ジョン・バンヴィル『コペルニクス博士』

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コペルニクス博士 (新しいイギリスの小説)
ジョン バンヴィル
白水社
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 アイルランドの作家、ジョン・バンヴィルの作品を読むのは、この『コペルニクス博士』が初めてである。内容はタイトルがそのままで、地動説を提唱したコペルニクスを主人公にしたもの。これは大変に知的な小説だった。ギリシャ以来の天文学の知識や哲学についての記述(それが正しいものなのか判別はできない)が盛り込まれており、幻惑させられるようなところがある。この作家はほかにもケプラーを主人公にした作品も書いているそうだが、これも同じようなテイストなのだろうか。南米の作家のような吹き出したくなるような想像力の発露があるわけではなく、かなり硬い文章で綴られているので読みづらいところがあるかもしれないが、こういう硬さからも知性的な印象を受ける。





 コペルニクスの誕生から死までを追っている。なかでも、天文学の研究に身を捧げようと決意するまでを描いた第1章が良かった。作者はコペルニクスへと世界の根源的な未規定性への恐れを投影している。自分はなぜここに存在しているのか、こういった実存的不安を持つコペルニクスが天文学へと打ち込みはじめるのは、その学問が世界の成り立ちを解き明かす鍵となっているのではないか、という思い込みからである。天才である彼は、はじめからプトレマイオスを信じていない。しかし、地動説を提唱するには勇気がいる。自分の説によって人は幸福になれるのか、地動説によって地球は矮小化さする(地球=私たちの世界は世界の中心ではない!)、それは絶望を与えるのではないか……こういった別な不安にコペルニクスは悩む。必然的に彼が抱くのは孤独である。誰にも理解されない、孤独。これはイタリア留学中にであった貴族との恋愛(ちなみに同性愛)を経由して、一旦解消されそうになるのだが、結局のところ愛によっても満たされない。コペルニクスは天文学をやるしかない、それしか残されていないのだ、というところで第1章は終わる。この切実さが胸を打つ。翻訳者による解説では「ポストモダン小説云々」とされているのだが、こう読むと大変にオーセンティックな近代文学という感じがする。





 ただし、その後があまりよくない。天文学にも救われない(天文学は天文学でしかない)という絶望に襲われながら、そこにしがみつかざるを得ない惨めなコペルニクスがこの後登場する。このあらかじめ決定されたような敗北を、作者はうまく描けていないような気がする。一言で言えば、まだるっこしい。哲学的な内容を含んでいるように思うのだが、これを読むならそもそも哲学の本を読んだほうが良いのではないだろうか、と率直に思ってしまった。それから、コペルニクスの兄の役割についても不満が残る。この兄は、コペルニクスとはまったく正反対の生活を持つ放蕩者であり、梅毒で死んでしまうのだが(ほとんどコペルニクスの妨害者という感じである)、中盤でかなりあっさり死んでしまうのですごく勿体無いような感じがする。





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