菊地成孔 『あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っ ていた筈だ』

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菊地成孔の最新著作を読む。こちらは2005年から2010年までにプロレス・格闘技雑誌『kamipro』上で著されたインタヴュー記事をまとめたもの。隆盛を誇り、そして元気がなくしていった総合格闘技をめぐる批評は、さながらベンヤミン的であり、いわばリングのなかに星座(Konstellation)を見いだす仕事が記録されています。著者の格闘技関連の前著『サイコロジカル・ボディ・ブルース解凍』よりも個人的にハマる部分は少なかったのですが(総合格闘技は当時まるで興味がなく、このころ既に、昔のプロレスの動画を一晩中見たり、飯伏幸太にいきなりハマったり、という間歇泉的な熱狂が年に数度あるぐらいの、ヌルいプロレス・ファンであったため)、総合格闘技の世界の急激な冷め方は(本書でも語られるように)バブル崩壊から鬱トピアに進んでいく社会が反復されたようにも読めますし、世紀末的でさえある。

本書でも白眉と言えるのは「ヤオ(八百長)なのかガチ(セメント・マッチ)なのか外部からは判断できない半ヤオ状態が、リング上のファンタジーを支える魔術である」と語られるUWF論でしょうか。日本相撲協会がヤオ/ガチをめぐって激震したことは記憶に新しかろうと思いますが、角界がUWF的な魔術的作法を行使でき、その視点を共有できる場があったならば、あのような惨劇はおこらなかったのではとも思います。なぜ、大相撲だけが潔癖さを要求されなければならなかったのか、そして、星の売買があったことがなぜあのとき問題とされなければならなかったのか。不祥事が連続していた時期だったことが不幸、としか言いようがないのかもしれませんが、建前上「今度からはホントにすべてガチです」となって以降の大相撲は、なにか歯切れの悪い苦しさがあるように思われるのです。もっとダーティな相撲界が、ポップで良かったのに……。

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