西川美和監督作品『ディア・ドクター』

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 『ゆれる』の西川美和の新作を観る。「自分が作る映画はこういうものである」と主張するようなシーンがいくつも記号的に、そして戦略的に織り込まれている気がして、なんだかもう巨匠みたいである、と思う一方で「別な方法で作った映画も観てみたい」と期待を寄せたくなるような、秀作だったと思う。笑福亭鶴瓶演じる主人公の言葉が、ところどころで誤解され、すれ違いが生まれていく。このあたりの心理描写が絶妙だし、ここでのコミュニケーションの描かれ方は、社会学(の教科書)的ですらある(以下、完全にネタバレになってしまうため、ネタバレ・アレルギーの方は読み飛ばしていただきたい)。



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 主人公は医師免許を持たない、偽医者である。このことは映画の予告からも、なんとなく予想できるのだが、そういった予想を持ちながら冒頭で「僕、免許ないのですよ」と発話する主人公に出会うことの驚きが、観客をグッと引き寄せる。その「免許がない」という発話は、その文脈においては「自動車免許がない」という意味であるのだが、しかし、映画のなかで「隠された事実」にもかかる二重の意味を持つ(中盤でも、同じような展開がある)。その言葉が二重の意味を持っていたことは、発話した本人である偽医師にさえ意識されず、観客だけがそれを把握している――このような関係をシェイクスピアのある作品に指摘した論考を割りと最近読んだ気がするのだが、それがなんだったのか、まったく思い出せない。追記;思い出した。喜志哲雄『喜劇の手法 笑いのしくみを探る』だ。ここでは、シェイクスピアの『十二夜』におけるアイロニカルな「笑いの手法」が指摘されているのだが、この手法を今回の西川美和の脚本にもそのまま見出すことができるだろう。





 村民たちに英雄のように送り出される真っ赤なBMWや、いきなり出てくる中村勘三郎のあたりが、個人的なハイライト。八千草薫の品の良さや、香川照之の良い人なのだか、悪い人なのだかさっぱりわからない不気味さや、松重豊が演じる悪人みたいな刑事(『ユリイカ』を想起させる)も良かった。説明的なセリフがほとんどない映画の中で、役者の良い演技によって細やかな状況説明がされていく。このあたりのスムーズさも観ていて気持ち良い。





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