スキップしてメイン コンテンツに移動

『Newton』7月号「原発と放射能」特集も良い仕事




Newton (ニュートン) 2011年 07月号 [雑誌]

ニュートンプレス (2011-05-26)


先月号*1に引き続き、今月の『ニュートン』も緊急大特集「原発と放射能」が展開されています。福島第一原発をめぐる状況は日々変化し、新しく事実が公表されたりもしていてリアルタイムで情報を追っていくのが大変です。私もそういう風に情報源に張り付いてニュースをチェックしていくのがあまり得意ではないので、一周半遅れぐらいになるのが分かっていながらも、こうして後でまとめてもらったものを読めるのはありがたいですね。原発の仕組みについての説明は先月号と重複する部分もありますが、とても分かりやすかったです。原発関連の話になると熱くなったり、感情的になったりとトーンが変わってしまう人が多いなか、状況をクールに解説してくれるのも助かります。原発推進とか反原発とか政治的な意見が入り込んでくると、ちょっとややこしいですし、ちょっと胃もたれみたいになってしまうんですよね……。





特集は「続報 福島第一原発」、「放射能のリスクを考える」、「原子力とは何か?」の三章にわかれています。一章では、原発の事故とその処理方法についての科学的な解説になっており、現場で何が、何のために行われているのかが分かります。また、今の現状のために大切な記事は次の「放射能のリスクを考える」でしょう。京都大学の今中先生が公開している論文などとも併せて読んでおくと放射能の「適切な怖がり方」がわかってきそうです。低線量での長期的な被曝が健康リスクへの影響は、実際よくわからない部分が多い、というのは様々なところで書かれていることだと思います。よくわからないから怖いんですよね。そこで怖がるストレスも健康リスクになったりして難しい。こうして放射能の人体に対する影響について一般人が知らなくてはいけない、というのも異常事態なのかもしれないですが、知識は人を助ける、というスローガンを信じてる者としては、とにもかくにも知らなければならないような気がしてきます。





逆に「原子力とは何か?」はもっと長期的な今後のための記事だと思います。メインは原子力でエネルギーを作る仕組みと、そこで出た廃棄物をどういう風に処理しなくてはならないのかを中心とした、原子力発電のシステム全体について解説するこれらの記事を読むと「いや、実際問題、火力発電やエコなエネルギーだけじゃやっていけないわけで……」とか言うことも憚られるような気持ちになってしまいました。生身で近づけば20秒で致死量の放射線を浴びることになるという高レベル放射性廃棄物の処理問題がほとんど手付かずのまま、このシステムは運用されていて、そういう大問題に社会の大部分の人たちが盲目状態であったことは素直に反省すべき点なのでしょう。高レベル放射性廃棄物を地下300メートルより深い場所に埋めて処理するイメージ図はほとんどSFの世界です。この処理方法、処理といっても地表に影響がない部分に放置して、数万年待つ、というおそろしく気の長いもの。近代人のカルマがカタコンベに安置されちゃったみたいなんだよ……。





最新の科学ニュースを伝えるサイセンス・センサーのコーナーは今回は私好みの記事はなく、ちょっと地味な感じ。ただヘヴィーな記事が連続した後に、美麗な天体写真や、サハラ砂漠に残されたクジラの化石の写真、三葉虫のイラストなどが載っているとめちゃくちゃ癒されます。






コメント

このブログの人気の投稿

石野卓球・野田努 『テクノボン』

テクノボン posted with amazlet at 11.05.05 石野 卓球 野田 努 JICC出版局 売り上げランキング: 100028 Amazon.co.jp で詳細を見る 石野卓球と野田努による対談形式で編まれたテクノ史。石野卓球の名前を見た瞬間、「あ、ふざけた本ですか」と勘ぐったのだが意外や意外、これが大名著であって驚いた。部分的にはまるでギリシャ哲学の対話篇のごとき深さ。出版年は1993年とかなり古い本ではあるが未だに読む価値を感じる本だった。といっても私はクラブ・ミュージックに対してほとんど門外漢と言っても良い。それだけにテクノについて語られた時に、ゴッド・ファーザー的な存在としてカールハインツ・シュトックハウゼンや、クラフトワークが置かれるのに違和感を感じていた。シュトックハウゼンもクラフトワークも「テクノ」として紹介されて聴いた音楽とまるで違ったものだったから。 本書はこうした疑問にも応えてくれるものだし、また、テクノとテクノ・ポップの距離についても教えてくれる。そもそも、テクノという言葉が広く流通する以前からリアルタイムでこの音楽を聴いてきた2人の語りに魅力がある。テクノ史もやや複雑で、電子音楽の流れを組むものや、パンクやニューウェーヴといったムーヴメントのなかから生まれたもの、あるいはデトロイトのように特殊な社会状況から生まれたものもある。こうした複数の流れの見通しが立つのはリスナーとしてありがたい。 それに今日ではYoutubeという《サブテクスト》がある。『テクノボン』を片手に検索をかけていくと、どんどん世界が広がっていくのが楽しかった。なかでも衝撃的だったのはDAF。リエゾン・ダンジュルースが大好きな私であるから、これがハマるのは当然な気もするけれど、今すぐ中古盤屋とかに駆け込みたくなる衝動に駆られる音。私の耳は、最近の音楽にはまったくハマれない可哀想な耳になってしまったようなので、こうした方面に新たなステップを踏み出して行きたくなる。 あと、カール・クレイグって名前だけは聞いたことあったけど、超カッコ良い~、と思った。学生時代、ニューウェーヴ大好きなヤツは周りにいたけれど、こういうのを聴いている人はいなかった。そういう友人と出会ってたら、今とは随分聴いている音楽が違っただろうなぁ、というほどに、カール・クレイグの音は自分のツ...

2011年7月17日に開催されるクラブイベント「現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」のフライヤーができました

フライヤーは ナナタさん に依頼しました。来月、都内の現代音楽関連のイベントで配ったりすると思います。もらってあげてください。 イベント詳細「夜の現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」

リヒテル――間違いだらけの天才

 スヴャトスラフ・リヒテルは不思議なピアニストだ。初めて彼のピアノを友達の家で聴いたとき、スタインウェイの頑丈なピアノですらもブッ壊してしまうんじゃないかと心配になるぐらい強烈なタッチとメトロノームの数字を間違えてしまったような速いテンポで曲を弾ききってしまう演奏に「荒野を時速150キロメートルで疾走するブルドーザーみたいだな」と率直な感想を持った。そういう暴力的とさえ言える面があるかと思えば、深呼吸するみたいに音と音の間をたっぷりとり、深く瞑想的な世界を作りあげるときもある。そのときのリヒテルの演奏には、ピンと張り詰めた緊張感があり、なんとなくスピーカーの前で正座したくなるような感覚におそわれる。  「荒々しさと静謐さがパラノイアックに共存している」とでも言うんだろうか。彼が弾くブラームスの《インテルメッツォ》も「間奏曲」というには速すぎるテンポで弾いているけれど、雑さが一切ない不思議な演奏。テンポは速いのに緊張感があるせいかとても長く感じられ、時間感覚をねじまげられてしまったみたいに思えてくる。かなり「個性的」な演奏。でも「ああ、こんな風に演奏しても良いのか……」と説得されてしまう。リヒテルの強烈な個性の前に、他のピアニストの印象なんて吹き飛んでしまいそうになる。  気がついたら好きなピアニストの一番にリヒテルあげるようになってしまっていた。個性的な人に惹かれてしまう。こういうのは健康的な趣味だと思うけど、自分でピアノを弾いている人の前で「リヒテル好きなんだよね」というと「あーあ、なるほどね」と妙に納得されるような、変な顔をされることがあるので注意。 スクリャービン&プロコフィエフ posted with amazlet on 06.09.13 リヒテル(スビャトスラフ) スクリャービン プロコフィエフ ユニバーサルクラシック (1994/05/25) 売り上げランキング: 5,192 Amazon.co.jp で詳細を見る  リヒテルという人は、ピアニストとしてだけ語るには勿体無いぐらいおかしな逸話にまみれている。ピアノ演奏もさることながら、人間としても「分裂的」っていうか、ほとんど病気みたいな人なのだ(それが天才の証なのかもしれないけれど)。「ピアノを弾くとき以外はロブスターの模型をかたときも手放さない」だとか「飛行機が嫌いすぎて、ロシア全...