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9月, 2008の投稿を表示しています

ロベルト・シューマン/クライスレリアーナ

シューマン:クライスレリアーナ posted with amazlet at 08.09.30 アファナシエフ(ヴァレリー) コロムビアミュージックエンタテインメント (2004-03-24) 売り上げランキング: 5722 Amazon.co.jp で詳細を見る  好きな作曲家にはドイツの作曲家が多いのだが、ロベルト・シューマンは結構自分でも「好きか嫌いかよくわからない作曲家」である。シューマンの音楽は、バッハや(中期の)ベートーヴェンやブラームスのように「次はこうなるだろう」という予測がつかない。こうあるべきだろう、という道筋に音楽が沿って動かないようなところがある。フランツ・シューベルトにも似たようなところを感じてしまって、これもやはり「好きか嫌いかよくわからない作曲家」である。どちらの作曲家についても、好きな作品はいくつかあるけれど、それよりもつかめない部分が多すぎる、そのおかげで「好き」とは言い切れない、そんな感じ。  が、今日シューマンのピアノ作品《クライスレリアーナ》をなんとなく聴きなおしていて、この作曲家が胸を張って好きと言える人はきっと、私がつかめないと感じている部分にハマッてしまうのではないか、と思った。とくに、そのつかめない音楽の流れが感情の起伏とリンクして聴くことが可能であるならば余計にのめり込んでしまうのではないだろうか。しかし、そののめり込めるような聞き方ができるのは、人生においてごくわずかな期間に限られるのだろう――感情の起伏が激しい思春期にこの音楽に選ばれなかったとしたら、その後、選ばれる時が来る可能性は限りなくゼロに近いのかもしれない。そういうわけでシューマンは「青春の作曲家」なのだ。たぶん。  冒頭にあげたワーレリー・アファナシエフによる録音は、おそらく起伏の幅が最も大きい演奏。これに出会っていたら、結構自分の音楽経験も変っていたかもしれないな、なんて思ったりもする。

ほしよりこ/きょうの猫村さん(1)

きょうの猫村さん 1 (1) (マガジンハウス文庫 ほ 1-1) (マガジンハウス文庫 ほ 1-1) posted with amazlet at 08.09.30 ほし よりこ マガジンハウス 売り上げランキング: 14052 Amazon.co.jp で詳細を見る  会社の売店で仕事をサボっていたら『きょうの猫村さん』が文庫化されていたのを見つけたので買ってみた(ビスコ3個と一緒に)。おもしろかったです。

ウィリアム・ウォルトンの交響曲に殺される

Walton: Symphony No. 1; Orb & Sceptre; Crown Imperial posted with amazlet at 08.09.28 Telarc (1990-10-25) 売り上げランキング: 9278 Amazon.co.jp で詳細を見る  本日のオケの練習でイギリスの作曲家、ウィリアム・ウォルトンの交響曲第1番を代吹き *1 をしました。そのとき、まだ一度も作品の音源を聴いていなかったのに自分から「あ、○○さんお休みなら僕吹きましょうか?」などと *2 自分から言ってみたのは「イギリスの作曲家?どうせ、ロマン派にちょっと毛が生えたぐらいでしょ?」と思っていたからであります。これが大きな間違いでした……。これまで演奏してきた曲のなかでも、トップ・クラスの難しさ、というか調性を持った交響曲という広いカテゴリでもトップ・クラスの難易度を誇っているのではなかろうか、というぐらいに難しさ。マジで殺されるかと思った……。管楽器はロベルト・シューマンの交響曲のように吹きっぱなしだし、ものすごく疲れる。  しかし、これは演奏に参加していてとても勉強になる、というか新しく興味がもてるような経験でもありました。凝りに凝りまくったリズム(変拍子とシンコペが嵐のように頻発する)と、入り組みまくった構造(ものすごくガチガチのフーガ)は「これがイギリスかぁ……産業革命!!」というよくわからない感慨深さを与えてくれます。グスタフ・マーラーが交響曲の演奏時間を拡大することで、その楽曲概念を改変していったのだとするならば、ウォルトンの交響曲には、密度を極限まで高めることによって概念の改変を試みたかのようなところがある気がしました。凛とした美しさも魅力的で、いつ人気が出てもおかしくないようにも思います。 id:HODGE さん、こういうのはどうですか?――とピンポイントでオススメ。  Youtubeには第1楽章からの抜粋がありました。若かりし頃のサイモン・ラトルがフィルハーモニア管弦楽団を振っている映像(綿毛のような髪の毛がまだ黒い!)。この部分だけでも超重量級の荘厳さですが、なんかずっとこういう感じだった気がする……。 *1 :練習を休んだ人の穴埋めをしておくこと *2 :オケで一番ヘタクソの癖に……

UFO/Phenomenon

現象(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 08.09.24 UFO EMIミュージック・ジャパン (2005-11-30) 売り上げランキング: 171675 Amazon.co.jp で詳細を見る  一日中妙に眠くてしんどかったので仕事をはやく切り上げて、帰宅後になんとなくUFOの『現象(Phenomenon)』を聴いたら妙にハマって良かった。これはこのところ、メタリカの新譜 *1 ばかり聴いていたせいも多分にあると思う。耳に突き刺さるようなモダンな音の後に、70年代ハードロックの全体的にうすらぼんやりとしたフィルターがかったような音を聴いていると(変な話だけど)結構癒される。  ヒプノシスによるヴィヴィッドな色彩が印象的なアルバム・ジャケットはカッコ良いのに、どこか芋っぽいところがあるのも素晴らしい。まぁ、70年代ハードロックなんかどれも芋っぽいけど。ユーライア・ヒープとか……。  Youtubeにあった動画ではこれが最高だった。73年のテレビ出演時の映像だそう。演奏しているのは「Rock Bottom」という曲。大勢の観客の前で、突如上半身を露にし、たった一人の乱交パーティ開催中!といった風情の中年男性(たぶん仕込み)、観客のさまざまな受容のし方など見所がたくさんある。ピタピタのベルボトムをはいたヴォーカルとベースが結構華奢なのも良いな……。 *1 :今月の『ギターマガジン』のジェイムズ・ヘッドフィールドとカーク・ハメットと巻頭インタビューはホントに面白かった

はてなモテそうな男的昼食出し2.0

 トマトとバジルとしめじのパスタ&アボカド刺し  野菜たっぷりコンソメスープ  断じて「可愛いアピール」ではございません。 ヤミーさんのカルディレシピ posted with amazlet at 08.09.23 ヤミー MCプレス 売り上げランキング: 8234 Amazon.co.jp で詳細を見る  本日のレシピはこちらの本を参考にしました。カルディコーヒーで売っている食材で作る美味しいレシピ集。パスタソースの応用がとても役立ちます。

リュック・フェラーリ

Cycle des Souvenirs posted with amazlet at 08.09.21 Luc Ferrari Blue Chopsticks (2002-02-12) 売り上げランキング: 194213 Amazon.co.jp で詳細を見る  「ウチに聴いていないリュック・フェラーリのCDがあるんだけど、もし欲しかったらあげるよー」とセレブの方がおっしゃられたのでありがたく頂いた。しかも2枚も(ありがとうございました!)。1枚は上記のCDで、もう1枚は初期のテープ音楽を集めたもの(おへその写真がジャケットになっている)。久しぶりにこの手の電子音楽を聴いたけれども、やはり初期作品で聴かれる「昔の特撮に出てくる計算機のようなシンセサイザー」が出すメタリックなノイズはいつ聴いても素晴らしい。デジタルシンセにはとても出せない凶暴な音……これを聴くためだけに私はシュトックハウゼンの《コンタクテ》や、タンジェリンドリームを聴き返しているような気がする。  上記のCDは《Cycle Des Souvenirs》(直訳;記憶の循環)という6台のCDプレーヤーと4台のヴィデオ・プロジェクターによるインスタレーション作品のCDバージョンだそう。こちらは2001年のものなので、電子楽器の音色はかなり普通。シンセサイザーと人の声、生活音、環境音をミックスしたアンビエント・ミュージックといった趣である。癒し系……とはまた違うが、ちょっとこの聴きやすさはアカデミックな出自を持つ作曲家/アーティストとしてはかなり異色に感じられる(ちなみにフェラーリはピアノをアルフレッド・コルトーから、アナリーゼをオリヴィエ・メシアンから、作曲をアルテュール・オネゲルから学んだ、というバリバリのエリート音楽家である)。  聴いていて思ったのは、この人は西洋の楽壇においてかなり早いうちから「コンサート・ホールという空間で作品が聴かれない」という想定の下に作品を作り続けることを辞めた人なのかもしれない、ということだ。近代に入ってコンサート・ホールという「音楽の演奏/音楽の聴取のための空間」が出来上がって、作曲家は皆その空間のために音楽を書いてきた。しかし、フェラーリの場合は「録音メディア」によって音楽が聴取者に届けられることを最初から想定していたのではないか、と。例えば初期のテープ音楽についても

ZAZEN BOYS/ZAZEN BOYS 4

ZAZEN BOYS4 posted with amazlet at 08.09.21 ZAZEN BOYS インディーズ・メーカー (2008-09-17) 売り上げランキング: 107 Amazon.co.jp で詳細を見る  向井秀徳率いるザゼン・ボーイズの4枚目のアルバム。前作までとはかなり違う方向(変拍子ポストパンク路線は控えめ)に行っているが、異様なまとまりのある素晴らしい作品になっている。賛否両論があるだろうが、私個人としてはこのアルバムがこのバンドの現時点の最高傑作だと思った。まるで南米の作家が書いたような一息の長いリリックも冴え渡っており、これはライヴで是非聴いてみたい。絡みつくような律動による拘束と、ブレイク時になされる解放、この回転運動の強度は更なる高まりを見せており、以前よりダンサブルな要素が増えているのも聴き所だ――ロックの延々縦乗りが持続される(大嫌いな)モッシュ文化とは相容れないだろうけれども、妖しい黒さが満載なのも聴いていてとても楽しい。こんなに展開の予想がつかないバンドが現在進行形で存在していることがとても喜ばしい。 (メンバーの表情が完璧すぎる『Weekend』のPV)このアルバムが発表されたことによって起こる賛否両論は、聴き手が「NUMBER GIRLの向井秀徳」を求めていたのか「向井秀徳のZAZEN BOYS」を聴いていたのか、それをはっきりと分けてしまう気がする。ここに来てZAZEN BOYSからNUMBER GIRLの残り香は払拭されているように思うのだが(そこで前者のファンは振るい落とされてしまう?)、しかし、そうでなかったらアルバムの最後に収録された「Sabaku」のような名曲は生まれなかっただろう。  また、バンドが「完璧に向井秀徳のバンド」となってしまった感をこのアルバムでは強く感じた。しかしそれは良くもあり、悪くもある点だと思う。良い点では、音楽的なまとまり、というか意図の見通しの良さ、まじりっけのなさにおいて作用しているけれども、それだけに「法被を着たレッド・ツェッペリン」という当初のコンセプトにあった個性のぶつかりあいは薄れてしまっている。ベーシストの交代も大きかっただろう。正直、前ベーシストの日向秀和の演奏は好きに慣れなかったけれど、あの異物感はバンドにとって結構重要だったのかもしれない、とも思った。それ

今聴くべきは、そう、ピーター・ガブリエル(安いから)

ザ・ラム・ライズ・ダウン・オン・ブロードウェイ posted with amazlet at 08.09.19 ジェネシス EMIミュージック・ジャパン (1999-09-29) 売り上げランキング: 37173 Amazon.co.jp で詳細を見る  先日プログレとニューウェーヴが好きな上司とプログレの話をしていて「ところで君、ジェネシスは好きかね?」と訊ねられ、「いいえ、実は聴いたことないのです。ピーター・ガブリエルのソロは大好きなのですが」と答えると「それはいかん!」と言われCDを貸していただきました。で、最近はプログレといえばジェネシス、ということになっている。なぜ、今まで聴いてこなかったのだろう……というぐらいに素晴らしい。特に大作ロック・オペラ『眩惑のブロードウェイ』(良い邦題……)は、聴きとおすのに時間がかかるけどピーガブのポップ・センス/アート感覚が爆発している。  ただ、そのポップ・センスこそがキング・クリムゾン、イエス、EL&Pと並び「プログレ四天王」(あるんだよ!そういうのが)に数えられているにも関わらず、プログレ・ファンにはあんまり人気が無い……というバンドの異質さを作っているような気もする。他の四天王のバンドが結局はハードロックの変種/延長に過ぎないのに対して、ジェネシスは優れたポップ・ソングをテクニックによって拡大したものなんじゃなかろーか、なんても思う。出所からして全然違うバンドなんじゃないか、って。コールドプレイに通じるところさえあるもん。あと、フィル・コリンズのドラムすげー……。 プレイズ・ライヴ(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 08.09.19 ピーター・ガブリエル EMIミュージック・ジャパン (2007-11-28) 売り上げランキング: 118699 Amazon.co.jp で詳細を見る So posted with amazlet at 08.09.19 Peter Gabriel Geffen Records (2002-05-07) 売り上げランキング: 32247 Amazon.co.jp で詳細を見る Us posted with amazlet at 08.09.19 Peter Gabriel Geffen Records (2002-05-07) 売り上げランキン

告知:21世紀を挑発する批評誌に原稿を書きました&演奏会

子子(ぼうふら) vol.1発刊! - 現代芸術研究会  慶応大学現代芸術研究会 *1 によって発刊される「孑孑(ぼうふら)」に原稿を書きました。内容は、全米乙女学会の権威であるところのジョーンズ・A・ワート博士が2005年に発表したコラムを翻訳したもの。なので厳密に言えば私の原稿ではありません。「各種ミニコミ取り扱い店、即売会にて販売予定」だそうですが(詳細は上記リンクを参考のこと)、私はその方面に疎いのでよくわかりません。こういう同人誌一度ぐらい作ってみたいんだけど……。    ついでなので今度の12月に出演する演奏会の告知もしておきます。 ■ル スコアール管弦楽団第25回演奏会■ 日 時: 2008年12月21日(日)13:30開演予定 場 所: すみだトリフォニーホール 大ホール 曲 目: ~オールイギリスプログラム~ ウォルトン/交響曲第1番 ブリテン/4つの海の間奏曲 アーノルド/ピータールー序曲 指 揮: 田部井剛 入場料: 全席自由 1,000円 ル スコアール管弦楽団  今度の日曜日から練習が始まるのですが、今日になって楽譜が届きました(さっき印刷し終えたところ)。前回はドヴォルザーク&バルトークという「東欧プログラム」でしたが、今回は「オールイギリスプログラム」!「イギリスの音楽なんかオアシスしか知らねーぜ!」という方も是非ご来場くださいませ。ちなみに私も今回のプログラム1曲も聴いたことがありません。まだCDも買ってません。オーケストラで楽器を演奏するようになって、今年で9年目になりますがこんなにも未体験ゾーンは初めて。アーノルドとブリテンの作品でファゴットを吹く予定です。 オーケストラのホームページ から申し込みをするとチケットは無料で手に入ります。  こういう曲をやるらしい。 *1 :ちなみに私はこの団体のOBでもなんでもありません

荒木飛呂彦『スティール・ボール・ラン』(16)

STEEL BALL RUN vol.16―ジョジョの奇妙な冒険Part7 (16) (ジャンプコミックス) posted with amazlet at 08.09.17 荒木 飛呂彦 集英社 Amazon.co.jp で詳細を見る  ここにきて荒木飛呂彦の「少年誌を卒業して好き放題描きまくってる感」が大爆発。少し前の巻から突然色っぽいシーンが先頭の間際に挿入されるなど気になっていたけれど、ニューウェーヴ化した池上遼一か!ってぐらいに大変なことになっている。スタンド使いでもないザコ敵でさえ、手のひらに大穴を空けられ肉片が飛び散るなど気合の入りまくった残虐描写も満載。果たしてこれからどうなるのか、まだオトナモードへの伸びしろがあるんじゃないかって期待に胸が膨らんでしまう。  1ページを贅沢に使った大統領のセミヌードも、ダビデ像(ミケランジェロ!)を模写したかのようでとてもカッコ良かった。以前からルネサンス時代の彫刻をリスペクトしていると作者は述べているけれど、ものすごく分かりやすい形でその影響が出ているように思われた。異様に誇張された胸部と背中の筋肉の発達やねじれは、マニエリスム風だ(マニエリスムって言ってみたかっただけで特に詳しいわけではない)。  あと大統領は相変わらず太ったり、痩せたり、カッコ良くなったり忙しいキャラクターである。他には殺しそこなった敵キャラが再登場してくる際に、元からキチガイっぽかった性格がさらにキメキメになっているところが良かった(でも、『ジョジョ』第5部に登場したギアッチョほどではない。もっとブチキレた殺人鬼みたいなの出てきて欲しいな……)。  どうでも良いけど、聖遺物の眼球が出てくるたびにスウェーデンのプログレバンド、アネクドテンのアルバムを思い出してしまう。 ニュークリアス posted with amazlet at 08.09.17 アネクドテン ディウレコード (1995-12-28) 売り上げランキング: 13888 Amazon.co.jp で詳細を見る

稲葉振一郎『経済学という教養 増補』

経済学という教養 増補 (ちくま文庫 い 66-1) posted with amazlet at 08.09.15 稲葉 振一郎 筑摩書房 売り上げランキング: 55107 Amazon.co.jp で詳細を見る  この本の筆者について「はてなで日記を書いている、なんか怖い感じの論客」というまったく意味のない認識しかなかったのだが「こんなにタメになる物を書く人だったのか!」と思いを新たにするぐらいの良書。現代日本経済についての議論の見取り図であり、数式を一切使わない経済学理論の入門書であり、さらに「マルクスおよびマルクス主義って結局なんだったのか?」というまとめも行うとんでもない「教養本」である。現在『資本論』を読破しようとしているところだったのでマルクス関連の記述はとても役に立った気がするし、また、フランクフルト学派のどんな部分にマルクスの影響があったのかも分かった気がしたのも良かった。結構ヴォリュームがある本なので、折を見て読み返そうと思う。  第一章「こういう人は、この本を読んで下さい」からして最高。ここでは経済学が専門ではない筆者が何故経済学の本を書こうと思い立ったのか、それから、この本を読む意義とは何かについて書かれているのだが、この書き方がなんとも「経済学も勉強しておかないと、ヤバいよ?結構」という不安を煽ってくる感じで良い。特に思想・哲学系の本ばかり読んでて「経済学ぅ?興味ないね!(だって思想・哲学のほうが崇高じゃんかー)」みたいな人の胸にザックリ来る感じではなかろうか。  近年、論壇における重要キーワードとして「公共性の失墜」というものがある(本当は論壇なんか良く知らないけれど……)。誰もが共有している基盤みたいなもの(公共性)が失われてること、その象徴としての格差社会――このヤバさについては、宮台真司や東浩紀が繰り返している通りだけれど、彼らの危惧感は稲葉振一郎にも共有されている――一生懸命思想・哲学の本を読んでいて、東浩紀の言っていることにイチイチ頷いてるくせに経済学についてはまったく知らないって態度は、世の中にまったくアクセスできない領域を残してしまうことだ。それは「公共性の失墜!ヤバい!!」とか言っている人のなかに同様の失墜が見受けられる事態なんじゃないか、みたいな。  あと「経済学って社会の合理的な部分だけに焦点を当ててるわけじゃないん

METALLICA『Death Magnetic』

デス・マグネティック posted with amazlet at 08.09.16 メタリカ UNIVERSAL INTERNATIONAL(P)(M) (2008-09-12) 売り上げランキング: 130 Amazon.co.jp で詳細を見る  メタリカの新譜。結成から30年近く経った今尚、メタル界のトップ・ランナーであり続け、ロックの殿堂入りを果たし、そろそろ「メタル・オブ・ゴッド」の名を授かっても良いんじゃないか、という感じの大物バンドとなっているわけだけれども、常に自分たちの音楽を現代風にアップデートさせているところが今回も素晴らしい。これは伊藤政則も泣いて喜ぶに違いない……という出来である。もうなんかグルーヴ感がツェッペリンみたいになってて吹っ飛んだ。  録音では今回のアルバムから参加の新メンバー、ロバート・トゥルージロの存在感も強烈で、バンドの密度のさらなる高まりも見逃せない――ヴィジュアル的にも、中東系っぽい人、ヨーロッパ出身の人、典型的なアメリカ人、さらに南米系の人……雑多な感じになっている。個人的な印象に過ぎないけれど、メタルという音楽は極めて白人性の強い音楽だと思っているので、現在のメタリカの雑多感はかなり異色な気もする *1 。ちなみにトゥルージロ加入の経緯は、こちらのドキュメンタリに詳しい。 メタリカ 真実の瞬間 posted with amazlet at 08.09.16 パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン (2006-09-08) 売り上げランキング: 5193 Amazon.co.jp で詳細を見る  とにかくこのアルバムは爆音再生熱烈推奨。音が異様な音圧で作りこんであるので、ヘッドフォン自体が振動するぐらいの音量で聴くと脳からなんか出る。普通そこまで音量を上げると細部がよく聴き取れなくなりそうなんだけど、ちゃんと聴き取れるので「金のかける部分がすごい!」とも思った。 *1 :これに勝るのは、ヴォーカルが黒人というセパルトゥラ(ブラジルのメタル・バンド)ぐらいだろうか

『彼氏彼女の事情』

彼氏彼女の事情 (6) (花とゆめCOMICS) posted with amazlet at 08.09.12 津田 雅美 白泉社 Amazon.co.jp で詳細を見る  実家に帰ってきているのだが、とくにやることもないので読書したり、プールにいったりしている(平日、田舎の公共施設のプールの快適具合ったらない。1コースほとんど貸切状態である)。あと、ビール飲んだり、家にある漫画を読み返したり。そんで『彼氏彼女の事情』のコミックスを全巻読み返した。  この漫画、やっぱ前半のラブコメ路線の箇所が今でも結構面白くて、今でも結構笑えてしまう。あと「しばらく彼氏と会ってなかったら、前より好きになっちゃった。でも恥ずかしくてそれが伝えられない……」なんていう微妙すぎる乙女心を、乙女風のポエティックなセリフによって描いているところが、なんかイタい(でもそこが良い!)。 心のバランスが崩れるほどのひとに会った だから心を「奪われる」っていうの  素晴らしい。読んでいてざらついた心が癒されていくのを感じるね……。私もこういうの読んで「ジーン……」となっちゃうような乙女心ユレ子に生まれていたら、もう少し真っ当な青春っていうんですかー?そういうの送れたんじゃないかなー、って思う。他に少女漫画読んだことないけど、セックスの神聖な描かれ方なんかとても良いな。「セックスすると2人の距離が縮まる」とかいう幻想。まさにロマンティック・ラヴ・イデオロギーによって生み出された神話だよ、これは。  この漫画、後半は彼氏(親に捨てられたという過去に傷を持った美少年)の家の話なんかが出てきてものすごくドロドロした話になるんだけど、そこに入ると途端にテンションが下がってしまったのは少し残念かもしれない(新しい単行本が出ていた頃、本当に惰性で購入して読んでいた記憶がある)。ただし、作品内で彼女の方がおこなう演劇に彼氏が触れることで、彼の過去の記憶が蘇りそうになり、そこから彼氏-彼女の関係が変わり始めていく、という後半部分への導入は読み返してみて「とても鮮やかな演出だ」と思わされた。  それから彼氏の他者からの承認欲求――「親に捨てられた」→「自分は愛されない子供なのだ」という思い込みから、彼氏は誰からも愛されるようなペルソナをかぶり続ける、という設定になっている――が、最終的に彼女のすべてを包み込むような

ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』

族長の秋 他6篇 posted with amazlet at 08.09.10 ガブリエル・ガルシア・マルケス 新潮社 売り上げランキング: 63327 Amazon.co.jp で詳細を見る  最近はちょっと多忙で、ホント夏休みが取れるかどうか危ういって状況だったんだけど(無事予定通り今日から夏休みになりました)、そんななか合間を見つけて読んでいたこの本がキラキラと輝く希望みたいに感じられた。久しぶりにガルシア=マルケスの作品に触れたが、やはりラテンアメリカの作家のなかでも別格的に面白いと唸ってしまう。いやあ、本当にすごい想像力だ。カリブ海に浮かぶ仮想の島国が舞台に、怪物じみたその国の独裁者である「大統領」の一生を描きながら、妄想と幻想が炸裂。『百年の孤独』でノーベル文学賞を取った作家が、こんなバカ描写を書いてて良いのか、って思った。「男色が止められないことに悩んだ軍人が、ケツの穴にダイナマイトをぶち込んで爆死」とかいう描写も満載で最高。このあたりはラブレーとかセルバンテスとかの奇想が現代化されたみたいである。  ただし、もちろんそういうバカ描写だけが面白いわけではない。強烈な物語性みたいなものをものすごく感じてしまった。大統領と、その母親であるベンディシオン・アルバラードの関係性は素晴らしい。とにかくむちゃくちゃなことをやり続ける大統領を、すっぽりと包み込む母性の大きさがかなりの勢いで神話クラス。このモチーフは、おそらく中上健次やスティーヴ・エリクソンにも継承されている……と思う。  私が読んだのは、現在普通に本屋さんにおいてある新潮社版ではなくて、昔の集英社版。これには翻訳者の鼓直大先生の文章も2つ収録されている(新潮社版にもついてるのかな?)。ひとつはガルシア=マルケスの略歴と、作品の解説。それからもうひとつは1960年代以降のラテンアメリカ文学の潮流について書かれたもの。どちらもとても面白く大変勉強になった。作家の写真もたくさんあって、ガルシア=マルケスとカルロス・フエンテス(メキシコ)のマンダム感がすごい。超ダンディ。 ノーベル賞作家マルケス氏、「ジャーナリストほどすばらしい職業はない」 国際ニュース : AFPBB News  ガルシア=マルケスの今を伝えるニュース記事(写真は2007年のもの。老けたなぁ)。年内に新作を書き上げる(!)とか。日本語

スカイ・アクアリウムII with ペリエ・カフェ@東京シティビュー

 六本木ヒルズ52階の展望台で開催されているアクアリムにも足を運んだ。特に展望台での開催ならでは!という点はナシ。が、なんか内部にナイトクラブみたいな雰囲気のスペースがあり、パイオツカイデーのチャンネーがいたら最高だったのにな、ギロッポン!みたいな(よくわかんないケド……)。  思いっきり協賛はペリエなんだけども、会場に設置されているスピーカーがドクター・スリーの無志向性型スピーカー *1 で、そっちのほうに興味が湧いてしまった。以前にピエール・ブーレーズの《二重の影との対話》という作品の実演に触れたとき、録音されたクラリネットの音を飛ばすのに使用されていたのを思い出す。  そのスピーカーから流れてたのは、アンビエントな感じのヤラしい音楽。やっぱさー、シャレオツな場所でアンビエントとか流すと途端に「やーねー」って感じがしちゃうよねえ。なんっつーか、その場違いな感じがしない感?定番感?――それは発想の貧困さを見事にあらわしてるんじゃねーのか、って思うね。あるいは「こういうの流しとけば良いだろ?貧乏人にはこういうの与えておけば、オサレーって思うんだろ?」っていう感じ?そんなんだったら、スロッビング・グリッスルとか灰野敬二とか流して欲しいよ。そのほうがデカダン的で良いじゃないか……。 *1 : 3D音新次元 臨場感のある高音質スピーカーシステムの株式会社ドクタースリー

アネット・メサジェ展『聖と俗の使者たち』@森美術館

 私には大抵のものを耳で考えているようなふしがあるため、こういった視覚的要素が強い芸術方面には疎いのだけれども、なんとなく観に行ったアネット・メサジェのインスタレーションはとても興味深く観れた。どれも作品の規模が大きく、強烈な印象を与えてくれるものが多かった。  身体の一部分だけを写した写真や、バラバラにされたぬいぐるみなどの素材がグロテスクなレベルにまで性的/生的なイメージを伝える作品へと再構築されている。女性の作家である、という情報を会場に入る前から持っていたせいかも分からないが、ここで与えられるイメージは強く女性性、少女性と繋がった。可愛らしさを切り刻んで、パズルのように組み替えたときに露になるのは、少女の残酷さのようなものかもしれない。ただ、血の臭いを錯覚しそうなぐらい生々しすぎる作品もあり、これはちょっと私には辛かった。あと、この展覧会に『聖と俗の使者たち』というタイトルがついている理由はよくわからない……。  一点、森美術館という場所の特性を最高に生かした展示があり、これには感銘を受けた。作品のタイトルは覚えていないけど。それは天井に吊るされた畸形な感じの大きなぬいぐるみが、円を描くようにしてグルグルとまわっていく……というもので、背景には地上53階から見える東京都内の景色が配置されている。薄暗いトンネルのような通路を歩いていくと、途中でいきなりそんなものが現れる!というところに、ダイナミックな感動があってとても良かった。観に行ったのは昼間だったのだが、窓から入る光によって作品の見え方もだいぶ違ったんじゃなかろうか。基本的に美術館という建物は外の世界を遮断した特別な空間(コンサート・ホールも同じだ)だけれども、あえて窓を開くことによってこんな観せ方も出来るのか、と思った。

DRAGONFORCE『Ultra Beatdown』

ウルトラ・ビートダウン(期間限定) posted with amazlet at 08.09.07 ドラゴンフォース ビクターエンタテインメント (2008-08-20) 売り上げランキング: 99 Amazon.co.jp で詳細を見る  「速い!上手い!ダサい!」と三拍子揃ったイギリスのメタルバンド、ドラゴンフォース(このバンド名どうだ!って感じだよね!!)の新譜が出ています。2003年にメジャーデビューを果たしてから4枚目のアルバムとなる今作も正直、以前に出ている楽曲群とどこが違うのか、ギターパートを差し替えているだけな錯覚を起こしそうな感じですが、やはりこの暑苦しさは最高。とくに小節線の間を真っ黒に埋め尽くしそうなブラストビートには惚れ惚れしてしまいます……。  「ヴォーカルの声が高ければ高いほど良い」、「ギタリストがソロを速く弾ければ弾けるほど良い」、「ドラムの手数が多ければ多いほど……」と体育会な尺度によって評価されることもあるメタルというジャンルにおいて、その特性を極限まで特化させたのがこのバンドなのだと思います。この点はとても興味深い。メタルの伝統的な記号を取り込んで、ほとんどギャグとして消化できるレベルまでもっていくことに成功したのは、このバンドが唯一と言っても良いと思います。それは、ヘヴィメタからヘヴィロックへと(古典からモダンへと)鮮やかな転身を図ったメタリカとは対照的な姿でもあるのです――また、それは スリップノット とも正反対の方向性を示している。  ちょうどスリップノットとドラゴンフォースは同時代的なバンドなのですが、前者がメタルをモダンの文脈によって革新的に再解釈しようとしているのに対して、後者はあたかも保守を貫き通すことによってメタルに延命処置を与えるばかりか新しいステージに立たせようとしているように思えてなりません。

FAUST来日公演@liquidroom

Faust So Far posted with amazlet at 08.09.07 Faust Universal (2007-07-17) 売り上げランキング: 46510 Amazon.co.jp で詳細を見る  ドイツの伝説的アート・ロック・バンド、ファウストの来日公演へと行った。11年ぶりの再来日だという。ロック・バンドといえば概ね、カリスマ的なメンバーがいて、それを中心として語られることが常套句となっているけれども(レディオヘッドにおけるトム・ヨーク、みたいな。もちろん、ツェッペリンみたいに全員が中心みたいな特異点はあるわけだけど)、ファウストというグループは少し特殊で、これまで特にそういった語られ方はしてこなったと思う。だからと言って演奏能力がすごい!という売りがあったわけでもない。「ドイツの山奥の廃校にコミューンを作ってレコーディングをしていた」とか「最初の解散ライヴで卓球をやった(実際はピンボールをしたらしい)」とかいうエピソードばかりが伝えられ、かなり謎のグループだったというのがファウストの一番の売りだったのかもしれない。しかし謎だからこそ、この来日で何をしてくれるのかはものすごく楽しみだった。しかも、前情報によれば「過去の楽曲も取り上げる」と言うではないか。  だが、その期待は見事に裏切られることになってしまった……しかも最悪な意味で。2時間近くに渡って観せられたのは、なんの魅力も無いライヴ・ペインティングと「ソニック・ユースに影響を受けたB級オルタナバンドのインプロヴィゼーション」みたいな演奏、それから「今何時代?それ何クサス?アインシュテュルツェンデ何バウテン?」っていう伝統芸能染みた工具による前衛っぽいパフォーマンスだけで、本当にがっかりした。「うわー、伝説ってホントに伝説じゃん、これ……」みたいな検証に安くは無いチケット代を払ったような気分になり、終演後塩辛をつまみながらヤケ酒するぐらいひどかった。たしかに音楽は「現代風」の感じ――いわゆるポストロックみたいな――ではあるのだが、ファウストである必要が全く無い音楽。これは「昔のファウストはすごかったけど今は……」という保守的な意見ではなくて、普通にダメなバンドを観せられた気がした。貫禄だけはすごかったけど……。  とはいえ、グラインダーやチェーンソーなどを使用した伝統芸能染みたパフ

そういえば9月にこんなカッコ良いフィギュアが出るよ

リボルテックヤマグチ No.61 プロテクトギア posted with amazlet at 08.09.06 海洋堂 (2008-09-15) 売り上げランキング: 8 Amazon.co.jp で詳細を見る  『スカイクロラ』はあんまり……だったけど押井守ファンなら誰もが涙して喜ぶ(はず)のフィギュアが今月出ます。押井監督の実写映画『紅い眼鏡』からプロテクトギアのフィギュア化。写真を見る限り最強感が漲っていて、特にフィギュアを集めているわけではないんだけど、思わず予約注文しちゃう感じ。この『紅い眼鏡』っていう映画もそんなに面白くないんだけど(っつーか、やっていることは今とあんまり変らないんだよ!すげーな、それ!)、モーゼルC96にストックつけて遠距離射撃したり……っていうギミックは相当カッコ良い。 犬狼伝説―Kerberos panzer cop (完結篇) posted with amazlet at 08.09.06 藤原 カムイ 押井 守 角川書店 Amazon.co.jp で詳細を見る

そういえばピンクのキリンを作りました

 私、こう見えて大の動物好き、というよりも動物園好きなのですが、先日ふらふらと文房具屋を歩いていたら段ボールを素材とした動物模型が売っていたので「キリン」をチョイスして購入してしまったのであります。 AKI.CO.,LTD.  ↑の製作元のサイトを見たら、他にも「サイ」だの「ウマ」だの色々いるんですが、熱望しているのは「ゾウ」。それも耳が小さいインドゾウではなくて、耳が大きくてダイナミックな感じが溢れるアフリカゾウを作って欲しい。

黒田硫黄『あたらしい朝』

あたらしい朝 1 (1) (アフタヌーンKC) posted with amazlet at 08.09.04 黒田 硫黄 講談社 Amazon.co.jp で詳細を見る  黒田硫黄の単行本最新刊。これまで以上に「漫画にとって絵ってなんだろうな」って考えさせられるような漫画である、と思った。「これは良い漫画だ」と言うとき、絵の精密さ/正確さなんて漫画にとって実はちっぽけな技術に過ぎず、絵が精密でなかったり、正確でなかったりしても、コマとコマの間にある動きがあれば「良い漫画だ」って言えてしまえるような……とか言っていると、じゃあ、一体、我々はどのように漫画を読んでいるのか、っていうところに気が向かう。その認識方法はどうなっているのだ、と。漫画。それ自体は1ページに描かれた絵なのだが、その1ページはコマによって区切られていて、1ページのなかの1コマのなかにも絵がある。コマ、というミクロな見方もできれば、ページ、というマクロな見方もできる。しかし、ページもコマの連なりによって形成されたものであり、もっと大きく捉えるならば「漫画」はページの連なりによって形成されたものである……となると、我々は漫画の何を読んでいるのだろうか。言うまでもなく、以上のようなことはきっと「漫画論」をやっている人が既に論じているのだろうけれど、『あたらしい朝』を読んだらそのようにして書かれたものを少し読んでみたくなった。とても映像的(っつーか動画的)な漫画である、と思う。しかし、実際のところ、それは映像(動画)ではなく、1コマ、1コマの静止画でしかない。ではそのときの映像「的」――この「的」が生まれる源泉にはなにがあるのだろうか。

カール・マルクス『資本論』(五)

資本論 5 (5) (岩波文庫 白 125-5) posted with amazlet at 08.09.03 マルクス 岩波書店 売り上げランキング: 84454 Amazon.co.jp で詳細を見る  今年はじめた「マルクス・マラソン」、『資本論』全9巻を何とか折り返す。巻を進めるごとに読み飛ばすページが増え、読んでいる間の苦行感は増していくばかりでそろそろしんどさを増していく。読みながら多くのマルクス挑戦者がなぜ挫折しなくてはいけなかったのかなどを考えてしまった。1~3巻までとは違って、4巻からは分析というよりは、その証明の部分に文章が割かれているのが原因なのか。根っからの文系頭には数式が出てきた瞬間に「ああ、もうダメ!」と思ってしまい、次第に自然と「読まなくても良い部分」と認識していることに気がついてびっくりしてしまう。どうすれば読めるようになるのか。ちゃんと頭を使って読まなければならないのだろう。そういった余裕がない人には、マルクスの分析だけを要約したような本のほうがためになるような気さえしてくる。このままでは「『資本論』を読んだ」という事実が、本当に「読んだだけ」という何の意味もない事実にしかならないので、大変である。  本の四分の一ぐらいは「アダム・スミスとその一派たちがいかにダメな分析しかしていなかったか」を延々と語っている部分。これもちゃんと読むことができないので、どこがどう間違っているのかよくわからない……。本当に無意味な読書の時間を費やしているようで泣きたくなったが、後半はどういう風にして資本は拡大し再生産されていくのか、みたいな話。これも1~3巻までで似たような話がされているんじゃないか……と思いつつも、よくわかんねぇ……で、泣きたくなった。経済学の本って読んだことないんだけど、こんなに難しいの?――これまで親しんできた社会学とはまるで別な言語で語られる分析と証明に死にたくなるほどの絶望感を与えられました。読み方が全然わからないよ。