静寂/不失者の秘儀伝授(Mail From FUSHITSUSHA)

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Mail From Fushitsusha
Mail From Fushitsusha
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静寂(灰野敬二・ナスノミツル・一楽儀光)
doubtmusic (2010-10-11)
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昨年10月に発表された灰野敬二・ナスノミツル・一楽儀光による静寂のアルバム2作品には邦題と英題がつけられている。こちらの黒いジャケットのほうは邦題が『不失者の秘儀伝授』、英題が“Mail From FUSHITSUSHA”。ここでは言語によって伝わってくる印象、というか温度がまるで違うように思われる。邦題は文字通り秘密のメッセージが発せられていそうだし、私は英題から海中を漂うボトルメールを連想してしまった。どちらにせよ、なんだかヒネりが入っていて込められたメッセージはスムーズには伝わってこなそうなイメージが湧く――けれども実際にアルバムを聴いてみたら、これほど直接的なメッセージ・ソング集も珍しいのでは? と間逆の印象を受ける。その印象は先日のライヴでは*1一部聴き取りにくかった歌詞がバッチリ聴こえる! というせいもあるんだろうけれど。





たとえばこんな歌詞がある。



こんなはずじゃあ なかったなんて


もう 言い合うのは やめろ




自ら「知れる」ことを 放棄したふりをして


学ばなければ と 責任を取らぬまま


我々は この形に なってしまっている


こうした言葉は今の状況を暗示するかのように聞こえる。でも、前述したとおりこのアルバムが発表されたのは昨年だ。制作者もこんな風になるなんて想像していなかったはずで(さすがに灰野敬二だって予言者ではないだろうし……もしかしたら予言者かもしれないけれど……)意図された暗示ではない。先日、大友良英は藝大での講演*2で「状況が変化したことによって、芸術作品が持っていた意味が変わってしまう」というようなことを言っていたけれど、これもまたその一例なのだろう。





でも《今読み取れる意味》が変わったからといって、状況への憂いが根幹にあるのがすっかり拭い去られるわけではない。むしろ震災前後でも灰野敬二という人は全然ブレずに、憂いてるし、怒っているんだな~、というのが感じられる。事故があったから急に大きな声を出すんじゃなくて、前から大きな声を出してたんだな、と。私としてはそういう人の言っていることを信じたいな、と思う。もちろんアレは雷に打たれて回心しちゃうのと同じぐらいショッキングな出来事だったと思うから、言うことが変わるのは不思議なことじゃないし、自分自身いろいろ変わった部分はある。だからこそ、こういう変わらない人を見ていると安心していられる気がする。自分と考え方が違っていても、ブレない地軸みたいなものを見ることで一つの拠りどころとする、みたいな。「坂本龍一は《坂本龍一》なのに、灰野さんは《灰野さん》」なのはそういうことだと思うんだよ!







これは先日のライヴのあとに、この人、ホントなにものなんだろな~、というのが気になって灰野敬二のインタビューなどを探していたときに読んだ記事。これもやっぱり「ブレないな~」と思わされる内容だ。



そのくらい音楽が好き。人が誰でも平等に持っている宝物っていうのは『時間』で、1回使ったら戻ってこないものでしょ? それを使っても、全く惜しくないと思うのが音楽。それくらい音楽のことしか考えてない。



という発言を、この以下の歌詞と並べてみよう。



選ばされているだけに 気づけ


選ばされていることに 気づけ


好きと思わされていることに勘づけ


好きと思わされていることに勘づけ


何もかも あるように思わされていると


叫べ



これらからは灰野敬二の《選択的な生き方》が読み取れると思う。人は「自分が好きでこの生き方をしている! 自由に生きている!」ように思っていても、その生き方は実は本能だとか、状況だとか、社会だとかに選択させられていたり、嗜癖として染み付いてしまったものを惰性で続けているだけだったりする。それはある部分は仕方ないけれど(だって、ごはんを食べないと死んじゃうしねえ……)、それに対して彼は「もっと自分を追い込んだり、ストイックになったら、もっと自分で選択できるし、そういうのがホントに自由な生き方なんじゃない?」と突きつけてくる。自由意志がものすごく重要視されている、というか。







この記事を読むと、自由意志によらない惰性や習慣に対する灰野敬二の嫌悪がよくわかる。煙草や酔っ払いが嫌い、というのはまさに嗜癖への嫌悪感だろう。私が共感してしまったのは、この部分(社会になんか流されないぞ! なんて突っ張りきる才能が自分にはないのは分かっているし、かつ、かなり性質の悪い酒飲みではあるんだけれど)で、自分が喫煙習慣を止めたのもほとんど同じことを考えたからなのだ。「これ、自分で好きで吸ってるわけじゃなくね? 習慣で吸ってるだけじゃね? 限られた人生の時間を、そんな惰性で過ごして良いの?」と思ったら、ピタリ、と止められた。





アベラールやスピノザがいうように「この世界は全能の神によって作られるから、こうであるしかない。起きていることは全て正しい!(by 勝間和代)」という世界観も理解できる一方で、いや、そういう世界かもしれないけれど、自由意思を持っているように生まれてきてしまったのだから、それを全面的に行使することが徳の高い生き方なんじゃなかろーか、とか常々考えているのだけれど、灰野敬二という人はまさに、そういう徳の高い生き方の一例だ。このアルバムの衝撃は、そういうロールモデルにできるぐらいに尊敬できる人間との出会いが半分以上。





ここまで音についてまったく触れてないけど、もちろん、音も超絶的にハードでカッコ良いです。音によって空間に濃淡をつけたり、鋭く切り裂いたり。灰野敬二の爆音プレイは、ライヴだと聴いている位置によって爆音に飲まれてしまうだけで終わってしまう可能性があるけれど、バンドとしての音が把握しやすい。ホワイトノイズ/ベースのねばりつくようなフレーズ/ドラムの打撃音で、綺麗なレイヤーができる瞬間など聴いていて気持ち良い。






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