プラトン『テアイテトス――あるいは知識について』

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テアイテトス (岩波文庫 青 601-4)
プラトン
岩波書店
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 プラトン強化期間の一環として読む。およそ二ヶ月ほど前からこの催しを継続しているが、ついにいわゆる「後期プラトン」に入ってしまった。読んでいない作品も多々あるが、次に『法律』を読んだら、一旦プラトン強化期間は終了し、アリストテレス強化期間に入りたい(そもそもこういった試みは高校生とか大学生とかの頃にやっておけば良かったなぁ、とか思うが、もはや後の祭りである)。で、『テアイテトス』であるが、これはこれまで読んだプラトンの著作のなかでも、最も難解に感じられた。副題に「知識について」とあるように、ここでは「そもそも知識とは何のことであろうか」ということについての議論がおこなわれているのだが、その議論において、これまでのプラトンの著作であったように「魂を良くするためにはどうすれば良いか」といったような倫理的/道徳的問題については触れられず、ひたすら「知識とはどういったものなのか」という議論が続けられる。また、議論は一種の認識論的な領域まで及ぶ。その際、「言語」という枠組みがなければ、認識はできない、みたいな「すわ! 構造主義か!」とか「すわ! デリダか!」といった話が出てくるのだが、なんだか面白く思えなかった。もちろん、その感想は「その問題が、個人的な問題として捉えることができなかった」ことから生まれているのであるが……。知識とは何か、認識とは何か、こういった問題は至極根源的な問題であろう。しかし一方で、それらの問題は(勝間和代流に言えば)「起きていることは、すべて正しい」とも言えるような気がする。そういうワケだから、「この時代の人はこのように考えていた」というような歴史学的な視点を学ぶために、大昔の人の本を読む、という態度はアリだ。というか、そういう風に読んでいたほうが楽しい気がしてきている。





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