名著『新編 新宗教と巨大建築』の著者、五十嵐太郎による新たな名著。本書では、日本に「Archtecture」という概念が西洋からもたらされて以降、日本の建築家がどのように「日本的なもの」と向き合ってきたかが振り返られる。近年、この「日本的なもの」をやたらと称賛するTVプログラムが目に入るたびに、なにか居心地の悪さを感じていたのだが、それは年々貧乏になりゆく我々日本人が「貧乏だけれど、日本は素晴らしい!」と強がるような、現実逃避のためのナショナリズム高揚がいかがわしいから、というだけでなく、そもそも「日本的なもの」ってなんなのかが、よくわからないからなのだった。本書はそうした「日本的なもの」の曖昧さへも鋭くメスをいれている。
本書における日本の建築史は、通史ではなく、オリンピックや万博といったイベントや、皇居や国会議事堂といったシンボルなど大きなテーマごとに読み解きがおこなわれている。丹下健三や、前川國男、坂倉準三といった著名な建築家がイベントのなかでどのような役割を果たしたのか、そして、イデオロギーや思想がどのように建築と結びついたのか。本書が優れているのは、そうした建築の背景を説明するだけでなく、建築の「見方」についても平易に教えてくれる点だろう。たとえば、第3章のテーマになっている「屋根」。「屋根は雨や日照などの環境、固有の素材などにより、地域性があらわれやすい」。なるほど。さらには、屋根には、シンボリックな意味がよく投影される、という。丹下による代々木国立屋内総合競技場の屋根が、実は神社の意匠を取り込んでいる、とか読んでいて普通にビックリしてしまった。
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