辻芳樹 『すごい! 日本の食の底力: 新しい料理人像を訪ねて』
光文社 (2015-05-15)
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各エピソードは、一言で言ってしまうと『カンブリア宮殿』や『ガイアの夜明け』っぽさがすごいのだが、まぁ、面白かった。著者の父親である辻静雄は、大変な名文家であったけれど、その才は受け継がれている(が、辻芳樹のほうがビジネスライク、というか、クレヴァーな印象を受けた。狂気じみた料理への情熱が父親の文章からは伝わってくるのに対して、息子はジャーナリスティック、というか)。
地方の野菜を使って、1日1組しかお客をとらないレストラン、だとかが出てくる。コースは最低でもひとり1万円。特別に高いわけではない、けれども、もちろん、日常的に通えるレストランではない。地方の疲弊、が伝えられるなかで、そういう地方力を掘り起こしながら頑張っている人たちがいることは素晴らしい、と思う。
しかし、こうも思う。「こういうお店に行ける日本人が今やどんどん少なくなっているよね、日本人がどんどん貧乏になっているんだから」と。SNSで消費者と触れ合いながら野菜を届ける生産者もそう。要するにこの本で紹介されている生産者も料理人も「食に対して意識が高い、一部の小金持ち」を相手にした商売でしかないのだ。興味深い仕事ではある、けれども、安くてお腹を満たしてくれて毎日通えるお店、毎日食べられる野菜を作っている人たちのほうが(意識は低くとも)立派な仕事をしている、とさえ思う。
とはいえだ、この本に紹介されているような意識高い料理人や生産者が、ちゃんとした評価を受けなければ、日本の貧乏になり具合がどんどん加速するんだろうな、とも思われるから複雑である。一次産業ってやっぱり儲からないし、未来ない仕事じゃん、ってなっちゃう。だからさ、アレだよ。食に対して意識が低い小金持ち、この人たちは、デフレな食に金を落とさないでさ、自分の収入に見合ったものを食って欲しいですよね。食への意識の低さは、日本を滅ぼしますよ、マジで。
栄和人 『”最強”の結果を生み出す「負けない心」の作り方: これで「レスリング女子」を世界一に導いた』
栄和人
KADOKAWA (2016-06-09)
売り上げランキング: 14,741
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吉田沙保里も立派だったし、自分よりもひとまわり近く年下の「女の子」が次々に金メダルを取っている。みんな、かわいい。かわいいのに強い。で、彼女たちと一緒に喜んでる、あのスキンヘッドのコーチっぽい人、こと、栄和人氏のことも気になったのだった。これだけ選手を成功させ(続け)るには、よっぽど良いマネジメント能力があるにちがいない、と。本書には、日本レスリング協会の強化本部長である栄氏が明かす、成功の秘訣が収められている。
「指導者にとって不可欠なことは?」という問いに対して筆者は、次の3点をあげている。
一つ目は、選手一人一人について、強くなるために何が必要かが見えていること。このうち、わたしが「おお……」と思ったのが、3点目の指導者も変化・進化を続けていくこと。「オレ流の指導」を貫き通すのではなく、 時代や選手に合わせて、ベターな指導方法があったら、そっちに方向性を変えていくのを厭わない。選手が変化していくのは、まぁ、よく聞く話だけれども、指導者がどんどんスタイルを変えていく、っていうのは意外で。
二つ目は、具体的な言葉で励ましながら、「勝つこと」の意識づけをすること。
三つ目は、自分のやり方に固執せず、変化・進化し続けていくこと。
だって、大変じゃないですか。指導者、と言えば、人間としてもキャリアを積んできて、つまり、そこそこ年をとっているわけで、そういう人が自分を変える、って選手が変わる以上に大変なんじゃないのか、と。でも、選手を強くするには、著者は変化を厭わない。むしろ、強くすることだけを考えていれば、自ずと、自分も変わっていくのだ、という。これが、素晴らしいな、と思いました。なんというか、現在のレスリング女子日本代表の成功は、才能ある選手の存在と、この指導者のゴールデン・タイムがうまく噛み合った結果なのかな、と思う。
あと、「勝つこと」の意識づけの部分。本書を読むと、筆者がいかに選手のコンディション・コントロールに労力を割いているかが理解出来る。身体的なコンディションだけでなく、メンタルのコンディションまで実によく見てケアしている。試合に集中させるように環境を作り、雰囲気をよく保つためにチームを作らせる。テレビで結果だけを見ているとレスリング女子日本代表はまるで「常勝軍団」のようだけれど、実はそうではない。世界のトップ選手のレベルはギリギリの闘いだ、ということが本書から伝わってくる。「霊長類最強女子」と言われた吉田選手もギリギリ。
だからこそ、最後は「気持ち」や「意識」なのだ、という。なんか、こうして書いてしまうと、陳腐な教えに思えてしまうのだが、すごく説得力あるんだよね、この本の書きぶりだと。ポイントポイントで吉田選手の語りも挿入されていて、選手として、そうしたコントロールをされて、どういう良い結果につながったか、が明らかにされているのも良かった。
フィルドゥスィー 『王書(シャー・ナーメ): ペルシア英雄叙事詩』
フィルドゥスィー
平凡社
売り上げランキング: 337,400
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『ドライバー 飛んで曲がらない確実な打ち方』
河出書房新社
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松尾潔 『学食巡礼: 未来を担う若者が集うユルい空間』
松尾 潔
扶桑社
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蓮實重彦 『伯爵夫人』
映画評論で有名な偉い先生(後期高齢者)が久しぶりに書いた本作が、三島由紀夫賞を受賞したときにいろいろ話題になっていたのはまだ記憶に新しい、が、話題作りだけじゃなくて、ホントに普通に面白かったから、さすが、蓮實先生と思った。舞台は太平洋戦争開戦前夜の日本、主人公は育ちの良い童貞の青年。蓮實先生のあの流れるような文体で紡がれるドエロいポルノグラフィー。いや、ホントに童貞の淫らな白昼夢みたいな小説なんだけれども、ロシアのソローキンに向こうを張るようで、サイコー、と思った。五十嵐太郎 『日本建築入門: 近代と伝統』
名著『新編 新宗教と巨大建築』の著者、五十嵐太郎による新たな名著。本書では、日本に「Archtecture」という概念が西洋からもたらされて以降、日本の建築家がどのように「日本的なもの」と向き合ってきたかが振り返られる。近年、この「日本的なもの」をやたらと称賛するTVプログラムが目に入るたびに、なにか居心地の悪さを感じていたのだが、それは年々貧乏になりゆく我々日本人が「貧乏だけれど、日本は素晴らしい!」と強がるような、現実逃避のためのナショナリズム高揚がいかがわしいから、というだけでなく、そもそも「日本的なもの」ってなんなのかが、よくわからないからなのだった。本書はそうした「日本的なもの」の曖昧さへも鋭くメスをいれている。
本書における日本の建築史は、通史ではなく、オリンピックや万博といったイベントや、皇居や国会議事堂といったシンボルなど大きなテーマごとに読み解きがおこなわれている。丹下健三や、前川國男、坂倉準三といった著名な建築家がイベントのなかでどのような役割を果たしたのか、そして、イデオロギーや思想がどのように建築と結びついたのか。本書が優れているのは、そうした建築の背景を説明するだけでなく、建築の「見方」についても平易に教えてくれる点だろう。たとえば、第3章のテーマになっている「屋根」。「屋根は雨や日照などの環境、固有の素材などにより、地域性があらわれやすい」。なるほど。さらには、屋根には、シンボリックな意味がよく投影される、という。丹下による代々木国立屋内総合競技場の屋根が、実は神社の意匠を取り込んでいる、とか読んでいて普通にビックリしてしまった。
村上春樹 『中国行きのスロウ・ボート』
村上 春樹
中央公論社
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ただ、そのおセンチを感じさせる作品に、この歳になって初めて(似たようなものをすでに読んでいたわけだから再び、でもある)触れた喜び、みたいなものもある。なんですかね、作家がこの作品を書いた歳の頃に、読み手であるわたしが近づいたからかもしれないけれど、18歳か19歳頃に、村上春樹の初期作品に初めて出会ったときとは、理解の深度が異なる、というか、ああ、なんか、なにかわからないけれど、わかるよ、という感じが強くある。同世代の人が(かつて)書いたもの、なのだ。
とはいえ、これは80年代の初期に書かれたものであって、読んでいて、ああ、これは昔なんだな、つまりは書かれた当時の「同時代の小説(いまからみたら過去の小説)」なんだな、と思う部分も多々ある。ガール・フレンドが乗った電車を駅のホームで見送ったあとに煙草に火をつけたり、FMがキレイにはいるラジオを買ってみたり、車で仕事に来ているのにビールを飲んだりする。いまでは見られない「風景」だ。しかし、わたしもその風景を知っているし、ちょうど、わたしがもっと若くて幼かった頃からどんどんそれらが消えていった、とも思う。これもまた、失われたサムシング。そして、それがより一層メロウな感覚を煽る。
アレハンドロ・ホドロフスキー(原作) メビウス(画) 『アンカル』
アレハンドロ・ホドロフスキー
パイインターナショナル (2015-12-18)
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谷崎潤一郎(訳) 『源氏物語』
紫式部
中央公論新社
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中央公論新社
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中央公論新社
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中央公論新社
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とくに光源氏のライヴァルであるところの頭中将の娘、玉鬘をめぐる「玉鬘十帖」と呼ばれる部分は、全編のなかで最も印象的である。いろいろあってこの玉鬘、田舎に引っ込んでおり、いろいろあって光源氏の娘、というテイで上京してくる。で、まぁ、美人の娘が光源氏のところにいるらしいゾ、という噂が広まって、光源氏の息子世代の若い貴公子たちが彼女とつながろうと頑張る。光源氏は、そういう若者たちの気持ちを弄ぶような行動を取るんだよね。蛍を集めて、その光で遠目に玉鬘の姿を見せたり(このシーン、全編のなかでも最も映像を喚起する力が強い)。で、光源氏は光源氏で玉鬘に「父娘ってことになってるけど、実は俺もすごいお前とつながりたいんだよね……」と言い寄るゲスぶりを発揮する。光源氏にとっては、玉鬘はライヴァルである頭中将を牽制するためのカギであり、愛欲の対象、という重要人物、という描かれ方がなんともスリリングで良い。
ここでわたしがもう一つ気に入っているのは、近江の君の存在で。彼女は、頭中将が「思い出のあの人(夕顔のこと。光源氏とも付き合ってたが六条御息所の生霊に取り憑かれて死亡)の娘(玉鬘のこと)が、どっかにいるらしいぞ」という噂を聞いて、方々を探させたときに見つかった娘なんだけれど、同じ頭中将の娘でありながら、玉鬘とは対照的に、粗野で教養もなくて、完全にギャグ・キャラとして扱われているのである。たくさん登場するわけでもないし、本筋に乗っかる人物でもないのだが、近江の君の存在は、物語をドライヴさせる良いスパイスになっているように思われて、大好きになってしまった。
もっともこういう対比って、源氏物語のなかには他にもたくさんあって。それは紫の上と、明石の君の関係においてもハッキリとしている。前者は「近く」にいて、「一番大事な人」。後者は「遠く」にいて、「政治的に重要なものをもたらす人」、みたいな、コントラストの効いたキャラクターの描きわけが認められる。こういう描き方に「すげえ巧いなぁ」と感心してしまった。1000年ぐらい前の小説だけど、すげえ、これ、世界に通じるよ、世界文学だわ、と思う。
なお、谷崎訳は原文で書かれていない主語を補填せずに、原文のリズムを現代の日本語のリズムに移築するようなもの、らしい。ほかの訳を参照したわけではないけれど「これ、誰の行動なの?」というところがややつかみにくい。ただし、文章のスムースな流れは素晴らしい。素晴らしすぎて、すげえ文字の上を目を滑ってしまって、中身が全然頭にはいってこない感じもある。読みやすいのに、わかんない、という困った状態陥ったら、Wikipediaで各巻のあらすじを確認して、わかった気になった状態にして物語に復帰する。いい加減な読み方かもしれないけれども、このぐらいのテキトー加減で、とりあえず「読みぬく」のも大事だ。
エリック・ルーセル 『ガリマール新評伝シリーズ 世界の傑物7 ドゴール』
エリック・ルーセル
祥伝社
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しかしながら、本書はなかなか難しい本で、内容をちゃんと理解できる人って、20世紀前半から中盤にかけてのフランス史に相当詳しい人じゃないとまったくついていけないんでは、と思う。ド・ゴール、ペタン、といった高校世界史にでてくる人物はわかる、でも、それ以外の人物がポンポンと前振りなしででてくるので、よくわからない部分が多かった。それでも、ド・ゴールの家柄や彼の性格についての記述はとても面白かった。代々学者の家系で、ド・ゴール自身も人文的な教養が高かったそうである。要するに知的エリートの家に生まれてたのね。日本の昔の政治家の教養について知ると、昔の政治家は立派だなぁ、と思うけれど、ド・ゴールもまたそういう尊敬したくなるタイプの人間だった。
とはいえ、その教養高さや、自分は知的なエリート出身ですよ、というプライドがあって、若いときから偉そうな態度をとっていたり、上司と折り合いが悪くて出世が遅れたりしていたらしい。まぁまぁめんどくさい人間、ちょっと残念の人間だったみたいなんだよね。でも、見捨てなかったのが、ペタンで……っていうのがなんか人生の複雑さを感じさせるところである。
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