エルヴィン・パノフスキー『<象徴形式>としての遠近法』

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“象徴(シンボル)形式”としての遠近法 (ちくま学芸文庫)
エルヴィン パノフスキー
筑摩書房
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 id:la-danseさんから以前に「アドルノの音楽批評には、パノフスキーとレヴィ=ストロースと通じるものがある」というメッセージをいただいたことがある。そのメッセージをいただくまでパノフスキーという人については名前も知らなかったのだが、ちょうど最近になってこの『<象徴形式>としての遠近法』が文庫化されたこともあり読んでみた。これは、古代から近代に至るまでの芸術作品における遠近法の変遷(局面遠近法から平面遠近法へ)に、人間の認識方法や精神構造の変化を読み取る、というなんだかすごい本なのだが、本文よりも註のほうがヴォリュームがある、という点もおそろしく、美術についてほとんど門外漢である私にとって註までカヴァーできるほどの体力はなかったため、本文だけ読むことに努めたらあっという間に読み終えてしまった。本当に短い論文にも関わらず、刺激的な部分が多い。



哲学の負うべき課題は、現実のなかに隠されてすでに存在している意図を探りだすことではない。そうではなく意図なき現実を解釈することなのだ……(テオドール・アドルノ)



 パノフスキーの批評とアドルノの批評とのあいだにある近似とは、まさしく以上に引用したアドルノの言葉に集約される。そこでは作者が作品込めたであろう意図(意味)は参照されず、むしろ、作品の構造、あるいは作品に用いられている技法に対して哲学が布置することによって、「意図なき現実を解釈する」――そこでは作品と哲学とが拮抗しながら、意味しあう関係性を結ぶ。パノフスキーは作品の構図を分析し、そこで行われている技法を明晰に解き明かす。しかし、その分析のみで批評を終わらすとするならば、批評はアドルノの言うところの「廃墟」に過ぎなくなる。だが、そこで分析した構造を、作品から哲学へ、哲学から作品へと跳躍する批評の架け橋とする。両者はこの点を共有している。





 もう少し何かを言おうとするならば『イコノロジー研究』にも触れなければならないのだろう……。なんにせよ、もう少し勉強が必要である。





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