本書がとりあげる中南米の国々は、メキシコ、キューバ、ジャマイカ、ベネズエラ、ペルー、ボリビア、ブラジル、アルゼンチンと多岐に渡っているけれど、それぞれの国ごとに書かれ方や取り上げられ方が異なっている。ブラジル、アルゼンチンの音楽はそれぞれ、ボサノヴァ、タンゴが有名だけれども、ここではそうした既によく知られたものではなく、ブラジルの田舎(風)音楽であるムジカ・セルタネージャや、独裁政権下におけるアルゼンチン・ロックについて記述されている。ここから都市の音楽であるサンバやボサノヴァとは違ったブラジル音楽の深さを知ることもできるし、また、1976年(パンク誕生の年だ)のペロン失脚後の悪夢のような市民への弾圧のなか歌われたロックとその意味は、今日のアルゼンチンのポップ・ミュージックを聴くうえでも重要なものになるだろう。
知られざるものを明らかにする部分では、ベネズエラ、ペルー、ボリビアの音楽の紹介が輝いている。なかでも個人的にはベネズエラの章を読んでいて「コーヒールンバ」がこの国発祥の楽曲であることを知って大変に驚いたのだった(大体ルンバってキューバ発祥だし。しかも私が一番馴染みのある井上陽水によるカヴァーは、ダブ的なアレンジになっているので余計に国籍がわからない)。
また、文化史的なものでは合衆国におけるラテン文化とサルサや、合衆国とメキシコのボーダーにおけるチカーノ文化の紹介が面白いし、ダブをとりあげる章はダブの音響と編集のポストモダン性を指摘する「批評らしい批評」となっていて読み応えがあった。
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