリプトは、検閲のコントロールがほとんど不可能だったので、尖った思想を伝えるメディアとして重要だった」とされているのだが、ここでの論調は「宗教改革以降、カトリック圏では検閲システムがどんどん強化されていったけれども、実は思想の自由やかなりあったんだよ」というものだ。ガリレオやジョルダーノ・ブルーノの事例はあくまで例外で「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ(ポイズン)」じゃなかったそう。たとえばローマ教会が本を発禁にしても、別な国で印刷したモノが発禁エリアに密輸されていて、厳しいようでいて全然ユルかったんだって。
ホメロス 『オデュッセイア』
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『オデュッセイア』というと有名なのは、20年にもわたる漂流生活のすえに祖国に帰還するオデュッセウス、だと思うのだが、読んでみたら実はこれは全体の半分のエピソードに過ぎないのだった。漂流生活のオデュッセウスは、怪物なんかに襲われたりして次々に部下を失い、最後はひとりになってようやく帰国するんだけれども、なんせ神様の血が入っている超人的な男なので、あちこちでモテる。仙女に見初められて、ベッドイン……とかまるでジェイムズ・ボンドかよ、的なモテ方をしていると思った。しかし、仙女に不老不死にしてあげるよ、と言われても、それを断り、毎日家に帰りたくて泣いている、という人間的な部分もある。超人性と人間性がうまく同居するオデュッセウスの人物はとても面白い。
オデュッセウスが不在のあいだ、彼の国では、帰国を待っている美貌の妻、ペネロペイアに求婚する男たちがオデュッセウスの家に毎日詰めかけて、どんちゃん騒ぎをしている。ペネロペイアは(夫は仙女と子供を作ったりしてるのだが)あれこれして求婚者たちの申し出を避けるのだが、彼らは主人がいないことを良いことにやりたい放題で、彼の財産を食い潰そうと言う勢い。それを息子であるテレマコス(オデュッセウスが戦争にでかけるときはまだ乳飲み子だったが、成長してようやく一人前にならんという年頃)は、当然面白く思っていないのだが、求婚者たちはテレマコスの暗殺も計画している。
で、帰国したオデュッセウスは息子と忠臣である豚飼いの老人と結託して、求婚者たちを殲滅せんと画策する。これがまるまる後半部分に使われる。物乞いに化けて油断させておいたところを一気に殺す、という単純な作戦なのだが、オデュッセウスの怒りが爆発するまでが結構長くて。なにに時間をかけてるかというと、物乞いがオデュッセウスだと気づいていない求婚者たちは、挑発や愚弄などあれこれヒドいことをするのである。格闘ゲームでいうなら、長い時間かけてオデュッセウスの怒りメーターが溜まっていく感じ。これが実に面白くてサイコーなのだった。
現在、ハリウッドで映画化の話が進んでるらしいんだけども、読んでると映像で観たいな、と思わされる本でもあった。怒りメーターMAX状態で、初めてオデュッセウスが復讐の矢を放つシーンとか、絶対映像で観たらもっとサイコーと興奮するだろう。
鹿島茂 『パリの日本人』
先日妻が買ってきた安野モヨコの『鼻下長紳士回顧録』(のパリの売春宿を舞台にした漫画)が大変面白かったので、積ん読にしてあった鹿島茂の『パリの日本人』を読む。安野の漫画の参考書籍にも鹿島茂の本があげられていたのだった。『パリの日本人』はこのタイミングで文庫化されるようだが、安野が参考書籍にあげている本ではない。が、安野の漫画にはパリに滞在する日本人が登場するし、ほとんど関連書籍みたいな感じと言ってよいであろう。無名の人から、著名政治家、皇族まで、太平洋戦争以前にパリで勉強した人物の交友録や状況を記録した興味深い読み物。ルネサンス期のマニュスクリプト
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主旨としては、印刷技術がで始まっても手稿・写本といったメディアは大変重要なものとして残っていて、それはルネサンスが終わっても続いていたよ、というもの。印刷技術はたしかにインパクトがあるイノヴェーションだったけども、印刷よりもマニュスクリプトのほうが手軽だったから、知識を伝えるメディアとして有効なものだったし、結構息が長かったんだよ、的なことを語っている。
印刷技術だと、同じものを大量に作って配るということには適しているけども、版を作るのにコストがかかるし柔軟性に書ける。たとえば大学のテクストが毎年変わるんだとしたら? でも、学生はたくさんいるのでみんなに同じテクストを配布する必要はある。その微妙なニーズに応えるために、パリ大学では、一年ごとに偉い人たちの審議にかけてテクストの変更部分をチェックして、承認が降りると、改訂があったページだけ写本で作り、学生たちに差し替えさせるというシステムを構築していた、とか書いてある。
この論考、ルネサンスの哲学史というよりかはメディア史である。思想家のなまでがでてくるのは、だれそれがこんなマニュスクリプトを集めていた、とかそれぐらい。しかしながら、修道院や大学、あるいは私設図書館のあり方の違いだとか、出版業者がオンデマンドから大量に作って在庫を持ってという現在の商売に近いあり方に変わる瞬間だとかを捉えているのが大変面白い。もちろん、メディチ家も重要な役割として登場します。
岡村靖幸 『岡村靖幸 結婚への道』
岡村靖幸が雑誌『GINZA』で連載していた「結婚とはなんなのか?」を著名人に聞いてまわるインタヴュー企画の書籍化。何度目かの逮捕後、近年ようやく安定的に仕事をしているるようで、しかもその粘度をもった作品の良さがまた黄金期を彷彿とさせるところにファンとしては安堵の念をいだいているところだけれど、この連載は、なかなか岡村ちゃんの痛さ、というか、ロマンティックな結婚観が感じ取られるような気がする。インタヴュアーであるはずの50歳……の男性があらゆる人に「ホントに結婚したいのか?」と逆に尋ねられ「どんな相手が良いのか」と問われると「ジョン・レノンとオノ・ヨーコみたいな、クリエイティヴィティを刺激してくれるような関係が良い」と答える。この点、ずっと岡村ちゃんって一貫しているのだが、なんというか、そのファム・ファタル幻想、というか、ミューズ願望、というかがあからさまなところに、すでに結婚6年目に突入したわたしは「うーむ、結局それって話の合うお母さんを求めているんでは」と批判的になってしまった。究極的に言うと、登場するすべての男性のインタヴュイーの結婚観は、その「話の合うお母さん」そしてもうちょっと突っ込めば「話が合ってセックスもできるお母さん」が根源的な理想像になっている、というか。
だから読んでいて面白かったのは皆、女性のインタヴュイーの話で。大島渚を看取った小山明子の話は、まるで小津安二郎の映画みたいにキレイな話だと思ったし、内田也哉子の結婚、そしてあの両親の夫婦生活の奇妙さについての語りはマジックリアリズム的であるとも思った。もちろん、女性のインタヴュイーの話が面白く感じたのは、わたしが男性だから、逆に、というのもあると思うけれども「話が合ってセックスもできるお母さん」という男性の理想の平明さ、と比べると女性の結婚観の多様性がただただ面白かった。川上未映子は育児エッセイも良かったけども、ここでのインタヴューも良かったですね。
羽生善治(監修) 『羽生善治のみるみる強くなる将棋序盤の指し方入門』
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ホントにこのシリーズって有益で。「どのように駒を進めていけば負けにくいか(そして、勝てるのか)」という理論を、イメージで理解させるのがとてもありがたい。定石や戦術を覚えさせるところから始まるのではなく、定石や戦術が「なぜ、負けにくいのか(勝てるのか)」の基礎的な部分を丁寧に説明してくれている。言うなれば、基礎科学的な説明が大半を占めているのだが、それによって「覚えなくても、考えればわかる」というレベルを読者に達成させていると思う。実際に羽生善治がどこまで関与しているのかわからないのだが、サラリと読んでいくだけでも、理解した気になれ、しかも、実際に対局すると自分が負けにくい実感があるのだからスゴいテクストだ。
戦術を覚えることは考える時間とリソースを省略する方法に他ならず、そこを押さえると制限時間があるゲームのなかで有利になるのは当然である。ただ、阿呆のように定石を覚えても、なぜ、それが良いのか、が理解できていなければ、このゲームの面白さは本当には理解できないようにも思う。そこをものすごくスムーズに伝えている。で、その基礎理論はごくシンプルなんですよね。そのシンプルな理屈から、様々な戦術が生まれていることには改めて将棋の奥深さを感じるし、ますますのめり込んでしまうんだ。
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