カヴァリエ
岩波書店
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「朕は国家なり」という言葉で有名なフランス、ブルボン王朝の王様、ルイ14世はフランス国内のプロテスタント勢力を弾圧したことでも知られています。この太陽王はお爺さんであったアンリ4世が結んだナントの勅令を棄却、カトリック勢力がカルヴァン派に対して傍若無人に振るまい、虐待をおこなうことを許しました。カミザール戦争とはこうした苦境のさなか立ち上がった南仏の農民たちによる戦いでした。本書『フランス・プロテスタントの反乱』は、その農民たちの指揮官であったジャン・カヴァリエが記した戦記です。本邦初訳。こうしたものが文庫にいきなり入ってくるのが、いやはや岩波文庫すげえ、というところですが、なにしろ、スペイン独立戦争に先駆けて史上初のゲリラ戦を展開、反乱勢力はたった2000人ほどでその十倍以上の正規軍勢力と2年以上も戦い続けたのですから、その詳細な記録が面白くないわけがない。
しかも、このカヴァリエ、学校に通っていた頃はなかなかの秀才だったらしいけれども、もともとはパン屋の見習い小僧であって、ゲリラ戦の専門教育を受けていたわけではない。にも関わらず、二十歳そこそこで反乱軍を率いていた、というのですから、これはもうルーク・スカイウォーカーみたいな話です。カヴァリエは、ほとんど才能だけで勝ちまくっていた感はある(反乱軍に加わったベテラン将校などのサポートも多々あったようですけれど)。けれども長期にわたって戦いを続けられたのは、百姓だの職人だの色んな職業の人物が反乱軍に加わっていたおかげで食料や物資を供給できたから、みたいなDIY感覚がなかなか面白い。もちろん、すべてをDIYできるわけではないですから敵の勢力から奪取して調達ということもおこなっている。奪取してからの焼き討ちなど反乱軍のやり口もかなりひどいんですが、信仰の自由がなかったおかげで反乱軍の人たちがひどい目にあったりしていたのは本書の記述から充分理解できるのでどっちもどっち、という感じ。でも、略奪や焼き討ちの目にあった人たちの気持ちを考えるとちょっと複雑ですね。
戦記的記述とともに迫害の歴史を明らかにしている本書は、ヒロイックでありながら暴力に満ち満ちた読み物です。権力によって迫害されていたカルヴァン派の人びとが受けていた拷問の詳細などは、フーコーの『監獄の誕生』における華々しいまでの拷問リストに心を惹かれてしまった人には興味深いものでしょう。カヴァリエたちの反乱勢力は、結果的には敗北してしまいます。そして戦後処理をおこなおうとカヴァリエは、敵の首領であるルイ14世と直接相見えることになる。当時22歳のドン百姓が太陽王と対峙。このあまりに劇的な歴史的瞬間で、吠えまくるカヴァリエの泥臭い熱さと、ルイ14世の気高さ(そして余裕)の対比は、絶対王政における王権の神聖さを輝かせるようであり、どれだけ気位が高い人によって暴力が行使されていたのかを明らかにしているように思います。
「これからはもっとおとなしくしなさい。そのほうが身のためだ」。(P.320)ホットになっている敵を、こんな風になだめるルイ14世……(故・細川俊之あたりに言われたいセリフですよ!)。実質囚われの身となっていたカヴァリエはこの後、脱走し、イギリスへと亡命します。ゲリラ戦をバリバリやっているあいだに俗物的な正規軍の指揮官をやっつけまくっている箇所も面白いのですが、囚われている間のカヴァリエが、フランス宮廷のあれこれ交渉しているときの官僚たちの品性もまた良し。戦場の暴力と宮廷のセレブ感。ダーティかつ、エレガント、の忙しい同居は18世紀のフランスで最高潮に達していたのかも。
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