渡辺一夫『渡辺一夫評論選 狂気について』

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狂気について―渡辺一夫評論選 (岩波文庫)
渡辺 一夫 大江 健三郎 清水 徹
岩波書店
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 渡辺一夫が、ラブレーの研究を始めたのは「何の内面的な必然性も私になく、希少価値をねらう不純な動機しかなかった」という衝撃的な告白が読める。大江健三郎などの文学者を育て、三島由紀夫にも尊敬された「日本のユマニスト」、偉い文学者である渡辺一夫がゆるやかで美しい文章でつづる各種のエッセイがとても面白かった。読書や本を買うことについて省察したものがとても良い。ビブリオフィリアの楽しみや悩みが、偉い先生であっても共通なのだな、と考えさせられる。



子供のパンツと靴下の代が、図らずも黄表紙赤表紙に化けることがある。えいっ! と思うのである。妻――いや女房は黙然としている。向うでもえいっ! と思うのであろう。僕も再びえいっ! と思う。別に喧嘩もしない。



 そんなに本をたくさん買ってどうするの? そんなに読んでどうするの? と家族などから時折訪ねられることがある。そんなときは、読みたいんだから仕方ないじゃん、と答えるしかないのだが、黙然とされ「えいっ!」という具合に「仕方がないのだな……」と理解されることは、まあまあ幸せなことであると思う。





 戦後直後に書かれ、人文主義的な道徳を参照しつつ、戦争の暗さについて書かれたものも感動的だ。「トーマス・マン『五つの証言』に寄せて」は、渡辺の師であった辰野隆に対する手紙である。そこでは渡辺は戦火のなかでマンの『五つの証言』を仏訳から訳していたことが告白されている。



戦局が不利になって将来いかなる悲惨な事態が起るか判らなくなりました時、原稿のままで一人でも多くの若い友人に読んでおいてもらいたいという気持が妄執に近いものになって現れてきました。それほど日本人に何としても判ってもらわねばならぬ尊い証言の数々が、マンの文章に含まれていると信じていたからであります。



 その証言がどのようなものであるかは詳細には触れられていない。しかし、私が感動するのは、極限的な状況の中で発揮させられた「切実さ」の部分である。





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