萩尾望都 『百億の昼と千億の夜』

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百億の昼と千億の夜 (秋田文庫)
光瀬 龍 萩尾 望都
秋田書店
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光瀬龍のSF小説を原作にした萩尾望都の大スケールSF漫画。これだけのスケールの漫画は、ひょっとすると手塚治虫の『火の鳥』か諸星大二郎の『暗黒神話』、『孔子暗黒伝』ぐらいかも。ちょうど『孔子暗黒伝』の連載期間と、本作の連載期間とがかぶっており(1977-78年)、テーマ的にもすごく近いものを感じる。そして、原作小説が雑誌連載されていたのは、1965-66年。この頃に「エントロピー」、「虚数空間」、「ディラックの海」といった学術用語のSFへの導入って、すでに普通だったんすかねえ。個人的には、こういうのって単なる言葉による世界観の飾り付け程度の意味しか感じられず、好みではないんだけれど(こういうとき、自分のSFへの不感症を自覚する)。

人間が、世界が、創造された意味をめぐってのSFからの回答とも言うんでしょうか。プラトン、仏陀、阿修羅、イエス、ユダが登場し、超越的な存在との闘争が描かれるんですが、その結論は物語のなかにでてくる宗教が説いていた救済や終末を裏切るものとして提示される。でも、なんですかね、本作での「最後の審判」であったり「弥勒の誕生」であったりは、あまりにも現世救済的なもののように思えてしまい、壮大な世界観の割に結構あっけないな……という感想を抱いてしまいました。宗教的な救済であったり、終末であったり、って本作で描かれる虚無的な結末と近いものなんじゃないのか、とか思うと、なにもこの物語では上書きができていない感がある。

宇宙のなかでの自分の存在の小ささに虚無を感じるのであれば、それは中2ぐらいで打ちひしがれておくべきものだろうし、逆に宇宙の大きさを感じで「宇宙やべぇ」とおののくには『Newton』読んでいたほうが良い。だから、なんかこの漫画(物語)に出会うのはきっと遅すぎたんだろうな、とも思いました。たしかに生きてて虚無っぽいけども、それでも生活って続くし、じゃあ、楽しい生活が良いよね、とかオッサンじみてくると思うんですよ……。

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