ジーン・ウルフ『拷問者の影』(新しい太陽の書 1)

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拷問者の影(新装版 新しい太陽の書1) (ハヤカワ文庫SF)
ジーン・ウルフ
早川書房
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 高度に発達した文明が一度崩壊し、太陽の力が弱まった世界を舞台にした(ポスト・ヒストリー的な世界)この『新しい太陽の書』というシリーズは「すべてを記憶している男」であるセヴェリアンの自叙伝という形式をとっている。その世界に生きる人々は階級や職業といった区分に強く縛られているのだが、主人公もまた「拷問者」という職業組合に所属しており、組織内の厳格な掟のもとで生きていた。





 『新しい太陽の書』の第一巻『拷問者の影』は彼がその組合の徒弟時代から語られ始める。それも少年から青年へ、という境目となる――もうすぐ正式な「職人」として認められる――頃から。だからこれはひとつの典型的な教養小説としても読めるものだろう。組合の求める厳格なルールは、萩尾望都が描いたギムナジウムの生活を想起させるし、また、「オトナのための『ハリー・ポッター』」とも呼べる作品なのではなかろうか(『ハリー・ポッター』読んだことないけど)。太陽の光が弱まったこの新しい世界は、薄暗いトーンによって支配されているのだが、そこでのセヴェリアンの驚くべき成長の過程はとても心を躍らせてくれるものだった。





 興味深いのはセヴェリアンが「すべてを記憶している」にも関わらず、自分の出自については一切知らない、という点だ。なぜなら拷問者組合に所属する者のすべてが、元々その組織によって処刑された人々が産み落としたこどもだったからだ。こどもたちは自分の(処刑された)親が何者であったか知らないまま、組織に育てられることになる。だからセヴェリアンは、自分がどこから来て、どこへ行こうとするのか、というこの点を何も知らないまま生きていることになる。すべてを記憶している(生存した過去)は完璧だが、未来と、それから自らを規定する根源的なポイントがスカスカなのだ。セヴェリアンのアイデンティティは土台と天井のない建物のようであり、すべてを詳細に記憶していながらもすべてが希薄な生き方を選択していた。少なくとも小説の鍵となる衝撃的な出会いがあるまでは。ある出会いによって、彼のその後の人生は拷問者の組合によってあらかじめ用意された道筋から大きく外れることとなるのだ。





 セヴェリアンは組合の保護を自ら捨て、旅に出ることを選択する。彼の職業はアンタッチャブルなものであり、旅路では露骨に人々に恐れられ忌み嫌われる。そして、そのハードな旅路のなかでさまざまな人間たちの上を彼は通過していく。水のなかに沈む妻の死体を何年も探し続ける老人、あやしげな旅芸者、策略をこらし財産を奪おうとする者たち……。セヴェリアンの成長はこうした人たちとの交流から生まれたものだと言っても良い。『新しい太陽の書』は晦渋な語り口から、難解な印象を受けがちなのだが、こうしてみると本当に典型的な教養小説だというのがわかる。SF的な描写も素晴らしく、先史時代(物語上での我々が生きる時代と地続きと思われる時代)の技術がさまざまな呼称で読み替えられているのを解読するような楽しみもある。





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