プラトン『パイドロス――美について』

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パイドロス (岩波文庫)
プラトン
岩波書店
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 プラトン強化期間の一環として読む。この対話編は、道でソクラテスとばったり会ったパイドロスが「実はね、ソクラテス。今、リュシアスからすごい話を聞いてきたところなんだよ……」と持ちかけるところから始まる。その話というのが、「人間は恋心を抱いている人ではなく、恋心を抱いていない人間を愛するべきである」というリュシアスの主張を含んだ物語について。本書の前半は、ここから一種の恋愛論といった感じで進められる。





 最初、ソクラテスはリュシアス(そしてパイドロス)の主張に同意するかのように話し始めるのだが、ある時点で「あ! やっぱりこれまで言ったことはナシ!」とか言い出して真逆の主張をする――「人間は恋心を抱いている人をこそ、愛さねばならない」という風に。この転身が「ええ……じゃあ、これまでの話ってなんだったの?」という感じでひどいのだが、ひとまずそれは置いといて、ソクラテスは「恋心を抱いている人を愛さねばならない」ということを立証するために、霊魂について語り始める。





 この部分が若干ややこしく、うっかりしていると読み飛ばしてしまいそうになるのだが、ソクラテスの世界観(神々と生活と、神々のようには完全ではない人間の生活)などがうかがい知れて大変面白い。





 恋は一種の狂気である。しかし、それは神々が作り出した狂気であるがゆえに「善」の性格を持つ狂気であり、また「美を求める」という性格を持つものである(神々が善ではないものを作り出すわけがないのだから)。ゆえに、恋をないがしろにし、恋をしていない人に身を任せることは、善ではないものに身を任せることと同意であろう……云々(ものすごくスピリチュアルな話)。





 と言ったことをソクラテスは滔々と語り、その勢いにのまれてパイドロスは回心に至る。さらにここから、ソクラテスがまずはじめにパイドロスに同意するようなことを語り、それから真逆のこと(本当の主張)をし始めた理由について語った理由の説明へと入っていく。そこでは弁論や論述の方法についての議論が行われる。実のところ、前半の恋愛論や、中盤の霊魂論よりも、この後半部分、いわば弁論論(あるいは哲学論)について語られている部分を一番面白く読んだ。



ひとつの技術を文字の中に書きのこしたと思い込んでいる人、また他方では書かれたものの中から何か明瞭で確実なものを掴み出すことができると信じて、その技術を受けとろうとする人、こういう人はいずれも、たいへんなお人よしであり、アンモンの予言を知らざる者であるといえよう。なぜなら、そういう人は、書かれた言葉というものが、書物に取りあつかわれている事柄について知識をもっている人にそれを思い出させるという役割以上に、もっと何か多くのことをなしうると思っているからだ。




それに、言葉というものは、ひとたび書きものにされると、どんな言葉でも、それを理解する人々のところであろうと、ぜんぜん不適当な人々のところであろうとおかまいなしに、転々とめぐり歩く。


 「すわ! デリダか!」*1と叫びたくなるほどに、言葉に対する不信をソクラテスは述べる。しかし、その一方で彼は、言葉によって本質を捉えようとするし、また、それは可能であるとする。「あらゆるものを本質それ自体に則して定義しうるようになること」が目指されるのである。ソクラテスが主張していることは「言論の良し悪しとは、語り口の上手さや、文章の上手さではなく、本質を捉えているかどうかによって決定される(べきである)」というものなのだが、言葉に対して不信を抱きながら、言葉をもって真理を捉えようとするソクラテスの自己撞着が興味深い。




*1:読んだことないけど





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