フリオ・コルタサル『悪魔の涎・追い求める男』

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悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)
コルタサル
岩波書店
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 アルゼンチン出身でパリで活躍したという作家、フリオ・コルタサルの短編集を読む。アルゼンチンの作家、というとすぐさまホルヘ・ルイス・ボルヘスの名前を思い浮かべるが、コルタサルもボルヘス同様優れた短編作家であったという。コルタサルの作品に触れたのは今回が初めてだったけれど、ボルヘスほど衒学的な趣はなく、むしろ洗練された引き締まった幻想(というのは少し変な表現だけれども)に連れ込まれるようなところを感じる。土着的なところが強く現れているわけでもないし、正直そこまでハマれなかった部分もあるのだが、いくつかの作品は面白く読んだ――表題作となっている『悪魔の涎』はミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』の下敷きとなった作品(映画については未見)、『追い求める男』はジャズ評論家の視線から語られる(おそらくチャーリー・パーカーがモデルとされている)サックス奏者の物語。後者は、語り手の批評論とサックス奏者が語る時間・音楽論がなかなか興味深かったが、どちらについてもそこまで惹かれるところがない。





 むしろ『パリにいる若い女性に宛てた手紙』という「よくわからないけれど、口の中から小兎が生まれてくる話」や『占拠された屋敷』(これがボルヘスに認められ、コルタサルの出世作となったとか)という「なんだかよくわからないものによって住んでいる家が占拠されてしまう話」とか、読んでいて妙に不穏な気持ちになってくる小品のほうに私は惹かれてしまう。兎が喉を通るときに毛がモサモサして……みたいな細かい描写がとても嫌だ。あと『南部高速道路』という比較的長い作品も良かった。「パリへと向うハイウェイ上で渋滞が起こり、何日も身動きがとれなくなってしまう……」というルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』みたいな話なのだが、問題となる渋滞が解決されようというとき、主人公の胸中におこる変化――異常状態に感染してしまったかのように、むしろ平常ではなく異常を求めてしまう――がとても良かった。うわー、これ嫌だなぁ……と思いながら読める話は結構好きだ。





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