鷲見洋一『『百科全書』と世界図絵』

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『百科全書』と世界図絵
鷲見 洋一
岩波書店
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 著者の鷲見洋一は慶應大学名誉教授(現在は中部大学に籍をおく)で『百科全書』をはじめとした18世紀フランス文化史が専門の先生。当書はタイトルにあるとおり『百科全書』を中心とした論文を集めたものだが、論文の合間合間にくだけた文体で綴られるエッセイが挿入されるなど面白い作りになっている。著者のこれまでの仕事の全貌を一冊の本にコンパイルした、とでも言うのだろうか。「フランス文学とかいうと『百科全書派』は全然人気がない。ブランショをパクってサドを語る教授の講義は大人気なのに!」というグチなどが読めたりして楽しい。





 しかし、感動的な本である。著者は、ギリシャ時代から18世紀の『百科全書』までの「蒐集と分類」を振り返りつつ、こういった一連の試みを「世界図絵を体得する行為」と説く。もともと世界図絵とは、チェコの教育学者/宗教家であったコメニウスが発表した世界初の子供向け図鑑のタイトルだが、ここでは「さまざまな知識が身体知として体得され、ひとつの世界を形成した状態」のメタファーとして用いられている(ように思われる。この用語の説明が省かれている。いきなり『世界図絵』という言葉をマジック・ワードのように連発するのは、この本の唯一の減点対象だ)。古代記憶術、プリニウス、ゲスナー、『百科全書』。これらが目指す世界図絵は、あまりにも大きく、それゆえ不毛なものに思われがちだ。





 だが、著者はその不毛さに価値を見出す。「小さなものの巨大な蓄積は、それがとりあえず何かの役に立つかどうかという、社会的、功利主義的な問いとは無関係に、否応なくひとつの確固たる世界を成立させてしまう」のである。なにかのためにその行為が行われているのではないけれど、世界が成立してしまう。その世界の成立には、なんの意味がなくとも感動的なものがある。ここにひとつの価値観の提示がある。別な例を出すならば、シャルル・フーリエの革命的新世界構想が適当だろうか。これを狂った学者の夢想と片付けてしまうのは簡単だ。だが、彼が構築するユートピア的な世界には驚きがある。私などはこの驚嘆すべき世界の構築にある種のロマンティシズムを感じてしまう。





 このような価値を提示した後に、著者は『百科全書』が世界図絵の系譜においておこなった革新について触れていく。真理が教会とソルボンヌ大学神学部によって独占管理されていた時代に、在野から別な知の体系を作り出す、というこの試み自体ものすごいプロジェクトである。ディドロは人文的な知のみではなく、組合によって独占されてきた技術的な知を蒐集し、公開し、流通させるという意図も持っていた(これは現代において、グーグル的なものと類比されるだろう)。結果的にこのプロジェクトは「本文」17巻、「図版」11巻、「補遺と索引」7巻、全35巻の膨大な本になった。





 残された18世紀の「世界図絵」を我々はどう扱えば良いのか。「記念碑的なプロジェクト」として大事にあがめておけば良いのか。そうではないだろう、と著者は言う。その膨大な量を相手に格闘することを彼は宣言する。そしてこの格闘のひとつとして、2008年から4年間で「『百科全書』の初期の巻三冊についての『簡易メタデータ』と『詳細メタデータ』とをそれぞれ抽出して、データベースを作成する」というプロジェクトが紹介されている。データの抽出はすべて人力。私はこういうプロジェクトが現在進行中である事実を知ってものすごく驚いてしまった。これを感動的な「世界図絵の体得」といわずして、ほかになにがあげられよう。3800円とちょっと高価な部類に入るが、『ミクロコスモス』的な初期近代精神史と関連する部分も多々あり読んで良かった、と思わせられる本だった。図像も豊富で目にも愉しい。





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