桑木野 幸司
中央公論美術出版
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こうした記憶術と建築との関連をあつかった類書は少なくない(わたしが読んだものを文末にリスト化した)。しかし、わたしが読んだかぎり、記憶術の精神モデルに関する日本語による記述は、本書のものが最良だと思う。コンピューター用語が適切に用いられ、術者の精神の働きがとてもわかりやすく書かれている。この「動きを捉える描写」は「キネティック・アーキテクチャー」という耳慣れない概念の説明でも一役買っている。
直訳すれば「動的な建築」となるこの概念は、記憶術的建築を単なる記憶の容れ物のモデルとしてだけではなく、新しい知識を生み出す装置として描くために用いられている。建築や庭園といった舞台を動きまわることで、イメージを記憶したり、さらに配置されたイメージとの関連からまったく新しいイメージを生み出すことが可能となる設計思想からは、精神から建築へのイメージの投射のみならず、建築から精神へという逆方向の投射を読み取れる。人間の動作によって、建築から作用がおこなわれ、また建築に与えられたイメージも変容していくダイナミズムが読み手にも伝わってくるようだ。
本書は、2011年にイタリア語で出版された著書を書き改めたもの。手にとった人の多くがまず、その浩瀚さに驚いてしまうだろうけれど、それだけでなくとても美しい本だと思う。マニエリスム的とさえ感じられる文体によって豊かなイメージを抱かせながら記述されるこの旅路は、単なる研究書を超えた素晴らしい読書体験をもたらしてくれる。建築をあたかも書物のように読み解く五十嵐太郎の業績に触れている読者にもオススメしたいと思うし、初期近代のこうした精神的建築(建築的精神)を知ることで、思想化(あるいは政治化)した現代建築にかんする捉え方も変わっていくのではないか、とも思った。
(改めて、桑木野氏にはこのような素晴らしい著作を恵投いただいたことに感謝いたします)
関連エントリー
- イエイツの『記憶術』を読む
- 本書でも言及されているフランセス・イエイツの先駆的/古典的記憶術研究書。
- ライナルド・ペルジーニ『哲学的建築 理想都市と記憶劇場』
- こちらも記憶術と建築の関連については詳しく、またコンパクトなところは魅力的である。ただし、書いてあることはイエイツと丸かぶり感は否めず、研究者じゃないのであれば『記憶術』を読んでいれば、こっちは良いかも……。
- トンマーゾ・カンパネッラ『太陽の都』
- 「太陽の都」に存在する円環的に配置された城壁には、教育的な内容の壁画が描かれている。都市の住民は、その壁画のまわりを運動することで理想の知識を得られるというこの発想は、キネティック・アーキテクチャーの一例だ。
- Ann M. Blair 『Too Much to Know: Managing Scholarly Information before the Modern Age』
- 記憶術に関連して近代以前の情報マネジメントについての歴史書。
- パオロ・ニコローゾ 『建築家ムッソリーニ: 独裁者が夢見たファシズムの都市』
- 桑木野訳による翻訳書。
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