2013年に読んだ本を振り返る

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  1. ヴァルター・ベンヤミン 『パサージュ論』(5)
  2. ロバート・クーヴァー 『ユニヴァーサル野球協会』
  3. カール・シュミット 『政治神学』
  4. Jon McGinnis 『Avicenna (Great Medieval Thinkers)』
  5. デビッド・アレン 『はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』
  6. 小川明彦 阪井誠 『Redmineによるタスクマネジメント実践技法: チケット駆動開発+テスト工程管理のA to Z』
  7. 内田百閒 『御馳走帖』
  8. ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン 『美味礼讃』
  9. ニクラス・ルーマン 『目的概念とシステム合理性: 社会システムにおける目的の機能について』
  10. Vergilius 『Eclogues』
  11. 御厨貴(編) 『近現代日本を史料で読む: 「大久保利通日記」から「富田メモ」まで』
  12. Michael Barkun 『A Culture of Conspiracy: Apocalyptic Visions in Contemporary America』
  13. P. O. クリステラー 『ルネサンスの思想』
  14. 井筒俊彦 『マホメット』
  15. フレデリック P. ブルックス Jr. 『人月の神話』
  16. グレンフォード J. マイヤーズ 『ソフトウェア・テストの技法 第2版』
  17. 山本新 『周辺文明論: 欧化と土着』
  18. 石井淳蔵 他 『ゼミナール マーケティング入門』
  19. ウィリー・ヲゥーパー 『ボサノヴァの真実: その知られざるエピソード』
  20. トーベ・ヤンソン 『ムーミン谷の仲間たち』
  21. フィリップ・コトラー 他 『コトラーのマーケティング3.0: ソーシャル・メディア時代の新法則』
  22. 鶴蒔靖夫 『保険の流通革命: 驚異の成長を続ける日本最大級の保険代理店の挑戦』
  23. ドナ M. ウォン 『ウォールストリート・ジャーナル式図解表現のルール』
  24. 平岡隆二 『南蛮系宇宙論の原典的研究』
  25. ジム・フジーリ 『ペット・サウンズ』
  26. 牛越博文 『よくわかる介護保険のしくみ』
  27. ガー・レイノルズ 『プレゼンテーションZen』
  28. 内田百閒 『ノラや』
  29. Beryl Smalley 『Study of the Bible in the Middle Ages』
  30. 慧皎 『高僧伝』(3)
  31. 橋本毅彦 『近代発明家列伝: 世界をつないだ九つの技術』
  32. 荒俣宏 『異都発掘: 新東京物語』
  33. 菊地成孔 『あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っ ていた筈だ』
  34. 鈴木翔 『教室内(スクール)カースト』
  35. 雨宮まみ 『女子をこじらせて』
  36. カブレラ=インファンテ 『亡き王子のためのハバーナ』
  37. マルティン・ルター 『マリヤの讃歌 他一篇』
  38. Ann M. Blair 『Too Much to Know: Managing Scholarly Information before the Modern Age』
  39. 村上春樹 『色彩を持たない多埼つくると、彼の巡礼の年』
  40. Anthony Grafton 『What was History?: The Art of History in Earyl Modern Europe』
  41. エルンスト・トレルチ 『ルネサンスと宗教改革』
  42. 榎本恵美子 『天才カルダーノの肖像: ルネサンスの自叙伝、占星術、夢解釈』
  43. ヨハン・ホイジンガ 『中世の秋』
  44. 鹿島茂 『文学的パリガイド』
  45. 榎本恵美子 『ナポリ日記』
  46. 斎藤環 『生き延びるためのラカン』
  47. 鹿島茂 『パリ時間旅行』
  48. 荒俣宏 『大博物学時代: 進化と超進化の夢』
  49. コンドルセ 『人間精神進歩史』
  50. Philip Melanchthon 『Orations on Philosophy and Education』
  51. ウラジーミル・ナボコフ 『賜物』
  52. 菊地成孔 『時事ネタ嫌い』
  53. ロバート・J・W・エヴァンズ 『魔術の帝国: ルドルフ二世とその世界』
  54. 押切もえ 『モデル失格: 幸せになるためのアティチュード』
  55. ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン 『哲学探究』
  56. 押切もえ 『浅き夢見し』
  57. プイグ 『蜘蛛女のキス』
  58. 石橋純(編) 『中南米の音楽: 歌・踊り・祝宴を生きる人々』
  59. 辻隆太朗 『世界の陰謀論を読み解く: ユダヤ・フリーメーソン・イルミナティ』
  60. フランセス・A・イエイツ 『世界劇場』
  61. 『もう限界!! 介護で仕事を辞めないために読む本』
  62. 谷川健一 『沖縄 辺境の時間と空間』
  63. 五十嵐太郎 『新編 新宗教と巨大建築』
年末振り返り企画の読書編である。今年は63冊の本を読めた(うち英語の本が6冊、ラテン語の本が1冊)。多忙につき、ラテン語の勉強を中断せざるを得なくなったのが悲しいことだが英語はまだ読めている。今年も小説をあまり読まず、歴史とか思想史とかの本ばかり読んでいたようである。一冊「読んだ of the year」を選ぶとするなら……

Too Much to Know: Managing Scholarly Information before the Modern Age
Ann M. Blair
Yale University Press
売り上げランキング: 85,601
を挙げたい。来年はもっとKindleを活用して洋書を読むスピードをあげていきたい。

関連エントリー

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2013年に聴いた新譜を振り返る

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  1. Yo La Tengo / Fade
  2. Riccardo Chailly, Filarmonica Della Scala / Viva Verdi: Ouvertures and Preludes
  3. Caetano Veloso / Abraçaço
  4. Iceage / You're Nothing
  5. David Bowie / The Next Day
  6. My Bloody Valentine / m b v
  7. Prince / Rock & Roll Love Affair
  8. umiuma / kaiba
  9. キリンジ / Ten
  10. Massacre / Love Me Tender
  11. Louis Cole / Album 2
  12. James Blake / Overgrown
  13. Johnny Marr / The Messenger
  14. Vampire Weekend / Modern Vampires of the City
  15. 細野晴臣 / Heavenly Music
  16. 吉川晃司 / Samurai Rock
  17. Daft Punk / Random Access Memories
  18. Original Love / Electric Sexy
  19. にせんねんもんだい / N
  20. 助川太郎 / This is Guitarist
  21. Charisma.com / アイ アイ シンドローム
  22. Kristoff Silva / Deriva
  23. Metallica / Through the Never
  24. キリンジ / KIRINJI TOUR 2013~LIVE at NHK HALL~
  25. V. A. / And I'll Scratch Yours
  26. 坪口昌恭 / A Cat In Modular
  27. Lee Ranaldo & The Dust / Last Night On Earth
  28. Body/Head / Coming Apart
  29. Chelsea Light Moving / Chelsea Light Moving
  30. Cut Copy / Free Your Mind
  31. Juana Molina / Wed 21
恒例の年末振り返り企画、新譜編である。今年は4月から仕事の内容が大幅に代わり多忙極める一年であったので、新譜の購入枚数も減っているかと思いきや、去年よりも枚数では買っていた……(ディスクユニオンに通い詰めることがなくなったので旧譜の購入枚数が激減しているのかもしれない。あとクラシックのCDを一枚しか買わなかった)。以下では、いくつかこれは聴きまくっていた、というものをピックアップしておく。

Random Access Memories
Random Access Memories
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Daft Punk
Sony (2013-05-21)
売り上げランキング: 113
たぶん今年一番聴いたアルバム。


Ten(初回盤)
Ten(初回盤)
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キリンジ
日本コロムビア (2013-03-27)
売り上げランキング: 13,619
兄弟バンドとしては終了したキリンジだが、終了してから一層好きになった。旧譜を含めて聴きまくっていた。

Free Your Mind
Free Your Mind
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Cut Copy
Republic (2013-10-31)
売り上げランキング: 4,776
今年一番の衝撃だったかもしれない。

来年も良い音楽に出会えると良いなあ。


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五十嵐太郎 『新編 新宗教と巨大建築』

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新編 新宗教と巨大建築 (ちくま学芸文庫)
五十嵐 太郎
筑摩書房
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タイトルからは「新宗教は(おかしなメンタリティを持っているので)異様な巨大建築を立てがちである」的なキャンプ視線の批評を想像してしまうのだが、そうではない。近代の建築批評・建築史において無視されてきた、という新宗教の建築物を各宗教の歴史や信仰などと絡めながら分析した希有な本。たまたま最近、建築絡みでフランセス・A・イエイツの『世界劇場』を読んでいたけれど、改めて、建築が書物や音楽と同様になんらかのメッセージを伝えるメディアであることを意識させられもし、信仰における物語・言葉と、建築あるいは都市設計とが一致して動いていた点を解説するところはインテレクチュアル・ヒストリー的、というか、イコノロジー的な作品であるように読める。日本の近代化と国家神道政策と対立した大本教の建築について分析したパートなど非常に話のスケールが大きく、新宗教の成立史だけでなく、そもそもの日本の近代初期における宗教政策について興味を掻きたてられた。大名著。

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谷川健一 『沖縄 辺境の時間と空間』

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沖縄―辺境の時間と空間 (1970年)
谷川 健一
三一書房
売り上げランキング: 966,416
今年亡くなった民俗学者、谷川健一の著作を読む。これは彼が1969年の暮れから1970年のあいだ(本土復帰前の)八重山・宮古諸島を調査した記録、そしてこの島々に住む人々がかつて苦しめられてきた人頭税とその撤廃運動についての歴史を描いたものである。「沖縄」というと沖縄以外の人間は、日本を代表するリゾート地であり、長寿の土地であり、なんだかこう、放射能が怖くて逃げてきた人とかロハス好きの人たちのユートピア的な雰囲気があって、沖縄本島も、宮古島も石垣島も西表島も、一枚岩でそういうユルっとしたイメージで捉えがちだ。というか、わたしがそう思っていた。しかし、この本を読むと歴史的には沖縄本島から与那国島までのこの琉球諸島は、地図に表れた通りに分断されていて、とてもひとつのイメージでは語れないのではないか、という風に思わされる。

17世紀初頭に琉球王国が薩摩藩の配下におかれると、1637年から1903年の266年間、八重山・宮古の島々の人々は、過酷な徴税のもとに隷属的な状態にさらされる。その支配は、薩摩藩という外部から直接的におこなわれるばかりでなく、本島から送られた琉球王国の役人からも管理される形となった。本土から遠くなるにつれて支配が過酷なものとなり、また、支配されるものの下に更なる支配がある、という構図がここでは存在した。これは「地方が搾取されている」という現代でも時折見受けられる言説を彷彿とさせもするし、沖縄という土地がある時からずっと搾取され続けている、ということを思い起こさせもする。米軍基地以前からずっと、この土地はなにかを差し出し続けてきたし、さらにその差し出し続けてきたことが外部の人間からほとんど無視されてきたのではないか、などと反省も交えながら考えもした。

石垣島で初めての気象観測所のスタッフとして尽力した岩崎卓爾や、『南島探検』の笹森儀助の記録は、ただ単に面白い人間の面白い記録としても読める。けれども、岩崎も笹森も、この島々の過酷さにはなにがしかのシンパシーを抱いていたことが谷川が描く人物像からは受け取れることは特に興味深く読めた。不思議なことに、岩崎も笹森も、そして、「沖縄の人々の味方をしすぎる」という理由で罷免された第2代沖縄県令、上杉茂憲も、東北出身の人間だった。彼らが沖縄の人々に感じたシンパシーは、中央からの遠さに所以するものではなかったか、とも邪推してしまうのだが、そうしたシンパシーを受けながら、かの土地の人々は闘争を続けていたのである。

2011年にわたしが生まれた県では、大きな事故が起きた。同じ県出身のさるパンク歌手は事故後のインタビューで、沖縄の基地をめぐる闘争の例を出し、その闘争を参照する必要があるのでは、と語っていたと思う。これもまた「中央からの遠さ」をめぐるシンパシーだったのかもしれない。

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『もう限界!! 介護で仕事を辞めないために読む本』

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もう限界!! 介護で仕事を辞めないために読む本

自由国民社
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仕事関連の本を読む。自由国民社(すごい社名)からは「もう限界!!」シリーズで介護関係の本をいろいろとだしていて、これはその一冊。75歳以上の日本人の3人にひとりは何らかの介護認定を受けている昨今だが、自分が元気なうちは介護になんか関心が持てないのは当然のこと。しかし、自分が元気でも親が急に倒れちゃって介護が必要に……なんて言うのはありえる話だから、親が還暦過ぎたらこういう本を読んで心の準備をしておくのは無駄なことではないと思う。仕事で介護についてかなり調べていたんだけれども、家族を介護している人の5人だか4人にひとりは「うつ」になったりしてるんですよね。それぐらい介護は大変。で、本書は、仕事を続けながら介護をするための基礎知識がギュッと詰まっていてホントに役立ちそう。介護を理由に転職するときの面接の受け方や履歴書の書き方まで丁寧に教えてくれる。介護で心がつらくなったときに心を整える方法なんかは、介護に限らず、仕事がつらいときとか、就活が上手くいかないとか、さまざまなシーンで活用できそうな汎用性があると思った。

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新しいヘッドフォン買いました日記 (JVCケンウッド HA-FXD80-Z)

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JVCケンウッド JVC ステレオミニヘッドホン HA-FXD80-Z
ビクター (2012-06-12)
売り上げランキング: 641

これまで使っていたヘッドフォン JVCケンウッド HA-FXD70が1年3カ月で断線した。同じのを買っても良かった(Amazonで3000円ちょっとで買えるのに相当音が良い。よく断線させてしまう人にはコストパフォーマンス的にかなりありがたい)のだが、なんだかつまらないかな、と思ってその上位機種的なHA-FXD80-Zを購入。これもAmazonだと5000円弱。価格的には「ほんのちょっと贅沢してるかな」ぐらいの感覚か。音的にはHA-FXD70と同じ系統で、音の分離がよく、クリアな音。低音の重さや、中高音の密度が全体的により強調された印象を持った。好みの問題にもなるので、HA-FXD70とHA-FXD80-Zでどちらが「優れているか」はちょっと微妙なところである。「HA-FXD70を買うなら、あと2000円弱だしてHA-FXD80-Z」というわけでもない。HA-FXD80-Zのほうがコストパフォーマンス的にはやや落ちる気もする。

ただ、迫力感が増しているのは確かなので、最新リマスター版の山下達郎など、前よりも気持ち良い聴ける。あとPanteraとかSlayerのバスドラがブラストしている音楽を聴くのも楽しい。イヤーピースのサイズ選択が重要なので、少し窮屈かな? ぐらいの大きさのものを選ぶと良いと思います。

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フランセス・A・イエイツ 『世界劇場』

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世界劇場 (晶文全書)
世界劇場 (晶文全書)
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フランセス A.イェイツ
晶文社
売り上げランキング: 859,505
1969年に発表されたイエイツの『世界劇場』を読む。読みはじめるまで知らなかったが、本作は『記憶術』(1966年)の続編的な位置づけで、『記憶術』で示唆されたロバート・フラッドの記憶術の記述が、シェイクスピアが劇作家として活躍した失われたロンドンの公衆劇場「グローブ座」の謎を解き明かす鍵なのでは……というアイデアを膨らませた中篇である。『記憶術』もまた『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス主義の伝統』と大きく繋がっている作品なので、この3冊は連作と捉えられるだろう(『記憶術』と『ジョルダーノ……』については、当ブログで過去に詳しくまとめた。連載記事のまとめページを参照のこと)。なので、3作を順番に読んだ方がイエイツが立てた大きなストーリーは把握しやすいかもしれない。

ルネサンス建築における理論家としての最重要人物、レオン・バティスタ・アルベルティは、共和政ローマ時代の建築家、ヴィトルーヴィウス(ウィトルウィウス)の理論書を再評価し、自身の建築理論書に反映させた。この建築理論をルネサンス後進国であるイングランドに輸入したのが、建築家、イニゴー・ジョーンズである……という通史にイエイツは、イニゴー・ジョーンズの登場の背景に存在した知的な動きの存在を書き加える。

ジョン・ディー、ロバート・フラッド。前者はルドルフ2世とも交流をもち交霊術などでも人気を博した錬金術師、後者はパラケルスス医学を実践した医師、どちらも生存していた頃から「詐欺師」「いかさま師」という批判を受けてきた人物である。イエイツは、この2人が作り上げた知的風土があったからこそ、イニゴー・ジョーンズは登場できた、という。イニゴー・ジョーンズに先駆けて、ジョン・ディーやフラッドらが、数学的計算によって導かれた「すべての芸術や科学の基礎をなしている比例(プロポーション)と均整(シンメトリー)の理論」を用意していたのだ。また、イエイツはイニゴー・ジョーンズの建築理論、とくにストーンヘンジの調査から、魔術・占星術の影響を読み解いてもいる。建築史、演劇史、思想史、さまざまな流れがひとつのストーリーになっているのは、イエイツの著作を読む面白さだ。

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Juana Molina / Wed 21

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Wed 21
Wed 21
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Juana Molina
Crammed Disc Us (2013-10-29)
売り上げランキング: 772
「アルゼンチン音響派の歌姫」と称されるファナ・モリーナの新譜を聴く。わたしが彼女の音楽を聴くのはこれが初めてだけれども(現在、51歳の女性に歌『姫』はどうかと思うが、写真によっては少女ライクな容姿であって『姫』感はある)、なるほど、アルゼンチン音響派ってこんな感じだったかも、と思わされる摩訶不思議なサウンドで彩られた一枚。本作はファナ・モリーナによってすべての楽器演奏がおこなわれているそうだが、かつては鬼才、フェルナンド・カブサッキとも共同作業をしていたそうで、2011年に出たカブサッキのソロ・アルバムにおけるユニークな彩りも思い出される。変拍子や、なんだか呪術的なリズムが目立ち、そのあたりには近年のビョークとの近さを感じつつ、わたしのなかで本作と最も近く感じるのは、(バンドになる前の)ウリチパン郡やその首謀者であるオオルタイチの作品であった。おそらくこれも、フリー・フォークとか、フォークトロニカとか、そうした括り方をされているんだろうけれど「○○ニカ」系の音楽に感じられる、癒し臭さ、というか、いけすかなさ、というか、ニューウェーヴのボサノヴァ・カヴァー・コンピとかを喜んで聴いてそうなヤツらに感じるモヤっとした感じ、というか、そうしたところとは縁がなさそうで素敵なんだなあ。

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辻隆太朗 『世界の陰謀論を読み解く: ユダヤ・フリーメーソン・イルミナティ』

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陰謀論研究については今年のはじめごろにアメリカの政治学者、マイケル・バーカンによる『A Culture Of Conspiracy』を読んだ。こちらの『世界の陰謀論を読み解く』(筆者は、北海道大大学院博士課程に在籍中の若手、宗教学者だ)は、バーカンによる陰謀論者のメンタリティ分析をほとんど引き継いでいる、というか、ほぼそのままであるのだが、バーカンの本の邦訳が、参考文献をほぼ削除、かつ、訳者が陰謀論研究者じゃなく陰謀論者である……という問題があることを考えると、本書はコンパクトにまとまっていて、リーダブルな陰謀論研究書として現在最も手に取りやすい一冊だろう。

副題にある通り、研究対象となっている「陰謀の主体」はユダヤ・フリーメーソン・イルミナティである。バーカンの本だとこれに、スペーシーというかギャラクティックというか要するに「宇宙と交信しちゃう系の人」だとか、地球空洞説だとか、いろいろ楽しげな人が付け加えられ、より多彩である一方、『世界の陰謀論を読み解く』のほうは、アメリカの福音派(彼は共和党の支持基盤のひとつでもある)のなかに流入する陰謀論の解説など深く切り込んでいる部分もある。もちろん日本における陰謀論受容史(戦前・戦中にユダヤ陰謀論が日本の知識人・政治家の一部に流行した、とか、80年代に自民党保守派のなかにユダヤ陰謀論を真に受けている人がいた、とか)や、オウム真理教、ベンジャミン・フルフォード、リチャード・コシミズ……といった日本のトピックも豊富である。

どうしてある種の人々は陰謀論を信じてしまう(というか、陰謀を見いだしてしまう)のか。彼らのメンタリティは「世界を統一的に簡単に理解したいと願う人びとは、世界を動かす見えない主体の可視化を求め、世界を動かす主体に明確で首尾一貫したアイデンティティを求めているのである」(P.203)という言葉に端的に言い表されている。とはいえ、これと似たような態度は、陰謀論者でなくても持っているハズである。株価の変動の理由、大きな地震が起きる理由、テロが起きる理由……なんでも良いけれど「理由」を求めるメンタリティと、陰謀論者のそれとで、どう構造的に違っているのか。違っているのは「理解したい」という気持ちにおける程度の問題ではないのか、とも思えてくる。

いわゆる「エコノミスト」と呼ばれる人のなかには「今年必ず株の暴落が起きる」とか「今年の○月に世界大不況が起きる」とかいう予測を毎年出している人がいるという。こうした人々の姿も、本書で描かれる陰謀論者の姿……「多くの陰謀論では、『いま』がまさに陰謀の最終段階なのであり、同時にわれわれが真実に目覚め、『彼ら』の野望を阻む最後の機会なのだと主張される」(P.257)……と重なるものがある。私(と私の支持者)だけが本当のことを知っている、世界を救えるのは私たちだけなのである、だから、私たちは大きく警鐘を鳴らさなければいけない……こうした使命感と「私たち以外」への排他性は、件のエコノミストたちにも共通するだろう。いたずらに「陰謀論者」で括られる対象範囲を広げても仕方がないけれど、陰謀論者的メンタリティは、陰謀論者だけが持つわけではない。そして、陰謀論者とそうでない人びとの距離はそう遠くはないのである。

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石橋純(編) 『中南米の音楽: 歌・踊り・祝宴を生きる人々』

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中南米の音楽―歌・踊り・祝宴を生きる人々

東京堂出版
売り上げランキング: 364,990
(いわゆる)ワールドミュージックを聴く、というのは単に音楽だけを聴いて楽しむだけではなく、音楽から(歴史も含めた)文化を、文化から音楽を読み解く、というある種、学究的な楽しみがあると思う。ここ数年、南米の音楽を継続的に聴いていて、とくにそれを感じていて、原住民の、ヨーロッパからの、アフリカからの音楽・文化の複雑な混合がわかる瞬間はなかなかに楽しい。単なる蘊蓄に過ぎない、と言ってしまえばそれまでだけれども、音楽とテキストは、ワールドミュージックを聴くうえで切り離せないものになってしまっている。だから、単なるディスク・ガイドのようなものではなく『中南米の音楽』のような本はありがたい。

本書がとりあげる中南米の国々は、メキシコ、キューバ、ジャマイカ、ベネズエラ、ペルー、ボリビア、ブラジル、アルゼンチンと多岐に渡っているけれど、それぞれの国ごとに書かれ方や取り上げられ方が異なっている。ブラジル、アルゼンチンの音楽はそれぞれ、ボサノヴァ、タンゴが有名だけれども、ここではそうした既によく知られたものではなく、ブラジルの田舎(風)音楽であるムジカ・セルタネージャや、独裁政権下におけるアルゼンチン・ロックについて記述されている。ここから都市の音楽であるサンバやボサノヴァとは違ったブラジル音楽の深さを知ることもできるし、また、1976年(パンク誕生の年だ)のペロン失脚後の悪夢のような市民への弾圧のなか歌われたロックとその意味は、今日のアルゼンチンのポップ・ミュージックを聴くうえでも重要なものになるだろう。

知られざるものを明らかにする部分では、ベネズエラ、ペルー、ボリビアの音楽の紹介が輝いている。なかでも個人的にはベネズエラの章を読んでいて「コーヒールンバ」がこの国発祥の楽曲であることを知って大変に驚いたのだった(大体ルンバってキューバ発祥だし。しかも私が一番馴染みのある井上陽水によるカヴァーは、ダブ的なアレンジになっているので余計に国籍がわからない)。

ほかにベネズエラの音楽では、70年代に活躍したビタス・ブレネルが気になった(上の動画。音楽の本を読んでいて、こんな風にすぐ音楽にもアクセスできるって素晴らしい時代だ)。伝統のリズムとプログレッシヴ・ロックの融合(ヴァンゲリスみたいである)が衝撃的に良い。

また、文化史的なものでは合衆国におけるラテン文化とサルサや、合衆国とメキシコのボーダーにおけるチカーノ文化の紹介が面白いし、ダブをとりあげる章はダブの音響と編集のポストモダン性を指摘する「批評らしい批評」となっていて読み応えがあった。

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Cut Copy / Free Your Mind

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Free Your Mind
Free Your Mind
posted with amazlet at 13.11.21
Cut Copy
Republic (2013-10-31)
売り上げランキング: 797
聴いたことのない音楽に手を出すキッカケが(南米ものは)ディスクユニオンか、仙台在住のDJ兼ヤバい仕事に従事されているtdさんによるブログ『日々の散歩の折りに』のふたつに固定されつつあり、その傾向は日に日に高まっているのだが、Cut Copyの新譜もまたtdさん経由である。このアルバムに関するあっつい記述については先行するtdさんの文章を読まれたし。最高である。Soft CellやDead Or Alive、そしてヴォーカルはちょっとブライアン・フェリーが入っている、というtdさんのオルター・エゴが音楽化したごとき作品なのだが、一瞬でわたしもズッパマってしまったのだった。いまが21世紀であることを疑いたくなるシンセベースとドラムがまず最高であるし、ウワモノのアルペジオ感とか多幸感に溢れていて、ニヤニヤしてしまう。tdさんも書かれているけれども、昔っぽい音、にも関わらず、懐古感がないのがまた素晴らしいのだよなあ。ネタでこういうことやっています、という態度で音を作っていない、というか。これはかつて、Franz Ferdinandが登場したときの感覚に近いのかもしれない。しばらく毎日聴くと思う。

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いま好きな力士

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我が家に録画機能がついているテレビがやってきたのは最近のことだが、あ、録画機能ついてるなら相撲も録画で見れるじゃん、と気づいたのも先場所(九月場所)からなのだった。そういうわけで最近の楽しみと言えば、九州場所である(深夜にやっている『大相撲 幕内の全取組』を録画して観ています。取組だけのダイジェストだと、土俵入りの間とかが観れないのでこれはこれで味気ないのがあるけれども)。これまで土日の暇なときに観るぐらいのライトな相撲ファンに過ぎなかったが、今が一番相撲を観ている、と言って良い。15日間毎日やっていて、毎日面白いんだから辞められないのである。そういうわけで、今日はいまわたしが「好きだな〜」と思う力士について書いてみる。

舛ノ山(1990年生)
押し相撲を得意とする力士はそんなに好みではないが、顔がとても好きである。五月人形系というか、すごく丸々としている。毎回取り組みが終わった後、ぜいぜいと肩で息をしており「この人は、本当に相撲を続けていて大丈夫なのだろうか……」と心配になる(肺が人より小さいらしい。「20秒しか戦えない力士」という異名もある)。これから強くなりそうな期待感とかもそんなにないのだが、佇まいが素晴らしい。

宝富士(1986年生)
この人も顔が良い。生え際が若干後退しているのか、額が広いので、パッと見、ベテランかと思うのだが、そんなに自分と年齢が変わらないのでびっくりする。Wikipediaを読んだら『マツコ・デラックスに似ている』という記述があるが、それはわからなかった。個人的には、安西水丸が描く似顔絵みたいな顔だな、と思って、印象に残る。どんな相撲をとっているかはイマイチ印象がないのだが、顔ばかりが気になる。

松鳳山(1984年生)
とにかくこの人は肌が黒い。「え、いつのまに黒人の力士が!?」とびっくりするぐらい黒い。今場所、アフリカ大陸出身の力士では初の新入幕を果たした大砂嵐(エジプト出身)と同じかそれ以上に黒い。先場所よりも黒くなっている気がするので、日サロに行っているのでは、と思う(事実関係は不明)。そして顔もすっげえ怖そうな顔をしている。そして、わたしの弟にすげえ似ている。しかし、中身は普通の青年っぽいところが良い……。先場所、横綱・日馬富士から初の金星をあげて、感極まって泣いてしまうシーンでもらい泣きしてしまい、今場所も彼が勝つ度にまた泣いてしまうのでは、と思って、泣きそうになってしまう(福岡出身で地元だし)。

名前がカッコ良いですよね、まず(英語にしたら impulse ですよ)。右からガッツリぶつかっていく取り口のが印象的だが、そのせいか右肩にインプラントでも入っているのでは、というほどの大きなコブがある。これも頑張っている感があってすごく良い。あと、鼻がクルミを割った断面のような形をしていて印象が強い。先場所は上位陣とあたってあまりいい結果を残せなかったが、どこまで右肩のコブが大きくなるのか気になる。

以上、なんか相撲内容じゃなく、外見の話ばかりになってしまった。まあ、相撲内容以外の部分も含めて相撲が好きなのだよな。今場所は今年引退した元大関・雅山が毎回花道で見切れているところなども見所。あと一昨日から日馬富士が塩をまく直前のポーズが気になりまくっている(右手に塩をもち、右足の踵が浮いていて、左手はまわしにあてている。同じくこの塩のまき方が気になっている人がいたようで嬉しい。この人、平蜘蛛型の仕切りと呼ばれる仕切りも目立つし、なんか意味があるのかもしれない)。

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集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#16 プイグ 『蜘蛛女のキス』

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蜘蛛女のキス (集英社文庫)
マヌエル・プイグ
集英社 (2011-05-20)
売り上げランキング: 79,180
わたしが読んだのはもちろん集英社の「ラテンアメリカの文学」ハードカバー版であるが、上記のリンクは現行の集英社文庫版。第16巻はアルゼンチンのマヌエル・プイグの『蜘蛛女のキス』である。この小説が映画になっていることは読む前から知っていたのだけれども、なぜか作者のマヌエル・プイグを女性の作家だと思い込んでいて「苦手かもしれない」と予感していた(女性が書く小説って苦手意識がある。またマヌエル・プイグの性別の誤認識に関しては、小説のタイトルに『女』と入っていること、そしてマヌエルというファースト・ネームが『エマニュエル夫人』を連想させることが理由にあげられるだろう)が、これは震えるほどに感激した。ここまで読んできた16冊のラテンアメリカの作家によって書かれた小説のなかで最もメロウな小説ではないか。基本は主人公ふたりによるセリフのやりとりによって進行し(戯曲のようだし、実際、作者自身が戯曲化している)、ぶっ飛んだ想像力で読み手を魅了する魔術的なリアリズムもない。でも、そのセリフだけによる淡々とした語りによって、愛、というか、こう、グッとくる世界に引き込まれてしまう不思議なテキストである。

主人公は性犯罪で収監された同性愛者の男(ざっくりと言えば、オカマの人だ)と政治犯の男。同じ牢屋に閉じ込められたふたりの「男の話」なのだけれども、ここで描かれているのは「男女の愛」である。同性愛者の男は、模範囚として釈放してもらうかわりに、政治犯の男から彼が所属している革命組織の情報を得るよう取引をしている。政治犯の男は、同性愛者の男に対して偏見を隠せないでいる。この関係が次第に「愛」へと進んでいくのだが、これは「牢屋」という吊り橋効果的なものばかりではない。(訳者による解説でも指摘されていることだけれども)革命を夢見ながらも女性に対してはかなり保守的な考えをもつ政治犯の男が「成熟した子供(子供のまま成熟した大人)」であれば、それに尽くそうとする同性愛者の男の態度は「セックスつきの母親」のようである。

男性代表のつもりで意見を言うつもりはないし、また、男性の身分でこんなことを言うのは大変気持ちが悪いのだが、自分は子供のままで、セックスつきの母親に世話してもらえる、ってひとつの理想型なのだろう。あまりにも男性優位な愛の形態は、作中でも「搾取」という言葉で語られているが、これがまっすぐに批判されているのではなく、男と女(役のオカマ)のあいだで語られることによって、異化され、おかしみをもった戯画として読める。これも問題がある発言かもしれないけれど、男の相手がオカマだから、おかしみがあるのだ。一応、悲劇なんだけれど。牢屋のなかでの時間つぶしであり、同性愛者の男からすれば、政治犯の男と関係をもつための手段に過ぎなかった「好きな映画」についての語り。これがまたすごいんだよね……。あたかも映像とサウンドトラックが奇跡的にマッチしたような効果があるように思った。

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押切もえの小説を読んだが、彼女は天才かもしれない(押切もえ 『浅き夢見し』)

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浅き夢見し
浅き夢見し
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押切 もえ
小学館
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押切もえが構想・執筆に3年かけて書き下ろした処女小説を読む。お話としては、単純でまったく目が出ないモデル志望の女の子(25歳)が、枕営業を持ちかけられるがビビッて逃走、その話がこじれて事務所をクビに……というどん底に突き落とされたところ……からのサクセス・ストーリーになっており「どん底までまで落ちないと這い上がれないタイプ」という作者自身のメンタリティーが反映されたものとなっている。話としてはすげえ単純な話だし、文章も別に上手くない、というか、どこまで編集の人の手なのかわからないけれど、すげえ入っているだろうなあ……という感じであるが、変なケータイ小説よりはたぶん読みやすいのであろう。異様に主語が少ない文章は、句点での区切りも異様に多く、大江健三郎の影響があるのでは、とか、思ったし、突然文章が七五調になったりもし、変態的なリズムで進行する不気味な小説である。もしかしたら天才かもしれない。

実在のブランド(ジミー・チュウの靴がやたらとでてくる気がする)や洋服の記述はさすがにファッション・モデルだな、と思わせるところがあるし、小説の主人公が人気モデルとして成功するまでの道のりには、ダイエットやスキンケアの情報も含まれている。例えば「基礎化粧品は、包み込んで閉じ込める感じで入れていくこと」とか……。小説のなかにファッション雑誌が組み込まれている、といっても良いこの構造は、田中康夫かよ、とも思わされ、またもや、もしかしたら天才かもしれない、と思う。これは凡百のケータイ小説にはない特徴だろう。正直、割とどうでも良い情報ではあるので、軽く読み流してしまうのだが。果たして押切もえファンの女性が、これを読んで、なるほど、お役立ち! となるのだろうか。いや、押切もえファンであれば、この手の情報はすでに常識なのでは……では、誰のための情報なのか……と疑問に思うところがあるけれど。

ベタな展開もだんだん、気持ちよくなってくるんですよね。以下、ネタバレですが、枕営業未遂のシーンでビデオを回されてるとか、最高だな、と思ったし、主人公は最終的に東京ガールズ・コレクション的なイベントにでれるぐらいまで成功するんだけれども、そこでライバル・モデルに怪我させられたりするんだよ……。そのライバルがまた努力で成功をモノにしてきた主人公と違って、天才タイプで成功していくタイプ、なんだけれども「自分がなにやりたいか」とかよくわかってなくて、もう夢に向かって必死感だしまくってる主人公がうらやましい、という動機で怪我させられたりするんだけどさ……これが最終的に主人公の説教によって回心し、「自分も夢に向かって頑張るね」的な和解に至るんだよ!!! すごい、なんかジャンプ漫画みたい!!!!! 天才かもしれない!!!!!

というわけで、押切もえさんの次回作がでたらまた読むんじゃないかな、と思うに至っています。

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ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン 『哲学探究』

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哲学探究
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ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン
岩波書店
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日常的に読書をする習慣をつけるようになっておそらく10年といったところであるが、割によく読むジャンルでありながら、いまだにちっともわからないのが哲学の本である。哲学の本ってどんな本って言われてもすぐに答えられないし、読んでいるあいだは面白いな、と思いつつも、読み終わるとすぐに忘れてしまったりして、読めば読むほど哲学者にはなれそうにない(なりたいとも思わないけれども)と感じたりする。とはいえ「読んでみたいな」「読まなくちゃいけないんじゃないか」と思う本はいくつかあり、ヴィトゲンシュタインなんかはその代表格のひとりだった。まず、ヴィトゲンシュタインという名前がカッコ良いではないですか。「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」とかね。萌えますよ。

というミーハー根性でかつて『論理哲学論考』を読んだ記憶があるが、これはまったくもってよくわからず、今となってはなにが書かれていたか思い出せないし、読み終えたかすらも怪しい。これでヴィトゲンシュタインはわかんない、と諦めていればむしろ救われていたのだろう。『哲学探究』の新訳が出た、と知って、よし、チャレンジしてみるか、と思ったのだから、救われないのである……が、これは大変面白く読んだ。ああ、これは哲学っぽい本であるな、なんか久しぶりに哲学の本を読んでいるぞ、と思いながら。

「はじめに」でヴィトゲンシュタインはこんな風に書いている。「私の書いたものによって、ほかの人が考えなくてすむようになることは望まない。できることなら、読んだ人が刺激され、自分の頭で考えるようになってほしい」。これはすごく的確な表現で、この本を読んでも「わかったぞ!! 世界のことが!!!」とユリイカ感を与えられることはないであろう。言葉がどんな風に通じているのか、とか、言葉をどんな風に使っているのか、とかを平易な言葉で記述され、さながら思考実験の学習ドリルのようだが、一向に「This is 真理!」みたいな感覚に陥らないのである。

けれども、そこが面白い。それまで当たり前だった世界が、言葉によって解体されていき、どんどん不思議に見えていく楽しさは、スリリング、と言っても良いのではないか(読んでいて統合失調症の世界ってこんな感じでは、とも思ったし、そういう意味では危険な本なのかも)。旧訳を見比べたわけではないけれど、新訳の日本語は、淡々としているのに、そういうスリルがスッと入ってくる良い日本語になっているのも良いのかも。この『哲学探究』はヴィトゲンシュタインの遺稿をまとめた本で、いろんなヴァージョンがあり、まだ「決定版」がないのだそう。そういう研究事情を知ると「めんどくせー本だな」と思わずにはいられないが、ひとまず、日本語版なら、コレになるのかな。野家啓一による解説もあわせて読んだら、高校生でも充分にこの本の面白さを味わえそうである。

なお、どうでも良いことだが、本書に出てくるある言葉から、このブログのタイトルは取られている(ただし新訳では、別な言葉になっていた……)。

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自己啓発というドラッグ(押切もえ 『モデル失格: 幸せになるためのアティチュード』)

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モデル失格 ‾幸せになるためのアティチュード‾ (小学館101新書 24)
押切 もえ
小学館
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こないだ出張中にKindleを持っていったのだが、読んでいたのは押切もえの本だった(Kindleを使って初めて読み終えたのが押切もえとは……と思ったが、紙の本よりも読書に集中できるのでKindle最高)。2時間弱ぐらいで読める軽い本だが、面白い。かつて「スーパー女子高生」と呼ばれ、ギャル雑誌の読者モデルの常連として名を売った彼女が『CanCam』専属モデルとなって成功するまでの半生記である。ドヤ顔で自分が重ねてきた努力をアピールする感じではないのだが、恋人を事故でなくしたり、サーフィンで首の骨を折ったり、と紆余曲折があるなか、自分がいかにダメな存在で、それを乗り越えるためになにをしてきたかが語られている。

字が汚いからペン字の本を読む、とか、情報番組のレギュラーの仕事をもらったから新聞を読む、とか、フルマラソンに挑戦したり、今現在も多方面で活躍中の押切さんであるが、このスポ根じみたアティチュードは継続されているようである。なんでこんなに頑張れるのか、他人からみれば不思議だろうし、押切さん自身もよくそういう質問をされると本書に記している。これは、あれだね、自分を追い込むのが気持ち良い的な自分のなかでSMが完結しているような感じなのか。自分のことを「もともとどん底までまで落ちないと這い上がれないタイプ」と語っているのだが、それを自認してるってなんかちょっとおかしいぞ……。這い上がることが日常になってるって普通じゃないじゃない。

これはもう自己啓発というドラッグにハマっている、と言えるのではないか。あと「新しいノートに、やりたいことを100個書き出してみる」とか、他の自己啓発本の引用とかもあるのも面白いし、そもそも新聞読む、とかペン字やるとか、マラソンとか、その努力のラインナップ自体、なにか世間的に「良いね」と呼ばれるものが並んでいるんですよね。ラカン的に言えば(笑)これは他者の欲望に踊らされている状態ですよ。いつか誰かが止めないと、メンタルとかが疲労骨折をするのでは……と心配になるが、でも、骨折するところまで見届けたいな、とも思い、俺はもう押切さんから目が離せない状態なのである。

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奥村隆 「亡命者たちの社会学: ラザースフェルドのアメリカ / アドルノのアメリカ」

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おそろしく久しぶりにアドルノ関連の論文を読む。書いているのは私の学生時代の先生で、私はこの先生のもとでアドルノの音楽批評についての卒業論文を書いており、先生がアドルノを取り上げているのはちょっとした驚きでもあったのだけれども、ノルベルト・エリアスに関する研究のことを考えると「亡命ユダヤ人社会学者」という萌え要素に近いなにかが存在したのではないか、などと想像してしまうのだがそれはどうでも良い。

亡命以降、経験的・量的調査によって社会分析をおこなったラザースフェルドと、社会学者というか哲学者というか美学者というか、なんだかよくわからないけれどもとにかく難しいものを書き続けていたアドルノ。両者の業績をどちらもカヴァーしている人は、そう多くないだろうし(というか全然いないのでは、という気がする)、一見両者にはまったく関係がない、という感じがする。けれども、アドルノがアメリカ亡命時代に研究員のポストを与えられたとき、彼の上司だったのはラザースフェルドである。では、両者の仕事に影響関係があったのか? というと、これはまったくないし、ラザースフェルドにとってのアドルノは「難解なことばっかり書いてる困ったヤツ」であったし、アドルノにとってのラザースフェルドの研究は「社会学って計測できることばかり調べても仕方なくね?」と疑問を抱かせるものだった。つまり全然相容れない存在だったわけだ。

両者は研究者としてやっていることも違えば、亡命時の生活も正反対である。アメリカ社会に馴染もうとし、実際アメリカの社会学界に大きな影響を残した重要人物であったにも関わらず、生涯アウトサイダー感を拭い去れなかったラザースフェルド。それに対して、最初からアメリカ社会に馴染む気がなく、同じ亡命ドイツ人同士でつるみ続け、終戦後にドイツへ戻ったアドルノ。この論文で指摘されている、両者が描き出すアメリカの姿の対称性は当然のようにも思われながらも面白く読んだ。とくに目立った違いは、両者の研究における「マスメディアのもつ社会への影響力」の捉え方である。

マスコミの影響力について考えると、新聞、ラジオ、テレビ、インターネットといったメディアから流される情報が、直接的に人々に影響を及ぼす、ほとんど洗脳に近い様子を思い描いてしまいがちだ。アドルノが考えたメディアの力とは、この図式に完全に乗っかったもので、彼はマスコミを圧倒的な力をもって人々を「規格化」、「愚鈍化」させるものとして考えていた。これに対して、ラザースフェルドが示したのは「マスコミがもつ影響力は限定的」ということだ。『ピープルズ・チョイス』という著作で、彼は1940年の大統領選での意思決定をとりあげ、マスコミの影響力よりも、人の影響力のほうが強かったことを明らかにしている。これはどういうことなのか。ラザースフェルドの「コミュニケーションの二段階の流れ」モデルにおいては、マスコミから流れる情報は、ある集団で影響力を持ったオピニオン・リーダー的な人に流れ、多くの影響はその人から生まれる、という風に描かれている。

このモデルについて、この論文を読んで初めて知ったのだけれども、すげえな、確かにそういうことってありそうだな、と思わされて勉強になった。この図式、2ちゃんねるとか、Twitterなどの各種SNSで飛び交っている言葉の数々を見るにつけ、一層現実味を帯びている気がする(ラザースフェルドの著作は邦訳も原著も絶版になっているので残念)。また、このモデルと対比されたアドルノの文化産業批判が、なんだか自分には理解できないものを「邪悪だ!」としてレッテル張りをしたもののようにも思われてくる。とはいえ、そういうレッテル張りからしか描きえなかったものもあるのだろう、とも思うのだけれども。

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最近の買い物(2013年秋)

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ヨガマット。最近の『めちゃイケ』で岡村さんが筋トレを頑張っているのをみて、衝動的に購入。今年の4月から昼食に自宅からもってきたお弁当を食べるのをやめ、会社員向けランチの超ヴォリュームを「勿体ない」という理由で毎回間食していたせいか、体重が4kgほど増えてしまい体型が緩んできたのが気になっていたので、よし、腹筋やるぞ、と思ったのだった。フローリングで腹筋をすると、背中とか尾てい骨がゴリゴリいって痛いので、ヨガマットがあると痛くなくて良い。腹筋だけでなく、腕立て伏せをするにも安定感がでて良い気がする。ヨガマットにも厚さがいろいろあり、今回は10mmのものを購入したが、これは昼寝にも良さそうである。


カフェプレス マグ IV 22752
KINTO (キントー)
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数年前に、ココロ社さんがブログに茶こしがついてるカップについて書いていて(当該エントリーが見当たらず)そういうの欲しいな〜、でも陶器だったり、ガラスだったりすると、俺絶対割るな〜、と思ってそれっぽいものを見つけても買うのをためらったりしていたのだが、ようやく「プラスティック製で割れなくて、茶こしが一体になってるカップ」というのを見つけた。本来はフレンチプレス式でコーヒーをいれるカップみたいだが、お茶を淹れるのにも問題なく使える。超便利。会社で中国茶を無限に飲みながら仕事している。


Kindle Paperwhite(ニューモデル)
Amazon (2013-10-22)
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家を買ったときに巨大な本棚を作り付けてもらったことで本の置き場所問題はほぼ解決されてはいるのだが、漫画の置き場所は別に確保してあったり、カッコ良い本棚にしょーもない本は起きたくない、という気持ちの処理はまだうまくいっていない。Kindleの導入はこのへんの問題を解決するためである。

たまたまKindleが届く日の近くに、欲しかった漫画の新しい単行本がでていたので「ここからもう漫画は全部電子書籍で読むぞ!」という気持ちでいたのだけれど、いざ、端末のセットアップ(おどろくほど簡単だった……)を終えて調べたら「出版社によっては紙の本の発売から一定期間を設けて電子書籍版を出す」という事実に直面し、愕然とした。え、待たずに本を買えるのが電子書籍なのでは……と思ったし、読みたい本は基本的に電子書籍になっていないのに、漫画すら満足に読めないのでは、ホントに使えない……と思った。

よって仕方なく、青空文庫や海外のその手のもので、無料の本をDLして、眺めるぐらいにしか使っていない。iPhoneやiPadのようなヌルヌルした操作感からはほど遠いが、端末自体の操作性は全然悪くない。言葉の辞書検索機能も快適だし(タッチパネルでの選択をミスしがちだったが、慣れた)、洋書読むなら、これだ、と思った。海外の大学出版社は結構Kindle対応しているので、読みたい本は大体Kindleで読めることを確認できた。

あとは電子書籍の値段だ。マーケットプレイスで1円で買える本が500円以上で売ってるのは、なんだか釈然としない。クズみたいな本なわけでしょう、1円本なんか。実際は送料がかかるから300円ぐらいにはなってしまうわけだが、それだったら電子書籍も300円ぐらいにしてくれよ、と思う。

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ロバート・J・W・エヴァンズ 『魔術の帝国: ルドルフ二世とその世界』

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魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界〈上〉 (ちくま学芸文庫)
ロバート・J.W. エヴァンズ
筑摩書房
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魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界〈下〉 (ちくま学芸文庫)
ロバート・J.W. エヴァンズ
筑摩書房
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神聖ローマ皇帝、ルドルフ2世がその治世において芸術や学問を滅法愛し、芸術品・珍品を集めた「驚異の部屋」を有していたことは、ルネサンス・初期近代の思想史の本を読んでいるとしばしば言及される。イギリスの歴史家、エヴァンズはこの人物を中心に、16世紀の神聖ローマ帝国のうち、とくにボヘミア地方における政治・思想文化・芸術を圧倒的な情報量で描く金字塔的な著作である。

本書を読むまで、私もルドルフ2世については前述したような情報しか持っていなかったが「芸術好きの主権者」(つまりは放蕩者)のイメージのとおりに政治的には無能であった、という風に思っていたし、かつての歴史家も概ねルドルフ2世をそのように描いてきたようである。しかし、エヴァンズによるルドルフ2世の姿は少し違っている。というか、ルドルフ2世がどのような人物であったのか、は謎なのである。公務に関わるもの以外、彼の書簡は残されておらず、限られた人物としか会わず、当時、皇帝に出会った人物たちが残した記録からうかがえる人となりもバラバラなのだ。ある者は、聡明な君主として、ある者は、狂気の人物としてルドルフ2世を捉えたが、晩年居城に引きこもり、メランコリアに取り憑かれたイメージが後に強調されて伝わることとなった。

本書の記述は、筆者自身が物語的に歴史を描いたものではない、と述べているけれども、ルドルフ2世の治世下の神聖ローマ帝国を曼荼羅のように描いたものだと思った。絵の中心には、もちろんルドルフ2世が存在し、その周囲にはマニエリスム、錬金術、ハプスブルク家の歴史、オカルト学といったものの詳細が並んでいる。ただ、その中心は、前述のように謎であり、ひどくぼやけている(エヴァンズは精神分析まで導入して、ルドルフ2世の性格を描こうとしているが、これはちょっとトンデモな感じがする)。ただ、中心が謎であるからこそ、周囲の密度が召還されたようにも思われるのだった。

2006年にちくま学芸文庫に収録されているものの新品での入手がほぼ不可能となっているのは残念(ちょっと前はもっと中古価格が高騰していた気がするが、Amazonマーケットプレイスでも、定価よりも少し高いぐらいの値段になっているのは良い傾向……なのか)。

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Chelsea Light Moving / Chelsea Light Moving

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Chelsea Light Moving
Chelsea Light Moving
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Chelsea Light Moving
Matador Records (2013-03-05)
売り上げランキング: 19,633
Sonic Youthメンバーによる2013年のリリース・ラッシュだが、サーストン・ムーアの新バンド、Chelsea Light Movingのアルバムは3月に出ていたのだな……。キム・ゴードンリー・ラナルドがそれぞれSonic Youthとは違ったことをやっていたのに対して、サーストンはほとんどそのまんまという感じのアルバムで最も意外性に欠ける内容である。変則チューニングでガシガシ刻みまくったギターや曲の構成など、Sonic Youthに影響を受けた新人ロック・バンドみたいなのだ。それゆえ、初聴の段階ではガツンとくるものがなかった……というのが正直なところで、早くSonic Youth活動再開してくれよ、という思いが高まるのだけれども、何度か繰り返し聴くうちに、ちょっとずつ面白くなってきた。近年のSonic Youthのようにドライでソリッドな歪みは控えめで、そこは違うバンドなのだから、ちょっとぐらいは違うことをやろう、という距離の取り方だったのかもしれない。Beckプロデュースによる2011年のソロ・アルバムは極めてドリーミーな音色で彩られたものだったが、それともまったく違って、なんだかマイルドだし、ナチュラルで、ストレートなロック・バンド感がある。『Goo』とか聴いていると、あー、この人たちはRamonesとか大好きなんだな、と感慨深くなる瞬間があるけれど、今回のアルバムも、それと似た印象がやってくる。そういうところが面白かった。

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Body/Head / Coming Apart

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Coming Apart
Coming Apart
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Body/Head
Hostess Entertainment (2013-09-10)
売り上げランキング: 9,854
リー・ラナルドの新譜に続き、今度はキム・ゴードン(今年還暦)による新プロジェクト、Body/Headである。一緒に演奏しているビル・ネイスさんについては、わたくし知らないところであるが、以前からサーストン・ムーアともアルバム出していたりする即興系、実験音楽系のギタリスト、であるらしい。Sonic Youth活動休止中に、キム・ゴードンの持ってるガーリーな趣味が爆発し、まさか、田淵ひさ子のtoddleのようになっていたらどうしようか……と思ったが、そんなことはなく、ラーガのように延々と続くギターのミニマルなループや、ハーシュなノイズに乗っかって、キム・ゴードンが絶唱するダークなアルバムであった。これはこれで、すごくSonic Youthっぽいアルバム。バンドがバラバラになってメンバーの各々の作品を聴いていると、なるほど、あのバンドのあの要素は、この人の持っているモノだったのか……と還元主義的に考えたくなるが、Sonic Youthのドロッとした重さは、実はキム・ゴードンに多くを因っていたのかも。

ブリクサ・バーゲルト師匠とAlva NotoによるANBBを想起したりもするが、呪術的な雰囲気、特に朝鮮半島の南の方のシャーマニックな儀式音楽のようでもある。ともあれ、この絶唱、やはりキム・ゴードンの天性によるものであろう。歌えない、弾けない、が、なんか表現したいパワーが煮えている。これはアート・リンゼイが弾けないけども、自分のやりたい音楽が完全にイメージできているのとはまったく違っていて、さらに原始的で、音楽として分化される前のレアレアな状態で出て来ちゃった感がある。なんだかオーネット・コールマンや、アルバート・アイラーみたいな、こんなの出しちゃって良いのかよ、と聴いている側が心配になる音楽である。たぶん売れないけど、良いアルバム。

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Lee Ranaldo & The Dust / Last Night On Earth

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Last Night on Earth
Last Night on Earth
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Lee Ranaldo & The Dust
Matador Records (2013-10-08)
売り上げランキング: 6,036
まだ活動再開の目処が経っていない様子であるSonic Youthであるが、今年2013年はメンバー各自のリリースが相次いでいる。なかでもサーストン・ムーアは昨年結成したバンド、Chelsea Light Movingでアルバムをリリースしているし(まだ買ってない)、Wikipediaの英語版を参照するとインプロヴィゼーションのライヴ録音をCD-RとかLPでバンバン出しまくっているようである。元妻であるキム・ゴードンにしても、Body/Headという新プロジェクトをビル・ネイスと組んでアルバムを出している(もうすぐ入手)。彼女は各地の現代美術系のミュージアムでライヴやったりしてるらしく(ポンピドゥー・センターでキム・ゴードンのポスターを見た)忙しいようである。

この夫婦のいざこざに巻き込まれた形となったリー・ラナルドとスティーヴ・シェリーはまったく気の毒としか言いようがないが、リー・ラナルドをリーダーとしたThe Dustというバンド名義で仲良く活動しているのは、ファンにとってちょっとホッとする点だろうか。今回のアルバム『Last Night on Earth』がデビュー盤ということになりそうだが、メンバーはリー・ラナルドのソロ名義での前作に参加していた人たちなので、彼のソロの延長線上にある。で、前作も良かったけども、今回バンド感がすごく高まっており、さらに良くなっている。いや、本当にリー・ラナルドという男、Sonic Youthではできなかったことを伸び伸びとやっている、という感じがするし、ポップな才能爆発である。

「Last Night on Earth」というアルバム・タイトルは昨年ニューヨークを襲った巨大ハリケーン、サンディの被害からインスピレーションを得た(Pitchforkのアルバム・レビュー)、とあり、なんか歌詞も暗かったりするらしいが、歌詞カードをマジメに読んでないので、そのへんは分からず。むしろ、全然暗いアルバムには聴こえないところは、アレか、エルヴィス・コステロ師匠が言ってた「暗いこと語るなら明るい曲を書け」的な精神なのであろうか。軽ーく歌詞カードを眺めると「これはもしかして停電の歌なのか」と思わせる詩が書いてあって、ホントに暗い曲も並んでいるようである。

音的には、チェンバロとアコースティック・ギターの弾き語りというアイデアには度肝を抜かれたし(チェンバロの音色は一番Sonic Youthから一番遠いところにある)、上手いリズム・ギターとベース、そしてスティーヴ・シェリーの最高なドラムをバックに魔術的なソロを取るリー・ラナルドのギタリストとしての魅力も満喫できて良い……。Sonic YouthもThe Dustも頑張って! と期待したくなるアルバムだ。

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菊地成孔 『時事ネタ嫌い』

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時事ネタ嫌い
時事ネタ嫌い
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菊地 成孔
イースト・プレス
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菊地成孔、今年2冊目の著作は雑誌『FRaU』で連載されていた時事エッセイをまとめた単行本。今年の1冊目が『あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ』で、かなり読み手を選ぶ格闘技本であったのに対し、こちらは読み手を選ばない菊地成孔の著作のなかでも最もライトな部類に入るものになるでしょう。本書で55年体制の崩壊が2009年の民主党による政権交代ということになっており、その点、ホントに著者の『時事ネタ嫌い』が推し量れるけれど、2007-2010年、震災前になにがあったのかを振り返りながら、ダラダラと時間をつぶすのにちょうどいい温度。

帯にはこんな文章が載せられている。
〈震災前夜までのニュース〉の数々
不二家の3秒ルール/ミートホープ事件/船場吉兆/石原都知事就任/安倍首相バックレ辞任/練炭自殺/アキバ通り魔事件/リーマンショック/豚インフルエンザ/毒ギョーザ/普天間/大相撲と世間/小沢マスク/55年体制最後の自民党総裁マンガ顔の麻生太郎/宇宙人としての鳩山/「ミシュラン東京」発売/オリンピック誘致失敗/「サロン・デュ・ショコラ」のコミケ化/死刑になりたくて殺人/ガザ地区空爆/ベストドレッサー市橋/尖閣
↑こうした現象たちと現在は、どう繋がれ、切断されているのか?
あたかも2011年3月11日の地震とそれに伴う原発事故により、日本の社会は一変してしまったという風に語られがちである。が、本書を読むと、地震による断絶などなく、リニアにイヤな感じが繋がりまくっている感覚に陥ったりもする。さまざまな問題が解決されないまま残っていることももちろん、イヤな感じは日に日に高まってさえいるかもしれない。変化している、といえば「地震」というメタファーやアナロジーを(それ以前にも大きな地震はたくさん起きていたのに)使いにくくなっている、という言葉に対する感覚の変化だろうか。大相撲ファンとしては『あなたの前の彼女だって……』と同様、角界のスキャンダルと釈然としない対応と反応について、ほのかな怒りを伴って振り返ったりもした。このほのかな怒りは、もしかしたら時事ネタを嗜む醍醐味なのかもしれない、とも思う(自分と無関係なものに対しても、怒ってみせる、というのはとても社会的な振る舞いであるような)。

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坪口昌恭 / A Cat In Modular

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A Cat On Modular
A Cat On Modular
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坪口昌恭
MORI RECORDS (2013-09-08)
売り上げランキング: 25,589
自身のプロジェクトである東京ザヴィヌルバッハ、菊地成孔によるDCPRG、ダブ・セプテットなど多方面で活躍する鍵盤奏者、坪口昌恭の新作はアルバム全体を、アナログ・モジュラー・パッチ・シンセサイザー、そしてヴォコーダーとコンピューターによるスピーチによる電子的な音声で構築する、という内容。

シーケンサーや平均律に音をあわせるするピッチ・クオンタイザーは一切使用せず、ツマミとパッチケーブルのセッティングだけでおこなわれるシンセサイザーの操作は、一般的な音楽演奏のイメージとはかけ離れているだろうだろうけれど、なにやら機械を相手にした錬金術みたいでとてもカッコ良い。Klusterや初期のTangerine Dreamなど70年代初頭のドイツのバンドには、こうしたシンセサイザーを使用して即興的な電子音楽を繰り広げていたものがあるが、坪口昌恭の新作は、そうした過去の音楽で聴くことのできる独特な音色を彷彿とさせる(やはり、アナログ・シンセの音の太さは素敵だ……)。

しかし、このアルバムは、かつてのドイツのバンドのようにスペイシーかつ、スピリチュアルなものではないし、また、アナログ・シンセとヴォコーダーを使っているからと言って、Daft Punkみたいな未来感を演出しているわけでもない。錬金術工房で生み出された、小品集みたいな趣きがある、なんだか可愛らしい一枚である。ちょうどシュトックハウゼンの電子音楽の《習作》を思い出したりもした。表題作の「A Cat On Modular」はなんど坪口昌恭、初の歌モノである。

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ピーガブのカヴァープロジェクトが完結(V. A. / And I'll Scratch Yours)

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And I'll Scratch Yours
And I'll Scratch Yours
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Peter Gabriel
Umg (2013-09-19)
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ピーター・ガブリエルの現時点での最新作は、カヴァー・アルバムの『Scratch My Back』。これが発表されたとき(2010年)に、ピーガブ氏がカヴァーしたアーティストたちが逆に彼の楽曲をカヴァーするアルバムも企画されているというアナウンスがでていた。で、今回3年以上が経ってでてきたのが本作『And I'll Scratch Yours』。

ピーガブがカヴァーしていたアーティストのなかには、デヴィッド・ボウイやレディオ・ヘッド、ニール・ヤングという大物がいたが彼らは『And I'll Scratch Yours』には不参加。ボウイによるピーガブなんかめちゃくちゃ聴きたいけれども、なんかいろいろあったことが予想される(ライナー・ノーツに目を通すと、2010年に既に録音が終わっていたトラックと2013年に録音されていたトラックで分かれている)。代打的に参加しているのは、ジョセフ・アーサー、ファイスト、そしてブライアン・イーノ。それ以外の名を列挙しておくと

  • デヴィッド・バーン
  • ボン・アイヴァー
  • レジーナ・スペクター
  • ステフィン・メリット(Magnetic Field)
  • ランディ・ニューマン
  • Arcade Fire
  • エルボー
  • ルー・リード
  • ポール・サイモン
と、なかなか豪華である(もちろん知らない人もいたけれど……)。このうち、イーノとルー・リード先生だけが原曲が分からない感じでさすがのお仕事をされているのだが、他の人たちは、基本的には静謐な感じの音響空間のなかで、ピーガブの名曲を歌い上げている(デヴィッド・バーンは、かなりゴリゴリなディジタル・ファンク)。男性歌手の多くがピーガブ本人と声質が似ている感じがし「これ、物マネか?」というものもあるのだが、そうしたホンモノとの距離の遠さの面で、ファイスト(Don't Give Up)、レジーナ・スペクター(Blood Of Eden)らの女性歌手のパフォーマンスが絶品である。とくにファイストさん……! 名前は存じ上げていたが、こんな歌声、嫌いになれないわけがないじゃないか……(原曲はケイト・ブッシュとのデュエットだが、ファイストはTimber Timbreというカナダのグループと一緒に演奏している)。


Scratch My Back/and I'll Scratch Yours
Peter Gabriel
Univeral (2013-09-19)
売り上げランキング: 25,470
なお『Scratch My Back』とセットになった2枚組のパッケージも発売である(間違えてコッチを買ってしまった……)。ピーガブによるカヴァーも、ピーガブのカヴァーも、悪いわけがないんだが、こういう機会に新しい音楽との出会いがあるのは良いものです。

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複雑で、美しい文学的な織物のような小説(ウラジーミル・ナボコフ 『賜物』)

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賜物 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集2)
ウラジーミル・ナボコフ
河出書房新社
売り上げランキング: 203,306
ナボコフがロシア語で書いた最後の長編小説『賜物』を読む。これは(作家自身は否定しているが)作家本人のパーソナリティが幾人かの主要な登場人物に投影された半自伝的小説であり、ベルリンにおける亡命ロシア人たちの生活を描く風俗小説であり、詩や小説についての批評も挟み込まれ、さらに作品内に別な小説が挟み込まれたメタフィクションも……という大変ヴォリュームのある作品である。地の文がいつの間にか登場人物の意識の流れに変化していたり、登場人物を追う視点がいきなり別な場所に飛んでいったりするこの作品の文体は、編集がカッコ良い映画を観ている気分に誘い、その小説技法に魅せられながら、わたしは「これは様々な色の美しい糸で編み込まれた織物のような小説だな」と思った。書き出しはこんな感じである。
曇っているのに明るい午後、四月一日のもうすぐ四時になろうとする頃、年は一九二…年(ある外国の批評家がかつて指摘したように、たいていの長編小説は、例えばドイツのものはすべてそうだが、正確な日付から始まっているのに、ロシアの作家だけは—わが国の文学特有の正直さのせいで—最後の桁までは言わないのである)、ベルリンの西部、タンネンベルク通り七番地にある家の前に家具運搬用の有蓋貨物自動車が停まった。
人によって好みが分かれるところだと思うが、いきなりこのめんどうくさそうな感じ、スッと進まない感じ、わたしはこれだけで「ああ、なんだか面白そうな小説だな」と思った。解説で訳者の沼野充義が、この作品をジョイスとプルーストの作品に並ぶ、モダニズム小説として扱っているが、確かにそうした息吹は感じられるだろう。ダブリンの市民は、ベルリンの市民に、失われた時間は、失われた主人公の父に。また、ロシア語やドイツ語、英語、フランス語を駆使した言葉遊びは、音楽的にも読める(もちろん翻訳では、その音楽性が完全には聴き取れないけれども)。

個人的にもっともグッときたのは、第2章。これは主人公が亡命前に過ごしたロシアでの少年時代の回想であり、また、調査旅行にでかけたまま消息を絶った蝶類学者の父親の記録である。若い作家である主人公は父親の伝記を書こうとしていて、小説にはチベットの奥地をめぐる冒険小説的なものが挿入されている。この挿入も面白いのだけれども、少年時代の父親との交流の記憶がとても美しい。「回想」は、コンピューターがデータベースのなかにある情報を探しだすように自由には思い出すことができず、思いがけないときに、沸き上がってくる。プルーストもそうだけれど、その不自由な記憶の吹き上がりにもにた現象を書き留めたような「過去」の描写は、わたしの琴線に触れるのだ。

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キリンジファン必携! オーディオ・コメンタリーを含めてフル・ヴォリュームのライヴ作品!(キリンジ / KIRINJI TOUR 2013~LIVE at NHK HALL~)

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KIRINJI TOUR 2013~LIVE at NHK HALL~ [DVD]
日本コロムビア (2013-09-25)
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2013年のツアーを最後に堀込泰行が脱退したキリンジ、そのツアー千秋楽を記録した映像作品である。いやあ、これはもう素晴らしい。「最後だから兄の楽曲を多く選曲した」とは映像特典のドキュメンタリーでも語られていたが、MCはほぼすべてカットになっていても3時間超というむちゃくちゃ濃密な音楽的空間をお茶の間で楽しめるのだから、ファンのみならず、初めてキリンジを聴く方もね、ここから「おお、こんな難しい曲をよくライヴでやっているな……」と驚いたりしながら観てほしいものである。

楽器が上手いおじさんと、歌がギリギリなおじさんが、ハチャメチャに難しい楽曲を演奏しまくる……という渋い内容ではあるが、そこが良い。こんなに難しい曲ばかり(実の兄に)歌わされてたら、脱退したくもなるのでは……という感じもするし、そのあたりが、理屈で音を組んだ結果、主にヴォーカルだけれども肉体的な限界ギリギリまで使ってライヴをやっていたのだなあ、と感心する。

ライヴ副音声のオーディオ・コメンタリーも超重要。ライヴ本編が3時間超なので、まず主音声で観て、それから副音声も聴くとなると合計7時間近くかかるというまるで間章のドキュメンタリー映画のごとき長さだが、むしろわたしはこのコメンタリーが聴きたくて買ったぐらいである。ここでは堀込兄弟とツアー・バンドのメンバー、それからスタッフがビールを飲みながら語っているのだが、最後だし、ミュージシャン同士で楽曲について様々な解説をするのかと思ったら、音楽・楽器好きのおじさんたちがほぼダラダラ話しているだけ……という最高っぷり。

弾いているギターの製作年だったり、ゲイリー・ムーアのピッキングだったり、兼業ミュージシャンについてのトリビアだったり、リットー・ミュージックが出してる雑誌読者が好きそうな話ばかりが展開され大爆笑しながら観てしまった。ツアー・メンバーとともにDVDを観ている気分になれるし、あと、楽曲のアレンジの苦労話も面白い。「コーラスをどういう風に分けるかも難しかったよねえ」とか、そういう話のほうがコメンタリーらしいんだろうけれども、マジメな話の方がオマケっぽい。でも、やっぱり最後はしんみりしちゃうのだから、また良い内容になっているのだなあ。

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儀式的体験としてのライヴ鑑賞(Metallica / Through the Never)

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Metallica Through the Never (Music from T
Metallica
Blackened Recordings (2013-09-24)
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Metallicaの新譜はこれから公開されるという3D映画のサウンドトラックとしてのライヴ盤。この映画、なんかバンドのスタッフが世界を救うとかなんとか、というストーリーとライヴ映像によって構成されたものだそうで、まあ、Metallicaのファンしか喜ばないであろう作品になりそうだが、映画館で爆音で彼らの音楽を聴けそうなのはちょっと楽しそうではある。

メタリカ 真実の瞬間 [DVD]
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン (2006-09-08)
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アルバム『St. Anger』製作時のドキュメンタリーであるこちらの映像作品を超える面白さになったら奇跡。

で、今回のライヴ盤だけれども、ヘヴィ・メタルというジャンルのなかでも最も成功したバンドのひとつであろう彼らのパフォーマンスが悪いわけがなく、巨大なスタジアムっぽい感じの場所で観客が『Master Of Puppets』を大合唱しているところなど、祝祭的な楽しさがあるんだろうな、彼らのライヴには、と思えて楽しい。今年の夏フェスでの来日ライヴを友人が観にいったらしく「みんな歌ってて、もはや誰の歌を聴きにいったかわからん」と苦言を呈していたが、おそらくは演奏を聴くとかそんなんじゃなく、儀式的な体験を楽しみにいってるんだろう、アッツいファンは。

地味な聴きどころとしては『St. Anger』製作後からのメンバー、ロバート・トゥルージロ(トゥルヒーヨ)のバンドへの馴染み具合が一層高まっているところだろうか。ツイン・ギター編成のメタル・バンドにおけるベースの存在感ってなかなか難しいところだと思うが、旧作の演奏でもしっかりとぶっといベースを聴かせてくれて、大変カッコ良いのであった。

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Philip Melanchthon 『Orations on Philosophy and Education』

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Melanchthon: Orations on Philosophy and Education (Cambridge Texts in the History of Philosophy)
Melanchthon
Cambridge University Press
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以前からブログでちょいちょい言及していたメランヒトンの演説集を読了。収録されているのはタイトルにもある通り、彼の哲学と教育に関する演説で、主に教育やリベラルアーツ、応用学科がなんの役に立つのか、という話が繰り返されている。

聴衆は主に大学で神学を学んでいる学生だったと思うけれど、神学者が例えば応用学科のひとつである薬学とかを学んでなんか良いことあるのか? こういう疑問に対して、メランヒトンは基本的に「神に接近するためにこういう学問が必要」という態度を取っている。学ぶことによって「支配者として客観的自然を変えていくというよりは、神の体系、すなわち世界の一要素としての人間が他の事物と有機的な対応関係を結び、自己啓発しだいで救済の道が開けるあの神の体系を理解せよ」(エヴァンズ『魔術の帝国』上巻 P.33)ということなのであろう。かつては現代における科学のあり方とは違った目的で、学問の探求がおこなわれていたことを改めて意識させられるところが面白い。

また、本書にはプラトンやアリストテレス、ガレノス、アヴィセンナといった過去の偉大な思想家の生涯についてあれこれ説明している演説も収録されているのだが(盟友ルターへの追悼演説も!)超ビッグネームのなかに、ルドルフ・アグリコラヨハンネス・レギオモンタヌスという「誰、それ……?」的な人物も含まれている。どちらも15世紀に活躍したドイツ生まれで、前者は人文主義者として、後者は天文主義者として活躍した人物である。

なんでこの人たちが、取り上げられているかというと、おそらくこの二人がドイツに初めてイタリアの進歩的な学問を持ち込んだパイオニア的な人物だったからなのだろう。アグリコラの例が分かりやすいと思うんだけれど、彼が生まれた頃のドイツでは人々は喋り方とかめちゃくちゃで、論理的に話したり、書いたりする習慣すらなかった、つまりは文化的に超遅れていた地方だったわけである。そんな野蛮な地方に生まれながらも、イタリアまで学びにいき、ラテン語やギリシャ語、ヘブライ語を習得し、人文主義の種をこの土地に撒いたのだ! アグリコラ、エラいぞ!……的な感じである。

メランヒトンは語学について「ラテン語・ギリシャ語・ヘブライ語を習得すべし!」という話をしている。ここから読んだり書いたりする能力を鍛えることが、論理的な理解力をも養うんだよ、という教育観がうかがえるんだけれども、なんか現代の外国語教育の話とかと比べてみたくもなるポイントだ。なお、彼は「演説に定評があるメランヒトン」として当時はかなり評判を呼んだそう。他の演説家が言葉を過度に飾り付けて大げさに表現して人を惹き付けるスタイルとっていたのに対して、彼は話の筋道をちゃんと立てて説明的に表現をおこなうのが人気だったとか。そのせいか、この演説集、英語になってももちろん読みやすかった。

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恩寵から計算可能な社会へ (コンドルセ 『人間精神進歩史』)

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人間精神進歩史 第一部 (岩波文庫 青 702-2)
コンドルセ
岩波書店
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人間精神進歩史 第二部 (岩波文庫 青 702-3)
コンドルセ
岩波書店
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フランス革命期に活躍した思想家・政治家、ニコラ・ド・コンドルセ(1743-1794)による「人類史」とでも言うべき著作。コンドルセの政治闘争での敗北からの逃亡生活のなかで書かれ、彼の逮捕と自殺によって未完におわったが、ここでは原始社会からの人間社会の発展が通史的に描かれている。フランス革命期にはキリスト教が弾圧され、その代替として理性を信仰する動きがあったことは知られている。この著作でもそうした時代の反映が見てとれるだろう。コンドルセが描く人間社会は、神によって設計された世界ではなく、理性によって発展・進歩をしてきたものなのだ。

言葉や火は神によって与えられたものではない。それらは理性によって開発された人類の「道具」として描かれる。過去の人間たちも、我々と同じ「理性」を持っていたはずで「こうすればもっと便利なのでは?」、「これ使うと良いんじゃない?」なんて利便性や得なことをを選択しながら生きていたハズである、という人間観があるだろう。コンドルセにとっては宗教もある種の社会的機能を果たす道具である。こうした合理的な選択をする生き物として描かれた人間や社会の機能の描写には、経済学や社会学の源流を読み取れる。

人類史を10期に区分したコンドルセは、その最後の第10期に「人間精神の未来の進歩」を置く。これはコンドルセが考えた未来のユートピアについての記述だ。理性によって、社会的な善が計算され、そして人間はその善が最大となる選択をおこなう。この選択を可能とするために彼は教育を重要視する。

コンドルセがこのなかで女性も男性と同じように教育すべきであるとしている点も興味深い。「女性は男性と同じ能力をもってはいるが、その程度は低く、あらゆる能力のうちで第一のもの、すなわち天才に育てられることはできないし、男性とすべて同じ才能をもってはいるが、発明の才能はないと考えられて来た」(第2部 P.358)。コンドルセは、こうした「女性は男性よりも劣っている」という説に異議を唱え、教育によって女性も男性と同様に社会の発展に寄与する発明ができるようになるだろう、と言う。功利主義的フェミニズム、とでも言うべきだろうか。女性の社会進出が、社会的な善に寄与する、という意見を持っていた思想家が18世紀に存在していたことは、ちょっとした驚きだった。

翻訳は戦後間もない頃におこなわれたものだが、日本語はそれほど古くなっておらず、旧字体の漢字が使用されていることを除けば、読みにくい部分はない。読んでいて、我々が生きる現代の「社会観」であったり「人間観」との強い連続性を感じることができるし、面白いですよ。

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忘れられた学者たちによる進化論史(荒俣宏 『大博物学時代: 進化と超進化の夢』)

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大博物学時代―進化と超進化の夢
荒俣 宏
工作舎
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1982年に刊行された『大博物学時代』は荒俣宏の膨大な仕事のなかでは初期のものになる。「進化」といえば「ダーウィン」とまるで合い言葉のように覚えられがちなのが常識の世界であるが、本書はダーウィン以外の分類学者、生物学者、博物学者たちをとりあげ、言わば「忘れられた学者たちによる進化論史」を作り上げる、驚異的な著作。もちろん通史的な研究書ではなく「好事家が雑誌に書いていたコラム」をまとめたものでしかないけれども、学術的な厳密さや習慣を離れた自由さが、その幻視力を一層引き立てている。本書のなかにアルゼンチンの作家、ボルヘスへの言及があるけれど、この仕事はボルヘスの仕事とも並べて捉えることができるだろう。哲学や科学に関する知識から小説のなかでファンタジーを展開するボルヘスに対して、荒俣は歴史のなかにファンタジーを作ってしまうかのよう。

近代の科学者たちが、我々が生きる生物界や地球をどのように捉えてきたのかをオムニバス的に読める「科学史」の本として、刊行から30年以上経っていても現役の魅力を持っているのもスゴい。というか、30年前に日本の研究者でもない人がこれだけ科学史の研究書を読んでモノを書いていたことに驚かざるを得ない(やっぱり荒俣『先生』だなあ……と素直に感服した)。図版や魚類に対する筆者の愛情を感じさせる雑記的な記述から、ズバズバと歴史の話に入っていき、高いテンションで読ませ続けてくれるので全然飽きない。18世紀の博物学的著作から様々な図版が引用され、目にも楽しい本である。こうした図版を古い本から切り出したものをちょうど先日パリの蚤の市で売っているのを見ていて、本書を読んだら「アレ、買っとけば良かったかなあ」とちょっとだけ後悔してしまった。

個人的な関心としては、山田俊弘さんの博士論文『17世紀西欧地球論の発生と展開』とのつながりも感じた。本書で扱われているのは18世紀以降の話だが、それは山田さんの博論で論じられる時代のちょうど「後の話」として位置づけられるだろう。石を形成する成分を含む古代の海水からの結晶作用によって大地ができたと唱えた「水成説」と、地下の熱の作用によって大地が地上に噴出したと唱えた「火成説」とのあいだにおこった論争や、大地が複数回の天変地異によって作り替えられていったとする「激変説」と、天変地異ではなく水の浸食作用によって徐々に変化していったとする「斉一説」との論争が、簡潔にまとめられていて地質学史的な記述もちゃんとあるし、化石の話などはステノの業績への言及がないのが不自然な感じにさえ感じられる。この博士論文をもとにした本が出版されたら、もう一度本書を開いてみるのも面白いかもしれない。

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Kristoff Silva / Deriva

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Deriva
Deriva
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Kristoff Silva
Ais (2013-09-03)
売り上げランキング: 292,546
アントニオ・ロウレイロ、ハファエル・マルチニなどブラジルのミナス・ジェライスで活動する新進気鋭のミュージシャンへの注目が静かに……しかし、熱くなっている昨今でございます。この密かな熱の高まりは、彼ら「ミナス新世代」が「アルゼンチン音響派」に続く南米大陸発のムーヴメントとして受容されつつあるのではと思わせてくれるところです。今回聴いたクリストフ・シルヴァは、ミナス新世代よりも年長の世代のミュージシャンだそう。セカンド・アルバムとなる『Deriva』には、ロウレイロやマルチニらも参加しています。はっきり言って大名盤。「さっすが、年長さんだ……」と思わず唸りたくなるアルバムだと言えましょう。ロウレイロやマルチニらが聴かせてくれるジャズのテクニカルな要素ももちろん共有されているのですが、打ち込みの使い方やクラシックの室内学的な編曲が、年下世代よりも更なる音楽的な多彩さを印象づけています。久しぶりに未聴感ある音楽と出会えたなあ、と感激さえしてしまう。それにしても人材の豊かさがハンパなさすぎるぞ、ミナス・ジェライス……。

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読み物としての都市、パリ (鹿島茂 『パリ時間旅行』)

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パリ時間旅行 (中公文庫)
パリ時間旅行 (中公文庫)
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鹿島 茂
中央公論新社
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3度目のパリ旅行の予習として。

「3年連続でパリにいく」と言うと「他のところには興味ないの?」と訊ねられる。パリ以外の都市、フランス以外の国にももちろん興味はある。ただ、パリに繰り返し旅行したい気持ちはなかなか説明しにくいものがあった。「街並みがキレイで」、「ルーヴルやポンピドゥーがあるから」、「ご飯が美味しい」。こうして街の魅力を並べられるけれど、その魅力の核心を説明できない感じが残る。そうした「説明しきれなさ」の濃度を鹿島茂による『パリ時間旅行』は少し薄めてくれるような気がした。

文学者によって描かれた都市の風景や、パリの文化史・生活史に関するエッセイ集である本書は、この都市の上に、まるでミルフィーユ状に重なったオーラを一枚一枚解きほぐして見せてくれるような本である。この都市は、19世紀半ばにナポレオン3世の構想の下、ジョルジュ・オスマンの主導によって大改造された「作られたマチ」だ(本書では『作られる前のパリ』にもフォーカスが当てられている)。その点の意識をするなれば、重層的なイメージ・記憶・記録を含めて、都市自体を「読み解く」ことが可能だろう。

もちろん、読解可能な都市はパリに限らない。そもそも都市に歴史がある以上、どの都市も読み解くことが可能であろう。では、なぜ、パリなのか。

「ヴェネチアのように過去がそのまま手つかずの状態で残っているわけでもなく、かといって東京のように過去が痕跡もとどめていないというのでもなく、いわば過去と現在が幸福に絡み合って、過去再構築の欲望を喚起してやまない時間のモザイク都市であるから」。

筆者があとがきに記したこの一節ほど、パリの「読者」を惹き付ける所以を適切に言い表したものはない。ヴェネチアの保存された過去が、あまりにフィクショナルであり(そしてディズニーランドを想起せずにはいられない)、東京はいくらに華やかであろうとも近さすぎて普段着で接するようにしか見れないのに対して、パリへの距離や過去と現在との混合度は、絶妙なのだ。


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斎藤環 『生き延びるためのラカン』

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生き延びるためのラカン (ちくま文庫)
斎藤 環
筑摩書房
売り上げランキング: 49,635
大学を卒業したのが2007年だから、もう卒業して丸6年が経ってしまっている。このブログで書いていることとか普段のものの考え方って、基本的には学生時代に読んだ本(大学のゼミの先生とかアドルノとかベンヤミンとか、あとルーマンとか、その他日本の社会学者の本)の延長線上にあることだ。何度も同じことを考えているうちに学生のときよりも、もっと説明できるようになっている気がするけれど、会社に入ってから新しく身につけた「語り口」「考え方」ってほとんどない。あるとすれば、山形浩生経由での経済学の知識とかぐらいで。「なんか新しい語り口を身につけないと、ずっと同じことを考えているだけで面白くないのでは……」というやんわりとした危機感と「今28歳で、これから新しい語り口を身につけるとしたら結構難しいかなあ……」という諦めとがあるなかで、ラカンについての本を読んでみた。

この本を手にした理由にはもうひとつ、この前、Twitterでゼミの先輩がラカンの術語を使ったコメントをもらったこともある。わたしのまわりだと他にアダム高橋さんからたまにラカンの術語を使ったコメントをいただくことがあった。本書は、そうした交流のなかで「まったく意味が分からなかったラカンの術語」を整理してくれる本として良書だった。まず、ラカンの有名な「現実界・想像界・象徴界」という世界の分類が、階層構造を示したものではないことが(実はまだうまく飲み込めていないものの)わかったし、なぜ彼らがラカンの言葉を使ってなにかを説明しようとするのか、その理論の強力さというか魅力がわかるような気もした。

サブカルチャーや一般的な事例、そしてフロイトの臨床例などを引きながら語られる、斎藤環のラカン案内は「あ、たしかにそういうことってあるかも」と思わせてくれるわかりやすさがある。全然知らない用語系が、自分の生活にここまでスポッとハマってきて「なんか言われてる感じ」、「なんか分析されている感じ」がする理論って他にないのでは……と思う。例えば、フロイトの臨床例(それが怪しげなものだったとしても)と自分たちのあいだに「そういうことってたしかにあるかも」と思う共通項、理解可能なものがあると、ラカンの言葉によって示されたなら、患者の例にある何やら剥き出しになった感じの、異常(に見えるもの)が自分にも共通しているかもしれない……と思ってしまうわけで。この強烈に、なにかをぶつけられる語り口は身につけたいと思わせる魅力があるんだよ……。わかってないながらに。

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