ハーマン・メルヴィル
岩波書店
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特に序盤、語り手がイシュメイルが捕鯨船に乗るまでの話。イシュメイルが刺青だらけの南方土人と偶然出会って義兄弟的な契りを結ぶあたりのエピソードは、セルバンテスやラブレーの作品で語られるバカ話のような朗らかさがあって笑ってしまった。そりゃあ、延々とクジラの分類だとか、船の上での振る舞いとか、クジラの生態に関する学術的な考察が続くところはたしかにキツいんだけれど、その記述自体が面白い。アリストテレスに、プリニウス、アルドロヴァンディやキュヴィエといった名前が登場してくるところには、特別興味を惹かれた。メルヴィルは19世紀の人だけれども、この当時にアルドロヴァンディを参照する(しかも『白鯨』を発表した時はメルヴィルは32歳だ)って、普通のことなのか、それとも珍しいことなのかが気になってくる。経済的に恵まれた環境で執筆していたわけではないのに、よくこういうものが書けたな……(しかもインターネットも当然ない)という単純な関心も起こる。
あと、エイハブが壊れた羅針盤を直すくだり。エイハブは狂ったテンションで鉄を叩いて、磁性を与え、新しい羅針盤を作り出すんだけど「え、そんなことって当時から知られてたの!?(この現象について、わたしは、でんじろう?とかゲンゴロウ?とかそういう名前の先生がでてるテレビ番組で知っていた)」と驚いてしまった。調べてみたら、磁石の会社のホームページに「磁石の歴史」というコーナーが見つかる。このサイトによると1600年にイギリスのウィリアム・ギルバートが『磁石論』という本をだしていて、鉄をハンマーで叩くことで磁石を作る方法が紹介されているらしい(そういえば、アタナシウス・キルヒャーもデビュー作は磁石に関する本(1631年)だし、なんか色々繋がってしまうな……)。こういうところを拾い上げていくと『白鯨』ってSFじゃんか、と言えなくもない。
小説のテクストのなかに、異質なものが混入している、それどころか異質なテクストのなかに小説が混じっているような本だと思うんだけれど、セルバンテスやラブレーとか読んでいると、それほど特異なものとも思わない(こういうものを書いていたら、そりゃあ生前には評価されないわな、ということはわかる)。これってすごくルネサンス的な小説なんですよね。今回読んでみて、それがピンチョンにも受け継がれていることを肌で感じ取ることができた。
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