宮城道雄『春の海――宮城道雄随筆集』

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 音楽家の書いた文章には結構面白いものがあって、好きでよく読んでいるのだけれども、そのなかでも宮城道雄の随筆は時として風変わりなぐらいユーモラスで楽しく読めた。邦楽(J-POPのことではない)……というと今やヴァイオリンやピアノよりも敷居が高いような感じがし、さぞ宮城も雅で厳かな文章を書くのだろう……と想像していたのだけれども、良い意味で期待を裏切る内容である。


 読んでいて日曜の朝に、横着して布団に包まりながら朝食を食べてるような、そういう安らかな読書感がやってくる。そういうユルさが内田百閒の随筆とも似ているな、と思っていたら、それもそのはず宮城の口述筆記にあたったのが百閒先生のお弟子さんであり、最終的に百閒先生が原稿をチェックしていたそうである。そういえば『百鬼園随筆』に「宮城道雄は布団のなかから手を出さずに点字で本が読めるからうらやましいな」というような文章があった気がする。


 正月になれば嫌というほどテレビから流れてくる《春の海》、その作曲家のことを私はこれまで何も知らなかったのだけれど、この本がとても面白かったので彼の音楽を少し探ってみようかな、という気になった。文明開化以降に日本に入ってきた西洋音楽と出会い、そのなかで西洋音楽の形式を巧みに箏曲などに取り入れていた……などはドビュッシーの逆を行くようである。また、何度かストラヴィンスキーの名前が出てくるのだけれども、邦楽家の書く文章から彼の名前が出てくる意外さも面白い。


 また、盲目の、音で捉えた世界が随筆の中で瑞々しく描かれている。「盲人の随筆」ということで、それが特異な雰囲気を持っているのは当たり前なのかもしれないが、宮城の鋭敏な耳が捉えた「季節」や「風景」の情景が素晴らしいのである。宮城の文章は「晴眼者のアナタには聞こえないかもしれないが、世の中にはこんな音も存在しているんですよ」と教えてくれたようにも思う。マリー・シェファーではないけれども「耳を啓く」というか。





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