斎藤環『心理学化する社会――癒したいのは「トラウマ」か「脳」か』

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心理学化する社会 (河出文庫) (河出文庫)
斎藤 環
河出書房新社
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 このところ、学生時代に講義やゼミの発表で参照されていた(が、当時は買えなかったり、後回しにし続けてきた)本が続々と文庫化されている。で、ついつい読むペースを考えずに購入してしまいがちである。こういうのはほとんど「こどもの頃買えなかったおもちゃを大人になってから集めてしまう」ような現象に近いのではなかろうか。まぁとにかく、追っていくのが大変だ。




 今回もそういう類の本ではあったのだが、このタイミングで初めて斎藤環の著作に触れようと思ったのは、なにより「斎藤環-茂木健一郎の往復書簡」*1が先日連載終了が宣言されたことである(茂木健一郎の往信が一切ないままに)。これがあったから、私は最近茂木健一郎という人が気になって仕方が無い(氏の著作に『脳とシューベルト』という副題の本があるのを見つけ、ズッコケそうになったぐらいに)。『心理学化する社会』が書かれたのは2003年のことだが、このとき既に「汎脳主義」的なものへの批判的な指摘が書かれていて面白い。当時はまだ大衆領域において茂木が大ブレイクを果たす前だと思うのだが*2、斎藤の指摘はいまなお有効であろう(それは『汎脳主義を受け取る側』の問題でもある)。





 読む前は「結構難しい本なのかな……ラカン派の人だっていうし……」と想像していた文章も、実際は軽妙で、というか最後のほうまでラカンなど登場しない。あくまで「この心理学人気、気持ち悪くない?」という違和感を感じているサブカル好きの精神科医が軽妙に語ったような節がある。とくに「はじめに」で述べられている以下の文章に痺れてしまった。



でも僕が思うに、癒しブーム最大の罪は、尊敬に値するコメディアン・片岡鶴太郎をひどい勘違いに追い込んでしまったことだろう。なにしろ「癒し」は、確実に商売になる上に尊敬までされて、「自分探し」の究極の上がりみたいなものだ。おそらく鶴太郎はもう、こっち側には帰ってこないだろう。



 とはいえ、胸がチクチクと痛むような内容の本である。「俗流心理学(精神分析・脳科学)者」たちへの至極まっとうな批判に満ちた本書を読みながら「果たして自分はここで批判されている人たちを批判できるだろうか」ということを考えてしまった。私はこのブログにおいて、頻繁に社会学の術語を用いながら作品分析的な文章を書いている。私と彼らの間のには道具立てという違いこそあれど、本質的にはなにも違わないのではないか……ということを考えていたら最終章で「精神分析からシステム論へ」という指摘がされており、ぐうの音も出なかった。





 社会分析のツールがシステム論的なものへと転回し、現在はそのピークなのかもしれない。この現象について、斎藤も「文庫版あとがき」で昨年の「秋葉原での通り魔事件」を巡る言説に触れている。



この事件で特異だったのは、犯人に関するプロファイリングめいたコミュニケーションがほとんど前景化せず、事実上、若者における不安定就労の問題として処理されたことである。



 一方、私が個人的にこのシステム論的な転回について思うのは、なにかを論じようとしたときに、おもにインターネット上において展開されているシステム論的な知識を有した人たちによる言葉・分析が似通ったものになってきているのではないか、ということだ。宮台真司や大澤真幸といった良い(?)お手本がいるおかげで、彼らの本を読んでさえいれば、誰もが簡易的な分析のツールを得られる、という状況が出来上がっている、と私は思う。私自身もその状況に組する者であることは確かなのだが。




 こうした状況が実害を呼び起こすものではないかもしれない。ただし、それでは何のためのインターネットであるのか、何のためのブログであるのか、という風に感じる面はある。問題を単純にすれば、同じような文章が書かれていて、しかもそのような文章を自分も書けてしまう、そういった状況にいる場合、読み手が出会うものが他者であるという可能性が削られていく。そこに一抹のつまらなさを感じてしまうのだ。誰が書いていたかは覚えていないけれど、『ダークナイト』の感想に、多くの人が裏で示し合わせたかのように「9.11以降の……」という言葉があって、それがつまらない*3、という意見と以上の私の意見は問題を同じくしているかもしれない。





 感想が本の内容から大幅に脱線してしまったが、とても面白い本だった。




*1書籍出版 双風舎:【連載】「脳は心を記述できるのか」


*2:茂木健一郎のブレイク時期は2006年ごろだという。書籍出版 双風舎


*3:本書の「文庫版あとがき」にも斎藤による『ダークナイト』評があるが、これは「9.11以降の……」型『ダークナイト』批評の最もブリリアントな文章であろう





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