『神秘哲学』の「ひとりぼっちの読書会」シリーズは今後も継続させる予定ですが、ひとまず読了したので感想を書いておきます。これ読んでから気がついたのですが本編である「ギリシアの部」と、附録である「ギリシアの自然神秘主義」では、語られている内容の時系列が逆なんですね。本に収録されている順番は「ギリシアの部」→「ギリシアの自然神秘主義」となっています。「ギリシアの部」ではじめに語られるのは「ソクラテス以前の神秘哲学」なのですが、「ギリシアの自然神秘主義」では、それよりもっと時間を遡ったところから話がはじまって、終わりのところで「ソクラテス以前の神秘哲学」へとたどり着きます。なので「ギリシアの自然神秘主義」を読んでから「ギリシアの部」を読み始めたほうがいいのかもしれません。過去に出版されていた版では、この順番で収録されたものもあったようです。
「ギリシアの自然神秘主義」は、戦前に慶應大でおこなわれるはずだった思想史の講義ノートが元にいるそうです(太平洋戦争勃発により講義計画はポシャッた)。200ページあまりで古代ギリシャ人のメンタリティーの形成を追っているせいか、その語り口は「ギリシアの部」のほうと比べるといささかスピーディーに感じられるのですが、とても面白い。とくにギリシャ神話がホメロスやヘシオドスといった詩人たちの整理(といっても良いでしょう)によって、現在伝えられている形になっていた、という部分が特に。我々に伝えられているオリュンポスの神々のイメージは、最初からあんなものだったわけではなく、元々はギリシャの神様じゃない神様だとか、いろんな神様の話がごちゃごちゃと混ざって信仰されていた。それを偉大な詩人たちが整理した、というわけです。
こうした整理が、ギリシャ的な知性の発露として井筒のなかでは解釈される。前6世紀ごろに大流行した中央アジアに出自をもつディオニュソス信仰も、そうした力によって野蛮さをそぎ落とされて精神的な基盤へと消化されていく。また、偉大な詩人たちの仕事は、地獄、煉獄、天国といった彼岸の世界の構造を『神曲』のなかで説明するように歌っているダンテの仕事を髣髴とさせます。こうしたところから、詩人の仕事には、イメージの花をさかせるばかりではなく、すでに存在しているイメージを整える、というのがあったのかなあ、と思いました。
素晴らしい本には違いないのですが、ちょっとした難点が。「ギリシアの部」のなかでは、ラテン語やドイツ語の原文がしばしば登場するんですけれど、これが翻訳されずに掲載されている。このあたり、今回の復刊でなんとならなかったものだろうか……。
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