ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン・コレクション2――エッセイの思想』

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ベンヤミン・コレクション〈2〉エッセイの思想 (ちくま学芸文庫)
ヴァルター ベンヤミン
筑摩書房
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 ひさしぶりに思想っぽい本などを、と思いヴァルター・ベンヤミンを読もうとしてみた。この思想家/批評家については学生時代にかった同じちくま学芸文庫の『ベンヤミン・コレクション1』を何度か読んで「これは難しい……生理的にあわないのかもしれない」と敬して遠ざけてきたのであるが、ここにきてなんとなく読んでみたら初めて面白く読めた。比較的短い批評や小論などを集めたこの『ベンヤミン・コレクション2』はもしかしたら一番ベンヤミン入門に適しているのかもしれない。




 まったく知らない、名前すら聞いたこともない作家についての話を読むのはなかなかくたびれたけれども、一番最初に収録されている蒐集家のフェティッシュな快楽と、蒐集物と蒐集家の関係性を論じた「蔵書の荷解きをする」という原稿から惹きつけられるものがあるし、カフカ論やプルースト論などもとても面白く読めた。ベンヤミンと親交を結んでいたテオドール・アドルノもプルースト論を書いているが*1、アドルノとベンヤミンの文章を比較するとはるかにベンヤミンのほうが優れているようにも思う――ベンヤミンの批評のほうがプルーストをうまく媒介している、というような意味で。単にベンヤミンの翻訳者のほうに、流麗な日本語が書ける人が集まってしまっているせいかもしれないが、喩えるならアドルノの文章がプルーストのひきこもった部分と繋がるのに対して、ベンヤミンの文章はプルーストの華々しい社交界での経歴と繋がっているかのようである。この本をきっかけにまた『失われた時を求めて』を読もうかという気になったのも良かった。





 しかし、これら以上に個人的な興味を惹いたのは「翻訳者の使命」という小論である。このなかでベンヤミンは翻訳の限界についてこのように述べている。



翻訳において個々の語に忠実であれば、それぞれの語が原作のなかにもっている意味を完全に再現することは、ほとんど必ずといっていいほどできない。なぜなら、語の意味は、原作に対するその詩的な意義からすれば、志向されるものにおいて汲みつくされるものではなく、ある特定の語において志向されるものが志向する仕方にどのように結びついているかによってこそ、その詩的意義を獲得するからである。(P.404 強調は引用者)



 ここでベンヤミンが言っていることを、少し細かく説明してみると「文学作品における言語の意味(言語が指し示すもの)とは、言語の音(志向する仕方)と不可分に結びついており、翻訳はその結びつきを解いてしまう。よって、“意味”は完全に再現することはできない。結びつきを解いてしまった時点で、言語の意味は変容してしまうのだ」ということになるだろう。いかに文法的・実際的な意味的に正しい翻訳がおこなわれたとしても、それは完璧に、原作のなかにもっている意味を再現することはできない。だから、翻訳者はあらかじめ宿命的にその行為の失敗を運命づけられた存在である。しかし、ベンヤミンはこうも述べている。



……ひとつの言語形成物の意味が、その伝達する意味と同一視されてよい場合でも、意味のすぐ近くにあってしかも無限に遠く、その意味のもとに隠れてあるいはいっそうはっきりと際立ち、意味よって分断されあるいはより力強く輝きつつ、あらゆる伝達を超えて、ある究極的なもの、決定的なものが依然として存在する。(P.406)



 込み入った反対語の反復によって表された「決定的なもの」をベンヤミンは「純粋言語」と名づけた。文字通りそれは言語の音や法則から分断された、象徴されたものの意味であり、文学作品の核なのだ、と彼は言った。そして、その核を解放することこそ、翻訳者の使命なのだ。ここでのベンヤミンの論法は非常に面白い。翻訳は再現する(原作に忠実である)ことを放棄しなくてはならないが(なぜならそれは必ず失敗するからだ)、翻訳をすることによって、純粋言語をあるひとつの言語に拘束された形から解放することができる、というのが彼の言い分であり、ゆえに彼は翻訳の自由を正統性のあるものとして評価した。





 以上のベンヤミンの論旨は、アドルノがしつこく論じた音楽作品と音楽批評の関係性についてと類縁性を持っている、と私は思う――というか、言っていることはまるで同じのように感じられてしまう。両者はそれぞれ、翻訳と批評を作品の本質的な意味(ベンヤミンであれば純粋言語、アドルノであれば『浮動的なもの』)を別な言語/言葉で再現することの不可能性を指摘しつつ、一方で、あたかも原作(作品)に忠実でなければほうが、原作から離れたほうが、純粋な意味を掬い取ることができる、と言っているように思う。やはりこの部分が私の興味をかきたてたところだった。






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