荒木飛呂彦 『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』

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荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書)
荒木 飛呂彦
集英社 (2011-06-17)
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何かを物語るときに、どのように語るか。その方法に関してはさまざまなスタイルがあるわけで、例えばその語り口や切り口、用いている術語体系によって批判理論とか、カルスタとか精神分析とかいろいろグループがございます。すでにいろんな人がいるわけですから、何を語るにしても独自の色を出すというのは難しい。荒木飛呂彦は、それを難なくやってみせているのですから、そこに痺れる憧れる。平易でまろやかな語り口、ほとんど何かの術語を用いずに日常的な言葉で映画の面白さを伝えきってしまう、この力量ははっきり言って驚愕(スタンドも月までぶっ飛ぶ)。未読の荒木飛呂彦ファンの方々にこの本のテイストを分かりやすく伝えるならば「単行本を開いたところの著者近影の下のコメント欄みたいなテイストで延々と映画を語ってる」とでも言えましょうか。私自身そんなに映画を観ない(とくにホラー映画は怖くて観れない)のですが、ホントに面白かった。





映画の紹介がジョジョのエピソードの元ネタばらしになっている箇所も面白いのですが、読み進めているうちに荒木飛呂彦の物語の作り方や世界構築の方法論が見えてくるのが興味深かったです。映画の評価軸が荒木飛呂彦の世界とリンクして読めるのですね。この世界観もまた独特で。何似ているか、といったらマニ教やヒンドゥー教あたりが適切かな、と思ってしまう。それはどういう世界なのか、以下少し私の言葉で表現しなおしてみますと、まず世界は一つの完結したものとして成り立っていて、過剰があれば増えすぎたものが減らされ、欠乏があれば足りないものが満たされる、この繰り返しによって世界は運動し、世界は変動しながらも完結したものとして存在し続ける、いわば潮の満ち引きのような世界の運動が物語を形作っている……みたいな感じ(あ、余計分かりにくいかも)。本書のなかでも語られるのですが、その世界の運動は運命とも換言でき、そしてこうした運命との戦いが物語を生むこともある。それが如実なのは、ジョジョ第5部のエピローグで語られたブチャラティの物語だったと思います。





各章ごとに挿入された書き下ろしのイラスト(取り上げられた映画のワンシーンをスケッチしたもの?)も楽しいです。荒木先生には雑誌で月一映画コラムを書いて欲しいですね。





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