フランシス・フォード・コッポラ監督作品『ゴッドファーザー』シリーズ

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実家から自宅に戻って何をしているかと言うと、6月に出す同人誌の編集作業。現在はひとまず集まっている原稿をWORDで編集して執筆陣に送り返して、その編集待ちの状態なんだけれど、ひとつ今回書いてもらった小説にものすごく映画が観たくなる作品があって、待ち時間にずっと映画を観ていた。で『ゴッドファーザー』シリーズを一気に鑑賞。合計8時間ぐらい? 超濃密な大河ドラマを見せられたようでクタクタになったが、とても面白かった。1作目と2作目を観ていたらマックス・ヴェーバーなカリスマの継承問題について思い浮かべたし、3作目で描かれる贖罪もツボだった。『グラントリノ』も告解がすごく印象的な映画だったけれど、神を前にして秘めていたものを吐き出す、という告解の演出は、実際にはその吐き出されたものを観客が受け止めなくてはいけないわけで、そういう吐き出されたものをモロに喰らってしまうような気がして、ウワーンとなってしまう。マイケル・コルレオーネの人生は、何かを得たかと思ったら、代わりに何かを失う、というなんだか物々交換みたいな波乱の人生であって、それが最後まで続くものだから業の深い人間であるなぁ、と感嘆してしまう。けれども、こうして何かを得るために、代償を払わなくてはいけない、というのは日々の営みとして当然なことだ。こうしたことを改めて考えていると、物語のなかで大きな代償を払ったときに生じるダイナミズムは、なんか大きな買い物をしたときのやってやったゾ感に通ずるのかもしれない。物語のなかの経済学、というかそういうことについても考えてしまった。ああ、ドラマってこういう風に書くんだなぁ、とか思う。





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