以前に紹介した『ビール世界史紀行』(大名著)で言及されていた。「近代細菌学の祖」として知られるルイ・パストゥールが19世紀末に書いたビールの醸造法に関する研究書。わたしもたぶんこういうのを読むのは初めてなんじゃないか、と思うんだけれど、ゴリゴリの理系論文って感じで一般人向けの読み物として読める部分はあんまり多くないのだが、科学史的な視点で読み込むととても面白い。自分の説に反論をかましてきた研究者に対する再反論や、筆者自らがおこなった実験の手続きなどが、かなり詳細に書かれており「当時の科学ってこんな風におこなわれていたのね」ということがわかる。
パストゥールはここで、ビールやワインを製造プロセスにおいて、大麦や葡萄から自然発生的に発酵がおこなわれるという説を退け、大麦や葡萄とは別な酵母菌の働きによっておこなわれるのだ、と主張している。これが本書のメインテーマのひとつ。あとは当時伝統的な職人の勘や、職人の間で伝えられてきたナレッジによって製造されてきた酒造プロセスを改善するためのアイデアを提案している(純粋な酵母菌を使うと、変な雑菌が増えないので良いよ、と)。
職人のナレッジに、近代的な科学の手法でメスをいれていく部分が結構面白くて。というのも、パストゥールの記述から19世紀末にイギリスやフランスでどんな風にビールが飲まれてきたか、作られてきたか、がうかがい知れるのだ。たとえばこんな記述。「ビールの売価と製造原価に大差があるのは、大量のビールを廃棄せざるを得ない事態が常にもたらす損失を、おぎなうためにほかならない」。当時のビール職人たちは、雑菌によってビールが変な味になってしまうリスクを常に抱えていたのだな、ということがここからわかる。ビールが今よりも「ありがたいもの」だった時代と、現代の差異に面白さを感じる。
そうした現代と過去の時代との差異ばかりでなく「これって今と同じじゃん」という部分もあって。たとえば、パストゥールは「(みんな知ってると思うけど)暑い時に飲むビールって旨いよね」とか書いている。そういう感覚は今も昔も変わらないんだ、と思うとまた面白いのだった。
コメント
コメントを投稿