中原昌也『中原昌也作業日誌2004-2007』

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中原昌也 作業日誌 2004→2007
中原 昌也
boid
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 読了。最初から最後までとても面白く読みました。もはや病的ともいえる怒涛の量の買物量(書籍・CD・DVD)の記録はもちろん、やはり自分のリアルライフと重なりあう部分が書かれているのが面白い。2004年から2007年の9月までの間に、どのようなイベントがあったか、どのような映画が公開されたか、どのような人物が亡くなったか……etcを知ることもできる貴重なドキュメントでもありました。この日記を読んでいて、シド・バレットが亡くなったのが2006年だということや、去年は山口小夜子が亡くなったよな……ということを思い出しました。


 中原昌也の趣味が現代音楽もカバーしていることをこの本で初めて知りました。ブーレーズ、シュトックハウゼン、クセナキス、ノーノといったメジャーどころ(?)はもちろん、マウリシオ・カーゲルなど割と地味な部類にも手を出しているのには感心してしまいす。ノイズもそうだけれど、ちゃんとこういう音楽のCDにお金を払っているのが偉い!――完璧にわけのわからないものにお金を費やす、これを豊かな行為と言わずしてなんと言えましょうか。未知のもの/理解不能なものに対して身銭を切って触れようとする貪欲さは個人的に見習っていきたいものだと思います。





5 件のコメント :

  1. 本当にわけがわからないままの蒐集だったら馬鹿なアイドルオタクと変わらないなんて相対化してもしょうがないですが
    自分にとって未知なるもの、なにかあるなと予感だけで身銭や時間を費やしていることに人になにも言われてもへっちゃら「好きだ最高だ」でぶっ飛ばせるという陽性の気迫。
    うん「私は基本的に支持します」

    でもなぜかそれだけのことが世の中への抵抗としてとられてしまう(自分でも抵抗であると言う)ことが問題だと思う。

    基本的に世間知らずなくせに「好きなものは好きだ」と言わなくてはならないから賢くなった。とか

    あ、ヤバ完全に中原昌也に私も移入しちゃってますね。

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  2. 「わけがわからないままの蒐集」と「馬鹿なアイドルオタク」とはまるで異なるものだと思われます。というのも、前者が近代的な芸術鑑賞者のメンタリティを保持しているのに対して、後者では現代的なまさに「オタク」のメンタリティを保持しているように思われるからです。これについて長々と説明してしまうと、長々としたエントリを書くはめになってしまうので書きません。前者についてはベンヤミンやアドルノを、後者については東浩紀あたりを参照くださいませ。
    抵抗云々につきましては、現にそれらに身銭を切ること自体が、抵抗活動に対して積極的な関与になっているように思います。というより、そろそろ無理やりにでもそういった意識を持たないとヤバい、と感じます。経済システムのサブシステムとして芸術システムが機能している昨今「売れないものは切り捨て」または「売れるものしか市場に出さない」という傾向はますます顕著になっております。言い換えるならばこの状況は、理解をえないもの/えにくいものが、理解をされているもの/されやすいものに飲み込まれているもの、と言えるでしょう。これは創造する側にも、創造したものを享受する側にも窮屈な状態とは言えないでしょうか。「好きだ最高だ」で済ませられる幸福な状況ではないように思うのです。
    結果的に長々とした返信となってしまいました。コメントありがとうございました。

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  3. 「わけがわからないままの蒐集」と「馬鹿なアイドルオタク」に関しては是非エントリで書いてほしい気がします面白そうだし読みたいです。(ベンヤミン、アドルノ、東浩紀ももちろん読む努力はしますけどね)

    「売れないものは切り捨て」または「売れるものしか市場に出さない」というのは、ヒロシマというど田舎に住んでいることもあって、半ばあきらめている部分もありましたから都内在住(ですよね?)の人もヤバいと感じるのかぁなるほどと関心をもちました。
    私情を挟むなら、私が好きなジャンルのものはヒロシマの地方の共同体の趣味と隔たりがあるのではと?も考えております。(だから欲しいものがストリートで手に入らない)
    コメントに応答があったので喜び誠実さには誠実さで返さなくてはと思ったのであしからず。

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  4. 似たようなエントリを過去に書いている気もするのと、書いていてあまり面白くなさそうなので新たにエントリを起こすのは遠慮させてくださいませ。「オタク論」的なものも正直食傷気味ですし、何を書いても「メタ」だの「差異化」だの言われてしまうので……。
    正確には都内在住ではなく首都圏といったところですが、ヤバさはビシビシ感じます。何がヤバいかというと「どこに行っても同じものしか売っていない(どこに行っても売れるものしか売ってない)」というところなんですが。HMVだのタワレコがたくさんあっても、同じものしか売っていないので意味がない。そして、結局、売れないものは切り捨てられていく。音楽関係はコアなものを取り扱っているショップの閉店が相次いでいますし、経済的ファシズムみたいなものを感じてしまいます。
    しかし、今はネットで頑張っているお店がいくつかあるので、それらを上手く活用していけば補填できる部分は大いにあります(たぶんそれすらなくなったら、終わりなんだろうなぁ)。これは地方にとってのほうが重要だとも言えますが。
    ちなみに私も地方に住んでいた頃に、ストリートで欲しいものが手に入ったという経験はほとんどありません(いつも注文かネットでした)。

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  5. 「経済システムのサブシステムとして芸術システム」というのは、面白い言い方ですね。
    経済とカルチャーを混在させたところにサブカル系とオタク系という派閥があって割れていて、また別のスペクトルを通すことで「経済システムのサブシステムとして芸術システム」の姿も浮かび上がる。

    Geheimagentさんの場合は、そこでクラシックは独立し至高のものとなっているのか?全体を宝玉混合を楽しんでいるのか?にとって私の筆の滑らせ方が変わってくるのですが(どのアニメは認めているか?によっても複雑になってくるし)

    中原昌也がオタク嫌いであっても、関心の無い連中には、容姿だけ見れば「あんまり変わらないじゃん(嘲笑)」からこそユーチューブでもいいから彼の演奏シーンを多くの人に見てもらうべきですよね。

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