イエイツの『記憶術』を読む #5

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記憶術
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フランセス・A. イエイツ
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第六章 ルネサンスの記憶術――ジュリオ・カミッロの〈記憶の劇場〉

 記憶術の歴史をめぐる当初もいよいよルネサンスに本格突入、いきなり〈記憶の劇場〉の設計者であるジュリオ・カミッロについてイエイツは書き始めています。カミッロの〈記憶の劇場〉(円形劇場)がどのようなものであったのか、については『哲学的建築』という本を読んだときにもこのブログで紹介しています*1



……彼らはこの男が円形劇場とやらをつくったと申し述べております。何やらすばらしいからくりで、その中に観客として招きいれられた人は、どんな主題を巡っても、キケロはだしで弁ずることができるとのことです。(P.164)



 イエイツはこの章の冒頭でヴィグリウス・ツイケムスという男が書いたカミッロの円形劇場についての報告を引用していますが、これもなかなか魅力的な紹介になっていますねえ。これはヴィグリウスがエラスムスにあてた手紙なのですが、そのなかで彼は「俺、円形劇場を見ちゃったっす!!」と興奮気味に報告しています。実際のところ、ヴィグリウスが観たものは普通の劇場で、カミッロが構想していた〈記憶の劇場〉ではなかったそうなのですが……しかし、カミッロの建築コンセプトはこのときすでにメジャーになっていた、ということですね。





f:id:Geheimagent:20100518193428j:image:left カミッロは同時代の知識人により「神のような」と絶賛されていました。しかし、コンセプトがでかすぎたのか、それとも時代が合わなかったのか、資金不足のために〈記憶の劇場〉は完成しないまま、また、まとまった著作を書くこともできないまま、1544年に彼は亡くなったそうです。彼の劇場のコンセプトも晩年の講義録が死後に出版された形でのみ伝わっています。それが『偉大なる男ジュリオ・カミッロの劇場の理念』(1550年)。この本の記述からイエイツは、お姉さんの協力を得てカミッロの劇場を再現しています。それが左のイラストなんですね。これは何度見ても美しいなぁ……。円形の構造はローマの建築家、ウィトルウィウスの意匠を借りたものですが、この劇場が通常の劇場と異なるのは次のような点です。



客席に坐って舞台で演じられる劇を眺める観客はいない。この〈劇場〉の唯一人の「見物客」は舞台のある場所に立ち、客席の方を見る。七段をなして高くなっていく客席の七の七倍の門の上に描かれた像を、つくづくと見やるのである。(P.170)



 こうすることによって見物客はなにを得ることができるのか。カミッロの劇場は記憶のための建物でした。その空間においては「すべての部分がその中に含まれる永遠の秩序との有機的連関を通して想起される」(P.172)のです。古典的記憶術がどのようなものであったのか――それは場にイメージを埋め込むことによって、その利用者が自由にイメージから記憶を取り出す、という技術でしたが。カミッロの劇場においては、劇場が世界の秩序と対応する場をつくり、そこに「宇宙規模に調節され組織づけられた記憶」(P.178)が収蔵されている、という壮大なコンセプトがあったことをイエイツは指摘します。





 ただ、技法的にカミッロのコンセプトが新しかったわけではありません。それは記憶術が従来と同じく、場とイメージの結びつきによって活用されます。それはスコラ哲学でも一緒でした。しかし「それを支える哲学にはすでに根本的な変化が現れてしまっている」(P.179)のです。哲学は、スコラ哲学から、新プラトン主義へと移行していることをイエイツはとても重要視しています。具体的な部分についてはここでは触れる余裕がありませんが、さらにイエイツが指摘するところによれば、カミッロの基盤となった新プラトン主義は、ヘルメス主義に影響を受け、さらにカバラの強い影響もあったそうです。





 カバラはともかく、ヘルメス主義とはなじみのない言葉でしょうから、『記憶術』の巻末につけられた索引から引用しておきたいところですが、長すぎますのでやめます。この翻訳には、40ページほどの辞典的な説明付の索引がついており、これが大変読解に役立ちます。イエイツの作品で頻出する概念も丁寧に説明されておりますので、かなり便利です。引用の変わりにいくつかWikipediaから参考になりそうな項目へのリンクを。







 この章の後半は、かなり込み入っていますので、いつも以上にざっくりいきます。カミッロの〈記憶の劇場〉は、キリスト教的ヘルメス主義、キリスト教的カバラ主義の融合を促進し、後世にそれらを伝える魔術的な媒介となりました。それは「隠秘哲学」のベールもまといつつ……といったところで、次の章に入ります。次章ではカミッロの〈劇場〉とヴェネツィア・ルネサンスについてもう少し語られます。





 (続く)




*1ライナルド・ペルジーニ『哲学的建築 理想都市と記憶劇場』 - 「石版!」 余談ですが今回『記憶術』を読みながら、『哲学的建築』の著者はイエイツに影響を受けすぎている……と感じてしまいました。





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