山形孝夫『聖書の起源』

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聖書の起源 (ちくま学芸文庫)
山形 孝夫
筑摩書房
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主よ、人間とは何ものなのでしょう/あなたがこれに親しまれるとは。/人の子とは何ものなのでしょう/あながたが思いやってくださるとは。/人間は息にも似たもの/彼の日々は消え去る影



 『聖書の起源』の冒頭に引用された『詩篇144』の一部を読んで、ハッとしてしまったのは、この短い文章にこめられたあまりにもはかない人間観についてである。キリスト教というと、荘厳な教会や厳粛な賛美歌のイメージに伴って、とにかく清らかで権威がありそうな固定観念を持っていたが、その原始にたどっていくと、このようなはかなさに出会ってしまう。それが驚きだったのだ。本書ではまず一連の『旧約聖書』から、砂漠の流浪の民である古代ユダヤ人たちの死生観や歴史を読み解こうとする。そこでは厳しい自然や、どこへ行っても他者でしかない民族のしんどさが抽出される。救済とはそのような厳しさから生まれてくるリアルな願いだったのだ。本書がおこなっている『旧約聖書』への意味づけはそのようなものだ。





 一方『新約聖書』についての部分では、当時信仰されていた土俗的な治癒神信仰の系譜のなかにイエスを置き、物語の読み替えが行われている。そこでのイエスは迷える子羊を救うメシアとしてではなく、現世での病を治す身近な「病気治しの神様」とされている。イエス=メシアとなったのは、後世の伝承によって、また教会によって別な意味づけがおこなわれた結果である、というのだ。



あの驚異と不思議の治癒神イエスは、次第に精巧なドグマのキリスト像に仕上げられ、四世紀をすぎる頃には、癒しの宗教としての原書の姿を急速に失っていくことになる。



 しかし、イエスが持っていた治癒神としての正確は、イエスから聖母マリアへと移って保存されることになる。この移行をキュベレ、イシュタル、アシュタロテ、イシス、アフロディテ……といった「太古の豊饒の女神(大地母神)」の変奏として意味づけているのが面白い。信仰が生まれ、どのように変化していくのか。その過程を詳細に描いた本書のストーリーは実に刺激的である。





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