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ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換』を読む #3




公共性の構造転換―市民社会の一カテゴリーについての探究
ユルゲン ハーバーマス
未来社
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 本日は第三章「公共性の政治的機能」について見ていきます。この章の内容は、タイトルどおりで「一七・一八世紀の社会において、市民的公共性はどのように政治的な機能を果たしていたか」、そして「どのようにしてそのような機能が可能となったのか」についての分析です。この章のはじまりである第八節「モデルケースとしてのイギリスにおける発展」では、ハーバーマスがヨーロッパでもっとも早く「政治的機能をもつ公共性(P.86)」が成立した国として評価しているイギリスの例がとりあげられています。すでに第二章で見たとおり、イギリス以外の国でも「文芸的公共性(フランスならサロン、ドイツでは読書サークル、といった人文的知識を持つ人々によるサークル。ここでは政治的な議論もおこなわれていた)」は発生していましたが、本格的に「公衆を参加させて争われる社会的葛藤*1(同)」はイギリスが初めてだった、とハーバーマスは言います。





 そして、その理由について「商業資本及び金融資本の貿易制限的利害関心」と「マニュファクチュア資本及び工業資本の拡張的利害関心」との間の対立が発端である、とハーバーマスは分析しています(P.87)。具体的に前者と後者がどのようなものであったのかはよくわからないのですが、お金を動かす人たちと、実際にモノを作る人たちの対立と言って良いでしょう。しかし、このような利害対立はすでにギルドが市場で強い権力を持っていた頃にもありました(既得権者であるギルドと、新たに市場に参入しようとする人々の間で)。このような意味で、十八世紀の始めに起こった前述の葛藤は過去の変奏に過ぎません。しかし、資本主義的な生産様式が貫徹されたこの頃は、影響範囲が大きく「選挙資格のない住民の中にまで党派の闘争が割りこむ(同)」ようになったのでした。





 また、このとき新聞産業も大きく社会に影響力を持つ存在へとなったこともハーバーマスは指摘しています(P.88-87)。ここでは、それ以前は、公権力のプロパガンダであったり、市民と市民をつなぐ媒介でしかなかった新聞が、今日的な「ジャーナリズム」として成立する過程が説明されます。このとき新聞は、国王、公権力、市民に次ぐ『第四身分』として社会に登場し、いわば「批判的機関」となるのです。第八節の後半部分(P.91-96)では、このような状況でのイギリス議会政治の状況について触れられていますが、このあたりは今日の日本の政治(というよりも、選挙のやり方や、市井の人々に対する訴え方)についても考えされる部分があり興味深かったです。





 さて第九節ですが、こちらは「大陸における諸変型」というタイトルがついています。文字通り、前節でイギリスの例をモデルとしたので、フランスやドイツではどうだったのだろうか? というお話です。結局のところ、議論の収斂していく先は一緒だと思いますので、ここは簡単に見るぐらいにしておきましょう。まず、フランスですがイギリスよりも王権の力が強かったため、市民が外野ではない政治的な領域で権力をはっきするのには、フランス革命を待たなくてはなりませんでした。しかし、この革命による急進的な変化(イギリスの場合は、漸進的な変化でした)によって、より一層市民的公共性の政治的機能は公衆に意識されたことをハーバーマスは強調しています(P.100)。




 つぎにドイツですが、ドイツの場合、フランスよりも長く身分的障壁が残っていたそうです*2。フランス革命の余波をうけてドイツでも議会が開かれたそうですが、それも尻つぼみな結果に終わり、そのせいで政治的な公衆は私的な集会のなかで結束していたようです。集まりが小規模なものだったがゆえに、論議する公衆としての意識形成も強く求められた……とハーバーマスは説明していますが、これは少し強引な気がしないでもないですね。




 第一〇節「私的自律の圏としての市民社会 私法と自由化された市場」です。この節の冒頭でハーバーマスは、これまで第三章でみてきた公衆-新聞-議会の制度的なつながりに視野を限っていれば、議論は抽象的なものになってしまう、と言っています*3。「それらの余論は、公共性が一八世紀をつうじて政治的機能を引きうけるようになるという事実を証拠だてることはできるが、その機能そのものの様式は、商品交易と社会的労働が国家の統制から大幅に解放されていくことになる市民社会の発展史の特有な局面から理解するよりほかはない(P.104)」のです。





 政治的に機能する市民的公共性を、ハーバーマスは市民社会がその要求に応ずる国家権力と媒介するための機関として位置づけます。そして、これが可能になったのは、傾向的に自由化された市場のおかげだと言っています。なぜでしょうか? 自由化された市場では、市場において互いの利害関心が働き、競争が起こることは先に触れました。このとき、市場という公共圏がはじめて「私有化」されたことをハーバーマスは強調しています。補足をしておきますと、ここでハーバーマスが言っている「私有化」とは「公共圏を誰かが独占すること」を意味しているわけではありません。あくまで「公のもの(公の権力によって統制された)」が、その反対側に位置することを意味しているのです。換言するならば「公的なもの」から「民間のもの」になることになるでしょうか。この市場の私有化によって、社会は商品の交換関係によって媒介されるようになります。それと同時に、商品所有者は自律を得るのです。





 そして、この過程は近代の私法(一応説明しておきますが、民法とか商法とかのことですね)の歴史にあらわれている、とハーバーマスは見ています。なぜなら、近代の私法が、自由な主体が、自由な意思表示によって、自由な契約を結ぶという性格を、契約の中に還元する法体系であったからなのでした。第一〇節の後半で、具体的に近代的私法の歴史がひもとかれているのですが、そこでは市場の活発化・複雑化という発展とともに、近代私法もまた複雑化・細分化しあう、互いにフィードバックしあう関係が見て取れます。弁証法的な関係、という言い方がこの場合正しいでしょうか? とにかく、この市場-私法の関係の合間の中で、市民の自由は身分から解放されていったのでした。このことは第一一節「市民的法治国家における公共性の矛盾をはらんだ制度化」の前半でも強調されます。





 この節のタイトルにある「公共性の矛盾」というのも、ここでの私法と市場(という公共性)の関係の間に存在しています。近代的私法とはまぎれもなく、市民的公共性からはぐくまれて来たものでした(その逆もまたいえるのですが、ここで『タマゴが先か、ニワトリが先か』という風に問うことは重要ではありません)。繰り返しになりますが、そのふたつによって、市民の自由は保障される。しかし、法律とはそもそも支配し、統制する機能をもつ制度だったのではないでしょうか? それが自由の保障をおこなうとは矛盾なんじゃないのか? というのがハーバーマスが指摘する矛盾なのです。





 しかし、ハーバーマスによれば、この矛盾は法律の性格が「誰かの意思によるもの」ではなく「普遍的な理性が働いたもの」という風に読み替えられることによって解消され、それどころか「典型的な市民的理念(P.112)」となるのでした。このとき、立法は「『権力』として構成されているけれども、それは政治的な意思の発動ではなく、理性的な合意の成果とみなされる(P.113)」のですね。これによって、市民的公共性の自由は敷衍されていき、理念的には万人がこの自由を享受できるようになります。しかし、実際にはその自由な公共性への参加には一定の基準が存在しました。例えば、経済力や教養といったものが依然として「政治的に機能する公共性への参加を判別する」ものさしになっていたのです(P.116)。





 ここで、このような形態について不完全な自由であるし、不完全な公共性である、という風に指摘することができましょう。そして実際に不完全でした。ですが、その不完全さは問題になることがありませんでした。なぜなら、そういった公共性から締め出されていた人の側では、そういったことが問題とみなされていなかったし、公共性のなかにいた人の側でも「そんなの当然じゃん」と思っていたからです。理性と自由とを声高に叫んでいたかのフランス革命でも「有権市民」と「無権市民」とを財産によって区別されていたのですから。また、資本主義社会においては、有能さと幸運さえあれば誰もが財産と教養を手に入れることができる(その機会は平等に分け与えられている)という原理が存在します(実際、そのような平等は今でも存在しないのですが)。この原理によって、政治的に機能する市民的公共性に金持ちしか参加できないという問題は隠蔽されてしまいます。





 以上が第三章のマトメになります。若干、息切れしてまいりました。次でようやく半分です。




*1:conflict


*2:このあたり、なんだか前章の説明と食い違う感じがしますが……


*3:自分でしたのに……





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