ヘルムート・ラッヘンマン/歌劇《マッチ売りの少女》の解説(続き)

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Lachenmann: Das M〓dchen mit den Schwefelh〓lzern

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 ヘルムート・ラッヘンマン/歌劇《マッチ売りの少女》 - 「石版!」でやってみた翻訳の続き。



2.壁にもたれかかって


 夜も更けてしまい、通りはガランとして人通りも少なくなっている。「ふたつの家に挟まれた曲がり角に彼女はちぢこまって座り込んでしまった」。彼女は思い切って家に帰ることができなかった。寒さは徐々に攻撃的になっていき、彼女をとらえていく。これらのイメージとしての音楽は、甲高く、また違った形式でもう一度暴力的になり、麻痺を呼び起こしながら、強くなり続ける寒さの震えるような死の恐怖となる。




 「彼女がマッチに火をつけたならば……」――彼女の最後の頼みの綱がマッチであった。コル・レーニョ・サルタンド*1と、最初のかすかな「シュ!」という音は、ほとんど聞き取ることができない――ヴァイオリンは、マッチ棒の象徴である。日本の寺院のゴング*2の音と、*3リムの外側を擦る音によってもたらされる張り詰めた空気が静寂のなかに吸い込まれていく。すると、最初の暖かい幻想が彼女を包み込んでいく――そこで放たれる協和音は、大きな真鍮のストーヴのイメージだ。




 しかし、マッチの光が消え去ってしまうと、ストーヴが消え去ってしまう。残ったものは冷たい家の壁だけだ――発砲スチロールによる耳障りな、カサカサとした音によってそれが表現される。けれども、その状況に対しての抵抗する態度ははっきりと目覚めている。側面に立った極度にゆっくりとした弦楽器のジェスチャーが、それを物語っている。いまや「連祷*4」の協和音がそれに続く。そこでは、ヴォーカリストとオーケストラによって、テキストが音の無いフォルテシモで囁かれる。「犯罪者、狂人、自殺者……彼らは矛盾の化身である。不運にも彼らは死んでいく……」(Gudrun Ensslin*5がスタムハイムの刑務所*6から書き送った手紙の断片)。「我々の肌に書いた」*7――これはタムタムとティンパニによって描かれる。




 「シュ!」二度目の音がする。するとまた魔法のように現実には存在しないまぼろしが現れる。今度はたくさんの素敵なおもちゃ(これは作品全体のなかでももっとも煌びやかな音の状況である)と、クリスマス・ツリーが彼女の目に映る――ツリーは光り輝き、まるで天国の寒い冬の夜空のなかに星のように浮かんでいる。これらは少女に最愛の祖母のこと(もしかしたらそれは偉大な母のことかもしれないが)を思い起こさせる。そして「夕べの祈り」*8では、かつて彼女が祖母に言われたことを歌い上げられる――「流れ星が1つ落ちるたびに、誰かの魂が神様のもとに召されるのよ」と。




 ここで突発と分断が起る(メインの話とはまったく違った『衛星』のような話の挿入である)。場面は、冬のおとぎ話から、雪など降ることなく、溶岩と硫黄が噴出している南の地方の話へと一変する。「レオナルドによる音楽」*9――ここでは不毛地帯の田園詩が歌われる(それは市民社会の砂漠でもあり、荒れ狂う海に臨む地中海の断崖絶壁における寂しさでもある)。遍歴の旅人、レオナルド・ダ=ヴィンチは、溶岩を噴出す火山と、嵐によって大波を打つ海から吹いてくる北風によって心が休まらないことを認め、そして、自然の巨大な力によって起る計り知ることのできない混沌へと畏敬を払いながら、立ちすくむのである。同時に彼は、自分の無知を前にして、大きな洞窟のなかにいるようにも感じる。「漆黒の闇に包まれた洞窟の恐ろしさは、同時に、そこなかに横たわっている素晴らしいものをこの目で見たいという欲求に火をつける」。





 我々は少女を見捨ててしまったのだろうか? おそらくここで一瞬、それらは忘れ去られるだろう。冷たい家の壁はここにあり、抽象的な洞窟はあそこにある。ふたつは不可解だが、思考の幻覚のなかにある媒介をしめしている。これらはもしかしたら我々の前にあるものを忘れさせてしまうかもしれない。しかし、啓蒙と大きな母親という存在は、我々の心の奥底にある根源的な欲求であるがゆえに、これらすべては呼び戻されるのである。





 この気ままな脱線の終わりには、弦楽合奏による無音の終始が終わった後、指揮者がオーケストラを完全な静寂へと移行させる。これは指揮者自身に決められたフェルマータである。指揮者はテンポを支持することなく待ち続ける。この間指揮者はオーケストラのメンバー個人が発する信号の断片、すべてを集約し、あらゆる面から解放された構造を形作る。





 その後、少女が再び現れ、最後のマッチに火をつける。これは全体を通して最も重要な音となる。そして、ピアノの弦をピックによって弾く内部奏法によってまばらなアルペジオがあり、木のスティックを叩く音がそれに続くと、偉大な母の登場シーンに移行する――彼女の巨人のような姿は、声と引き伸ばされたオーケストラのユニゾンによって描かれる(『おばあちゃんがこんなにも大きくて、キレイに見えたことはこれまでに一度もありませんでした』)。





 少女は恐れと希望の両方に満たされながら泣き喚く。「私を連れて行って!」彼女は残っているマッチのすべてに火をつけてしまう――五台のタムタムの摩擦音が、トランペットの音によって伴奏がついたこのマッチを擦る音の祝祭的状況を祝福する。高音弦楽器のつぶやくような音によってなされた空気の振動が呈示される。これは彼女の祖母が孫の手をとって、天国へ登っていく様子である(この合間に舞台の奈落につづくエレベーターのドアが開く)。少女は祖母の腕の中に抱かれ、寒さや貧しさや恐怖や孤独から自由になる。彼女たちは神の御許に運ばれたのである。




 ここで音楽はオーケストラの音から離れていく。しかし、笙の澄んだ音色を取り囲む中庭のような形で残ったそれらの楽器たちは、まだ残り続けている。笙の音色は、超越的な神の世界における幸福で喜びに満ちた感覚を表現する媒介であり、それは「寒い朝」*10では少女の死体が上に覆いかぶさるようにして演奏される。ここでは、これに伴って、ピアノを叩く音により、三連符の祝福的なダンス(音を押し殺された幽霊のようなメロディー)が演奏され、トランペットは歌うようにして息を吹き込む音を出す。そして弦楽器は、弦の表面を弓で叩きながら、弦の上を擦り続ける。





*1:コル・レーニョは弦楽器の弓の木の部分で弦を叩く奏法。サルタンドは弦の上で跳ねるようにして一弓のもとに連続してスタッカートを弾く奏法


*2:Dobachiとあるが詳細は不明


*3:打楽器の?


*4:「Litanei」。この歌劇の第15曲目


*5:この人がドイツ赤軍関係者だったみたい。Wikipediaにもページがあるぐらいだから結構有名な人なのか。Gudrun Ensslin ? Wikipedia


*6:シュトゥットガルトにあるすっげー劣悪な刑務所らしい。政治犯はここにブチこまれるんだって


*7:これもGudrun Ensslinの手紙から


*8:「Abendsegen」。第17曲


*9:「Musik mit Leonardo」。第18曲


*10:「Epilog("Aber in der kalten Morgenstunde")。第24曲





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