物語が解決に進んで行くエネルギーは気持ち良い読後感を与えてくれもするし、ガチガチに構築された世界観を提示しながらおこなわれる世界像のズラしは、本書を解釈する可能性を読者に放り投げている。本来、テクストを読むという行為自体に、無数の読みがあり得る、ということを改めて考えさせられるけれども、この小説はあたかも、テクスト自体が一意に決定されていないようにも読める。校訂する余地が残った古いテクストみたいに。パズル的なものだ、と言ってしまうと途端につまらなくなってしまうが。
……というようなことを考えていたら「うーん、スゴい本だけれども、スティーヴ・エリクソンのほうがすごくない? 『夜の時計の旅』のほうが……」というしょうもない感想から、少し違った捉え方ができるようになってきた。エリクソンやピンチョンが好きなら、パワーズも読めるだろうな、と思うし、この3人だったらパワーズが一番読みやすいのかな。
フォードが第一次世界大戦のときに、戦争を止めさせるための使者たちを乗せた平和船を出して、自分も乗ってた、とか「え、マジで?」っていうような史実を拾い上げたり、サラ・ベルナール(フランスの伝説的女優)がマルヌ会戦へ兵士をタクシーで輸送する大作戦の現場に出くわす(こっちは史実かどうか不明)シーンだとかはとても面白く読んだ。
いまページを適当にめくってたら、サラ・ベルナールのセリフにホルクハイマーとアドルノの言葉(『啓蒙の弁証法』)を引用していると思わしきものがあったりして「そんなこと言わないだろう……!」と突っ込みたくなるものもあるが、こうして史実を捻じ曲げて見せるやり方もとても上手い。
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