横山紘一『十牛図入門――「新しい自分」への道』

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十牛図入門―「新しい自分」への道 (幻冬舎新書 (よ-2-1))
横山 紘一
幻冬舎
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 横山紘一(よこやまこういつ)の『十牛図入門――「新しい自分」への道』という新書を読む。十牛図とは禅の修業で用いられる絵のことで、牧人(修行者の暗喩)が逃げ出した牛(真理、悟り、本当の自分といったものの暗喩)をつかまえ、無我の境地に至るまでの過程を描いたものである。言ってしまえばその絵から著者が現代人の生き方、「新しい自分」の探し方を見出し、より良い生き方を本の中で諭す……といった自己啓発系の本。この類の本はまず手に取ったりしないのだが、学生時代に何度かお世話になった先生の本だったので読んでみた。


 思い出話になってしまうけれども、私は横山先生が受け持っていた講義を2つぐらい受けていたことがある。あと、なぜか知らないが井上円了の本を何冊かいただき、大学の先生しか入れない喫茶店でケーキをごちそうになったことがある。たったそれだけの縁にも関わらず、横山先生は強烈に印象深い先生だった。英国国教会系の学校の教授なのに、仏教を専門としていてしかも出家されていた(なので、もちろん頭は剃髪されている)……ということもあったけど、喫煙マナーが悪い学生を見つけるとツカツカと近づいていって学生を厳しく叱るというかなり珍しいタイプの先生であった。


 先生の講義はすこぶるおもしろかった。その内容はこの本のなかにほとんどそのまんま出てくる。これがとても面白く読めた。単に懐かしいばかりではない。先生の講義を受けたあとに読んだ西欧の思想家の言説とかなりリンクして、というかほぼ同じに読めたのである。先生の専門は「唯識」という「ただ心だけがある」という存在観を根本においた思想なのだが、本の中で紐解かれているその内容はヴィトゲンシュタイン的にも、デリダ的にも、またはアドルノ的にも読めるしまうのである。原典を現代化して解釈しているのか、それとも原典が生まれた時代の人間と現代の人間とで考えていることがあんまり変っていないのかは分からないが、今になって一度「西欧の現代思想」を経由した頭で読んだら、横山先生が思っていたよりもすごいことを言っていたような気がし腰が抜けるかと思った。


 かなり説教臭い部分もあるのだが、その辺をほとんど無視しても素晴らしく内容に富む本だ、と思う。是非、難しい現代思想に取り組もうとしている方に読んで欲しい。「ああ、こういう風に言えば良いのか」と頭が柔らかくなるような表現に満ちている(仏教についての本なのに!)。



言葉の限界、その第一は、当然のことですが、「言葉は、それが指し示す対象そのものではない」ということです。


例えば、「それは火だ」と言っても、唇が熱くなることはありません。


少し大袈裟かもしれませんが、言葉と対象との間には千里の隔たりがあるといってもよい。


それなのに私たちは、言葉で認識するが如くに「自分」と「もの」は“ある”と思い込んでいます。



 グッときちゃうよねぇ、こういうの。





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